3章 3 いるはずのない人
寂れた小さな町、ベリア。人が住んでいるかも分からない家々には掠れたスプレーアートが描かれている。すぐ近くには墓場もあり、薄暗い。人の気配はするものの、こちらを伺うのみ。なんとも気味が悪かった。
「そんじゃあ約束通りここまでだ。ここから先は営業範囲内ですわ」
「はいはい、あんがとさん」
王都周辺を回る走り屋達。馬や馬っぽい何かに荷台を引かせ荷物や客を運ぶ、所謂タクシーや郵便屋だ。
シアン達一行はその走り屋に乗って王都を出た。しかし行き先を告げた際に、「ベリアの前まで」と契約を結んでいた。
「葉姉、悪ぃんだけどこっからは歩きな。地盤が激弱で車体が持たないんだと。あと治安悪い」
元々湿原が近くにあったり、標高が高かったりと土が泥濘易いからか、だんだんと人が離れていった。そのうち、はぐれ者達が拠点として住み着くようになってこの有様。国も手を焼いている問題児の巣窟だ。
シアンは初めて訪れた葉へ、野盗に気をつけておくようにと警告する。
「ちょっと前にバルフィレムへ攻め込んできた野盗が大量の爆弾持ってきて自爆したせいで、更に地盤にダメージいったよな」
「あれは見事な爆発オチだった。なんだったんだろうな、アレ」
「アホの集い」
「ソラくん辛辣〜」
談笑しているライアとソラ。二人の言う通り王都や近くの貴族街に襲撃を仕掛ける阿呆もいたが、先程言及された事件からはめっきり無くなった。恐らく町全体を絞める頭ができたのだろう。シアンはそれに心当たりがあった。
シアンが先陣、ライアが葉の隣に、ソラが殿の並びで町を進む。すると、気まずそうに葉がライアに声をかけた。
「あのさ、今から行くのって教会なんでしょ?てっきり情報屋的なものを当たるのかと思ってたんだけど……」
「あ〜っと、そうな。情報屋ではないんだ。フォリアーテ教会って言うんだけど、そこの神父のチビ……孫が『天言の聖女』って呼ばれてるんだよ」
「聖女?」
「誰かが勝手に言い出した二つ名だけどな。そいつの予言は百発百中、『告げられた時点で確定事象』、『いずれ来る未来を収束させる者』って割と有名だぜ」
ただし、本人曰く予言は降ってくるもので、自分の意思で見ることは出来ないらしい。
トラリアが言うには、まだ会ったことの無いはずの葉に予言があると言っていたとの事。わざわざ呼び出すとなれば、それなりに重要な話なのだろう。シアンは……否、シアンだけではないだろう。この場にいる者は少なからず、葉の弟の情報を期待していた。
「にしても……」と、シアンは空を覆う分厚い雲を眺めていた。
「齢4歳にして大層な呼び名だよな。ガキはもっと悠々自適に羽広げて過ごせばいいんだ。評判や肩書きに縛られるのは大人になってからで十分だろうに」
「シアン……」
葉が何か言いたげな顔をしていた。彼女が口を開こうとした瞬間、静まり返っていた町から声が聞こえてきた。
「ヒャッハーー!見てよ兄貴、お客さんだァ!!」
「そうだな弟よ。これは盛大に持て成してやらねばだ」
なんともやかましい兄弟。10代前半くらいか、随分と子供に見える彼らは、ここらを拠点とした野盗の一部だろう。彼らは屋根の上に乗り、こちらを見下ろしていた。
弟と呼ばれた方の背には、農家で使うようなカゴが背負われており、その中には数々の爆弾が見える。
「見ろよ!アホの集い第二弾だ!!あっはは、ウケる〜」
つい数分前の会話を思い出し、ライアが吹き出した。涙を流しながらの大爆笑だ。隣のソラも顔を隠しているものの肩が震えている。
少年たちは笑われていることに腹を立てたのか、地団駄を踏み始めた。
「笑うな笑うな!お客さんにはコイツを食らわしてやる!」
弟の方が背負ったカゴから白い玉を幾つかを投げた。まだ笑いを堪えているソラ以外は防御体制に入る。ライアは隣の葉を護るように引き寄せていた。
玉はシアンの前に落ち、ギュルギュルと回転しながら白煙を吐き出す。
シアンは催涙弾かと警戒したが、ただ煙に咳き込むだけで、酷いものではないらしい。
「げほっ、けほっ、弟よ……煙玉を投げるなら、兄に先に言ってくれ……ごほっ」
「ごめ……えほっ、ごめん」
(自分も吸ってちゃ世話ないぜ……)
自分で投げておいて、味方共々被害を蒙っている少年達。統率のない野盗と言っても、抜けすぎではなかろうか と、シアンは呆れた。
その時、遠くからか細い、弱々しい声が耳に入った。
――――誰か、誰かたすけてよぉ!
