4章 4 思わぬ再会
聞きたいことは聞いた。用もないのにわざわざ気の合わないやつといる必要も無い。「んじゃ、どうかお元気でー」と棒読みのセリフと共に、ライアはリュウガに背を向け、シアンたちを探そうと歩き出す。――――が、とその腕をがっしりと捕まれ歩みを止めた。
「ちょっと待て」
「なーにリュウガくん。お手手繋ぎたくなっちゃった〜?今すぐ帰ってお爺様にでも繋いでもらえ」
「誰が歩く炎災なんざと繋ぎたがるか。シアンとソラから頼まれてんだよ」
「何を」
「お前が一人でフラフラしてたらどうにかしてその場に留めておけって」
「保護者気取りか、あいつら!!」
四葉を筆頭とする近所の知り合い連中といい、リュウガといい、シアンもソラも何処まで保険を張っているのだろうか。そこまでせずとも、毎回自力で家にはたどり着いているというのに。と、ライアは身内二人に反感を抱いた。
流石にそこまで言われて放浪するほどライアも馬鹿ではない。大人しく立ち止まったのを確認して、リュウガも手を離した。それと同時に、ライアに対して何か探るような目を向けた。
「それに、情報代……ってんじゃないが、オレからも聞きたいことがある」
「しゃーねーな、何よ」
「『陽光』の神ってどんなやつ?」
「は?眷属じゃなくてマジの神の方?」
全くもって想定外の内容に、ライアは思わず素っ頓狂な声を上げた。
『陽光』の神と言えば、彼の住むフォレイグン屋敷の近くにあるソウェル大草原。そこに彼の神の眷属である天使が嫌になるほど蔓延っている。
ライアは質問の意図を噛み砕き、確認の意を込めて聞き返した。
「実際会ったことは無いから知らねー。八神が死んだのって3000年も前だぜ?流石に産まれてねーっての。むしろお前のほうが詳しいんじゃねーの?」
いくらライア達が不老不死として長年生きていても、現在大凡700歳。その4倍近い過去のことなど知る由もないのは百も承知だろうに。何故かリュウガは確信を持ったように、まっすぐとライアを見ている。
「それは無いだろ。お前ら双子が自分から語らないにしろ、八神の歴史について追ってるのは何となくわかる。お前が何を隠してるのかも、『蛮勇』の眷属と死ぬほど気が合わないのも大凡な」
「後者については単に個人の問題だと思うけど……。そうだな、そこまで言うなら仕方がねー。『陽光』の神だろ?確か――」
古い本を捲るように、慎重に記憶を掘り起こす。ライアは数えるように指を折りながら、かろうじて覚えていることを口にした。
「『静寂』の神と仲がいいが、『真実』の神とは仲が悪い。
元々自我が殆どない。
特別なにか意見を出す訳でもなくただニコニコしてるだけのタイプ――てな感じ?」
「なんだ最後の。なんかこう、もうちょっと弱点的なのない?」
「弱点〜〜〜〜?死んだ野郎の弱点なんて知ってどうする。まー、強いて言うなら眷属と同じ天輪だろうな。というか、元々神なんざ人型じゃないんだぜ。万一戦うんだとしても、人体の急所は無いものと思った方がいいだろうよ」
神話に語られる神はどれも半分は人のような形と言えなくはない、という程度。人が先か、神が先かとよく問われるが、この神話に関しては前者であった。
「…………ありがとう。それだけ聞ければ十分だ」
これらの情報を真剣な眼差しで聞いていたリュウガは、僅かに俯き、噛み締めるような、無理やり飲み込むような声色で感謝を述べた。
リュウガのあまり見ない姿にいたたまれなくなったライアが、後頭部を掻きながらその背を叩く。
「何考えてっかわかんねーけどさ、神殺しなんて一夕一朝でできることじゃない。あのシアンだって準神殺すのに3回くらい死にかけたんだぜ?ましてやお前はそんなに武闘派じゃないだろ。……マジで吠える相手はよく見たほうがいい」
「んなこと、お前に言われなくともわかってる」
「っはー!可愛くねーダンピール〜」
「うざ」
☆。.:*
シアンがライア捜索に走り出して数分。葉は一人物珍しい店の数々を見て回っていた。元々自分のいた世界でもよく見かけるような服屋やアクセサリー店、日常の便利グッズがお手頃価格で買える店の中に、明らか日本では見ないような武器屋や魔石、魔道具店が混ざっている。気にはなるものの一人で武器屋に入る度胸はなく、代わりに魔道具の店に立ち寄った。
入って理解したが、この魔道具店は所謂家電量販店魔法ver.と言ったところだろう。最近習ったばかりの慣れないエインスカイの言語をゆっくり読むと、炊飯器や洗濯機などと書いてある。そう思うと、一気に親近感が湧いてきた。
そろそろと辺りを見回していると陳列棚の一角に、見覚えのある姿を捉えた。長いウィステリアの髪を下ろした女と、濡羽色の髪を短く三つ編みにした少年。
「あれ、シャナ、蓮夜…………こんな所で会うなんて。二人も買い物?」
「あ、葉さんじゃないっスか!」
「うん、久しぶり。ちょっとおじい様の家の電池買いに来た。葉は?」
「あたしは防寒具とか、旅行セットを……ちょっと遠出することになってね」
二人とは以前フォレイグン辺境伯の屋敷で起きた事件以来の再会だった。
あの事件の後、教会から予言を授かった葉は師であるスザクと相談し、正式に軍務に所属する方針に決まったのだ。その為スザクから「ならば今よりも戦い慣れる必要がある」と、今まで以上にハードな指導を受け、毎日ヘトヘトになっていた。
