3章 4 『白霧の剣聖』
バルフィレ厶城王政棟、その一角。
「セイヤ=ディアスタシア、その異名を『白霧の剣聖』。彼もまた、護リ人――かつて知らぬもの無しと言われた世界の守護者の一人。そして700年前、一族を壊滅に追い込んだ張本人。その後の詳細は不明だけれど、数十年前再び世界に現れた」
王女マリーシャとその補佐である宰相ドレオスは、ある資料を読んでいた。
「確か、数十年前に漸く開拓されたニブルリブル――通称暗黒大陸を救った英雄、とも呼ばれておりますね。一般的に知られている情報はこの話くらいで、護リ人だと言うのはあまり知られてないはずですが」
「ええ。うちはディアスタシア姉妹と交流がある分、多少の姿は聞いているけれど。そもそもニブルリブル大陸は極端に他との交流を絶っている……この言い方は適切でないわね。交流できない状態、の方がいいかもしれないわ」
マリーシャは手元のコーヒーに手を伸ばした。「文字を読む時はカフェインをぶち込むべし」が彼女のワークスタイルだ。
その情報は極端に少ないとはいえ、バルフィレ厶は『剣聖』の妹、ディアスタシア姉妹が後ろ盾をしている。その点においては他国よりも勝っていた。しかしそれもはるか昔の話。今どこまで正確かは分からない。
「唯一交流可能なヴァツルナ大陸はフィブルの件もあり、我が国と敵対関係にありますものな」
「あちらが仕掛けてくる以上敵対はやむを得ないと割り切っていますけれどね〜」
「にがぁ〜」と顔を歪ませたマリーシャに呆れた顔をするドレオス。だから無理してブラックを飲むなと言ったのだ。彼女は必死に水を飲んで誤魔化していた。
「んん゙…………失礼。それにしても、嘘かホントかは別として、このタイミングで彼の名前を聞くことになるとは……双子の耳に入るのも時間の問題ね」
彼女の持つ資料は、情報収集を得意とする軍務の二番隊からの報告書。そこにはこう書かれていた。
『バルフィレム近郊にてディアスタシア姉妹の兄と思われる男と接触。現状我が国に敵意はない様子だが、ニブルリブルの情報は頑なに話さず、護リ人や双子の名前もほぼ無反応。
エギルラーク隊隊長 ヴォダ=シュバルツ
追伸
試しに手合わせしてもらいました。鬼強かったです。』
読んですぐに頭を抑えたドレオス。書き手であるいい歳したベテランに対して、今一度報告書の書き方を指導しなければならないのか、と。
彼は元々ディアスタシア姉妹もソラ=ドラッドも信用してはいない。結局彼らは迷イ人保護の協力をする代わりに、バルフィレムの後ろ盾として名を借りている盟友と言うだけで臣下や騎士、軍人ではないのだから。
それでも、一族の命を奪い、行方をくらませた兄との再会がどれだけ心苦しいものか――と、その痛みを想像してしまった。口をつけたコーヒーがさらに苦く感じた。
☆。.:*
「端的に言って意味がわからない」
と、目の前の男が剣を握り締めた。明らかにシアンを警戒している。
「兄ちゃん?何を言っているんだ、オレは記憶が始まった時点から数えても700は生きている。その妹が、現代に生きているわけが無いだろう」
漸く動揺から抜け出したシアンは記憶に残る兄の姿と比較するように彼を見つめた。朧気とはいえ記憶の中の兄とは雰囲気が異なる。奴はもう少し明るい野郎だった。「記憶が始まってから」という言葉も気にかかる。
しかし、見間違えることなどあるものか。それに、彼が兄なら転移型魔法陣が起動したことにもまだ説明がつく。
「あっはは!ひでぇな、実の妹の顔を忘れちまったわけ?記憶喪失にでもなったかよ」
深く息を吸った。相手の真意がどうであれ、今ここで彼をライアと合わせる訳にはいかない。どうにかしてこちら側に注意を引きたいところだ。
「知ってるぜ?お前と同じくらい生きてるやつはもう一人いるってな。スーパー御長寿が二人もいるんだ、他にいるかもって思わなかったのかよ」
わざと煽るように大きな声を出す。男はしばらく考え込んだ後、剣先をこちらに向けた。
「つーことはお前がリミットの言っていた護リ人か。なら、オレの敵になるな」
