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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 7 スノーマン

「ただいま……って、あれ。誰もいねえのか」


 入道雲の浮かぶ夏の空。先日の大雨で地面がぬかるみ、気化熱が息苦しさを加速させる。最後の数日を謳歌しようとしていた蝉は哀れにも志半ばで落ちていた。

 家の戸を開けても人の気配は欠けらも無い。汚れたサンダルを脱ぎ、リビングに入ると一枚の書き置きを見つけた。


「なんだあ?あいつらアイシハイク行ったんだ。あんな寒い所よく行くよな…………。ま、オレには関係ないか」


 役目を果たした置き手紙はぐしゃりと丸められゴミ箱に放られた。投げた本人はせっせと手を洗い、冷蔵庫を開け唸りだす。


「うわ、なんも入ってねえじゃん……しょうがねえ、四葉のとこ行くかあ……」


 冷蔵庫も冷凍庫も、ほぼすっからかん。調味料と謎の球根しか入っていない。これで何かを作れというのは無理がある。最早電気代の無駄でさえあった。

 帰宅後すぐに昼食にしようという予定が狂い、気を落とした。しかし、ソラはすぐさま気持ちを切り替え、「四葉のご飯は量がいい」と独り言を零しながら、汗も乾かぬうちに再び炎天下へと駆り出した。彼にとって空腹の前では全てが些事である。


 ☆。.:*


 つい数分前まで真っ青な顔でガタガタと震えていた葉も、暖炉の熱と町長の入れたホットミルクで漸く温まったようだ。むしろ一周まわって暑くなったのか、厚手のダウンコートを脱ぎ、膝にかけている。

 その隣に座るトラリアも同様の格好。彼女は深く頭を下げる町長とその正面にいるシアンを交互に見ながら二人の出方を探ってるようだった。


「とりあえず頭を上げろ、ミスターステイル。先に何が起きてんのか教えてくれないと解決できるかも分からねぇ」


 シアンの声に、町長は「そうだぁな。どこから話したものか……」と重い息を吐いた。


「事の発端は確かちょうど一週間前だったはずだ。二人組の観光客が最初の被害者だぁよ」


 降雪量世界一を誇るアイシハイクにはそれなりに旅行客が訪れる。特に夏はこれでも雪が少ない方で、絶好の観光シーズンなのだそう。

 確かに、町の中央にあった氷樹を見に来る人は多いだろう。シアンが昔暇つぶしに眺めた旅行雑誌にも『死ぬまでに見たい絶景5選』という内容で載っていた。


「そのうちの一人が……なんと言ったかな、紅い……ヤモリ?みたいな名前の有名装飾品のオーナーだったらしくてね。緋氷石(ひひょうせき)を探しに神殿の方まで脚を伸ばすと言うから案内をつけたんだ」


 一部もごもごと誤魔化すように語った。観光客から懇切丁寧に名乗られたようだが、肩書きが長く覚えられなかったそうだ。

 ここで、それまで黙って聞いていた葉が恐る恐る手を挙げた。

 

「えっと、話の腰を折ってすみません。緋氷石(ひひょうせき)って?」

 

「アイシハイク名産品の一つだよぅ。赤色の石なんだけど氷みたいに透き通ってて、保冷剤とかドライアイスみたいな役割もできるくらいずっと冷たいの。確か『深紅の蝙蝠』が目をつけたらしいってリフレット先輩がこの前話してたはず」

 

「それだ、『深紅の蝙蝠』!」

 

「おじさん……ヤモリと蝙蝠じゃ全然違うよぅ」


 葉の問にトラリアが答え、町長がうろ覚えだった部分まで補足した。『深紅の蝙蝠』と言えば、ここ数年で一気に名を挙げた有名宝石店。魔力を蓄える特殊な石のみを扱うブランドだ。

 町長の話を聞きながら、ふと窓を眺めたシアン。あの向こうには未だ人を敵と認識したスノーマンたちが闊歩しているのだろう。

 

「つぅことは、そのオーナーとやらが神殿近くでなんかやらかしたってことか?聞いた話じゃ、本来『静寂』の眷属(スノーマン)は温厚なんだろ?」

 

「それが……何かをしたのかは分からないんだ。案内に付けていた二人のガイドのうち、何とか戻ってきた者曰く、『神殿にはまだ距離がある場所で、急に隣を歩いてたスノーマンが怒って観光客の一人を取り込んだ』――と」

 

「取り込んだ?」

 

「飲み込んだ、とも言えるかな……。戻ってきたその子も混乱していて、詳しいことは分からないんだぁな。その子以外、案内役も他の観光客も、皆スノーマンに取り込まれてしまったらしいよ」


 隣に座る葉が息を飲んだ。普段柔和なトラリアも、いつになく真剣な面持ちをしている。


「その戻ってきたガイドってやつは今どこに?」

 

