4章 2 帰省と観光
「師匠〜。落ち着いた?」
「あぁ、取り乱した。すまん」
どうどうと宥められたシアンの怒りが漸く鎮火した。慣れたように沈めたトラリアが、とりあえず座るように促している。
「ソラがああなのはいつもの事じゃーん。んな事にいちいち怒ってたら血管ぶち切れちまうっつーの」
「シアンがキレるのは目に見えていたけど、ただでさえ暑いのにさらに暑くなった気がする」と、ライア。鳩を送り返した後に、再び冷気を求めて冷風機の前に立った。
「短気で悪かったな」
「んな事最初から知ってますぅ〜。…………んで?トラリアはマジで何しに来たわけ?まさか本当に近く寄ったから顔出しに来たってわけじゃねーだろ」
不貞腐れるように頬杖を着いたシアンを他所に、ライアはトラリアに声をかけた。彼女の仕事場であろうパレットの商店街からここまで、遠くは無いがそれなりに時間はかかる。長く見て徒歩2、30分と言ったところか、しかも上り坂。
普段であれば顔を出すことは殆ど無い。気が向いたから今回だけ、と言うことは無いだろう。ライアが本音を探るように目を見ると、トラリアは一瞬おどけたような顔をした後「そうだった」と手を叩いた。
「わたしそろそろ休み取って帰省しようかと思ってるんだけど、ライアちゃんたち一緒に行かない?観光と避暑兼ねて!」
「トラリアの故郷っつーと、アイシハイクか。確かに避暑地としては申し分ないけど……唐突に極寒すぎでは?」
「アイシハイクって……北の国境にある街、でしたっけ」
「そうそう!バルフィレム全体で見れば今は夏真っ盛りだけど、『静寂』の神ベルナイースの眷属がいるせいで一年中雪まみれなんだよぅ」
アイシハイク。トラリアの説明通り、そこは一年中雪景色が広がっている。太古の昔に存在した八つの神のうち、氷神とも『静寂』の神とも呼ばれる者――ベルナイースの治めたとされる白銀の街。彼女が死した後、その魔力から生み出された眷属のせいで雪が止むことはないのだとか。あくまで言い伝えであるが。
そんな神に近い土地にシアンが行きたがるとは思えない。伺うように顔を見ると、案の定眉間に皺を寄せて不機嫌さが滲み出ていた。
「なんだって、んな神性濃いところに行かなきゃならんのか」
「あはは!言うと思った〜。シアンは勝手に留守番してれば?私は行きたい!激寒とはいえ暑いより断!然!マシ」
案の定「私は行かねぇ」と興味無さそうに背もたれに寄りかかったシアン。対称にライアは元気よく賛同の意と手を挙げた。
もう何百年も前の話になるが、バルフィレムに定住するまで、ライアはシアンと共にあちこち旅をしていた。殆どの国には行ったつもりだが、シアンが嫌がるため神に深く関わる幾つかの土地には訪れなかった。その一つがアイシハイク。今でこそ渋々通るようにはなったものの、同じ眷属の天使が蔓延るソウェル大草原も昔は極度に嫌がっていた。
そのため件の雪の大地は観光もした事がなく、一度は行ってみようと思っていたのだ。ただし、ライア一人ではどうやっても迷子になるため辿り着けない。トラリアの提案は願ってもないことだった。
シアンが拒否するのは予想の範疇だったのか、ニヤリと笑ったトラリアが葉の肩に手を置いた。嫌な予感がしたのかシアンの眉がピクリと動いた。
「ちなみに、葉ちゃんも一緒に行くんだよぅ。 勿論、スザクくんには許可取ってあるし、弟くん探しの一環でもあるからある意味三番隊の仕事でもあるんだよね」
「スザっくんはなんて?」
「先生は――『オレはあまりエインスカイに詳しくないから、あちこち行く機会があるなら率先して行ってこい 』って」
「あ〜言いそう」
スザクももとは迷イ人。彼は来て直ぐ正式に軍務へ所属したため、大した観光もしていないのだろう。たまには息抜きにどこか行くよう勧めてみようか。などと、ライアと葉、トラリアが軽口を叩いていると、固まっていたシアンがふるふると震えだした。
「あぁクソ!!葉姉の弟探しを出されちゃ、私が行かねぇ訳には行かないだろうが」
「別に無理して行かなくてもいいんじゃねー?私は行くし」
「テメェ一人にしたら心配だって意味だよ!」
「やった!じゃあ師匠も行くってことで決まりだね」
全てはトラリアの計画通り。傍から見ても満面の笑みがいっそ憎たらしいほどだ。
過去エインスカイに来た記録はあれど未だ見つかっていない迷イ人――風希蛍の話題を出せばシアンが乗らないわけがなかった。そしてどうやら彼女はライアを単独で向かわせることが不安らしい。遺憾の意。
