2章 14 大天使
(さてと。ここにいる連中は必ず護る〜、なーんて言ったものの……蓮夜は放っておいて大丈夫そうだな)
鴉天狗が強風と踊る最中、そのすぐ側ではもう一つの戦いが繰り広げられていた。
枝や根は蛇のようにうねり、翼竜や一角獣が空を舞う。彼らは皆ギルドーを守るように立ち塞がっている。
「ごめんなさい、ライア。まさか、私の召喚獣が敵の手に落ちるだなんて思ってもいませんでしたわ」
「ん?あ〜。決してリザの魔法を侮ってる訳じゃあねーけど、あれくらいはどうってことねーよ。リザは葉の近くにいてやって」
自然物はともかくとして、翼竜や一角獣はリザイアの魔法であり、カードに描かれた魔法陣を媒介にして呼び出された召喚獣。クロウドやロカの扱う召喚霊と似て非なるものだ。
召喚霊は既に死んだ魂を喚ぶもの。召喚獣はエインスカイのどこかに存在する生命体を喚ぶ。
それが何故敵対者であるギルドーを守るのか。
「リ、リザ!あれってリザの魔法なんじゃないの?どうして敵対なんか……」
「不甲斐ないことこの上ありませんわ。ごめんなさい、葉。情けないところを見せてしまいましたわね」
答えは簡単――――操られた。
葉の疑問に答えるようにギルドーが嬉々として語り始めた。その間も絶え間なく、容赦なく、枝葉や龍の爪が槍のようにライアを襲う。
ここまで地面を荒らされては、最早庭園にかつての美しさは見られない。かと言って、蓮夜がビュービューと風を作る今、炎魔法は大火事になりかねない。迫る攻撃は地道に双剣で叩き切る他なかった。
シアンの武器が体力、ソラの武器が体幹だとすれば、ライアの武器は速度である。
それは単に動きが早いと言うだけではなく、情報の会得、処理、攻撃に移るまでの流れが早いことを意味する。更にいえば、些細な変化に気づく観察眼。人の嘘を見抜くのはこの力が優れているからでもああった。
そのライアだからこそ、一瞬の隙も許さない嵐のような攻撃を一つ一つ正確に弾き、同時に戦況の把握を行えた。
しかし、この視覚が仇となる場合もある。より早く、より正確に情報を捕えるが故に、気づいてしまった。足元を蠢く野生の天敵。そう――――
「おぅぇあ虫っ!!………………あ、やっべ」
虫だ。
強風に煽られ見るも無惨になっているが、ここは本来花々が咲き誇る庭園。芋虫の一匹くらいこんにちはしても何もおかしくは無い。
吹き飛ばされまい、踏まれまい、と懸命に進む芋虫。
小さな体を守ろうと必死になる彼は間違いなくライアにとっての嫌いなもの第一位だった。
わずか一瞬、ライアの動きが止まった。
されど一瞬、その好機を逃すほどギルドーは甘くない。小型の翼竜達が襲いかかり、その上から枝葉が繭を作るようにライアを囲う。
足元にはまだ虫。視界に入れたくないので確認できず、かと言って踏みたくもないので下手に避けられない。あっという間にライアは翼竜と共に枝葉に閉じ込められてしまったのだ。
「ライア!!」
思わず声を上げた葉。
ギルドーは勝ちを確信したように両手を広げた。そして残った者へと目を向ける。
「護リ人も消えたことですし、ご説明しましょうか。私の魔法は――“思考掌握”。生物の思考領域を操る、いたってシンプルな力ですとも」
「そんな!そんなの敵無しじゃない?!」
「いいえ葉。あれが魔法である限り、弱点や欠点は必ずありましてよ。それを見抜かれないようにするのが、この世界で生き残るコツですわ」
葉を庇うようにカードを手に取るリザイア。狼狽える葉とは異なり、その目には一分の不安も写っていない。
「ええ、公爵家令嬢の仰る通りです。しかし、何れにせよ貴女の召喚術は私の前では無意味だと、もうお分かりでしょう?」
「チッ」
図星をつかれて舌打ちをするリザイア。貴族とは思えない品の無さである。案外リザは口が悪かった。
高笑いを抑えるように身体を震わせるギルドー。再び葉をじっと見据え、こう言った。
