3章 6 シスター
寂れた街をさらに進み、墓地を横切り、ライア達一行は蔦に覆われた古い教会へとたどり着いた。迷子防止のため、ライアと葉はがっちりと手を繋いでいる。恋人繋ぎ?いいえ、ただの迷子ひも。何度もあらぬ方向へ進むライアを見た葉がとった苦肉の策だった。
道中、明らか戦闘の痕跡である裂傷や霜、雷が落ちたような焦げ跡が残されていた。おおかた、シアンが誰かと戦闘したのだろう。予言にあったらしい『悪意ある者』かもしれない。
敷地内に入ってすぐ、レイトがルイに声をかけた。
「さあ、着いた。ルイ、先に言って姉さんにシルクのこと伝えてきて」
「わかった!」
頼まれたルイは元気よく走り出し、建物の奥へと消えていった。
ライアはふと、隣の葉を見る。レイト達と歩き始めてからというもの、彼女は一言も声を発していなかった。現に、今も黙りで俯いている。
「葉姉?どした」
「…………」
「おーい聞こえてる?風希の葉ちゃーん?」
「えっ?!え、何?呼んだ……よね?」
「呼びましたね〜」
何度か声をかけて漸く気がついた葉。自身と繋いだその手は少し震えている。
「なに考えてっかわかんねーけど、悩みがあるならちょうどいいじゃん。一応教会なんだし、懺悔するなりシスターに話聞いてもらうなり、方法は沢山あるぜ」
「うん。ちょっと……考えるよ」
「ここのシスターは話を聞くのが上手いんだ」と、葉の悩みに気が付かないふりをするライア。それきり葉の表情は明るいものへと取り繕われた。
何となく察しはついているものの、本人自ら話すまでは何も聞かないのがライアのスタンスだ。思考にしろ現実にしろ、深みに嵌った際、手を伸ばし足掻く者を引き上げはする。しかし、ただ救助を待って沈み行く者に手は伸ばさない。ライアに限らず、シアンとソラも似たような方針だった。
☆。.:*
教会に入って正面には五枚の色鮮やかなステンドグラスが飾られている。
中央に一枚。特別大きく描かれた広大な青空と、太陽礼拝をするような人々。
その脇に二枚。一枚は砂時計に座る少女と幾つもの扉に囲まれた少年。
さらに外側にもう二枚。よく似た祈りを捧げる、植物が絡まった黒い女と、ところどころグリッチのかかった白い男。
これらはエインスカイの根幹たる神話を描いているのだと、一番初めにこの教会を建てた伝導師が自慢げに話していた。
その下では少し前に慌てて駆け込んできたルイが、小さな女の子と共に長椅子で談笑している。それを眺めるソラとシアンはホールに並ぶ長椅子に座っていた。
ぐでぇっと椅子の背に寄りかかり天井に喉を晒すシアン。見た目こそなんの怪我もないものの、まだ先のダメージが節々に響いている。
ソラに支えられて何とか教会にたどり着いたのはつい数分前。彼がいなければ、間違いなくあの場で倒されていただろう。殺されていたかは別として。
「全くさぁ、何なのあの野郎。久々に会ったと思ったら記憶ぶっ飛んでるし、そのせいか知らんけど魔法音痴が魔法使えるようになってるし」
「あれだけ執着してたマフラーも持ってすらいなかったしなあ」
「それだよ!なんか違和感あると思ったんだ」
指を鳴らして飛び起きたシアン。記憶の中の兄――セイヤは魔力を十分すぎるほど持っているのに、センスがない。幼児でも使えるレベルが発動できない魔法音痴だったのだ。それがどうだ、先の戦闘では武器の顕現だけでなく、効果は不明だが霧を鯨型にして襲わせることも出来ていた。恐らく記憶喪失で勘や経験が全てリセットされたためだろう。なんともまあ難儀な男だ。
さらに言えば、シアンの知る兄は常夏に近い気候の故郷であっても必ずマフラーを巻いていた。薄い生地とはいえ「見ていて暑い」とイラついたライアがどうにかして剥ごうと突撃、返り討ちにあっていたのをよく覚えている。命よりも大事と豪語していたそれも、記憶と共に落としてきたらしい。
日常的に交わされる雑談のように話すシアン。ソラが疑わしげに目を細め、尋ねた。
「で、だ。お前、動揺とかしてねえの?」
700年前、正確には751年。護リ人の一族を壊滅に追い込み、その後行方不明となった兄が突然目の前に現れた。しかも自身のことまで忘れているこの状況。もう少し焦りや不安を見せてもよいのではないか、と言うことらしい。
シアンは鼻で笑い、徐に手を光の透けるステンドグラスへと伸ばした。
「しねぇよ。生きてることは最初から知ってたし、ニブルリブルから出てきてるのも知ってた。このタイミングで会うとは思ってなかったけどよ、ここらにいるってことはあのクソマッドもいるってことだろ?」
「そりゃあそうだろうけど…………また抱え込むなよ」
「わあってるよ。んな事より兄ちゃんのこと、ライアにだけは言わない方がいいよなぁ」
「だな」
あまり気にしないシアンとは逆に、ライアはまず兄の話題を出した途端怒り狂うだろう。彼女はこの気が狂いそうになる程長い人生を、兄に対する復讐心で乗り切っていた。誰よりも兄に懐いていたからこそ、誰よりも彼を恨んでいるのだ。
シアンとソラは互いに見合せ、即座に目を逸らした。二人揃って「あいつに嘘つくのは無理じゃね?」と、隠し通す自信がなかったからだ。