「チッ……カマかけただけだったけど、あのクソマッドやっぱり兄ちゃんと一緒にいたのか」
シアンもしっかり土を踏み、剣を構える。お互い何時でも攻撃に移れる体制だ。
「全く、腹立つぜ。こっちは700年も探してたってのによぉ!!」
先にしかけたのはシアンだった。まず一撃、確実に入れるつもりで叩き込む。どうせ相手も自分と同じならば、首が落ちたとて死にはしない。思い切り、殺す気で首を狙った。
「何を言っているかさっぱりわからん……なっ!」
男は怯む様子もなく、軽々とその斬撃を弾き返す。ゲームで言うところのパリィ。不安定な体制で防がれたせいで、シアンは一瞬よろけた。その隙を逃すことなく、男は腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐっ…………げほっ」
重い衝撃に胃液が迫り上がる。吹き飛ばされる中何とか歯を食いしばり、地に剣を刺す。背にある墓地に叩きつけられる前に体制を整えた。――が、一呼吸置く間もなく男の追撃が襲いかかる。
「今日はヤな夢を見たせいで機嫌が悪いんだ」
「はっ、奇遇だなぁ、私もだ!」
シアンは自信がパワータイプであることを自負している。事実彼女は、身体強化ありきとは言えバルフィレム内部、この世界中を見てもトップランクに入る。その一撃は男女の差を軽々覆すほどだった。
しかし今、彼女は完全に防戦一方。攻撃を仕掛けているのは自分のはずなのに、押されているとは如何程か。単純な力量ではなく、針の穴を通すような繊細なカウンター。ほぼ全ての攻撃が完璧なタイミングで弾き返される。痛点を突くかのごとく、カウンターが入る度に骨まで衝撃が響く。外見こそ怪我は無いが、徐々に体力が削られていくのがわかる。
(ちっくしょう、やりにくい……)
反動でふらつかないのが精一杯。背後から魔法を使おうとも試したが、なかなかそのタイミングが掴めない。どうしても魔法に意識が向くと僅かながら剣の力が緩む。そんな隙を見せれば、現状何とか保っている均衡が速攻で破られるだろう。
(これがライアなら上手いこと魔法使うんだろうけどな……)
アレは裏の裏の裏をかく騙し討ちが得意。まさにこういう相手の攻撃ありきの戦法に強かった。
しかし、今居ないものをねだっても仕方がないし、そもそもライアと兄を合わせるわけにもいかない。1人では勝てぬとも、せめて相手に撤退させるような手を打たなければ…………。と思った瞬間、均衡を崩したのは男の方だった。
「ちっ、いつまでもこんな攻防繰り広げる訳には行かねーんだった」
そう言ってシアンとの距離をとった。男の手にある剣が光の粒子となり形を崩す。しかし、戦意が消えた訳ではなく、むしろ彼の魔力が膨れ上がっていくのが肌でわかる。毛穴を刺すような殺気。向こうも確実に仕留める気で来ている。
「来い『北辰』。そして――『全てを忘れろ、モビーディック』」
短い詠唱だった。エインスカイに生きる多くは、このような短文的詠唱を使うことがある。簡単に言うと、自身の士気をあげるための合言葉だ。
男は鍔のない刀を空から取り出し逆手に持った。そして、その隣には白いモヤが集まり、ひとつの形を作り出している。
それは霧の塊。大きな鯨。ふわふわとした塊が繰り出すのは物理的な攻撃ではないだろう。シアンは本能的に、この技を食らってはいけないと察知した。しかし、わざわざ刀を取りだしたのだ、おそらくは鯨と同時に接近戦を持ちかけられる。ならばこちらも魔法を使うべきか。
ぐるぐると思考が渦巻き、思考が止まらない。しかし既に答えは出ていた。それに向き合いたくないだけで。
そう――
(どう考えても、今の私にコレを防ぐ術はない)
シアンの魔法は氷系統。壁を作るか粒を飛ばすか、はたまた対象を直接凍らせるか。本人の性格もあって、とにかく荒削りの力押し。戦いは基本的に剣術に寄っていた。
(相手が霧、水分の塊なら凍らせることもできるか……?一か八か、やる価値はある。つぅか他に打つ手がねぇ!)
