3章 7 予言
諸々の会話が落ち着いたところで、シアンが再びシルクの症状について聞こうとルゥンに向き合った。
「それでルゥン。あの変換異常、結構重症みたいだけど医者には見せたんだよな」
「一応ねえ。薬は頂いているけれど現状頓服薬しかないから……」
「そっか。治った例もあるにはあるっぽいから安静にしとくしかねぇな」
「あの、話さえぎってごめん。変換異常って……何?」
ここで、隣で聞いていた葉が聞きなれない言葉に問いかけた。言葉の響き的に聞いてもいいものか、といった不安げな顔をしている。
「正しくは、魔力-命力変換異常症。まだ完全な治療法が見つかってない難病の一つだ。スザっくんに聞いた……あぁいや、聞いてないんだっけ。えっと…………」
「最初っから説明するとだな、この世界の人間は、魔力を使い切った状態で魔法を撃とうとすると生命力を消費するんだよ。予備バッテリーみたいなもん」
魔力についてどこから説明したものか、と悩んでいると後ろからライアが負ぶさって来た。そして、シアンに乗っかるように体重をかけたまま説明を始めた。
「変換異常症ってのは、普通魔力を使い切った後に生命力を変換して使うっていう順番が狂っちまう病気なんだよ。魔力がまだ残っているのに生命力も同時に使うんだ」
「それって……使いすぎると死ぬってこと?」
「場合によってはね〜」
「スザっくんはそもそもエインスカイの人間じゃねぇからその概念忘れてたんだな……自分に当てはまらないから」
もし、異世界人たる迷イ人達が魔力を使い果たした場合は、恐らくではあるが死には至らない。ただし、魔力を持つ者のみを受け入れるエインスカイからは弾き出され、また別の世界へ飛ばされるのだろう。
「ん?新人ちゃんも迷イ人だろ?元々魔法がない……七番世界だっけ?じゃあ魔力使い切ったって最悪世界から追い出されるだけじゃん」
「結構最悪だと思うぜ?それ」
「あと、多分だけどな……葉は飛ばされないで生命力使うタイプだ。ちゃんと検査してもらわないとわかんないけど」
ルゥンと一緒にタオルを持ってきた男が会話に参戦してきた。確かに葉は迷イ人であるが、シアンにはどうも引っかかる点がいくつかあった。今は確信がないため口を閉ざしたが、恐らく本人に自覚はないものの、葉は魔法のない世界で産まれておきながら元々魔法を知っていたはずだ。
男は「自己紹介してなかったわ、悪い!」などと言って葉の前に立った。
「俺も初めましてだな!バルフィレム国軍八番隊隊長、語響だ。カケルさんから話は聞いてるよ、日本人なんだって?多分俺も日本人〜よろしくな」
「多分……?」
「そ。俺は生まれて直ぐにこっちに来たから日本人としての記憶は一切ございませんですよ」
「そういうケースもあるんだ……」
彼がエインスカイに来た時、名札と一緒にお包み状態だった。たまたまそれを日本人の迷イ人が拾い育てたため、一応漢字など元の言語も書けるのだと言っていた。
「ん、あれ?響って、昼にマリン様が言ってた……?」
「そうっだよ!お前マリンに何教えてんだ、『高いところはいいところ』って」
「いい所じゃん。眺めはいいし、風は激気持ちいいし、空飛んでる気分になるし、人をゴミのように見おろせるし……」
「個人差ありだろ」
突如葉が昼の王城での会話で彼の名前が出ていたことを思い出したようだ。「何をそんなに怒っているんだ」といった顔で淡々と高所の魅力を語り始めようとする響。「なんかとんでもないこと言ったな今」と、ソラが鋭くそれを止めた。響は特定の事象に対して、放っておくと延々と語るタイプだった。
雑談を交わしていると、奥の部屋からシルクを寝かせ終えたらしいレイトが現れた。神父の仕事着は早々に脱ぎさり、ラフなジャージに着替えていた。彼の足元には小さな、先程話しに出たマリンと同じくらいの女の子がちょろちょろと走り回っている。
「待たせてすまん。茶も入ってるから奥の部屋に来てくれない?ここじゃなんだろ冷えるし暗いし、椅子硬いし」
神聖なホールを散々貶した彼は足元の女の子を抱えて先に奥へ戻って行った。あとはルゥンに着いていけということだろう。
「困った子だわ」と笑いながら進むルゥンを響が支え、シアンたちはそれについて行くことになった。
☆。.:*
「この小さな子が、『天言の聖女』?」
「そう。ほら、自己紹介できるよな?」
レイトに抱えられた幼い少女。その肩書きを葉に軽く紹介した後、本人は恥ずかしそうにレイトの腹に顔を埋めてしまった。集中すればくぐもったままの声がうっすらと聞こえる。
