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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 8 八神伝説

 ――遥か昔、世界は黒い炎に包まれた。

 それは空を遮り、星を汚し、世界を虚構に塗り替えた。

 人は自由を失い、狂乱に猛り、抗う勇気を手放した。

 そして世界は騒擾に支配され、敗北した。

 人はそれを『黒炎の巨人』と恐れた。


 ――人は言った『最早祈ることしかできぬのだ』。

 人は願った。地を照らす陽光を。大気を潤す清麗を。何より世界に真実を。

 人は望んだ。未来への旅路を。心を焦がす情熱を。炎へ挑む蛮勇を。

 そして人は手を伸ばした。静寂のための、勝利の旗を。


 ――人の願いは形となった。

 ――人の祈りは神へと昇った。

 ――八つの神が世界に生まれ、黒き炎を淵へと封じた。


 ☆。.:*


「ってぇのが一般的に唄われる八神(やがみ)の伝説だな。ま、実際は生まれた神のうち一柱を残してみんな死んだわけだけど」


 そう言って、シアンは暖炉に薪を放り投げた。右腕の手入れが終わったトラリアは微睡みの縁ギリギリにいるようで、もうほぼ目が開いていない。

 肝心の葉はと言うと、語られた世界の成り立ちについて未だ咀嚼しているらしく、手を顎に当てブツブツと考え事をしている。


「えっと……。その最後に生まれた神ってのが、ベルナイースとかソウェル……?とかのやつだよね?」


 漸く自分なりにまとまったのか、彼女は未だ火を見るシアンに確認を求めた。

 シアンはゆっくりと葉に向き合い、数えるように指を折りながら神の名を告げる。

 

「そ。

 『陽光』のソウェル。

 『清麗』のエギルラーク。

 『真実』のユール。

 『旅路』のライド。

 『蛮勇』のソーン。

 『静寂』のベルナイース。

 『勝利』のティール。

 こいつら七人は黒炎の巨人との戦いで死んで、その最後を迎えた場所が現代では『神座』って言われてる。このうちベルナイースの死に場が明日行く場所だ」


 本音を言えば、この世界(エインスカイ)の神に連なる場所など近寄りたくもない。しかし、人間の命が関わるのであればそうも言ってられないのが事実。

 シアンが落胆の溜息を着くと、神の死に場という言葉に葉が手を挙げた。

 

「つまり神座には神の遺体があるって事?」

 

「残念ながらそういう訳じゃあねぇ。神の死体は残る一柱を除いてみんな武器になったんだ。……なったっつぅか()()()凄腕の鍛冶師(ゴッドスミス)ってのがいてな」

 

「彼らによって作り替えられた神を、神牙(しんが)って呼ぶの。いわゆる激レア武器だよぅ〜。何を隠そう、わたしもそれを使うから……ね」


 ふわふわとした地に足つかないような声色のトラリアを支え、シアンは「その話はまた今度」と強制的に話を止めた。一度に情報を詰め込んでも混乱するだけだろう。

「それは確かに」と、復習するように再び神の名を数えた葉は、挙げられなかった残りの一柱に焦点を移した。

 

「じゃあ生き残ってるのは……」

 

「『情熱』……いや、『狂熱』のカノ。唯一生き残ったとされる神。神牙同様これに関してもちょっと複雑だから、ライアがいる時話すわ」


 葉の質問に言葉を濁したシアン。彼女に関してはその権能が『情熱』から『狂熱』に代わったことや、生き延びてその後どうなったなど話せば長くなる。これらを一人で説明するには荷が重いため割愛だ。

 それよりも、今葉が知るべきは別のこと。つまりは神の配下に位置するものたちについてだった。


「んで、眷属ってのは……まぁ、そのまんまだよな。死んだ神の魔力から生まれた人ではない何か。これが人の敵かどうかは種類別って感じ。少なくとも『陽光』の天使は敵、『蛮勇』の鬼とその派生は個人によっては味方と見なしていい。リュウガとかな」

 

「スノーマンも本当は味方のはずなんだよぅ……。 わたしが知るだけでも25年はずっと一緒に暮らしてたんだから…………」

 

「あぁはいはい。雪だるまはお友達ね」


 夢の中のままスノーマンへのフォローをするトラリア。もはや半分寝言だ。意地でも反論してやろうという強い意志を感じる。


「どうだ葉姉。かなり駆け足かつざっくり話したけど、伝わった?」


 神の誕生、神座、神牙、そして眷属。全てを語ったわけではないが、図表も挿絵もない中全てを覚えろとは到底言えまい。雰囲気だけでも掴んでくれれば御の字だったが、正直「訳分からん」と言われても無理はない。

