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氷炎護リ人  作者: 有麻環
三章 フォリアーテ教会編
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3章 5 誤解

「ちょっと?カグツチ?カグツチさーん」


 時は数分前に遡る。シアンが兄――セイヤと戦っている最中、己の武器である双剣(カグツチ)はライアが何度呼びかけても出てこない。

 突如、頭の中で声が響く。不機嫌そうなやる気のない女の声。

 

『俺、今日は出ないぜ。勝手にしろ』

 

「は?なんで」

 

『この前どこぞの屋敷で迷子になってたテメェを助けてやったのは誰だ?』

 

「カグツチさんです」


 声の主こそ、神器カグツチ。ライアの相棒にして、シアンの師匠。双子をここまで野蛮且つガサツに育て上げた張本人である。

 彼女が言うどこぞの屋敷とは、フォレイグン屋敷のこと。初日の夜、ライアが屋敷内で迷子になっていたのを送り届けた『最終兵器』が正しく彼女であった。

 

『その後なんの供物も寄越さないとはどういう了見だ、えぇ?』

 

「供物って……今までそんなもの要らないって言ってたじゃんか!」

 

『気が変わった』

 

「くっそが〜〜〜〜〜!!」


 神器は元々他世界の神である。太古の昔、迷イ人としてこの世界に流れ着いたものの、肉体の損傷が激しく生命の危機にあった。そこで、延命のため神の外殻を捨て武器に意識を宿したとされる。要は、喋る武器だ。やろうと思えば当時の身体を魔力で再現することも出来るらしい。


「見てよ兄貴、一人で喋ってる」

 

「そうだな弟よ。ああ言うのはほっとくのが一番だ。ボスもそう言っていた」

 

「るっせぇ!ガキ共、聞こえてんぞ!!」

 

「ま、まあまあ落ち着いてライア」


 一向に姿を見せない武器に積もった苛立ちが、少年たちの言葉で爆発した。葉が宥めるもあまり効果は無い。

 他の神器、例えばシアンのツゲイナギ()は神としての自我が弱いのか担い手と喧嘩することはまず無く、神嫌いのシアンも彼だけは許容していた。

 しかしカグツチは違う。気分が乗らなければ出てこないし、機嫌が悪いと口もきかない。大胆不敵、天上天下、唯我独尊。まさに炎の如く自由な神だ。


「なんかわかんないけど今がチャ〜ンス!」


 武器がないならこちらが有利、と言いたげな少年が背中の籠をひっくり返した。ボロい家の屋根からゴロゴロと爆弾が転がり落ちる。衝撃で発動する仕組みか、それらの動線は地に着いた瞬間着火した。


「ヒャッハー!二人諸共ドカーンと逝っちゃえー!」

 

「あまり暴れるな、今に落ちるぞ」


 少年、弟の方がキャラキャラと楽しそうに手を上げる。年端もいかない少年にしては随分な言葉の悪さ。まあ、人のことは全くもって言えないが。


(火薬の匂い……うーん、ガチの爆弾〜。こんなボロ屋の近くで使えば倒壊間違いなし!)


 地盤激弱、老朽家屋。家が崩れればその上にいる少年達も無事では済まないだろう。そして、自分で放った煙玉をもろに食らっていた彼らは、恐らくそこまで考えていない。


(アイツらが自滅しようと割とどうでもいいんだけれど……)


 チラリと葉を見る。まだ葉の人となりを全て掴めている訳では無いが、ライアの見立てでは、彼女の元いた世界で言う小・中学生程の少年達が怪我をして放っておけるような人間では無いだろう。現に狼狽えながらも「アレ絶対巻き込まれるやつじゃない……?」とおろおろしている。

 導火線の火は終点直前。「仕方ないなー」とライアは指を鳴らした。


「爆弾だ?笑わせる」


 指を鳴らすと同時に爆弾の火が煙も立てずにスっと消えた。まるで初めから火は存在しなかったかのように、自らその姿を消したのだ。


「あれ?えっ、なんでなんで!兄貴ぃ〜、火が消えちゃった!」

 

「消えちゃったというか、消されちゃった。だな」

 

「その通り!『天焼の魔神』()の前で火を使おうなんて無理無謀〜。この程度、火の粉にしたって可愛いもんだぜ、本当に!」


 火を操るということは、発火はもちろん消火もできる。ライアにとって熱とは自身の魔力と直結しているようなものだ。火が放つ熱エネルギーを魔力エネルギーに変えて吸収する。発火はその逆。彼女の魔力許容量を超えない限り、世界に存在する火は全て吸熱できるということだ。


「なっ!ずるいずるいずるい〜〜!それじゃあぼくに勝ち目ないじゃん!」

 

「知らねーし」


 駄々をこねる少年(弟)。それに呆れるライアを見て、兄の方が地面に飛び降りた。


「相手が悪いんだろ。しょうがないよ、あの『魔神』だもん」


 ぬかるんだ地面がびちゃっと跳ねる。汚れるのも躊躇わずに少年は泥に手を突っ込んだ。屋根の上の弟がハッとした顔で声を上げる。


「待って兄貴、まだ魔法使っちゃダメだって。シスター言ってたろ、病気治ってないんだから!」

 

