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氷炎護リ人  作者: 有麻環
三章 フォリアーテ教会編
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3章 9 葉の告白

 ところ変わって教会奥。レイトやルゥン達、教会の管理人の住む部屋の一つ。

 部屋にはソファに沈み、俯いた葉と、ロッキングチェアに揺られるルゥン。目が眩むような夕日が差し込み、少し湿った風が二人の頬を撫でた。

 ルゥンが気を使って葉と二人きりの空間を作ってくれたのだ。しかしそれから既に数分が経った。相談したいことは確かにあるが、なかなか声に出す覚悟ができなかったためである。

 ルゥンはルゥンで一切急かすことはせず、葉が自ら話し出すのをゆったりと待っていた。

 いつまでもこうしていたって仕方がない。と、葉は意を決し、「あの!!」と裏返った声をあげた。


「うん。なぁに?」

 

「その……えっと…………」


 震える声を必死に抑える。数時間前からずっと心に落ちたシミのような痛み。ここで打ち明けなければきっと一生この悩みに囚われたままだろう。

 

「あたし、銃を向けたんです。魔力でできた水鉄砲もどきだったとしても、その銃口を躊躇いなく……あのシルクって子に」


 ぽつりぽつりと葉の口から懺悔とも取れる言葉が零れ落ちた。

 

「あの時は、魔法を使うことに必死で、形になったことの高揚感で満たされてて……。でもよく考えてみたら子供に、いや、子供じゃなかったとしても、人に向けて引き金を引けてしまった」


 怖くて顔を上げることが出来ない。その姿は処刑されるのを待つ罪人のよう。

 固く閉ざされたルゥンは、一切の動揺も見せずただただ静かに、優しい声で聴いていることを証明するための相槌を打っていた。


「結果的には吹き飛ばすだけだったけど、あの子、あんな病気を抱えてるような子だったのに……」


 以前のフォレイグン屋敷での相手はただの土の塊で、その向こうにも人はいなかった。だから、どれだけ強い魔法を打っていたとしても誰も傷つける心配はなかった。最も、あの時魔法を撃ったのは葉本人の意思ではなかったが。

 

「ライアの人を傷つける覚悟はあとでもいいって言葉で漸く気がついたんです。銃は…………お父さんを殺したのに。あの時はそんなことも忘れてて…………」


 呼吸が浅くなり、体が震えているのがわかる。もし、銃口から飛び出したのがただの突風ではなく、以前のような大地を抉る程の威力だったなら……。間違いなくシルクもその後ろにいたルイも、大怪我では済まなかっただろう。

 自分がこんなにも非道なのかと、軽蔑の念さえ抱いた。


「だからずっと難しい顔をしていたのね」


 気づくと、いつの間にかルゥンが隣に座っていた。彼女は葉の震える肩にそっと手を置き、落ち着かせるようにゆっくりと撫でた。その声は責めるでも否定するでもなく、ただ静かに受け止めるような温もりを帯びていた。

 

「まず一つ……シルクのことは本当に気にしなくていいの。……とはいえ、そう簡単に割り切れるものじゃないよね。でもね、あの時の相手がもし恐ろしい殺人鬼だったとしたら?大人しく無抵抗でいるしかなかった?それは違うでしょう」


 葉は小さく喉を鳴らした。もし、相手がシルクではなく、本当に人を殺してきた誰かだったら……そう考えると、頭の中が少しずつ整理されていく。それこそ以前ギルドーと接触した時は、彼に命こそ奪うつもりがなかったものの、間違いなく身は危険に晒されていた。


「シルクだって魔法を使った以上、その覚悟は持っていたはずよ。悩んでしまうのは、それだけあなたが真剣だから。わたくしはね、その悩みを抱えていられる限りあなたが道を踏み外すことはないと思うの」


 淡々と告げるのに、不思議と優しさが滲んでいる。彼女の言葉は慰めというよりも、事実をそっと差し出してくれるものだった。だからこそ、葉の胸にすとんと落ちた。

 

「この世界で生きるなら、もしかしたら生きるために戦うしかない時もあるかもしれない……。でも“大切なのは誰かを傷つけたことに傷つく心をなくさないこと”。それがある限り、あなたはきっと大丈夫」


 葉は思わず顔を上げかけたが、すぐにまた俯いてしまう。まだ、怖さは残っている。それを悟ったように、ルゥンはやわらかく微笑んだ。


「……それでもまだ怖いなら、魔法をもっと上手に扱えるようになればいいの。あなたの武器は鉛玉じゃなくて魔力。あなたの周りにはどう使うかは、これからのあなた次第なのよ」


 寄り添いながらも背中を押す。母というより、同じ高さに膝を折ってくれる大人の声だった。例えるなら、幼稚園で一番人気の優しい先生。

 全てのしこりが取れた訳ではないけれど、多少は心が軽くなったような気がする。


 (ここから先は、自分次第……か)