 しかし、葉は期待を超えてきた。

 

「だいたいOK。神の名前は軍務の隊名と同じだから新しく覚える必要は無さそうだし、とりあえずその肉体が神牙?になって、残った魔力が眷属になった。ってことだよね?」

 

「おぉ、う。その通りだけど。あんた偶にとんでもなく理解力上がるよな。一を聞いて十を知るっつぅか」

 

「なんだかどれも初めて聞いた気がしないんだ、特に神牙のことは。エインスカイの勉強してる時にサラッと読んだのかも」


 照れくさそうに頬を掻いた彼女は、シアンが見た迷イ人の中でもダントツで話が早い。最早感心を通り越して驚愕だ。

 しかしこれで明日のために話しておくことは伝えきった。トラリアも完全に寝てしまったことだし、そろそろ葉も寝た方がいいだろう。その前に、ひとつ聞いておかねばならない事があった。


「さて、トラリアはああ言ってたけど明日は確実にスノーマン達と戦闘になる。葉姉、アンタはどうする?ここにいてもいいんだぜ」


 これは警告でもあった。軍の正式加入を直近の目標にしているとはいえ、眷属を相手取るのはまだ早いだろう。個体にもよるが、アレは軍の一般兵レベルでタイマンが可能という程度。副隊長、隊長クラスなら囲まれたとて切り抜けられるだろうが、戦闘経験三ヶ月の葉にはあまりに強敵だ。今回はライアもソラもいない。本人に確実に生き延びる意思がなければ、意思ある他人を撃ち抜く覚悟がなければ足でまといにもなるだろう。

 

 シアンの意図は伝わったようだ。葉の表情から柔らかさが消え、しっかりとシアンを見据えた。それは、彼女がこの世界に残ると決めた時と同じ「何を言っても譲らない」と言う顔だ。


「大丈夫。まだ、実践に慣れたとは言えないけれど、自分のことくらいは守れるようになったつもりだよ。銃口を向ける覚悟はスザク先生に嫌という程教えられたからね」

 

「そうかよ。じゃあさっさと寝ろ。寝不足でぶっ倒れましたとかシャレになんねぇぜ」

 

「はは……シアンがそれ言う?」

 

「うるせぇ寝ろ」


「おやすみ」と、言う彼女の声に静かに相槌を打ったシアン。すぐに聞こえた二人分の寝息をバックに、ゆらゆらと炊き続ける火を眺めた。


 ☆


 穏やかな朝だった。風もなく、雲もなく。地面を覆う雪が輝き、暖かな日差しが身を包む。ゾンビのように徘徊する雪だるまさえいなければ、犬も子供も歓声と共に喜び庭かけ回るだろう。

 そう、雪だるまさえいなければ――


「このくっそあちぃ着ぐるみ着ろって?マジ?熱中症になっちまうぜ」


 町長が用意した、祭典用の着ぐるみを半ば無理やり着せられたシアンは朝から不機嫌全開だった。

 確かに着ぐるみの中ならば彼らに気づかれることなく神座へたどり着くのだろうが、裏道を使うようで気乗りはしない。加えて何より、暑いのだ。雪原でもシャツ一枚で走り回る寒暖音痴には堪える代物。そして動きにくい。

 

「無闇に戦闘しない方向でって言ったじゃん。師匠『うん』って言ったよぅ」

 

「記憶にねぇ」

 

「寝てないからじゃない?」

 

「寝てないんじゃねぇ、寝れないんだ」


 不満たらたらなシアンの着ぐるみを、トラリアが無理やり閉めた。一度閉めてしまえば中から開けることは難しい。アイシハイクの住人は慣れているが、ただでさえ不器用なシアンには……まぁ無理だろう。

 彼女同様、自身の体躯にあった物を被るトラリアと葉。足は僅かに見えているもの、少ししゃがめばただの雪だるまそっくりだった。


「本当に三人だけで大丈夫かい」

 

「平気平気。道はわたしがわかってるし、大人しくしてればバレることは無いんだよぅ。ステイルおじさんはここで待ってて」

 