「それでも、オレがやらなきゃだろう。この先を通すわけにはいかないんだ」

 

「でも……」

 

「シスター?」


 彼らの口からシスターと出てくるとは思わなかったが、何やら向こうも訳アリの様子。納得がいかないと言いたげな顔をする弟に、兄は黙って背を向けた。


「『雨垂れ石を穿ち、流水命を削る』…………うっ」


 泥濘が波打つように流体に変わる。呪文を唱えた少年は苦しそうに呻き声あげた。

 やがて柔らかくなった泥の塊が水泡のように浮き始めた。逆に水分を抜き取られたように地面が乾燥していく。


「ま、また泥?!」


 たしかに葉の言う通り、前回戦ったのもゴーレム使いだった。彼女がは筋肉痛に振るえながら、身を防ぐように手を伸ばした。風で吹き飛ばすつもりだろう。

 葉が魔力の使いすぎで倒れたのはつい一昨日のこと。よくもまあ、動く気になるものだ。と、ライアは感心した。

 

「葉姉、大丈夫?無理はするなよ」

 

「だ、大丈夫。やるって決めたからには、慣れていかないと…………こんな感じだっけ?」


 葉が弓を射るように腕を引く。かの屋敷で、葉の深層にいる何かが体を乗っ取って撃った魔法と同じ構えだ。みるみるうちに葉の魔力は凝集し、一本の弓矢が姿を現した。

 

「あっはは!マジか〜。あの荒療治でコツ掴むことある?」


 説明も何も無く、たった一度撃っただけ。それも自分の意思ではないというのに、既に形はできていた。ライアの見立て通り、葉は魔法に()()()()()。あとは放たれる矢をイメージし、手を開くだけ。しかし、葉は一向に矢を放たない。

 

「あれ、でも待って……形にはなったかもだけど、こっから先どうやって矢を撃てばいいんだろう。手を離したらここで暴発する気がするの気の所為じゃないよね……?」


 顔を青くしてこちらを向く葉。その予想は間違っていない。

 

「ふむ……葉姉ってば弓使ったことないだろ。だからイメージがわかないんだよ。矢をどうやってどのくらいの力で引くのか、伸ばした腕はどこを向けるべきか。そういう部分が分からないから、魔法に集中できてないんだ」


 魔力を水に置き換えると、今はただ放水直前のホースを直接握って塞いでいる状態。このまま手を離せばホースは暴れに暴れて辺りに水を撒き散らす。よって、今ここで重要なのはアタッチメント。シャワーなのか、ジェットなのか――つまり、どのように水を放出するかが鍵になる。

 そのアタッチメントとなるイメージが、今の葉には足りなかった。

 

「なるほど、イメージ…………あ、じゃあ、こういう感じならできるのかな」


 そう言って、葉は矢の形をした魔力を一度解いた。そして、彼女の手には二つ、弓とは異なるL字の人工物が握られていた。

 

「銃なら多少は!イメージは水鉄砲だけど!!」

 

「充分OK!むしろ作りが簡素な分いい選択だ。その発想がすぐにできるのはセンスあるぜ」


 手に収まるのは魔力でできた水鉄砲。特別な機能がついているわけではなく、ただ水が飛ぶだけの安いもの。最も、充填されるのは葉の魔力。

 確かにこれなら引き金を引くだけだ。細かい仕組みを知っていたのは意外だったが、できているなら問題ない。

 ちょうどその時、少年も準備が整ったようだった。泥の着いた手を掲げ――振り下ろす。


発射(シュート)!!」

 

 少年の掛け声とともに泥の塊は幾つもの砲弾のように撃ち出された。ライアと葉は慌てて避ける。当たったところでただの泥。汚れるだけとはわかっていても嫌なものは嫌なのだ。足止めとしては充分だろう。

 少年が泥――正しくは土に含まれた水分を操ることで、こちらは逆に動きやすくなっていた。

 体勢を立て直した葉が、銃口を向ける。その目が何を狙っているのかは分からないが、ライアはアドバイスをするでもなく、ただ監督するようにじっと見つめていた。


「うっ…………はぁ、し、発射(シュート)!」

 

「魔力を撃つ、魔力を撃つ…………」

 

 少年の最後の弾が発射される。同時にボソボソと念じる葉の指が引き金を引いた。


「…………あれ?」

 

「おっと」

 

 銃口から風が吹き出す。それは、魔力の銃弾と言うよりも、暴風。傍から見れば銃の形をした送風機だ。特定の何かを穿つのではなく、相変わらず広範囲に吹き荒れる突風だった。


「結局吹き飛ばし……かぁ」

 

「いいんじゃねーの?風穴開けるくらい凝集させるのは、人を傷つける覚悟ができてからでも遅くねーって」


 そう。ここでもし銃弾ができてしまったならば、単なる魔力凝集物とはいえ少年が血を流していた可能性は頗る高い。人に殺される恐怖はわかれども、人の命を奪う覚悟を、まだ葉は実感できていないのだ。だから、銃口を容易く向けられる。そのことにすら、彼女は気づいていないだろうが。


