3章 10 不老不死
日が落ちて深海のように暗く冷たくなったホール。教会の老夫婦――ティノやルゥン、レイトの祖父母が明かりを灯しに来たためかろうじて周囲の輪郭がつかめるくらいだ。ライアに兄と会ったことを伝えようと決めたシアンは、長椅子に寝そべって高い天井を見ていた。共に居たソラは寒い寒いと羽織にくるまっている。
(いや、証明吊るさがってんじゃねぇかよ……)
わざわざロウソクに火をつけた老夫婦を思い返しながらボーッとしていると、あまりの静けさに睡魔がシアンを襲う。目を瞑ろうとした時、水面に何かが飛び込むように大きな音が聞こえた。「なんだぁ?」と顔を向けると、葉がホールに飛び出してきたらしい。少し前まで思い詰めたような顔をしていたというのに、今はなんだか混乱したような様子だ。
「ししししし、シアン!ソラくん!!」
「何葉姉。そんなに慌てて、お悩み相談終わったの?」
「いやもうそれどころじゃないって!貴女たち今いくつ?」
葉の大声に、ソラもなんだなんだと目を向ける。真剣さの混じった唐突な質問に、ソラが朧気に答えた。
「年齢?75…………なんだっけ」
「756くらいじゃね?」
「え、なんで覚えてんの」
「そんな…………あっさり答えるなんて……」
「え?あ、ああ〜〜言ってなかったな。自己紹介する時に年齢なんか言わねえから忘れてた」
大声を出して何を言うかと思いきや、唐突に年齢を聞いてきた葉。シアンは(そういえば言ってなかった)と思いながらソラの答えに補足した。その彼女も普段はソラと同様に10の位まで、酷い時は50の倍数でしか記憶していない。今回はたまたま葉がこの世界に来た時、暦を数えたため覚えていただけだった。
今更自分達の年齢で驚く人も多くないので、ここまで驚かれるのも久しぶりだった。数年前に来た迷イ人達は何故か揃いも揃って「そっか!」としか言わなかった。彼らも葉と同郷のはずだったが、あれは彼らが些事を気にしないだけだったようだ。
「じゃあ何、一昨日シアンの目が爆ぜたけど治ったとか何とかってのは……」
「不老不死の話?マジだけど。跡形もなく片目ぶっ飛んで見えなくなってたけど、まぁその日のうちに元に戻った。眼帯は念の為にって付けられただけ」
葉は固まったまま背後に宇宙を背負ったような顔をした。
その肩越しから、修理を終えたらしいライアが金髪を揺らしながら戻ってきた。手ぶらで、表情はどこか楽しげだ。
「修理終わり〜〜…………って、何固まってんの葉姉」
「年齢がバレた。いや別に隠してはねぇんだけどな?」
「あ〜いつものアレね」
ライアの登場で何とか我に返った葉。さらに追い打ちをかけるが如くライアが笑いながら続けた。
「私らちょーっといろいろあって、死なない、老けない、傷残らないの三拍子揃った永遠の命ってやつなワケ。いや〜死なないってのも大変なんだぜ?」
「髪の毛とか切っても次の日には元の長さに戻ってるんだよなぁ……いい加減切りたいんだけどよ」
葉は言葉を失ったまま口をぱくぱくさせる。頭で理解しようとすればするほど、本人の常識との齟齬が広がっているようだ。
「ちょっと意味わかんない、かも」
「そういうものだと思ってくれたまえ」
「思考を止めろ。深く考えるな」
ソラの突き放すような言葉に、葉は半ば呆然としながらも「そういうもの……かぁ」と自分を納得させようとしている。世界が違えば常識も違う――その現実を、ようやく肌で感じたらしい。
☆。.:*
「落ち着いた?」
「うん。まだちょっと混乱してるけど……」
その後、ライアを追うように戻ってきたレイトが「暗すぎ。電気つけなよ」と吊るさがっていたシャンデリアの照明をつけた。彼は混乱している葉を見て大体の話題を察したらしい。
「無理は無い、誰だって普通そうなる。バルフィレムが異物である迷イ人を受け入れるのは、この規格外の存在があるからだって話もあるくらいだしね」