 ライアにも自分の足で弟を探すのだと啖呵をきったばかりだ。この悩みは決しておざなりにしていいモノではない。が、この懺悔によって解決の光が見えた。後は、己の成長に委ねられたのだ。


 ☆


「あの、さっきから気になってたんですけど……」

 

「なぁに?」


 シスター・ルゥンのお悩み相談会が幕を閉じたところで、葉は先程から気になっていた疑問を投げかけた。

 

「なんでシアンたちのこと姉様呼びなんですか?ルゥンさんの方が歳上なんじゃ……」


 誤解なきように言っておくと、決してルゥンが老けて見えるとか言いたいわけではない。ただ10代と20代の顔つきの違いだろうか、纏う雰囲気だろうか、とにかくシアン達よりは歳上だと思った。

 考えてみれば外であったレイトと響、師であるスザクや、はっきり25歳だと明言されたトラリア、王女マリーシャでさえも。今まで出会ったもの達は皆一様に、護リ人の三人に対しての敬意があった。

 

「あら。あの方たちまだ伝えていなかったの?有名な話だからてっきりもう知っていると思ってたわ。まぁ彼女たちも自分から言うタイプでは無いですけれど」


 口元に手を当て、眉を上げたルゥン。依然として目は固く閉ざされたままだが、その表情からは驚きが溢れ出ていた。


「ライア、シアン、ソラの三人は見た目こそ10代後半で止まっているけれど、実際の年齢は700歳以上なのよ。色々あって不老不死なんですって」

 

「…………はい?」


 ☆。.:*


「で、だ。なんだよ話って」


 ルゥンに半ば追い出されるように部屋を出たシアンとソラ。こちらも話があるとは言ったものの、教会のホールは何とも居心地が悪い。こうも神聖な雰囲気はシアンの性にあわなかった。

 ほかのメンバーが戻る前に本題を終わらせてしまおう、とソラに話しかけた。しかし彼には全く心当たりが無いようだった。そんな気はしていたが。

 

「ソラ……お前、マジでわかんねぇわけ?ライアの予言だよ」

 

「ライアの?葉じゃなくて」

 

「葉のは今考えたってわかんねぇだろうが。対してライアのは『天敵と再会』だぜ?どう考えても兄ちゃんのことだろ」


 つい数分前にもライアに兄――セイヤのことを隠しておこうと話をしたばかり。その直後にこの予言である。全くもって神の意志とやらはシアンと馬が合わないようだ。

 

「確かにそうかも。あいつの天敵って言うと…………」


 漸く話の意図を理解したらしいソラが、ライアの『天敵』についていくつか思い浮かべたようだ。答え合わせをするようにシアンが指を降りながら羅列した。

 

「虫、リュウガ、大昔のクソジジイ共、そして兄ちゃんだ」

 

「天敵多いな」


 呆れたようにソラがぼやくが、シアンも大概人のことは言えないので黙っておいた。

 

「んで。虫は範囲広すぎだから論外として、リュウガは一昨日会ったから再会ってのとは違うだろ?」

 

「それはそうだ。クソジジイってのは……ああ例の」

 

「そ。アレらはもうとっくに死んでるからこれも論外。そしたらもう、兄ちゃんしかいないだろ」


『天敵』について消去法で絞り込んでいく二人。なんだかんだと残った条件に当てはまるものは『兄』のみだった。

 

「そういえば予言受けた時のライア、珍しく動揺してたな。多分他の連中は気づいてないだろうけど」

 

「だろ?ってこたぁアイツも気づいてやがるんだよ。私らの嘘がバレるのも時間の問題だぜ?」


 ライアは予言を受けた時、「それだけ?」などと素っ頓狂な声を出してはいたものの、常に上がっている口角が一瞬だけ固まった。ほんの些細な差ではあったが、何百年と時を共にした二人の目は誤魔化せなかった。

 大方、察しのいいライアの事だ。予言の内容も、シアンとソラが隠していることも、全て自身の怨敵である兄に繋がると確信するのは時間の問題だろう。

 

「もう正直に言うしかなくね。黙っててもあいつ心閉ざすだけだぜ。本人目の前にしてなきゃ暴れないだろ……多分」


 ライアはアレで繊細だ。吐いた言葉の八割は嘘と言っても過言でないほどの虚言癖だとしても、家族同然の二人に嘘をつかれるのは堪えるものだ。まして、彼女には嘘が通じない。その嘘を長引かせるほど、アレは勝手に距離を取り壁を作るだろう。そして二度と本心を見せない。今までにあった訳では無いが、何故か容易に想像が着いた。

 シアンはソラの提案について暫く考え、意を決したように口を開いた。

 

「最悪カグツチだ。ライア暴れたら、土下座してでも出てきてしばいてもらうしかねぇ」


 ライアの武器であり、自身の師匠でも親代わりでもあるカグツチ。彼女に頼み込む想像をしたためか、シアンの目の焦点は怯えるように震えていた。

 

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