「ティノ…………です。今4つ」
「顔見ていいなさい」
「まあまあ、急に人が増えてびっくりしたんだよな」
「それでも葉さん以外は知り合いだろ」
名前と年齢だけ言い放ち、完全にコアラ化してしまったティノにレイトが厳しく当たる。響が収めるが、レイトに「口出し無用」と制された。なんと無力なことだろう。
葉がティノの後頭部に目線を合わせるようにしゃがみ、ゆっくり話しかけた。
「えっと……ティノちゃん?はじめまして、あたしは葉って言います。ちょっとでいいからお顔が見たいな〜」
「…………」
無言の返答。かと思いきや、ぐりぐりと頭をレイトに押し付けた後に、ぐしゃぐしゃな前髪の顔が横を向いた。葉の立ち位置からは顔の半分ほどが見えるくらいか。
「へぇ」と、シアンの口から感嘆をこぼれた。隣ではレイトが少し驚いた顔をした。以前に聞いた話、「ティノがコアラみたいになるともうその日一日動かない」とのことだったからだ。それが顔だけとはいえ自分から動いたのは、葉が安心出来る人間だと思ったからだろうか。
「ヨウ……ヨウ…………」
不思議そうに葉の名を反芻するティノ。その目はじっと狙うように葉を見つめている。やがて、その小さな口が何かを言おうと開かれた。
「『蛍の光はとても繊細で儚いものだった。広大な空の中で、光は消えど形は消えず。はるか昔から続いた風に靡くのは、羽が潰える最後の一幕』」
唐突にたどたどしかった口調が流暢な詩歌のように変わった。これこそが、『天言の聖女』ティノ=フォリアーテの確定事象とも名高い予言だ。
色々あって忘れかけていたが、元々の目的は葉に予言があると言われていたからそれを聞きに来たのだった。
「えっと……?」
目の前の幼女の変化に戸惑う葉、その肩をライアが叩いた。
「これが予言だよ。何言ってるかよくわかんないけど、大体いつもそういうもん。後になってからアレああいう意味だったんだーってなるやつ」
「それじゃあ後の祭りなんじゃ……」
「読み解こうと思えばできる時もあるから、一概にそうはいえねーかな」
「とりあえず当たるのは確定だけど、気にするも気にしないも自分次第〜」と、なんとも身も蓋もないことを言い出した。
葉はハッとした顔をした後、ティノに笑顔で感謝を述べた。ティノは満更でも無い顔をした後、気恥しそうに再びレイトの腹に顔を埋めた。
一方葉は、先の笑顔と打って変わって真っ青な顔でこちらを振り向き、小声で語りかけた。
「…………待って、なんて言ってたっけ、急に言われてちゃんと覚えてないかも」
「ほい、メモ。そういうだろうと思って取ってあるぜ。一応日本語で書いてあるけど、そんなに慣れてねぇから……間違ってたらごめん」
ティノは毎回なんの前置きもなく突然に予言を置いていく。そして本人曰く言った内容は全く覚えていないとの事。そのため、シアンや響はティノと話す時には必ずメモ帳を持つようにしていた。ライアとソラに関しては自称「覚えているので大丈夫」との事だった。しかし本当かどうかは不明である。
「なんか、ちゃんと解読しないとわっかんねーけど…………不穏じゃね?」
「言うな、そう思わなければそんなことは無い。多分!」
「無理があるっしょ」
「光は消えど」とか、「羽が潰える」とか、なんともまあネガティブに捉えられる言葉が並ぶ予言だった。百発百中の予言の最大のデメリットは、内容が思い描いていたものと真逆だった場合。要は悪いことが出た場合だ。今のところ、どれだけ足掻いても回避できた前例はない。残された道は覚悟を決めておくことだけだ。
果たして当事者の様子は……と葉を見た。落ち込んでいるかと思われた彼女の顔は、シアンの予想と反して平然と、それどころか少し嬉しそうにも見えた。
「蛍の光って多分だけど、蛍のことだよね。あたしの予言に出るってことはこの先にあの子と何かがあるって事じゃない?」
「あはは!ポジティブ〜。でもま〜ありうるかもね。それがいいタイミングかは別として」
「いいよ。もう一度会えればそれで。タイミングどうこうは、今のあたしにできること無さそうだし」
「お前がいいならそれでいいんじゃねぇの?」
思ったよりもポジティブ思考だったようで安心した。確かに、弟の名前の漢字がホタルという意味を持つのなら、その予測はあっている可能性が高い。そして、もし彼女の弟がこの世界にいないのであれば弟に関する予言が出ることは無いだろう。実際そうではなかったのだから、葉がエインスカイに残った決断は間違っていなかったということになる。これだけでもかなり前進したと言えるのではなかろうか。