「気づいてると思うけど、あの二人はニコイチなんだよぅ。双子だからとかじゃなくて。ライアちゃんはすぐ迷子になるけど連絡は取れる、けど合流はできない。師匠はよっぽどの事がなければ迷子にはならないけど、いざって時に連絡が取れないの。機械使えないから」
「二人一緒じゃないと外野が安心して行動できないってことですよね」
「その通り!」
機嫌悪そうに睨むシアンと舌を出して煽るライアを他所に、トラリアは葉に耳打った。散々言われ続けた事実ではあるので双子共々強くは反論できないが、一緒にされるのは気に食わないのが本音である。以前それをソラに言ったところ「気に入らねえなら自分だけで動けるように対策しろ」と叱られた。
ちなみにそのソラは、迷子にもならないし、一応機械も使え、いざという時の連絡手段もある。しかし、単独行動を好むのと全て事後報告で済ませることが欠点だった。本人の言い分曰く――「言ってなかったっけ?」である。
「はぁぁぁ。で?いつ行くんだよ。まさか今すぐじゃないだろ」
「それは流石に無いよぅ。休暇はちょうど一週間後から出してるから……一週間と一日後!三泊くらいはするつもり」
「つーとあれか、ちょうど新月と被るな。あはは!運がいいぜ〜本当に!」
「運がいい?」
「そ。山の雪国、夜景もなければ月光もなし。絶好の星見日和だ。晴れてりゃな」
ライアはカレンダーを見ながらそう言った。アイシハイクの夜空は正しく星の海。雪に移る月光も捨て難いが、夜に輝く群星には敵うまい。と、いつだか知り合いが自慢していたのを思い出す。
「星空かぁ。夜空なんて随分眺めてないかも。綺麗に見えるといいな」
「予報じゃ晴れだけど、山の天気はわかんねぇからなんともだな。まぁ期待はしとけよ、新月に拘らないなら一日くらいはよく見えるだろ」
まだ見ぬ絶景に目を輝かせる葉。自然の景色というのは世界に問わず愛されるものなのだろう。
さて、旅に出るならそれなりの支度が必要だ。特に葉は寮生活で王都からあまり出ないためそんなに物もないだろう。
「葉姉は旅行の支度しないとだよな。足りないもんあれば一緒に買って来ようか?私らも買い足したいもんあるし」
「えっそれは申し訳ない。でも確かにバッグとかないや。一緒に行くでもいい?」
「おっけーおっけー、そういうのは自分で選びたいもんな。前日か仕事後でも事前に教えてくれれば王都行くぜ」
「わかった。また連絡するよ」
隣ではシアンとトラリアが「お前は?」「わたしは別に。実家だし」「あっそ」と、なんとも簡素な会話をしていた。言葉が少なくとも伝わるのは師弟関係故なのか。否、トラリアの弟弟子は伝わらないから、ひとえに彼女のコミュニケーション能力が高いのだろう。流石は右も左も分からない迷イ人の対応をする三番隊隊長と言ったところか。
「じゃ、わたし達はそろそろ帰るよぅ」
「いきなり来てごめんね、お邪魔しました」
「送ってこうか?転送魔法陣」
「遠慮するよぅ。マリーシャ王女使う訳にはいかないもん」
「使ってやれ、あいつ頼られるほど喜ぶタチだぜ」
諸々の会話が済んだところで、来客二人が立ち上がった。そろそろ日も昏れる。走り屋――所謂タクシーも直に営業を終え始める頃だろう。心配するように提案するシアンだが、トラリアはキッパリと断った。まあ、この提案は部下が上司を足にするようなものだから納得ではある。
「レンタル地竜使うからいいの」
「何それ」
「最近できたレンタル自転車……で伝わるかな、そんな感じのやつ。王都だと少し普及してきたんだけど……。首にかけてある袋にお金入れるの。お金貰ったら帰巣本能で勝手に帰ってくるんだって」
何百年とこの地に住むライアでさえも知らない言葉が出てきた。シアンがなんだそれと言いたげにこちらを見るが、ライアにも分からない。葉が合っているか不安げにたどたどしく説明をする。それをトラリアがニコリと肯定した。
「そう!夜目も効くから片道でも夜でも大丈夫なんたよぅ。カズロット王国から導入して、ちょうど今日パレットにも支部ができたの」
「まさかお前、それが仕事か」
「その通り。だからそんなに遅くはならないよぅ」
「ならいいけど。ま、とにかく気をつけろよ」
今日の三番隊の仕事をここで知ることになるとは。予想外ではあるが便利なことに違いは無い。ソラが帰ってきたら教えてやろう。
「それじゃあね!二人ともお休み」
空は茜色に染まり始めていた。灼熱の日差しは燦爛の斜陽に変わる。暑さは穏やかになったものの、次は目を焼くぞと言わんばかりの苛烈さだ。
二人の姿が見えなくなった頃、ライアはまだ知らぬ雪国を思い浮かべひとり期待に胸を躍らせたのだった。