「そうか……。みんな気をつけるんだよぅ。危険を感じたら、町のことは放って逃げてくれて構わない。自分の命を一番に考えて動くんだ」


 町長はどこまでも謙虚な人間だ。外部の人間を巻き込んだことに酷く心を痛めている。そして、自分に解決する力がないことにも。

 今回彼は戦えないためお留守番。しかし、彼には彼の仕事がある。町が元に戻った時のため、被害者の救助には彼率いる住民の力が不可欠だ。すぐさま動けるように準備をしてもらう手筈となっている。

 一晩世話になった家を出る直前、先頭に立つトラリアがこちらを振り返った。普段通り柔らかい口調だが、その声には軍の一隊長としての厳格さが混ざっている。

 

「作戦をまとめるよぅ。まず、町を出て北に向かう。道中足が見えないように気をつけて、転ばないように。倒れたら足が見えちゃうからね。万が一スノーマンに話しかけられても無視して大丈夫。よくある事だから」

 

「よくあるんだ……」

 

「悲しいコミュニティだこと」


 葉もシアンも真剣な話題なのはわかっているが、感想が思わず口に出てしまった。その言葉に分厚い着ぐるみ越しだが、トラリアがムッとしたのが伝わる。

 

「シャラップ。その後、まっすぐ神殿に向かう。わたしが先導するから、殿はシアンちゃんにお願いするよぅ。そして葉ちゃんは周辺警戒。獣が襲いかかってこないとも限らないからね」

 

「了解」


 トラリアは完全に軍隊モードだ。シアンの呼び名が「師匠」でなくなっているのがその証拠。

 彼女の喝で葉も意識が切り替わったらしい。まだ戦士として正式入隊していないとはいえ、所属はしているのだ。所作や礼儀が身についているのだろう。


「神殿に入ったら着ぐるみを脱いで周辺調査。中には滅多にスノーマンも入ってこないから、手早く済ませれば問題ないはずだよぅ」

 

「調査っても主に何を見ればいい?つかそもそも何がある?」

 

「あ〜……実の所ほとんど何も無いんだよぅ。壁画と神牙にならなかった残骸があるくらい」


 急に説明がふわっとし始めた。シアンは不安を抱きながらもはっきりしておくべきことを尋ねた。

 

「神座ってのは?」

 

「明確にこれってものはなくて、恐らくは神殿の中心に生えてる木の根っこのこと……だと思う」

 

「アバウトだなぁ…………」

 

「あの、異変をどうにかって直し方とかわかるんですか?」

 

「正直なぁんもわからないよぅ。予想としてはその根っこに傷がついたか、毒物が撒かれたかだけど」

 

「要は植物の世話だろ」

 

「たぶん?」

 

「えぇ……」


 先の真面目さは何処へやら。一同、一気に気が緩んだ。しかし時間は待ってくれない。すぐさま切り替えたトラリアはドアの前にいた町長に声をかける。着ぐるみによって手までふさがっている今、ドアノブを回すことすら出来ないからだ。


「まあいいや!とにかく出るよぅ。おじさん、開けてください!」

 

「いいんだね。いくよ…………!」


 分厚いドアが開けられた途端、冷気が凶器のように吹き込んできた。それは、着ぐるみ越しにでも伝わるほど。


「………………!」

 

 加えてシアンは内臓を直に掴まれるような、別の寒気も感じていた。昨日と同じ、スノーマンによる並々ならぬ人間への憤怒、殺意、憎悪……負の感情を煮詰めて固めたような重々しい魔力。人を憎む神のそれだ。


 記憶の奥深くで、赤い体が燃えている。自身の泣き叫ぶ声と、人が恐怖と歓喜に崩れ落ちる音が聞こえる。


  シアンの呼吸が一瞬止まった。恐怖か、緊張か、はたまた神の感情に気圧されたか。

 どれも違う。それは単なる高揚だ。言い訳でもなんでもなく、本当の意味で武者震いだった。

 今回の作戦、スノーマンとの戦闘は避けるというのはわかっている。分かってはいるのだ。しかし溢れ出す闘志は抑えられない。


(昨日ははっきり分からなかったが…………これが意志を持つ八神の造物!頭失くして機械じみた動きしかしない野良天使なんざ比べ物にならないくらい…………殺りがいあるじゃねぇか!!)


 『神殺しのシアン』――彼女の数ある異名の一つ。エインスカイの神を嫌い、憎み、いずれ必ず殺すと誓って数百年。その執念に近い激情に、たかが眷属の威圧など――全くもって効果はなかった。

 

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