★
もぞもぞと再びティノが動き出した。鬱陶しくなったのか、レイトが無理やり引き剥がす。幼女の抵抗虚しく、ティノは正面を向かされた。
「ティノ?どうかしたのかしら、ジュースでも飲む?」
ルゥンが柔らかく問いかけるも、そういう訳では無いようで、幼い聖女は次にライアをジッと見た。
先程の流れで言えば、この睨みつけるような目は予言の前兆だろう。周りの緩んでいた空気が、聞き逃すまいと引き締まったのを感じる。
小さな口がすうっと開く。ライアへの予言……シアンには思い当たる問題の種が多く浮かんだが一体どれについてだろうか。さながらスクープを逃さないように必死になる記者のようにメモを構えた。
そして紡がれた予言は――――
「『天敵と再会。がんば』」
「えっ、それだけ?」
複雑さなど何も無い、たったの二言だった。
☆。.:*
その後、ティノは気恥ずかしくなったのか眠くなったのか、ルイやシルクのいる孤児院棟へぺたぺたと走り出した。
聞けばこの孤児院は数年前から新設されたそうで、付近の親を亡くした子供や捨て子などを受け入れているとのことだ。一応、責任者はレイトということになっているらしい。
「にしても、治安が悪いと評判のベリアでゴロツキに頭ができたってのは、やっぱりお前だったのか不良神父」
「頭になった覚えは無いよ。ただ教会に襲撃してくるやつを返り討ちにして、そいつらが総じて姉さんを神格化し始めただけ」
「わたくしはちょっと傷の手当をしただけなのだけれど……。ちょうど孤児院建設に人手が欲しかったから助かったわ」
立ってる者は親でも使うどころか、そこらの不良も手足とみなす。ルゥンは穏やかな顔してなかなか図々しいというか、逞しいというか。
感心するように目を閉じたシアン。次に開いたその目は呑気に笑っている響へと向けられた。
「それで、響は何しに来てたんだ?」
「俺?遊びに来ただけだけど?今日非番だったし……。強いて言うなら孤児院の洗濯機壊れたってーから見に来た。軽く点検して俺じゃ無理そうならゼルリオに話通そうと思って」
響とレイトは幼いときからよく一緒にいた印象がある。二人揃ってソラに戦い方を教わっていたはずだ。とはいえ、彼の住む王都からそう近い距離では無いにもかかわらず教会にいたのは驚いた。
洗濯機が壊れたという話になったため、思わずルゥンを見ると「その通りなの、カラカラ音が鳴るのよ」と頬に手を当てていた。
響の言うゼルリオというのは、技術開発や工事業などを主な仕事とするライド隊の副隊長。遠隔通信デバイスや軍用車などの製造に携わった一人。バルフィレムが誇るメカニックのことだ。機械オタクとも言う。響も機械には多少明るい方ではあるが、根本的に配線を付け直すなど大掛かりなことになると手に負えなくなるらしい。
「なんだ、それなら今直せるかもだぜ?あいつに任せると腕と足が生えて喋り出すぞ」
「それはちょっと……いやかもですね」
ゼルリオと仲が良く、かつ本人も機械に強いライアがそう提案した。事実、軍務内でゼルリオに修理依頼を出した結果「一言多いAIが搭載されて帰ってきた」、「足が生えて逃げ出した」、「レーザービームを出すようになった」など。そのとんでもエピソードを数えだしたらキリがない程に、依頼に向かない人間だった。
「それじゃあ頼んでもいいかしら。レイト、ちょっと案内お願いしてもいい?」
「おっけー」
「あ、俺も着いてっていい?なんか勉強になるかもしれないし!」
レイトがかったるそうに立ち上がり、それにライアと響が続く。三人はまた別の部屋へと消えていった。
「それと……シアン姉様、ソラ兄様?申し訳ないのだけれど少しだけ葉さんと二人きりにしてくれないかしら。ちょ〜っと内緒のお話があるの」
「いいよ。私らもあんまり他に聞かせらんねぇ話があったし。なぁソラ?」
「えっそうだっけ……?」
「そうなの。相変わらず察しが悪ぃなテメェはよぉ」
「意思の疎通全然できてなさそうだけど、大丈夫そ?」
恐らくルゥンは葉の悩みについての相談会でも開くつもりだろう。ちょうどこちらも先の予言について話し合いたいことがあった。ソラは全く気になっていないようだが。
シアンは動こうとしないソラの腕を引っ掴み、葉の冷静な突っ込みを浴びながら再び厳粛なホールへ足を向けたのだった。




