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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
40/95

幕間2 葉、はじめての武器商店 後半

「オラァ!鬼野郎、今日こそは例の武器を売ってもらうぜ」


 今度の犯人は全く見覚えのない男達。ナイフを舐めていそうな、ちょっと頭のネジが倫理的に外れているタイプの強盗だ。

 心做しか、エインスカイに来たばかりの頃に葉を攫った男たちと雰囲気が似ている。否、顔など覚えていないが、あくまで雰囲気が。

 ぞろぞろと店になだれ込んでくる五人の強盗達。しかし葉はライアがいるのであまり心配していない。青年も同様だろう、微動だにしないどころか見向きもしていない。店主だけが対応のため、のっそりと立ち上がった。


「何度も言っているが、まだ分からないのかい。悪いがアレは売れない。大人しくお帰り願おうか」


 今までの柔和な語りとは想像もつかないような冷たい声が放たれた。

 強盗の男達は一瞬たじろいだ後に、ゲラゲラと品のない笑い声をあげる。そして、そのうちの一人が店主を指さしてこう言った――

 

「人の世界に住み着いた鬼風情が偉そうに。人間様の役に立てるなら本望だろう」


 と。

 外野がそれに続くように囃し立てる。

 店主本人はその言葉に何も言い返すことはないが、葉はあまりの不愉快な空気に段々と苛立ちが溜まる。自分一人で何かができるとは思わないが、黙って見ていられるほど葉の忍耐は強くない。

 ――が、その怒りが爆発することはなかった。

 

「はっ、人間の何が偉いのか」

 

「それね〜、大地は話がわかるぜ」

 

「アンタと一緒にされたくはねぇな……。仕方ねぇ、やるか」


 間の抜けた声。しかし確かな怒気を含んでいる。

 最初に声を発したのは受付の青年。それに続いたのがライアだった。

 青年が首を鳴らしながら立ち上がり、カウンターの下から長い柄のついた槌を取り出した。尚、ライアは動いていない。壁に寄りかかり、完全に観戦ムーブである。


「こら、大地。何もあんな連中を相手にすることはないよ」

 

「おやっさんは下がってて。本人は黙っていられても、外野が黙れない事象ってのはあるんですよ」


 槌の金属を引きずりながら強盗の元へ向かう大地を店主が止めようとしたが、伸ばした腕はライアによって無言で下げられた。そして大地の放った言葉に心配そうな顔をしたまま彼の背を見つめている。


「なんだ受付ボーイ。テメェ一人だけでやろうってか?!」

 

「見ろよ!この人数。真面目そうな僕ちゃん一人で倒せまちゅかぁ?ギャハハ!」

 

「なんだコイツら、知性失くしたのか?可哀想に。きっと誰も拾ってねぇから探してこいよ、ちょっとくらいマシにはなるぜ」


 これでもかと青年を馬鹿にしていた強盗達。数だけで勝負する気らしい。しかし青年の言葉の方が火力が高かった。真面目な顔で的確に敵を苛立たせている。

 葉は青年の戦いを見たことは無いが、彼が軍務所属、そして何よりライアが何も言わないのであれば心配いらないのだろう。


「んだとテメェ!」

 

「表出ろコラァ!」

 

「出るならそっちが先に出ろ。詰まってんだよ、デカイんだから」


 違う。煽るとか皮肉屋とかそんなレベルではなく単純にこの青年、一言言葉が多いのである。これが通常運転なのか店主は頭を抑え、ライアは爆笑していた。

 

 見学のためだ、とライアに腕を引かれ外へ出る葉。

 既に外では大地と陣形を組んだ強盗達が対峙している。その周囲には街の人達が集まりなんだなんだと野次馬や賭けを始めていた。


「かかってこいよボンクラ野郎。二度と近寄りたくなくなるくらい徹底的に瞬殺してやるから」

 

「舐めてんじゃねぇぞ!」


 青年の言葉を皮切りに、強盗達が同時に飛び掛かる。

 しかし青年は静かに目を閉じ、ただ1回、手にした槌の頭で地面を鳴らした。

 音が地面を伝わり、モコモコとうねりだす。波打つ土が徐々に強くなっていく。

 強盗の持つナイフが青年に刺さる直前、その動きはぴたりと止まった。


「なんっ……なんだこりゃあ!?」

 

「何って、見ればわかるだろ。土魔法で拘束したんだ。別に珍しくもない」

 