一方、今まで頻繁に遊びに来ていたシャナ達は、フォレイグン屋敷の修繕を手伝うのだとこれまた忙しそうにしていた。そんなこんなで暫く会っていなかったのだ。
葉はふと周りを見渡し、いつもシャナと一緒にいるマゼンタの頭を探した。しかし一向に見つからず、おや?と首を傾げた。
「今日はリザイアは一緒じゃないの?珍しいね」
リザイア=カルヴィテリア。シャナの親友であり、彼女と同じくフォレイグン辺境伯の元にほぼ毎日遊びに来ている公爵令嬢だ。先日の戦闘では、まだろくに戦えない葉を守る為にかなり無理をしていたため、ずっと気がかりだった。
「あー、リザはちょっと……家庭の事情ってヤツらしいっス」
「うん。最近わたし達も会ってないからちょっと心配」
気まずそうに頬を掻く蓮夜に、俯き気味のシャナ。二人曰く、あの事件以降しばらくして父親から帰還命令が出されたらしい。聞けば、リザイアの父親――カルヴィテリア公爵は何とも厳格な人だとか。
「そっか……。まだお礼も言えてなかったから、なんとか連絡だけでもできるといいんだけど」
「難しいっスね〜。俺らも連絡つかないし、じいちゃん経由でもなかなか返事がこないらしいっス」
こりゃどうにもならない、と言いたげに両手を挙げた蓮夜。ただでさえ悪天候で暗い雰囲気がさらに重くなったようだ。
悲しげな顔のシャナを一瞥し、(これはまずい)と蓮夜が敢えて明るく葉に問いかけた。
「そ、それで!遠出って言ってましたけど、葉さんはどこに行くんスか?」
「えっ、あぁ〜、うん。アイシハイクってところ。トラリア隊長の帰省に同伴でね。ライアとシアンも一緒に」
まさかこっちに振られるとは思わず、葉は一瞬答えに戸惑った。話題が変わったことで漸くシャナも顔を上げ、話に参加した。しかし、その発言は葉が耳を疑う内容だったが。
「そっか。あそこは雪だるまが動くらしいよ」
「ごめんなんだって?」
淡々と述べたシャナ。蓮夜が隣で「へぇ〜。そういう妖怪か何か?」と当たり前のように聞き流していた。あまりに二人が自然にするものだから、一瞬聞き間違えだろうと思いたかった。
「雪だるま。動くって」
しかしシャナはそれを許さなかった。
雪だるま。雪を転がして大きな塊を作り、大きい玉に小さい玉を乗せて木の枝やらバケツやらで顔を作る。あいにく葉に経験はないが、元いた世界でも雪遊びの定番だった。
それが、動く。足もないのに。
想像してみれば何ともファンシーな童話の世界。そう思えるのは当たり前の話、リアルじゃないからだ。人が作ったただの雪玉が独りでに動くなど、ただのホラーか超常現象である。
「わぁ。異世界だぁ」
葉は遠い目をして、絞り出すように返事をした。現実逃避とも言う。
「おい葉姉、まるでエインスカイの常識みたいに言うな」
呆然としかけていると、背後から不機嫌そうな、疲労を感じる否定が告げられた。
「あれ、シアンさん。どーもお久しぶりっス!リュウガくんも一緒だったんスね」
「おうよ。リュウガのお陰で迷子をすぐに確保できたんだ。マジで感謝してる。今度なんか送るわ」
「気にすんな。こっちも有益な情報もらってるから」
声の主は先程ライアを探しに行ったシアンだった。その手はタンコブをこさえて気絶したライアを引きずっている。また、彼女らと共に荷物を持ったリュウガも姿を現し、彼は慣れた様子でいくつか電池を手に取った。
「蓮夜、シャナ、こっちの買い物は終わったからさっさとこれ買って帰ろう。これ以上雨が酷くなると帰れなくなる」
「それはまずい。列車止まったら歩きになっちゃうっス!」
「待て待て、お前財布持ってきてないだろ」
「そうだった!!お財布貸して」
「仕方ねぇなぁ、ってどうせ後で爺さんから返してもらうからいいんだけど」
慌てて蓮夜がレジに向かい、リュウガはそれを追いかけた。なんだか兄弟のような会話で、葉の心がほんのり温まる。そのやり取りをぼーっと眺めていると、不意にシアンが肩を叩いた。
「葉姉、私らも急ごう。外だいぶ荒れてっから、下手すると店が早めに閉まるかもだ」
「あ、うん、わかった。じゃあねシャナ、またリザと連絡取れたら教えて」
「うん。また…………あ、ちょっと待って」
別れを告げようと手を振ろうとすると、その手に何かを握らされた。手のひらサイズの袋と…………飴玉だ。シャナのくれる飴にいい思い出がない葉は、怯えるように息を飲んだ。
「アイシハイクはとっても寒いから、カイロあげる。たまたまポケットに入ってた。回数制限あるけど、魔力入れるとずっと温かいやつ」
「それは……ありがとう。ありがたいんだけど…………この飴は?」
「うん。キムチ鍋味、辛さレベル5。辛さで温かさを感じて欲しい」
「またなんとも言えない味を……でもありがとう!!」
もはや半分はやけくそだった。辛さレベルとやらは一体何段階あるのだろう。
満足気なシャナに今度こそ「またね」と手を振り、慌ててシアンを追いかける。
リザイアが隣にいない彼女は、始終寂しそうに見えたが今の顔はいつも通りのシャナだ。未知の旅路に不安はある。しかしその前に友の笑顔を見られて葉は少し安心できたのだった。




