4章 5 雪の町
目もくらむような白銀の園。昨日の大荒れが嘘のような晴天。こんな天気の日はたとえ冬であっても、雪景色において日焼け止めを忘れてはいけない。直接太陽から降り注ぐ光と、それを雪の白が日光を反射した紫外線のダブルパンチはなかなかに強烈なのだ。
慣れない雪を転ばないようにしっかり踏みしめる。前方には先を行くシアンとトラリア。隣には迷子防止と転倒防止のため、葉としっかり手を繋いでいるライア。
葉はふと双子を見て信じられないという顔をした。
「あの〜………………」
「どした葉姉、なんか言いたそうだな」
「いや、その……二人とも見てて寒いんだけど」
片やサラシの上にタンクトップ。片や袖のあるインナーは着ているものの、ジャケットは丈が短い上やはり袖なし。双子揃っていつも通りの服装。防寒対策など全くもってしていない。なんならライアはスニーカーである。見る人が見れば雪山を舐めるなと憤慨しそうな格好だ。
葉の指摘にシアンがくるりと振り返った。
「仕方ねぇだろ、あちぃんだ。葉姉の方こそ厚着しすぎじゃね、動きにくくないの?」
「動きにくいより寒い方が耐えられない」
もちろん葉の防寒はバッチリだった。スノーボードウェアのような撥水性の高い上着に厚手のブーツ。手袋、耳あて、ふわふわマフラー。地元民監修の完全形態である。
「師匠、今の気温教えてあげよっか。普通に氷点下いってるよぅ」
「だからなんだ。いま夏だろ?」
「季節と温度は必ずしも一致する訳じゃないの。知ってた?」
「馬鹿にしてんのか、そのくらい知ってるわ。夏だからそのぐらいで落ち着いてるんだろってこと」
葉は前方で繰り広げられる師弟の会話を聞き流しながら、最寄りの列車を降りてからずっと黙りのライアを見た。普段はやかましいくらいの彼女だが今日は朝からぼーっとしており、心做しか顔色が悪い。
「ライア、調子悪い?一回止まる?」
「んー?大丈夫大丈夫。ただの寝不足と乗り物酔いだから、ほんとーに」
「寝不足って、ライアは寝るの早いほうじゃないっけ?」
「たまたま昨日読んでた本が面白くてさ……」
と、大きな欠伸をしたライア。寝付きも寝起きも悪いシアンと異なり、本来であれば彼女はなかなかに健康的な朝方人間と聞いている。しかし、稀にこうして夜更かしをすることがあるらしい。
幸い足取りはしっかりしているので転倒の心配は無さそうだ。むしろこれに関しては葉の方が危険である。けもの道とも言える全く整備されてない雪道に、先程から何度も足を滑らせその度ライアに支えられていた。
「葉ちゃん頑張って!そこの藪超えたらすぐだから」
励ますようなトラリアの笑顔が心に染みる。
何故このような歩きにくい道を進むのかと言うと、今日に限って正規の道が雪の壁で塞がれており、仕方がなくトラリアが幼い頃に使っていたという抜け道を使ったのだ。雪の壁についてはトラリアも首をかしげ、シアンは「ゲームの障害物かよ」と愚痴をこぼしていた。
葉はそんな数十分前のことを思い出しながら、障害物の多い足元ばかり見て歩いていた。手を繋いでいるライアは最早起きているかも分からないほど瞼が落ちている。そのため二人して前を歩くシアン達が止まったことに気づかなかった。
「うわっ、ごめん前見てなかった」
下を向いたままシアンの背にぶつかった。しかし流石と言うべきか、彼女の体幹はその程度では一切ぶれない。
「あ?んなこと気にすんな。それより――――着いたぜ」
前に伸ばされたシアンの指を辿ると、一面の銀世界に集落が広がっていた。
暖かさを感じる丸太の家。煙突からゆらりと流れる湯気の塔。中でも目に止まるのは家々の中心。何人もが輪になって漸く一周届くだろうというほどの大樹。集落を囲う針葉樹林とは異なり広葉樹にも見えるが、その葉や枝の一部は薄氷のようで日光を透かし輝いている。それは、一つの幹に本来の体と氷の体、二つが共存しているかのような大木だった。
北欧の御伽噺のようなどこか非現実的な空間に、葉は言葉を失った。
「わ、ぁ…………」
「こりゃすげぇわ。神の気配がするのはまぁ置いておいて……この景色だけで充分来る価値あったな」
日光に照らされ、きらきらと輝く雪景色に心を打たれたのは葉だけではなかった。シアンでさえも、その深海のような青い目を見開いてまじまじと目に焼き付けていた。
二人の反応を見て、嬉しそうにトラリアが振り返る。年上だと理解はしているが、その動きは外見の幼さもあり、雪にはしゃぐ子ウサギのようにも見えた。
「ふふ、早速気に入って貰えたようで何よりだよぅ。さて――ようこそ!ここが『静寂』の神のお膝元、雪の町、アイシハイク。どうぞゆっくりしていって!」