 強盗は鍾乳洞にように競り上がった地面に飲み込まれ、一切の動きを封じられていた。


「見ろ葉姉、馬鹿野郎共の現代アートだ。あっははウケる!あまりに無様!」

 

 葉の隣ではライアが腹を抱えて呼吸困難に陥りかけている。彼らを囲む観衆達もヒューヒュー口笛を吹き、一種のショーのようだった。

 

「さて、これでお前ら一生動けない訳だけどどうする?このまま天日干し飢餓ルートか、二度と工房に近づかないことを誓って去るか。さっさと選べ」


 槌を肩に担ぎ、強盗を詰める青年。彼はこれまで葉が見てきた中で一番非道かもしれない。問い詰め方に容赦のかけらも無い。


「わ、わかった!わかったから離してくれ!」

 

「二度とお前たちに手を出さないと誓う!!だから放置だけは勘弁してくれぇ」

 

「勘弁()()()()()()だろ、ボケ」

 

「勘弁してくださいぃ!」

 

「よし」

 

 強盗たちは項垂れる者、虚勢を張る者、命乞いする者と様々だったが、たった一人、一番に乗り込んできた男だけはジッと青年を睨み返していた。

 

「お前、人間のくせに鬼の肩をもつなんて変な野郎だぜ」

 

「あ?」

 

「ちょっとリーダー!刺激しないで、本当に殺されちまうよ!!」

 

「だってそうだろう?ここは人間の作った街だ。神の眷属だかなんだか知らないが、人間様以外がでかい顔してうろついていい場所じゃねぇんだよ!」


 先程店主を馬鹿にした男だ。彼は再び店主を一瞥し、そう吐き捨ててた。周りの仲間が慌てて止めようとするが、手も足も出せない。物理的に。

 店主への誹謗を聞いた青年は槌を振り上げ、男に向かって言った。


「で?」

 

 一言だけだが、その声にはこれ以上ないくらいの軽蔑と不快感が混ざっていた。


「で?ってお前……だからぁ!」

 

「鬼だから何だ。僕はこの世界で人間以外の意思疎通できる種族と会って確信した!人間はクソだ!!」

 

 恐れを知らぬ強盗が再び何かを発する前に、青年は振り上げた槌を思い切り振り下ろす。

 思わず息を飲んだ。流石に軍務所属の彼が人を殺すことはないだろうとわかっていても、その目があまりに冷たいので、気がつけば葉は目を瞑っていた。


「待て大地!!」


 岩石のように重くしっかりとした声が響く。店主だ。

 彼の静止のおかげか否か、振り下ろされた鉄塊は男には当たらず、彼を覆う土柱の足元に思い切り叩きつけられた。あと数センチずれていれば男の首はへし折られていただろう。

 

「大丈夫だよ、おやっさん。流石の僕も殺さない。ほら、拘束解いてやるからさっさと消えろ」

 

 店主と葉が同時にほっと息を吐いた。

 青年は再び、地面を叩き、慌てて逃げ出す強盗に向かって虫を追い払うように手を振った。そして、こちらに振り返り「そういえば」と葉に向き合った。

 ついさっきまで罵詈雑言を淡々と述べていた人間とは思えない穏やかな顔だ。

 

「思い出した。あんた四番隊のとこの葉さんだな?エルムさんから聞いてたんだ」

 

「は、はい。そうです先々月この世界に来たばっかりで……武器を探しに…………え、今これ話すタイミング?」

 

「まあまあ。僕は暁大地。現バルフィレム軍務五番(ソーン)隊の副隊長だ。出身は七番世界の日本だから、葉さんと全く一緒。もしかしたら日本で会ったことあるかもな」


 強盗事件の緊張感はどこへやら、一瞬にして場が緩んだ店先。よく見れば野次馬をしていた街の人も何事もなく生活を再開している。賭けをしていた人たちも耳をすませば「殺すか殺さないか」で賭けていたらしい。なんと不謹慎。のちに知った話、あのような強盗は他にもいるらしく、その度青年がキレながら対応しているそうだ。

 さらっと自己紹介をした青年、大地は聞けば出身地が世界単位で一緒らしい。日本人だけど違う世界出身の人間には会ったことがあるが、まるっきり同じは初めてだった。世間は案外狭いのかもしれない。

 彼に促されて店に戻る葉。そういえば、武器を探しに来ていたのだった。


「そうだ葉さん、携帯出して。迷イ人用のチャットグループ招待するから」

 