その時、立て付けの悪い教会の扉がギギっと悲鳴をあげて開かれた。
「はいはいハローおつかれさーん。あー、やっぱりシアン達いるじゃん。…………って、なんでそんなに疲れてんの?」
「いや、なんだ、墓地に突っ込んで霊的何かと乱闘してた」
「え、何その見え透いた嘘。私に嘘は通じないのわかっててやってるだろ。第一、お前が霊と戦えるわけないっしょ、怖がりなんだから」
「うるさ」
噂をすれば、ライアが到着したようだ。その手はがっしりと葉に握られている。迷子防止だろう。「グッジョブ」とサムズアップするシアンとソラ。手を離したライアが不機嫌そうに顔を歪めたが、事実役に立ったのでよく回る舌も言い返せなかったようだ。そして、案の定「隠し事をしている」ことが速攻でバレたが、その内容まで言及する気は無いようだった。
「ご無沙汰ですソラさん、うちの姉さんは?」
少し焦り気味のレイト。その背には先程見た少年、ルイの兄であるシルクがぐったりとおぶさっていた。
「ルゥンなら薬とってくるとか言って奥に行ったよ」
「そですか……」と近くの椅子にシルクを寝かせるレイト。離れた場所にいたルイも慌てて駆け寄ってきた。
襲撃時の彼をシアンは一瞬しか見ていなかったが、随分と苦しそうに喘いでいる。熱も出ているようだ。
「シアン、悪いんだけど氷だしてやってくれない?少しでも熱を下げないと」
「はいよ。これは…………変換異常か」
「そ。結構酷くてさ、基本的に魔法は使うなって言ってあるんだけど……」
「使っちまったわけだ」
手頃な大きさの氷を生み出し、レイトに渡す。彼はそれを薄いタオルに包みシルクの額に乗せた。
視界の端で、葉の手が握りこまれたのが見えた。
「葉姉、何を思い悩んでるのか知らねぇけど障害があることをわかった上で魔法を使う選択をしたのはこのガキ本人だ。お前が重く受け止める必要はねぇよ」
「でも…………いや、うん。そうだね」
まだ何か言いたげだったが、彼女はそれを飲み込んだ。葉の気持ちはわからないでもないが、今は他に話すことがある。ちょうどシアンが話そうとした内容をライアが口にした。
「それよりも!葉姉が今みるべきなのはこの症状の方だぜ。スザっくんからこの世界の魔力に関する説明はもう受けてるよな?」
「………………いや、なんにも」
「え?」
「魔法の使い方は聞いた……って言うか無理やり使えるようにされたけど、魔力についてとか座学っぽいことは何も聞いてない」
双子の間に沈黙が走った。なにかまずいことを言ったのだろうか、と葉が頬を掻く。ぼーっとして何も聞いていなかったソラ。レイト達はシルクの看病でそれどころではなかった。
「「ス、スザクぅぅぅぅーーーー!!」」
「うるせえよバカ二人」
「「あいたっ」」
思わず叫んだ双子の頭をソラが容赦なく叩いた。寝込む人の前で何してやがる、と睨まれた。
その時、奥の扉がゆっくりと開かれた。
現れたのはレイトと同じ金髪の女性と、前髪をあげた額に傷のある男。修道服を着たその女性は危なげなく歩いているが、目はピッタリと閉ざされている。
「なあに?随分大きな声が聞こえたけれど、何かあったのかしら」
「あれ、なんだ三馬鹿と……カケルさんのとこの新人ちゃんじゃ〜ん。なんでいるの?」
「シスター!響兄ちゃん!」
待ってましたと言わんばかりにルイが二人の元へ駆け寄った。女から薬を受け取った彼はそれをせっせとシルクに飲ませていた。
シスターと呼ばれた女、ルゥンがゆっくりとこちらに近づき、シアンとライアの前に立った。
「ここは教会なんですから、騒ぎ立てるのはメッです。いいですね?」
「はーいママ〜」
「ママごめんなさぁい」
叱っているのに怖くない。しかし絶対に背いてはならないという柔らかな圧を感じる。
そうこれが――――母性。
断りを入れておくと、彼女は母どころか既婚者ですらない。さらに言えば双子の方が圧倒的に年上だし、第一、双子の母親にこんな包容力はなかった。完璧な錯覚である。
漸くシルクの呼吸が落ち着いたため、ベットへと運ぼうとするレイトを横目に、女性は葉の方を向いた。
「貴女は初めましてね、葉さんで合っているかしら。わたくし、ルゥン=チェスタトゥーと申します。弟と子供たちがお世話になりました」
「わわっ、頭を下げないでください。お世話どころか……その、あのシルク?という少年と相対したのはあたしです……から…………その…………」
深々と頭を下げるルゥンに、慌てた様子の葉。だんだんと言葉尻が萎んでいき、また俯いてしまった。
「…………何か悩みがあるのね。ふふっ、後で少しお話しましょ?人と話すことで解決できることって結構あると思うのよ」
「そう、ですね。ぜひお願いします」
暗い顔をした葉も、ルゥンの暖かな言葉で徐々にほぐれていった。さすがはカウンセラー、人に寄り添う心を持つルゥンでなければできないことだろう。
この教会に来たことが少しでも葉の成長に繋がるのなら、なんともタイミングのいい話だ。と、方の力を抜いたシアンはただ静かに聞いていた。