「彼もスノーマンの冷気に当てられたらしくてね、自分の家で安静にしてもらってるよぅ。…………あれ、もう一人は……誰をつけたんだったかな」

 

 町長は眉間にしわを寄せ、重々しく息を吐いた。彼も混乱しているようでいくらか記憶が朧気なようだ。

 再び発せられた彼の声は、語ってはいけない禁忌を口にするような、どうしようもない悪夢を見た朝のような震えを孕んでいた。

 

「その後からだ。町にいるスノーマン達の様子がおかしくなって、同じように人を襲うようになったんだぁよ。町民は皆家から出ないように警報を出して、外部から人が来ないように正規の道は雪で塞いだ。万が一、今の彼らが外に出たら……」

 

「被害拡大は避けられねぇ、か」


 彼は懺悔をするように頷いた。実際、その判断は間違っていない。一見ただの雪だるまに見えても、彼らはあれで神の眷属。あの草原を通る人間を無差別に襲撃する『陽光』の眷属(天使)と同類なのだ。

 しかし、先程の様子を見るに今の彼らは人間を異常なほど敵視している。各家に籠城したとて、町を塞いだとて、その扉が突破されるのは時間の問題だろう。

 シアンはソファに深く寄りかかり考え込むように目を閉じる。その様子を見ていたトラリアが、思い出したように例の着ぐるみを一瞥した。

 

「だからおじさん着ぐるみ被ってたんだね。あれを着てればスノーマンは仲間だと誤認するから」

 

「あぁ、例の雪玉祭の……」

 

 数分前トラリアが話していた祭りの意味がようやくここで繋がった。

 シアンは再びソファに座り直す。腿の上で組まれた手はぐっと握られ、今にも飛び出そうとするのを我慢するようだった。


「てこたぁ何か?外をうろついてるスノーマンの中には人間が入ってる個体があるってことだ」


 確認の意を込めて町長に尋ねた。彼は詰まった声を絞り出すように小さく「その通り」と頷いた。

 正直、ここで頷いて欲しくはなかった。最初の被害がおおよそ一週間前。一般的に言われる、災害などで行方不明になった人間が生きていられるボーダーラインは三日。人を取り込んだスノーマンが中の人間をどうするのかも分からない。既に手遅れの者が何人かいる、と考える他無くなってしまう。

 

「それ、結構まずいんじゃ……」

 

「一応アイシハイクの民は眷属ではないにしろ『静寂』の加護を受けてる……と言われてるよぅ。だから寒さにはかなり強いけど……」

 

「三日をゆうに越して、さらには雪に生き埋め状態となりゃあ、正直何人かは……」

 

 同じ答えにたどり着いたのか、葉の顔がみるみるうちに青ざめた。葉だけでは無い、勿論トラリアもだ。

 二人の会話に相槌を入れながらも、最後までは言葉に出来なかった。シアンにとって何よりも許し難いのか『人間の死』。その要因が人以外の何者かであるならば余計に。


「――だぁぁっくそ!!こうしちゃいられねぇ、今すぐにでもあの雪玉共から助け出さねぇと」


 ついに我慢の限界を迎えた。

 シアンは握り拳を作り、ずかずかと大股で玄関へ向かう。この場にライアが入れば確実に「いや〜さすが脳筋。人の話が最後まで聞けなくて困っちまうぜ、本当に!」と茶化していただろう。しかし残念なことに、今彼女は雪の中一人さ迷っている。

 本当に外へ出る勢いのシアン。このまま放っておけば間違いなく剣を片手にスノーマン達と乱闘を始めるだろう。トラリアは慌てて腰にしがみつき、なんとか引き止めた。

 

「待って!待って師匠。おじさんはスノーマンも助けて欲しいんだよぅ。もちろんわたしもそう思ってる」

 

「うるせぇ、私にとって人間の命が最優先だ」

 

「だ・い・い・ち!どれに人が入ってるかわかんないんだよぅ、むやみやたらに攻撃したら中にいる人が危険なの!!」

 

「んぐ……ぅ。それはそう」


 弟子の正論に返す言葉が無くなった。シアンの歩みは戦意を燻らせたまま渋々止まった。そして今日一番の大きなため息をつき、そのままがっくりと項垂れた。


「じゃあ根本を解決するしかねぇ。となるとやっぱ怪しいのは神座(かむくら)に何かあったかだな…………」

 

「だからそう言ってるよぅ」

 

「あぁはいはい、そうでした。しゃあねぇ、気乗りはしないが人命のためだ。見に行くかぁ……」


 どちらが年上か分からない師弟の会話を眺める町長。シアンの態度や発言から期待を込めて、しかし未だ緊張したように向き合った。


「アイシハイクの民を、スノーマン達を助けるために力を貸していただける……ってことで、いいのかな」

 