「グループ?」


 ふと前を行く大地が振り返り、ポケットから携帯端末を取り出した。

 

「そ。日本でも使ってたろ?連絡用のSNS。それの迷イ人集合グループ。三番隊は関与してない非公式のやつだけど、異世界初心者が分からないこと聞いたり、異世界あるある話してたりするやつ。よかったらあんたもどうかと思って」

 

「ぜ、ぜひ!お願いします」

 

「バルフィレムの人間は迷イ人に優しいけど、それでも聞きづらいことってあるだろ?遠慮なく声かけてよ。僕も、他の奴らも通ってきた道だしね」

 

「わぁ、なんか元の世界に戻った気分……どうもありがとうございます!」

 

 出身地が同じだと、前提とする知識が同じであるためなんと話の通じやすいことか。早速招待してもらったグループ画面に挨拶を入れると、すぐさま返事が帰ってきた。まだ日本で女子高生をしていた数ヶ月前を思い出し、感無量である。

 

 ✩


 その後、無事自分用の武器を購入し、現在はその会計と使用説明を受けていた。

 全ての説明が終わり、軽い雑談が始まった頃、葉はどうしても気になっていたことを口にした。

 

「あの、聞いちゃまずいことだったら申し訳ないんですけど、鬼って……?」


 強盗が大地の地雷を踏み抜いた言葉、「鬼」についてである。


「ああ、あれか。怖がらないって約束できるかい?できるなら教えてあげよう」


 店主はいたずらっ子のように微笑み目元の布に手をかけた。

 突然の脅しに戸惑う葉だが、好奇心の方が勝った。布の下。人間の目にあたる部分だが、一体何が隠されているというのか……。


「大丈夫です、約束します」

「はは、ならば見せようか」


 布の下から現れたのは、実に大きな瞳だった。ギョロっとこちらを向く目。形こそ人のものだが、問題はその数である。普通なら二つあるはずの目が、彼には一つしかなかったのだ。

 その時、頭に酷く懐かしい声が響いた。

 


『なぁ、オレやっぱりお前に会いたいよ――――』


 

「一つ目…………?」


 記憶の声に続く言葉が思わず漏れた。

 

「おや本当に驚かない」

 

「その人肝が据わってて、変なところでものすごい胆力あるんだよ」


 固まった葉を不思議そうに見つめる店主と、それに口を挟むライア。しかし葉も別に驚いていないわけではない。ただ、昔の幼い記憶の中で『一つ目』という人の名前を聞いた覚えがあったことの方が気になってしまっただけで。


「葉さん、大丈夫かい?」

 

「あ、えっと、はい!びっくりしました」

 

「びっくりしたようには見えなかったけど……まあいいか。改めて、ぼくは61(ロクワン)工房の店主。みんなからは一つ目と呼ばれているよ。初見の人を驚かせないようにこうして布をつけているけどね」

 

「一つ目の鬼ってことですか?」

 

「そう。分類で言うと単眼鬼。吸血鬼なんかとルーツを同じくする『蛮勇』の神(ソーン)の眷属だ。だからかな、たまにああやって突っかかってくる人たちもいるんだ」


 店主は寂しそうに目を細めた。そのしょぼくれた姿にかつて読んだ童話を思い出す。心優しい赤鬼と、自ら悪役に堕ちた友人の話を。


「それでも、街の人間はおやっさんを街の一員だって思ってる。言いたいやつは言わせておけばいいんだよ」

 

「そうか、そうだね。街の皆には本当に世話になっている。もちろん大地にもだ」


 大地の言葉に照れる店主。鬼だろうと、目が一つしかなかろうと、その様子は人間同士の触れ合いと何も変わらない。同じ街に生きる者として接するべきなのだろう。


「さて、あなたがここを怖がらないのであれば今後ともご贔屓に、葉さん」

 

「はい!また来ます!絶対に!」

 

「はは、元気なお嬢さんだ」


 最初から最後まで、店主の対応は至極丁寧なものだった。加えてどこか暖かく親近感のある……そう、叔父のような人だと感じた。

 葉は自身の武器をしっかり抱え、人生初の武器屋を後にする。たった一つの武器を買いに来ただけだったが、迷イ人同志の交流、人間とそれ以外の見られ方。実に収穫の多い一日だった。

 そして何より、この世界で生きていくことを、もう一度、世界の方から面と向かって覚悟しろと言われた気分になった。

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