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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 6 雪の化け物

 白銀に目を奪われたのもつかの間、シアンはすぐにある違和感を抱いた。


「トラリア。アイシハイクってのは昼間に外出しちゃいけねぇ風習でもあるのか?」

 

「ある訳ないよぅ。じゃなきゃわたしが今ここにいないでしょ」

 

「だよな?じゃあこれはどういうことだ」


 今はおおよそ(うま)の刻。太陽が真上に来るのも時間の問題だ。通常なら家で昼食を取るか、まだ昼間の作業を行う時間だろう。

 しかし、シアン達の周りには……否、決して大きくないこの町全体を軽く歩き回っても人の気配がまるで無い。煙突の様子を見るに、恐らく家の中にはいるのだろうが外に出ている者は誰一人としていなかった。いないのは人間だけではない。犬も鹿も、鳥でさえ見当たらない。

 

 その代わり――と言っていいか定かではないが、異常な数の|雪だるまが作られている。大小様々なそれの殆どは人間と同じほどの大きさで、大きいもので3メートル。仮に人が入っていても気づきはしないだろう。


(別に雪だるまがあるのは問題ないんだよなぁ、アイシハイク名物っつても過言じゃねぇみたいだし。問題なのは人っ子一人いないこと……)


「おいトラリア、聞いてんのか」


 シアンは問い詰めるように再びトラリアを見た。


「えっ、うん。聞いてる聞いてる。ごめんなさい、考えごとしてた。皆がどこに行ったのかだよね、ちょっと聞いてみるよぅ」

 

「でもトラリア隊長、聞くって誰に……」


「誰もいないことを誰に聞くのか」と葉が首を傾げた。

 トラリアは辺りを見回した後、子供と同じくらいの大きさの雪だるまに近寄り、人間にするのと同様に声をかけた。


「こんにちは!ちょっと尋ねたいことがあるんだけど……町のみんながどこに行ったか知ってる?」

 

「と、トラリア……隊長?それ、雪だるまですよね」

 

「まーまー葉姉、黙って見てよーぜ」


 唐突に、当たり前のように雪だるまに話しかけた隊長の姿に、葉が若干口元をひくつかせた。言葉にこそ出していないが正気を疑っているのは間違いない。思わずといったように伸ばしかけたその手を、ライアが抑えた。

 暫く沈黙が続いた。それでも雪だるまの前から動かない彼女を黙って見ていると、僅かに小さな雪だるまに刺さった()が動いた。そして、俯き気味だった頭の雪玉がくるりと上を向き、黒い木の実で描かれた目がトラリアとかち合った。


『…………ニンゲン』


 どこからか声が響いた。より正確に言うなら聞こえたのは水を含んだ雪を固めた時のような、ギュッとした音。しかし耳から伝うその音が、何故か意志を持つ『言葉』として認識されたのだ。

 たった一言分のその音を聞いた途端、シアンの背筋に悪寒が走った。何か、確実に良くない意図が混ざっている。今すぐにでもこの雪玉を崩さなくてはならない、という強迫感に駆られた。

 他の面々を見ても――葉は声が聞こえたことに戸惑っているようだが――誰も深くは捉えていないようだ。


(つってもこいつ(トラリア)の前で壊す訳にもいかないけど、気のせいにしとくのもな…………)


 平然を装いつつ、雪だるまの言動を注視する。反応が帰ってきたことに、笑みを浮かべたトラリアが幼子にするような柔らかい声色で再び問いかけた。


「そう、人間。どこにいるか知らない?」


 小さな雪だるまはふるふると揺れ、黒豆のような目からコロコロと氷の粒を生み出した。それはまるで泣いているようにも見える。


「えっ」

 

「泣い、てる?」

 

「トラが雪だるま泣かせたー」

 

「えぇっ!なんかまずいこと聞いたかな……」


 とめどなく転がる氷の粒に流石のトラリアもたじろいだ。先程まで戸惑っていた葉は既に慣れたのか、むしろ興味津々といった表情。その隣で、ライアは慌てるトラリアを揶揄っている。

 雪だるまの口は小石か何かでにこりと弧を描いているが、その形のままどう見ても号泣していた。意思があって動くとしても表情は変わらないらしい。

 

『ニン……ゲン……ニンゲン!!ニンゲンニンゲン!』


 突如狂ったようにその場で回転を始めた雪だるま。鼓膜を引きちぎるようなギシギシという音と奇行に気を取られていたが、気づけばシアン達は完全に囲まれていた。

 大小様々な雪玉の壁。皆一様に微笑むような顔をつけているが、どう見ても友好的ではない。

 ジリジリと体を引きずるようににじり寄る雪の玉。そのうちの一つが胴体に刺さった枝を刺し貫くようにトラリアへ伸ばした。表情は変わらないが、明確な殺意を感じる。


「隊長後ろ!!」

 