「おうよ。つっても私一人じゃどこまでできるかわからねぇ。つぅわけでトラリア、一応軍にも連絡入れといて。これほどの事態ならお前の隊くらい動かせるだろ」

 

「ふふーん。実はもうウィンくんに連絡してあるんだよぅ。あの子も帰るって言ってたし。それよりも、ライアちゃんに連絡しなくてもいいの?」

 

「いいんだよ。あれは率先して人間助けるようなヤツじゃねぇ。全部終わったあとでヒーター替わりにするくらいが丁度いい」


 サラリと協力要請を受け入れたシアンに町長が固まった。しかしすぐに立ち直り、再び頭を深く下げた。


「その返答がこれ以上ないほどありがたい。どうか、この町の温もりを取り戻して欲しい。その為ならば僕はどんな事でも力になるよぅ」

 

「あ、あぁぁ……だから頭を上げろミスター。そういうのは柄じゃねぇっつの。それ相応の礼儀があれば私は別に怒らねぇし断らねぇよ」


 困ったように頭を搔くシアン。「なんでそんなに仰々しいんだ」とボヤくと、愛弟子から「師匠がいつも怒ってるから……」と即答され腹が立った。

 感謝と感動を飲み込み、一息ついた町長。彼は時計を一瞥した後、シアン達に一つの提案をした。

 

「とはいえもう日も落ちる。夜になると冷えるからね、スノーマン達はさらに強くなるよぅ。急いでくれるのはありがたいが、あなた方に何かあっては元も子もない。一晩英気を養っていきなさいな」

 

「いや……私は今すぐ」

 

「そうさせていただくよぅ!!」

 

「おいトラリア」


 時計は早くも夕方から夜の境を指し示している。随分と長い間留まっていたようだ。

 確かに夜の雪山は危険だろう。しかし自体は一刻を争う。昔から昼夜問わず旅を続け、かつ自身も氷魔法を得意とするシアンにとってはそこまで苦ではない。今すぐにでも出発しようと提案を断ろうとすると、被せるようにトラリアが発言した。

 

「師匠。神殿の行き方知らないでしょ。わたしが案内しないとたどり着けないよぅ」

 

「ライアじゃあるまい、そこまで方向音痴じゃねぇ」

 

「アイシハイクの夜の森は()()よ」

 

「………………やめとく」

 

「賢明な判断だよぅ」


 その言葉が事実かどうかは定かではないが、霊的なにかの存在が示唆されてしまえばシアンは一人で立ち向かえない。僅かに思考を逡巡させ、大人しく引き下がることにした。

 トラリアの勝利を確信したドヤ顔にまた腹が立った。


 ☆。.:*

 

 暖炉の火がパチパチと弾ける。

 町長の好意に与り、葉達は一晩彼の家で世話になることになった。籠城状態のため大したものは出せないと言いながらも、ほかほかのクリームシチューを作った彼は「僕みたいなおっさんがいたら気まずいでしょ。年頃の女の子がふた……三……二人?なわけだし」と奥の部屋へ引っ込んだ。女の子とは勿論葉とトラリアのことである。

 元々彼一人の家であるため他に部屋は無く、葉達はリビングの暖炉に集まって仮眠を摂ることにしたのが数十分前。殆ど寝ないと豪語するシアンが火の番を請け負った。


「あの、前々から気になってたんだけど、眷属って人の味方なの?敵なの?」


 火の粉が舞う音と彼女らの息遣い以外何も聞こえない夜。葉は内緒話をするように小さく言葉を吐いた。


「眷属なぁ。一概には分類できねぇんだ。そういえばアンタにはまだ神話について説明してなかったか。ちょうど寝るまで暇だろうから教えとくわ。本当はライアいた方がわかりやすいんだけど、いないんだからしゃあねぇ」


 ぼうっと火を見ていたシアンが振り向いた。葉がこの世界に来てからはや三ヶ月。その間関わったフォレイグン辺境伯の屋敷の事件も、その後に尋ねたフォリアーテ教会でも、そしてここでも。常に神とその眷属の名が話題に上がっていた。シアンもライアも「いつか説明する」と言ってくれていたが、葉の方が軍に正式加入するための特訓や勉強で忙しく、なかなかその機会が訪れていなかったのだ。

 

「じゃあ微力ながらわたしが補足するよぅ。他のはともかく『静寂』の神(ベルナイース)ならわたしが一番適任でしょ?」

 

「そうだな」

 

 と、すでに半目のトラリア。眠そうにしながらも、丁寧に自身の機械駆動の右腕を磨いていた。


「それじゃあ、まあ。寝物語がわりに聞いとけよ。『遥か昔、世界は黒い炎に包まれた――』」


 こうして、|世界で最も神を嫌う人間シアンから、一つの神話が語られた。



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