やることは決まった。同時に、相手の準備も終わったらしい。男と目が合った。彼は、「行くぞ」と言わんばかりに目を細め、足に力を込める。
「『風穴あこうが、腕取れようが、臓腑が食い破られようが!生きているなら問題ねぇ!!』」
同時に、シアンも自身の詠唱を叫ぶ。凍らせるだけとはいえ、この男相手では本気を出さなければ負けると確信があった。
再び剣に重さがのしかかる。パワーこそ劣っているものの、最初の攻撃よりさらに鋭く、的確な力のかけ具合。腕が痺れる。膝がぐらつく。このままでは間違いなく押し負けるだろう。動きは遅いものの、霧でできた白鯨はすぐそこまで迫っている。
何とか魔力を空気に混ぜることは出来た。あとは、霧の大元である水分を凍らせるだけ――――
「マジか……魔法が発動しない」
正確には発動はした。ほぼ全力で大気を凍らせたのだ、下を見れば所々に霜が降りて、土が凍っている。しかし、肝心の鯨には殆ど効果が無いようだった。
男が霧と入れ替わるように再び下がる。鍔迫り合いの衝撃で体が思うように動かない。世界ごと塗り潰されるように、視界が白に覆われる。
――が、その瞬間。
「させるかよ!!」
空間を割くような雷鳴が聞こえた。霧の鯨はバラバラに解け、空気に溶けた。晴れた視界の向こうには、帯電した一つの槍が突き刺さっている。
声は天から聞こえた。分厚く太陽を隠していた雲が切れ、後光のように声の主を照らしている。
「なんだアイツ。鳥人間……?ハヅィークにもあそこまで動物に寄ったのはいなかったぞ」
「ソラ!……正直助かった」
「うわっ、なんだこれ寒っ!」
槍を落としたのはソラ。彼は煙の中、一人走ったシアンを探しに来ていた。
大きな翼を広げ、同じ高さに降りてきた彼は変化を解き、その寒さに腕を摩った。そして、男を見て目を丸くした。
「え……。なんでセイヤ兄がここにいんの」
「わっかんねぇけど、とりあえずアレはほとんどの記憶がぶっ飛んでるらしい」
「ええ……どういうこと?」
双子と幼馴染みであるソラもまた、彼女達の兄――セイヤのことを知っていた。この前のガルといい今回といい、自分たちを残して消えたはずの護リ人一族に関わる何かが動き出したことは明らかだった。
一方で、自身の攻撃を粉砕された男は乱入してきたソラを見て首を傾げていた。
「お前……あの女にそっくりだな。まーいいけど」
先程までの攻撃的な魔力はもう感じられない。しかしその発言にソラが一歩前に出る。
「おいちょっと待て!あの女って……姉貴のことか?」
「お前の姉が誰だか知らんが、髪だの肌だの色合いがそっくりな奴がいるんだよ」
「なんで……あの人はもう…………」
固まるソラと、鍔迫り合いの反動で膝を着くシアン。2人を置いて男は「2対1は分が悪いな」と、足元に霧を出している。
「待てこら…………せめて、私の名前だけでも……覚えてけ」
「名前?あー、その必要はないぜ。護リ人って聞いて思い出したから」
何とか立ち上がろうとするシアンを制するように霧は段々と濃くなり、やがて男の姿は完全に白く塗りつぶされた。
その男の最後の言葉を聞いたシアンがブチ切れたのは言うまでもない。
「じゃあな、自称妹。次会ったら殺す」
「るっせぇ、ばぁぁぁか!こちとら死にたくたって死なねぇよ!!」
静謐な墓地に一つの怒号が響き渡った。