「他にも人がいんのか!」
声が聞こえた瞬間、白い壁で覆われた視界を必死に振り払い、声に向かって走り出した。ソラやライアは放っておいてもあの程度に遅れを取ることは無いし、葉は彼らがいるなら安心できる。それよりも、助けを求める人間がいるのならば、己の誇りにかけて向かわない訳にはいかなかった。
☆。.:*
「いつまで咳き込んでるつもりだよ!!」
頭上から矢が突き刺さるような鋭い声が聞こえた。同時に、視界を覆っていた白煙が風に吹き飛ばされる。漸く開けた景色には、自身の隣で喉を摩る葉。屋根の上で同じように目を擦る少年達。そして、上空に猛禽類を思わせる程の大きい翼を羽ばたかせたソラがいた。
「え…………あれ、ソラくん?」
葉か戸惑うのも無理は無い。翼と言っても蓮夜のように背から生えている訳ではなく、肩から――つまり人間で言う腕の部分が翼になっているのだから。さらに言えば、今の彼の足はどう見ても哺乳類のそれではない。前を向いた三本の鋭い爪に、後ろ爪。それは正しく、鳥の趾だった。
「そうか、葉に見せたこと無かったな。これがオレの十八番、自身を動物に変化させる魔法だ。一番よく使うのは狼だけど……必要があればこうやって他のものにもなるぜ」
「毎度毎度簡単に言うけど、結構難しいからな?下手したら元に戻れなくなるし」
「オレはそんなヘマしねえ」
「一般論ですぅ〜〜」
軽口を叩きながら降りてきたソラ。その翼を間近で見た葉は心做しか目が輝き、触りたそうにうずうずしていた。 屋根の上からも「兄貴みてよ!鳥!ふわふわしてそう!」と、無邪気な声が聞こえた。
ふと、ライアは違和感を抱いた。それは辺りを見回し、確信へと変わる。
「シアンがいない」
「えっ、あれ、本当だ。さっきの煙ではぐれたのかな」
「はぐれたって……オレたちその場から動いてないぞ」
思い返してみれば、白煙の中焦ったような「人がいる」と言った声が聞こえた。大方、一人で突っ走ったのだろう。と、ライアはあまり気にしていなかったが、珍しくソラが焦り始めた。
「ここ墓地近いよな、下手したらあいつ動けなくなるぞ。オレちょっと探してくる!」
そう言うが否や、ソラは飛び去って行った。彼の言う通り、この街は墓地が近い。霊感が高いくせにホラーものが何より苦手なシアンにとって、最悪の場所なのは間違いなかった。
「まー、ソラ達の方はほっといて、こっちはこっちで始めますか。よっしゃ、行くぜカグツチ!………………あれ?」
気を取り直して、爆弾を携えた少年達に灸を据えようと相棒である双剣を呼び出す…………否、呼び出そうとした。
――――――出てこなかった。
☆。.:*・
町の外れ、鬱蒼とした木々に囲まれた墓地。シアンは助けを求める声を探してここに辿り着いた。
どれだけ探しても姿は愚か影すら見えない。しかし、尚も聞こえるすすり泣くような声は、ノイズ混じりに薄暗い墓場でコダマしている。
「この辺から聞こえるんだけど……あれぇ……これもしかして、深く考えない方がいいやつぅ?」
シアンは人よりも霊感と言われるものが高かった。人かと思って話しかけたら実は幽霊でした、なんてことはよくあるのだ。彼女のホラー嫌いの理由はここにあった。
本人曰く――
『人だと思って話しかけたら幽霊だった時の恐怖がお前にわかるか』
との事。尚、これを言った相手は霊感ゼロのライアだった。
今回も場所が場所なだけに、嫌な想像をしてしまい背筋がぞっとした。
(相手が人間じゃねぇなら、ほっといてOK!一刻も早くこんなところ抜け出そ……)
そう踵を返そうとしたが、その目はある空き家の壁に留まった。
スプレーで描かれた、丸い円がいくつも重なる幾何学的図形。シアンの知っている文言とは少し異なるが、ところどころにエインスカイの古代文字が書かれている。護リ人三人の家や、マリーシャのいるバルフィレム城と同じ魔法陣だ。
「あれ、転移型魔法陣……?まぁ描くだけなら誰にでもできるか」
以前葉にも説明した通り、空間を扱う魔法陣の作動には護リ人の魔力が必要になる。しかし、陣を描くだけなら他の者でもできるのだ。難しい計算式を理解、応用できずとも、記号として模写することは可能なのと同じように。
(最も、こっちから魔力流さないと開かないんだけど……)
誰かのいたずら書きだろうと背を向けた瞬間――――魔法陣から膨大な魔力を感じとった。
他の二人はこの街にいるし、マリーシャは城にいる。そもそもシアンは魔力を流していない。作動するはずはなかった。しかし、どう見てもその魔法陣は煌々と光り輝いていた。
「来い、ツゲイナギ!」
咄嗟に空から自身の剣――ツゲイナギを取り出すシアン。辺りが光に包まれた瞬間、構えた剣に衝撃が走る。
「――――ッ!!」
それはここ数年で最も重く、強く、骨にまで響くような攻撃だった。
痺れる腕を奮い立たせ、魔法陣から飛び出してきた何かを思い切り弾き返す。相手は少し下がり体制を立て直した。
「くっそあいつ、何が理論上はできるはず、だ。何処だよここ」
それは男の声だった。口ぶりからしてここに飛び出してきたのは事故なのだろう。男は不機嫌そうに誰かへ向けた愚痴を吐いた。
一方シアンは、動きが固まっていた。剣を落とさないようにするのが精一杯で。どんな表情をしていいのかも分からない。何とか声だけは発したものの、その声は震えていた。
「な、んでお前が出てくんだよ……」
声をかけられた男がゆっくりと立ち上がる。間違いない。非常識に長い人生の中でも、1度だって忘れることはなかった。自身と同じ白い髪。菖蒲のような青紫の瞳。ギザギザとした鋭い歯。彼はライアの、そして勿論シアンにとっての――
「兄ちゃん……!!」
「は?何、お前誰?」
兄、セイヤ=ディアスタシアだったのだから。