「うわあっ」


 銃弾ではないといえども、少年の体勢を崩すには充分すぎる威力。どさっと尻もちを着いた兄の少年。それを庇うように屋根から弟が降りてきた。


「こんの〜〜!ここまで来たら特大の取っておきを……!」

 

「ま、待て!それは……ボスにまだ、ダメだって……言われただろう」

 

「でも兄貴、このままじゃ突破されちゃうよ」


 まだ何か爆弾を持っているらしい今にも泣き出しそうな弟の少年。籠を漁ろうとする彼を兄の方が止めた。息が切れているのか、兄は言葉が途切れ途切れだった。

 その様子にライアは違和感を抱いた。


 「うん?野盗崩れにしてはなんか……雰囲気が違うな」


 先の「シスター」という言葉といい、確信は無いがどうもお互いに勘違いをしているようだ。先程の威勢はどこへやら、身を寄せる草食動物のような少年たち。声をかけようと一歩踏み出すと、第三者の短い詠唱が響いた。


 

「『|勅令、闇に身を投じ《コード:ライトイーター》、汝の罪状を述べよ』」


 

「――――ッ、葉下がれ!!」


 それと同時に、土を切り裂く真っ黒い斬撃が放たれた。

 咄嗟の判断で葉を押し飛ばし、足で黒く輝く魔力を食い止める。

 やがて攻撃が形を保てなくなり、ライアと葉はその声を辿って街の奥に顔を向けた。切れた雲の間から射す光に照らされて、一人の男が姿を現した。ライアの背丈程の、なんとも禍々しい大剣を携えた黒衣の青年。服装だけ見れば、神父のようにも……見えなくはない。大剣には獣の目玉のような赤いコアが嵌り、剣の細部を紫色の光が彩っている。

 少年達の顔が花が咲くように明るくなった。彼らが言っていた「ボス」とやらで間違いないだろう。


「シルク、ルイ。よく頑張った。シルクは後で姉さんに看て貰おう。無理は禁物だ」

 

「うん、そう……する」

 

「ボス!あの人ヤバいって、『天焼の魔神』だよ!ボク達に勝てっこない」

 

「うん?『天焼の魔神』?」


 青年は泣きつく少年たち――シルクとルイの頭を撫で、その前に立ち塞がった。

 漸くはっきりその姿を視認したライアが、「あ〜、そういうこと」と、肩を竦めた。葉は訳が分からないと言った顔で未だ警戒は解いていない。

 青年は少年の口から出たライアの異名を聞き、疑問符をうかべる。そして後ろを振り向き、ライアと目が合った。


「あ〜……襲撃っつーから何かと思えば、アンタか」

 

「そのと〜り。お前が出てきたってことは、もしかしなくともそのガキ共は教会の奴らだな?」


 葉と少年達が、ライアと青年を交互に見た。お互い、自身の味方が相手の一人と知り合いの雰囲気を出しているからだろう。そのうち、おずおずと葉が手を挙げた。


「あ、あの〜ライア?そちらの方は……」

 

「こいつ?これから行くところの……一応神父だよ。どうやら、この辺の野盗達を牛耳ってるらしいけど」

 

「どうも。レイト=チェスタトゥーだ。ライアから連絡は聞いてたよ」


 敵では無いことがわかると、青年――レイトは大剣を戦意とともに肩から降ろした。その後、再びライアの方を向き、気まずそうに頬をかいた。

 

「うちのガキが悪かったね」

 

「いーえ。こっちもいい経験になったし結果オーライ?」

 

「アンタがポジティブで助かるよ。……にしてもタイミング悪ぃこと」

 

「タイミング?」


 彼は兄の少年――シルクをおぶさり歩き出した。こちらを向いて顎で前を指したあたり、時間が無いからとりあえずついて来いとのことらしい。


「予言だよ。『太陽天をすぎた後、悪意ある強者現る』」

 

「あ〜、それで教会を守ろうとしたガキ共か私達を敵だと思って足止めしに来たわけか」

 

「まあ、そういうことになるね」


 予言にある『悪意ある者』というのが誰のことを指すのか、現段階のライア達には知る由もなかった。

 己の勘違いだったと知った弟の少年――ルイは少し居心地悪そうにレイトの後ろから「ごめんなさい」と頭を下げ、レイトが慰めるようにその頭を撫でた。そして、周りを見回したレイトがライアに尋ねた。


「シアンとソラは?」

 

「知らね〜はぐれた」

 

「アンタが?」

 

「シアンが」

 

「うっそだぁ」


 すぐに戻ってくるかと思われたが、あの二人もなかなか帰ってこない。ソラの心配通り、シアンが墓地で身動き取れなくなったのだろうか。何やら酷い魔力の流れを感じるが、例の『悪意ある者』とやらがいたのだろうか。


「まぁいいや。シルクの看病もしたいし、このまま先に教会へいこう」


 その言葉に引き寄せられるように一行は再び歩き始めた。

 皆が前を向く中、ライアは葉の後ろに立ち彼女を見た。表情こそ表れていないものの、その足取りだけは躊躇うように重く見えた。

 

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