 葉が声を発したのとほぼ同時に、トラリアは背後に迫る枝槍を寸前で受け止めた。

 

「おっと……。これは、ちょっと不味いかもだよぅ」

 

 彼女の右腕が機械だからこそできたことだ。生身なら確実に貫通していただろう。

 初撃が防がれたせいか、僅かに動きが止まる雪だるま達。しかしそれも一瞬のこと。今度は数の暴力。圧死させる勢いで押し寄せてきた。

 

「やんのか雪玉ァ!」

 

「師匠やめて!あれはスノーマンだよぅ、攻撃はギルティだって!!ねえってば!」

 

「ンなもん見りゃあわかるんだわ。けど人間に危害与えるってんなら黙っちゃいられねぇだろ」


 敵意あり且つ人間でないのなら、それら全てシアンの敵だ。現地人たるトラリアの手前大人しくしておくつもりだったが、喧嘩を売られたならば話は別。背後からトラリアがしがみつき必死に止めようとするが、なんのその。というより、このままではどちらにせよ押しつぶされるのは自分たちだ。

 既に狭くなりつつある周囲に剣は適さない。ならば拳で片付けるまで。まずは真正面にいる個体から――と挙げた腕を、別の誰かに掴まれた。


「あ゙ぁ゙?!今度はなんだ!」

 

「待った待った!皆こっちに来なさいよ」


 その腕は押し寄せる雪だるま達の中から生えていた。正しくは、ある雪だるまの玉の境目から。手袋をつけ、服の隙間からホワイトベージュが除くそれは、人間のもので間違い無さそうだ。


「誰だか知らんが離せ。あの雪野郎一体くらい潰しておかないと気がすまねぇ」

 

「はいはい話はあとあと。とにかく走ってちょうだいね!」

 

「シアン、ここは素直に従っとこう?」

 

「葉姉まで諭すようなこと言うなよ……」


 腕を引かれて、何とか雪だるまの群れから抜け出した一行。未だ頭に血が上っているシアンを押し込むように、一つの家へと逃げ込んだ。


「ぷはっ……死ぬかと思った。トラリアちゃんのお客人かな?先程は突然失礼したぁね。怪我は無いかい?」

 

「おかげさんでな」


 シアン達をここまで連れてきた雪だるまは、がばっと白いガワを脱ぎさり、乱れた息を整えた。

 中から出てきたのは壮年の男。ガタイはいいが随分と草臥れた様相だ。彼はせっせと被っていた雪だるま、もとい着ぐるみを干しながら客人を椅子へ座るよう促した。


「なら良かった。せっかく来てくれたのにこんな状況で申し訳ないよぅ。申し遅れたね、僕はこの街の町長ステイルだ。そしてここは僕の家。トラリアちゃん、久しぶりだぁな」

 

「ステイルおじさん!ご無沙汰してますよぅ。ちょうど家の鍵を取りに行こうと思ってたんです……けどぉ」


 ステイルと名乗った男に、トラリアがハッと顔を輝かせた。確か彼女は王都にいる間実家の鍵を、近所の人に預けていると話していた。自分で持っていると失くしそうで怖いのだとか。

 挨拶もそこそこに、彼女は目を窓に向けた。しかし、外はまだ明るいというのにカーテンだけでなく雨戸までしっかりと閉められている。トラリアは視線を男に戻し、恐る恐る問いかけた。


「あの、おじさん。外で一体何があったんですか?着ぐるみまで出してきて……雪玉祭の時期にはまだ早いのに…………」

 

「話すと長くなるね。まずは荷物を下ろして温まりなさいよ。待っていて、今ホットミルクを持ってくるから」


 町長はそう言って席を立った。一度頭と息を整える時間をくれたのだろう。実際、シアンはともかく葉は慣れない雪道を走ったせいで、少し息が荒くなっている。

 それでも状況を把握しようとしてか、単なる好奇心か、聞き馴染みのない単語についてトラリアに尋ねていた。


「トラリア隊長、雪玉祭って?」

 

「アイシハイクのお祭りのことだよぅ。普段は冬にやるんだけどね、みんなしてスノーマンの着ぐるみ着るの。本当は眷属に風して神の加護を受け取ろうってやつだったらしいけど、今じゃただの着ぐるみ大会だよぅ」