「それは俺も聞いたことある。人は自分達と異なるものを受け入れ難いと思いがちだけど、なんかもっと生命として根本から違う三馬鹿が日常にいるからか、バルフィレム国民は異世界人の方がまだ身近に感じるって話」
「失礼極まりないわ〜〜」
「本人目の前にして言うか普通」
レイトに続いて現れた響から、なんとも解せない風評が飛び出した。シアン達とて望んで不老不死になった訳ではないというのに、化け物扱いとはなんとも失礼な話だ。
軽く睨むように見つめると、彼は「ごめ〜ん」と星が飛ぶようなあざとい顔をした。成人男性がするものではない。童顔だからまだ見られたものだが、無性に殴りたくなる顔だった。
「に、にしても〜、本当に綺麗ですよね、このステンドグラス。何を表しているんですか?」
混乱が解けたのか、葉はシアンの怒りを逸らすようにステンドグラスを見上げた。逆光だった昼間と違い、内側から照明に照らされたそれは神聖さこそ欠けたものの、一つの芸術として荘厳さを表していた。
「エインスカイに大昔から伝わる創世神話ってやつらしいよ。八つの神を作る前の更に昔。ま、ホントにいたのかは知らないけど」
つまらなそうにグラスを見上げたレイト。葉は「八つの神?」と首を傾げていたが、隣にいたライアが「それはまた今度教えてやんよ」と声をかけていた。ここで話すにはいささか複雑というか、長くなる話だったので。
「そもそも今更な話、この教会は何を信仰してるんだっけ?」
人が集まったことで少し温かくなったのか、震えていたソラがやっと立ち上がった。問われたレイトは面倒くさそうに半目になり、助けを求めるように自身の姉を見た。
「あーなんだっけ?」
「全くもう。この子はどうしてここまで家のことに興味が無いのかしら」
「サーセンねぇ。姉さんと違って神は信じてないもんで」
そう吐き捨てた彼にため息を着くルゥン。彼女曰く――
「わたくし達フォリアーテ教会が信仰しているのは神と言うよりも、世界樹エインスカイそのものよ。主がもともと世界の根底を創ったから今現在、わたくしたちが存在する……とされているわ」
ということらしい。全く興味の無さそうな顔でレイトが「そーだったぁ〜」と虚空を見ていた。
世界樹エインスカイを信仰する話はシアンも聞いたことがある。シアン達はエインスカイの外側との世界を繋ぐ者として『エインスカイ』のことを世界という概念としか認識していないが、それを創造神として認識するものも少なくないらしい。
「レイトさんは、神……主?を信仰してないんですか?神父なのに」
レイトの不遜きわまりない態度に葉が恐る恐る尋ねた。最もな疑問だろう。シアンも初めて会った時はなかなか面白い野郎だと、強く印象に残った覚えがある。
「世界樹だの神だの、目に見えないもんばっかり信じて前見えてないんじゃどうしようもないよね」
「そうだ。神は災害しか寄越さねぇ」
「シアンが同調してるよ」
「えぇ……」
同じく神を嫌うシアンは強くそれに頷いた。創造神とやらがどうかは知らないが、神と呼ばれるモノには何度も煮え湯を飲まされてきた。勿論、煮え湯を浴びせ返しもしたが。
それでいいのかと言わんばかりの呆れたような、困ったような顔をした葉。今度は少し気まずそうにルゥンを見る。その代弁をするようにライアがルゥンの肩に手を置いた。あのニヤケは半分ほどからかっている時の顔だ。
「とか言ってるけど、弟くん」
「それも自由です。この家に生まれたからといってわたくし達に習う必要はありませんもの」
聞かれ慣れているのか、ルゥンは詰まることなく淡々と答えた。そして、言い聞かせるように葉の目を見た。否、尚も目は閉ざされたままだったが。
「でも……あくまでわたくしの意見を言うなら、偶像でも虚像でも心の支えとして主の存在を信じていれば、いつかそれに救われる日も来るかもしれないわ。そういう形の信仰も充分ありだと思うのよ」
それはある意味、葉の相談事に対するルゥンなりの答えでもあったのだろう。