「さあ、迷イ人のお嬢様。護リ人が心配ならば……是非ともこちらに来ていただきたい。そうすれば、彼女はすぐにでも解放致しましょう」
彼は葉の不安に漬け込むように提案をする。その顔は勝利を確信したかのようなニヤつきが見えた。
その時――
「ダーーーーウト!」
彼の余裕も、葉の不安も。全てを吹き飛ばすような宣言が響く。
ギルドーの背後、塊のように絡まった根が一瞬で細切れた。
断面はレーザーで切ったかのような高熱。崩れる枝から現れたのは、双剣をくるくると回しながら歩くライア。その口角にはにんまりと、企むような笑みが浮かんでいる。
「全くよ〜舐められたもんだぜ、本当に!私の前で嘘つこうなんざ具体的に500年は早いっつーの」
「………………流石は迷イ人。あの程度で浮かれるべきではありませんね」
ここに来て漸くギルドーに動揺の色が見えた。よく見ればライアの背後には光の粒子になりかけている龍の残骸が落ちている。しかし本人には傷の一つもない。
ライアはまだ実体を残した龍を拾い、砂を零すように風に飛ばす。それはサラサラと輝きながら消えていった。
「お前の魔法は思考じゃなくて、『思考を持たない物』の操作だろ。んで、魔法陣もそれに含まれる。だからリザの召喚獣にも効果があったんだ。あれは本来思考を持つが、カードの魔法陣を介してたから。操られたのはカードの方だ」
「なるほど、そういうことでしたの」
「思考操作なんぞ出来んなら最初から私ら操った方が早いだろ。でもそうはしなかった」
納得するリザイアと種明かしを続けるライア。当のギルドーは動揺も一周まわって感心している。
ライアは笑みを携えたまま、彼を睨んだ。その顔はチェックメイトと言わんばかりの自信が表れる。
「屋敷の花もテメーの仕業だろ。植物は脳を持たないもんな。監視か何かか?」
「ふむ。バレてしまったのなら仕方がありませんね」
屋敷に設置された一定間隔のウェヌリスや生け花。あれは、クロウドを中心とした魔法陣の魔力タンク兼、監視カメラのような役割を果たしていた。
男が前髪を上げる。目が完全に隠れるほど長い紺髪。その下からは太陽のように輝く瞳が覗いた。爛々と輝く、いっそ不気味な程の熱。
彼はおもむろに屈み、地面に手をつける。その手を中心に魔法陣が開く。
「えぇ、ですが、バレたからこそできることもあるのです――――『原初の人は土から練られた』
立ち上がりなさい、ゴーレム」
現れたのは3メートルはある土の巨人。わざわざ呪文を介した当たり、あれが切り札とみえる。
この世界において、呪文は別に必須では無い。ただし、より強力な魔法のために自分の外側にある魔素を使う場合、魔素への指示書代わりとなる。もしくは、士気をあげる場合の自己暗示としても使われる。今回は後者だろう。
「出し惜しみはもう必要なさそうですね。私も本気で行かせていただきます」
「るっせバーカ。デカイだけじゃサンドバッグにしかなんねーよ」
空気の変わったギルドー。煽るライア。正しくここが正念場だ。
ゴーレムがライアを殴る。地面が陥没するほどの威力。軽く飛ぶように避けた彼女に翼竜が襲う。双剣で守り、ゴーレムを足場に飛び上がる。しかし、特に攻撃するでもなく、ライアは翼竜の羽に触れて着地。
ゴーレムの周囲には、未だ操られた召喚獣。再び絶え間なく続く連激戦。
前回と違うのは、確実に避けなければいけない攻撃があること。その攻撃だけは、腕を切り落としても再び生えてくること。この二つだ。
ゴーレムは削れても土を着けて再生する。ギルドーの魔力切れを狙うか、どこかにはあるだろう核を潰すか。
前者は難しいだろう。彼のあの不気味な瞳には見覚えがあった。
(大昔に興味本位で開発資料だけ見たな……陽の光を利用した義眼型の魔力増幅装置、だっけっか)
記憶がぼんやりと浮かび上がる。
もっとも、増幅どころか、自身の魔力に耐えきれずに死亡するケースが多く、直ぐに回収されたはずだが……。そもそも作ったのがフィブルか、その前組織だったのかもしれない。
