2章 15 自分じゃない自分の声
「リザイア、リザ!ねぇ、起きて!!」
「葉姉、大丈夫。安静にしてりゃあすぐ治るやつだから」
「でも……!」
心配でたまらないという顔の葉を宥めながら、ギルドーを警戒する。その時ふと、視界の端で何かが動いた。また虫か、と嫌な想像をしたが違う。特に何もおかしな所はなかった。
(なんだ、見間違い?…………んな訳ねーな、このタイミング。間違いなくなんかいる)
「葉姉、リザの介抱はあとだ。ほっといても死にやしな――――チッ!」
「忘れてもらっては困りますよ、護リ人!」
葉の方を向いた瞬間、ギルドーが迫ってくるのが見えた。本人直々の特攻。その手には針のように鋭い槍。ライアは素早く前に出る。防ぐことは難しくない。
「葉!下がっ…………違う避けろ!!」
「え、何」
もう一度、今度は背後にいる葉に怒鳴る。キョトンとした顔の葉。その背後にいくつものゴーレムの腕だけが迫っていた。先程の違和感。それはこの腕が動いたのだろう。元は土だ、形を崩せば景色への擬態は容易だった。
炎を打ち出し、何とか崩す。しかし目の前のギルドー本人がとても鬱陶しい。しかも槍の突きと来た。剣二本を交差させて使わないと防ぎにくい。
「魔法使え、吹きとばせ!」
「えっ、あ、うん!」
腕はモコモコと土から生えてくる。一つや二つじゃない。ライアが動けない以上、葉本人がやるしかない。重量のあるものとはいえ、葉の暴風なら形を崩すこともできるだろう。
腕を前にのばし、集中する葉。しかしどうやら、上手くいかないようで、一向に発動しない。
「え……なんで。いつもはすぐできるのに!」
「おや、お嬢様。まだ魔法を上手く扱えない?ならば是非とも私達フィブルが指南しましょう」
「だーまれロン毛クソマッド!お前に無駄口叩く暇はねーぞ」
焦り、戸惑う葉。魔法を使い慣れない者に焦りは禁物。発動しないのは初の実践で集中できないからだろう。
更に言えば隣で戦っている蓮夜。彼の風が吹き荒れるため魔力が捉えにくいというのもあるかもしれない。やはりある意味、葉をここに連れてきて正解だった。
何度も魔力を集めようとする葉。ギルドーは勿論、使っている本人でさえも気づかなかったが、ライアにはわかった。葉の魔力が段々と別のモノに変わっていく。色がほんの少し変わるように、じんわりと、しかし確かに切り替わる。
ライアにはずっと気になることがあった。初めて葉に会った時からずっと。それを確かめるのにこの機会はまたとない。
本気の本気を出せばギルドーを弾き返すことは出来る。しかし「必ず護る」と言っておいてなんだが、葉をわざとピンチに陥らせたい理由があった。その理由はひとつの仮説にあり、ライアには確信もあった。最も、流石に命の危険が迫れば護る事に変わりは無いのだが。
『うるさい!迷イ人、迷イ人迷イ人ぉ!!だからお前らは――とても良くない!』
「――――!」
ふと、蓮夜達の方から声が聞こえた。大方敵が迷イ人アンチだったのだろう。ライアは何も気にしなかったが、葉はビクッと反応した。思うところがあったのか、葉の目に映る色が変わる。
「なあ、ギルドーとやら。賭けようか。お前の素敵な実験体候補と、私達の葉。どっちが勝つかをよ」
「おや、おやおや……それはどちらも同じものでは?」
「わかってねーな。全然違うぜ?見てるものが全く別だ」
槍と双剣、ギリギリとせめぎ合う中、ライアが一つの提案をした。この窮地、葉が乗り越えられるかどうかを。ライアにとって重要なのはその乗り越え方にある。
――ガクンと葉の体から力が抜けた。
☆。.:*
(どうしよう。魔法が出ない)
葉は酷く慌てていた。
普段スザクとの特訓の一環で、リザやシャナと手合わせをすることもあった。その時は威力コントロールはともかく普通に発動できていたのに。今はどれだけ頑張っても風が吹かない。今までどうやっていたのかすら分からない。しかし土の腕は止まらない。眼前に迫る確かな危機。
『うるさい!迷イ人、迷イ人迷イ人ぉ!!だからお前らは――とても良くない!』
「――――!」
不意に届いた叫びに息が止まる。世界の全てが敵だというような、悲痛な声。目の前の者を断固として否定する、その発言。古い声が頭に響く。
『おい、葉、お前まで、そんな目で俺を見るのか。そんな、化けモンみてぇに俺を扱うのか、なぁ!!』
言葉は全く違うが、耳に残るその声は同じ感情を伝えてくる。頭の仲がぐるぐると回る。思考が揺れて全く集中できない。魔法を、使わねば。土の腕はすぐそこだ。魔法、魔法を…………魔法……?
(魔法って……なんだっけ)
プツン。と、頭が真っ白になる。緊張とストレスに耐えられなくなったのだ。
ぼーっと、景色のみが映像のように流れていく。これは終わった。どこか客観的にそう感じた。
不意に、暖かい何かに身を包まれる。同時に初めて聞くのに、どこか懐かしい声が頭に響いた。それは自分の口から発せられていることに気づいたのは少しあと。しかし頭に響くのは自分の声ではなかった。
それは、優しかった頃の母親の声によく似ている。1度だけ会ったことのある母方の祖母もこんな雰囲気だった。
「全く、仕方がないわね、生半可な力で戦場に出るからよ。あの子たちも詰めが甘いわ。さぁ、あたしの可愛い葉?直々に肉体を持って教えてあげる。目玉ひん剥いてよく見ていなさい。魔法はこうやって使うのよ」
体が勝手に動く。自分ではない何かが動かしているような、そんな感覚。左腕を前にのばし、弓を引くように右腕を下げる。風が1本、矢のように凝集していく。キリキリと空気を巻き込み鋭い音を奏でる。
土が襲いかかる。触れる直前。パッと、右手を開く。
それは大砲のように、意志を持つ竜巻のように、草木を巻き上げ土の塊を穿つ。
葉の暴風は威力はあるものの広範囲の無差別型。しかし今回は範囲を絞る代わりにさらに威力を上げた一点集中型。同じ要領で放たれる魔法でも使い方によって大きく異なった。
風が止む。吹き飛ばされた土がボトボトと落ちる。核ごと吹き飛ばされたのか、再生はしなかった。
段々と葉の意識が遠のいていく。もう一度、頭に声が響いた。
「この程度も耐えられないとは、情けない。……まぁいいわ。覚悟なさい、葉。あなたの選んだ道は確実に戦いに巻き込まれる。この位の壁、一人でぶち抜けるようになりなさい」
頭の声が静かになった。同時に、自信を包んでいた暖かな魔力も消えていく。
「葉姉!!」
ライアが叫ぶ声が聞こえる。しかし葉が答える前に、彼女の視界と思考は黒く塗りつぶされた。