 と、トラリアは町長が脱ぎ捨てた着ぐるみを指さした。半分くらい理解していなさそうな葉に、シアンは軽く補足をした。

 

「あれだ、ハロウィンあるだろ。あれも元はと言えば日本で言う盆と同じで先祖の霊を迎える行事だ。今じゃド定番のイベントになってるけど、仮装は本来その時一緒に出てくる悪霊とかから身を守るためって話」

 

「それが今ではただのコスプレパーティーになってる、と」

 

「そ。それと一緒だろ?」

 

「流石師匠。その通り」


 確認するようにトラリアへ話を振ると、彼女はにっこり親指を立てた。その説明に「なるほど」と深く頷く葉。しかしすぐに閃いたように顔を上げた。


「じゃあハロウィンと同じってことは、雪だるま……えっと、スノーマン?の着ぐるみ着てると本物にもバレないってこと?」

 

「そう!って、よくそこまで話を正確に繋げられるね……ちょっとビックリだよぅ」

 

「いや、認識ザルすぎでは?」


 だからあの町長はわざわざ、不格好にも穴を開けなければ腕も出せない着ぐるみを来ていたのだろう。

 そうこう話しているうちに、ステイルがお盆に湯気の登るマグカップを乗せて戻ってきた。


「話は済んだかな?お待たせしたね、暑いから気を付けて飲んで」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「お気遣いどうも」


 3つ。それぞれシアン達の前に置かれたそれは、ほんのり甘い香りを漂わせた。シアンはそれほど寒さを感じていないどころか、傍から見れば雪の中ノースリーブの変人でしかないが、葉やトラリアは違った。髪も凍るほどの中、スノーマンに押されたことでさらに冷え、彼女らの唇は可哀想に紫色になっていた。


(うん?3つ?)


 三人揃って暖かなミルクを喉に流しながら、マグカップの数が合わないことに漸く気がついた。ここに来たのはシアン、トラリア、葉……そしてライアの四人だったはずだ。


「…………ライアがいない」

 

「ほっとけあんな方向音痴」

 

「えっ」


 こう何度も奴の迷子を経験していれば流石に慣れたのか、最早葉は狼狽えなかった。吐き捨てるように見放したシアンに、事情を知らない町長が青ざめた。


「いや、今のアイシハイクで一人外にいるのは危険だぁよ!見ただろう、あのスノーマンたちを。貴女達はここで待ってて、今僕が探してくるから」

 

「あ?あぁ別に心配いらないぜ町長サン」

 

「しかしね……」

 

「ステイルおじさん、本当に大丈夫だよぅ。逸れたのって『天焼の魔神』(ライアちゃん)だし」


 責任感が強いのか、再び着ぐるみに手をかけ家を飛び出そうとする町長をシアンとトラリアが止めた。「あんな歩く火事現場みたいな女を助けるために自ら危険を被る必要は無い」というのが師弟そろった意見である。何も言わないが、黙っている辺り葉も同意見なのだろう。

 異名を聞いた途端、町長の手が止まった。ぽかんと口を開き、やがてその意味を理解したのか身を乗り出すように机を叩いた。


「『天焼の魔神』だって?!じゃあこちらの白髪の方が……」

 

「そう!わたしの師匠でもある『凍結の魔人』ことシアン=ディアスタシアだよぅ。それで、隣のこの子が最近来た迷イ人の葉ちゃん!二人とも私の大切な同僚!」

 

「同僚ちゃうわ。同盟は組んでも傘下に入ったわけじゃねぇぞ」

 

「師匠。こういう時ばっかり細かいこと気にしないの」


 自慢げに二人を紹介するトラリア。肩書きが気に入らないシアンと軽い言い合いをするが、それを見た町長は我が子の成長を慈しむように微笑んでいた。


「そうか、貴女がトラリアちゃんの腕を……。その説はどうもありがとう。この子を幼い時から知っている身として、感謝を伝えさせてほしい」


 深々と頭を下げた町長。どうやら彼はトラリアにとっての親代わりみたいなものなのだろう。

 そこまで感謝されるとは思っていなかったシアンは、居心地が悪そうに顰め面をした。


「私はなんもしてねぇよ。ただ戦い方を教えただけ。この義手作ってくっつけたのは別の野郎だからな。それよりも今の状況について教えてくれ。どうなってんだここは」

 

「そうだぁね。かのディアスタシア姉妹がいるのなら、解決出来るかもしれない」


 町長は自身の服を力強く握りしめ、まっすぐシアンの目を見つめた。そして、再び深く頭を下げた。


「お願いします、シアン=ディアスタシア殿。スノーマンを、僕らアイシハイクの家族を救ってください」

 

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