何れにせよギルドーの目がその義眼で、使いこなせるのであれば、日が出ている限り魔力は尽きない。
ならば後者だ。しかし取り巻きが鬱陶しい。
いっそまとめて倒そうにも、こうも多く飛び回られてはキリがない。初手で無数の植物を封じるためにリザイアが殲滅戦を仕掛けたのが仇になった。
リザイアが一歩前に出る。あれらは自分の呼び出したもの。大人しく尻拭いされるだけとは、彼女の矜恃が許さなかった。
「おや、公爵家のご令嬢。貴女が居たとて何の役にも立たないことは既にわかっておられるでしょう?カードは既に私の手の内も同然なのですから」
「あら、侮らないでくださいまし。別に私、カードなしでも呼べましてよ!!」
リザイアが手を掲げた。
事実、本当に呼び出すだけならカードはいらない。あれはただの指針であり、確実に狙ったものを呼び出すだけの連絡先だ。
つまり今回の召喚術、何が出るかは分からない。使いっ走り用のネズミかもしれないし、天地をひっくり返す化け物かもしれない。一か八かの勝負だった。
「――――サモン!!」
リザイアの叫びとともに空に魔法陣が開く。天にぐわっと穴が開き、真っ白い後光が指す。葉もライアも、ギルドーさえも、その光景をじっと見つめる。
白い羽が落ちた。
ふわふわと落ちるその羽は、まさしく純白。
羽の持ち主には顔が無い。正確に言うならば、首から上の頭にあたる部位がない。
しかし、その上には魔法陣のように複雑な天輪――――天使だ。
王都からフォレイグン屋敷まで、ライア達が通ってきた大草原。そこに出没する顔のない殺戮兵器。人を襲い、勝手に増える。今は亡き『陽光』の神、ソウェルの眷属そのものだった。
「おいおいまじか……リザお前、なんつーもん呼び出しやがったよ」
「ちょっ…………と、これは予想外でしたわ」
さすがのライアにも冷や汗が垂れる。リザイアが召喚したとはいえあの天使だ。警戒するのも無理はない。
草原の天使ならば楽に倒せる。しかし今回は単純にデカイ。魔力量が桁違い。今までの上位に位置する言わば大天使。
天使はその羽を大きく広げる。天輪が強く輝き、辺りを照らした。
「うわ、眩し……」
視界を潰すほどの光に誰かが呟いた。
ひと足早く目が慣れたライアは瞬時に状況を見る。あれだけ縦横無尽に飛び回っていた翼竜や一角獣がピタリと動きを止めている。ゴーレムも例外ではない。
勿論、その隙を逃すライアでは無かった。
ゴーレムや動きを止めた翼竜達に次々と飛び乗り、触れていく。ライアの次に目が慣れた葉曰く、その動きはまるで八艘飛び。日本に伝わるという源義経の伝説宛らであった。
「はいよっと、まさか天使に助けられるとはな〜〜。グッジョブだぜ、リザ!」
この言葉で他の面々が完全に正気に戻った。ライアはザッと地面に飛び降り、何かを引き寄せる仕草を見せた。
その瞬間、ゴーレムを中心に翼竜の羽が、一角獣の脚が、うねる草木がひとつに集まる。糸を引っ張り布をくしゃっと纏めるように、それらはひとつに縫い合わされた。奇しくも先程ライアが閉じ込められた繭によく似ている。些細な意趣返しでもあったとか。
ギチギチと食い込む糸。獣達が暴れるほど深くくい込み、ジリジリと焦げるように煙く。直にバンっと弾け、線香花火のように消えていく。
召喚獣は光となって天へとのぼり、天使は満足気に羽根を落として穴へと戻って行った。また、ゴーレムは核ごと圧迫されたらしい。今のところ、再生の気配はない。
と言っても、術者が生きている限り何度でも生まれるのがゴーレムというモノだが。
「おっと、これは油断しましたね。にしても……こんな所でより神に近しい眷属を見られるとは!本当に、今日はなんと素敵な日なのでしょう」
やられたというのにやけに嬉しそうなギルドー。おそらく珍しいものを見つけてしまったからだろう。
突然、ドサッとリザイアが鼻血を出し、地面に倒れた。予想以上の大物を喚び出してしまったせいでオーバーヒートを起こしたのだろう。焦った葉が駆け寄った。




