表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
43/95

4章 3 旅行の支度

 ある人はバケツをひっくり返したような、と。

 またある人は滝行、と。

 昼間だと言うのに街灯が着くほど真っ暗な街並み。前日までのカンカン照りはどこへやら、空を覆う黒雲は人の心をも暗くする。

 

「いやー稀に見る曇天、土砂降り、暴風雨。これはひどい。もしかして葉姉雨女?」

 

「あんまり気にしたことない……」


 アイシハイクへと旅立つ前に支度をしようと家を出たのが数十分前、その時点で既に雲行きは怪しかった。王都へ進めば進むほど湿った空気に包まれて、仕事終わりの葉と合流した時はまだ小雨。いざ店へ!と歩き出した途端、立ち塞がるように豪雨となったのだ。


「とりあえず店の中には入ったけど……停電するかもな」


 軍務棟を出る直前に偶然通りすがった響から大きめの傘を借りて走りだし、王都の中で城の次に広い建物へと辿り着いた。

 丁寧に髪にタオルを当てて水気を吸わせる葉が不安そうに尋ねた。

 

「あたしまだ王都を回りきれてないんだけど、この国って水路が多いよね……こういう大雨の日って出歩かない方がいいんじゃないの?」


 それに答えたのは毛が痛むのも気にせず、歩きながら濡れた髪をタオルでわしわしと拭いたシアン。

 

「水路多いのは西の方。城挟んで海側は住宅街で、繁華街のある東側はそんなに無いんだよ」

 

「お貴族様の街が東側だからね〜。並んでる店も東に行くにつれて値段高くなるから。その分良い物……っつーか有名ブランドが多いけど」


 そう補足したライアの髪は魔法を使ったのか、既にさっぱりと乾いていた。

 最近有名のブランドと言えば赤が豊富と話題のメイク用品『フレム・ラ・ルージュ』、紳士淑女御用達の正装『ミストラル』、魔力エネルギーを蓄えた観賞用の宝石店『真紅の蝙蝠』などなど。

 もっとも、シアンもライアも金に困ることはまずないが、デザインよりも機能重視。要は高級品に興味が無い。


「興味があるならそのうちシャナとかリザイアとか誘って見てみればいいんじゃね。私よりあいつらの方が詳しいぜ」

 

「そうする。あたしも暫くは貯金したいし……そもそも、まだお金の価値もピンと来てなかったりするし」

 

「あぁ……それは簡単。葉姉日本人だろ?だったら値段からゼロ一つとって考えればいい。ざっくり言うと1ルル=10円くらい?」

 

 そう言ってシアンは近くのB5ノートを手に取り、「これ一冊だいたい10〜20ルルな」と言った。市場に関するあれそれを正確に解説するとややこしいため、何がいつ高くなるなどはそのうち覚えていけばいいだろう。

 彼女たちが今いる室内商店街のような広い建物は、この国随一の百貨店。先程あげたような高級品からお手頃価格の庶民的なものまで幅広く取り扱っており、シアン達も度々訪れていた。ここに来ればあちこち回らずとも全ての買い物が終わるのだ。


「で?葉姉はまず冬服だよな。アイシハイクはマジで寒いらしいから、防寒機能には妥協しない方がいいぜ」

 

「うん、そうする。あとはバッグかな……、大きいやつ持ってないんだよね。他にもいろいろ…………シアン達は何買うの?」

 

「私はタオルとグローブ。この前使ってたのが穴空いた」

 

「グローブって……」

 

「野球のグローブじゃねぇぞ。私がいつも着けてたやつ、インナーグローブ的なあれ」

 

「あぁ、あの黒いやつ。ライアは何買うの?…………ライア?」


 会話の途中で振り返った葉が足を止めた。つられて後ろを見ると、つい先程まで着いてきていたはずのライアが居ない。――油断した。


(最近はソラが引っ張ってたんだ……あいつ今日居ないんじゃん)


 人通りの多い建物に入った時点で気にしておくべきだった――が、何を考えようと後の祭り。まさかこの大雨の中外には出ないはずだが、ライアの動きは全く想定できない。

 一刻も早く捕まえなくては。ここで逃がせば一週間は戻ってこないだろう、それは困る。今日に限って家の鍵は彼女しか持っていないのだから。ソラも不在の今、ライアがいなければシアンが家に帰れなくなる。


「葉姉悪ぃ!ちょっとライア(あのアホ)探してくるからその辺適当に見てて」

 

「わ、わかった。けど…………」


 苛立つ思考を何とか宥め、シアンは葉を置いて走り出した。葉は了承はしたものの、何かを言いたそうな顔をしている。しかしその表情の変化に、慌てるシアンは気が付かなった。

 

「……けど、通信機で連絡取ればいいんじゃ…………って、行っちゃった」


 残念ながらこの言葉が、駆け出したシアンに届くことはなかった。

 

 ☆。.:*

 

「げ」

 

「うっわ。最悪」


 建物に入って早々、面白そうな武具を売っている臨時店舗に、ライアは目を奪われた。

 目と鼻の先だし、視界にシアンも見えているし、きっと逸れることはないだろうと過信したのが間違いだった。気がつけば辺りは全く違う店並び。もちろん、シアンも葉も居ない。

 代わりに目の前にいるのは銀髪赤眼の青年。目が合えばどちらからともなく相手を煽り、かろうじて手は出ないものの口論が耐えない。正しく犬猿の仲。王都から離れたフォレイグン辺境伯の屋敷に住まう、リュウガ=バルブラッドだ。

 此度も例に漏れず、互いを認識した途端ライアは天を仰ぎ、リュウガは嫌悪を隠さず眉間に皺を寄せた。


「よりによってなんで一人でいる時に会うかな……」

 

「あっはっはー!相変わらずシケた面してんな〜、ダンピール」

 

「はぁぁぁ、うぜ。一人ってことはどうせまた迷子だろ。お姉様と逸れて寂しいですねぇ、迷子センターにでも連れてってやろうか」

 

「あはははは!中途半端な『蛮勇』の神(ソーン)の眷属くんがイキってんなよ?吠える相手はよく見とけって、本当に!」


 道のど真ん中にも関わらず火花を散らす二人。営業妨害待ったなし。近くを猿のようにキャイキャイと駆け回っていた悪ガキも一目散に逃げ出した。

 流石に他人に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったのか、両者揃って溜息をつき、真似をするなとまた睨み合った。

 

「それで?お前わざわざこんなとこまで来て何買いに来たわけ?フォレイグン屋敷から二時間はかかるだろ」

 

「消毒液と庭の肥料と爺さんご所望の本。あと………………輸血パック」


 指折り数えて買うものリストを答えたリュウガ。しかし、最後の一つだけは言いづらそうに、周りに聞かれたらまずい物のように口ごもった。最も、ライアがそんな事にわざわざ配慮する訳がなく、彼女は至極普通に聞き返した。

 

「輸血パック〜〜〜〜?そんな重症患者用まで必要?」

 

「声がでかいわ。…………オレが使うんだよ」


 リュウガの仕事は所謂闇医者――のようなもの。彼自身が医者と名乗らないが故の認識である。

 ライアはその手の詳しいことを知らないが、バルフィレム(この国)に医師免許が存在するかと言われたら、「ないんじゃね」としか言えない。少なくとも今まで数百年と過ごしていて試験があるなど聞いたことは無い。とはいえ、輸血が必要になるほどの患者がいれば彼の性格からしてすぐに軍務の医療部隊に引き渡すだろう。

 ならば何に――否、何故自分に使うかと言えば、十中八九飲むのだろう。ライアが蔑称するように彼はダンピール。半分は吸血鬼なのだから。

 当の本人は嫌な味を思い出したように舌を出して顰め面をしている。

 

「あんな鉄臭いもん飲まなくていいなら飲みたくねぇけど……そういう訳にもいかないからな」

 

「ふーん。ダンピールも大変ね〜。なんだっけ?月一で飲まないと我を忘れるんだっけ?逆生理かっつーの」

 

「お前のそう言うデリカシーないところ、マジでどうにかした方がいいと思うぜ」


 センシティブな話題だろうが容赦なく突き進むのがライアであった。シアンも大概だが、こっちはあえて踏み込む確信犯。尚タチが悪い。リュウガでさえ喧嘩腰になるよりも先に諭しはじめる始末。


「へーへー、肝に銘じときまーす。あ、そうだ。お前って眷属の研究してたよな。『静寂』のベルナイースのところって眷属なんだっけ?」


 せっかくアイシハイクへ行くのなら下調べするに越したことはない。ましてや神のお膝元に行くのだ。ソウェル大草原の天使のように眷属と戦闘になれば、間違いなくシアンがブチギレるだろう。この程度は少し調べればわかるのだが、どうせ目の前によく知る者がいるのだから聞いた方が早かろう。

 急に話題を変えられたリュウガは顎に手を当て、考える素振りをしている。

 

「ベルナイースか……神話に語られるのは一つの大樹だが、実際のところはその枝葉が独立してるんじゃなかったか?オレの知る限りでは『陽光』の眷属(天使)みたいに人を襲うことはないはずだ」

 

「行ったことあんの?」

 

「一回な。爺さんに連れられて」

 

「なーる。情報サンキュー」


 彼いわく、少なくともエンカウント即戦闘にはならないだろうとの事だ。ならばまあ、少しは落ち着いた旅路になりそうだ、とライアは小さく安堵の息を吐いた。神とそれに連なるものと敵対する時のシアンは本当に手に負えない。

 ライアは神を殺すと怨念のように叫ぶシアンを思い出し、引きつった笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