6章 24 どっちを向いても戦闘狂
「っだぁ〜〜〜あっづい!! シアンじゃねーけどクソ腹立つなぁ!!」
都会と化したカズロットのど真ん中。
肩を落とし、睨みつけるように手で風を仰ぐライア。湿度は無いものの思考回路が鈍るような暑さに不機嫌を全く隠さない。
「精霊があまりに虫似で嫌すぎるし、こういう日に限って替えのインナー忘れるし……あぁ〜〜やる気でね〜〜」
「うるせえ、さらに暑くなるぞ」
「なんでお前が平気な顔してんのか不思議で仕方ない」
「元々オレたちの故郷は常夏に近いだろ」
「じゃあなんで私は暑さに弱いんだよ。シアンも弱い方じゃん」
「知るかそんなん」
ギャンギャンと喧しいライアの隣には対象的に涼しい顔のソラ。羽織が無い分普段よりはラフな格好だが、当たり前のように黒い服を着ている。黒は光を吸収しやすいという理屈を知らないのか。
あまりに緊張感のないやり取りに、帽子を被ったアウラが呆れて物申した。
まるで休日の昼下がりのような雑談を交わすライアとソラだが、彼女達がいるのは防衛の最前線なのだ。
「二人ともまぁ随分と余裕があるようだね。精霊の猛攻は落ち着いたのかい?」
「んなわけ〜。ただ向こうも混乱してるからね、ちょっと振り払うくらいでしばらくは問題なさそーよ」
ライアの視界に映るのは相変わらずブレまくった二つのカズロット。昨日よりも都会の方にピントが合っているのは気のせいではないだろう。
フワフワと漂う手のひらサイズの精霊達も今はまだ攻撃の意思は無いように見える。
「どっちにしろオレたちができることはシアン達が戻ってくるまでの時間稼ぎだろ?」
「あぁ。精霊が裏側のカズロットに侵入しないためのね。今海斗が蛇達と最終の確認に行っているよ、万が一の生き残りがいないかどうか、ね…………それで、例の蛹とやらはどうなっている?」
問いに答えたソラと、更にその確認に同意したアウラ。
彼女はそのまま都市の中心部にそびえ立つカズロット城、もとい電波塔に視線を向けた。
そこには建物にベッタリと張り付く魔力の塊。鼓動するように空気中の魔力を波打たせている。大地の連絡デバイスが効かなかったのはこの精霊のせいで間違いないだろう。
「んーー羽化直前ってとこだな。いやー、あれ出てくると結構めんどそうよ?」
「古代詠唱だもんな……」
昨日、塔の上で精霊と相対したライアとソラ。ソラの一撃を受けた後、親玉と見られる精霊が使用したのが古代詠唱。今や言語として忘れ去られた神話の言葉。
「……精霊が詠唱を使うだなんてこの歳になって初めて聞いたよ。どんな詠唱だったか覚えているかい? 音だけでもいいんだけれど」
「音だけ聞いてどうすんだよ」
「あの言語はまだ未解明だからね、サンプルが多いに越したことはないよ」
日差しから避けるように建物の影に入るアウラがソワソワと声を弾ませた。皺だらけの手はしっかり杖を握りしめているため、無警戒では無いのが流石と言えよう。
「んー、音は覚えてないけど意味なら覚えてるぜ?」
「…………詳しく」
アウラはあっけらかんと言うライアの言葉に探るような目を向ける。本人は意にも介さず話を続ける。
「簡単に言うと、『大いなる母よ、私の体を貴女に捧げます』的な。だから多分、昨日私とソラが戦ったやつは真の親玉じゃなくて、今ちょうど蛹の中で融合してる最中ってとこだな」
「っス――――ライア」
「何?」
言葉にならない息とともに目に手を当て、天を仰ぐアウラ。少しばかり低い声で尋問のような詰め方をした。
「今はそれどころじゃないから詳しく聞かないけれど、一度古代語について深く語ろう……いや、語ってもらおうか」
「おーこわ。あっはは! 機会があればな」
勿論、それで縮小するライアの態度ではない。サラリと受け流し飄々と笑っている。
「待った……無駄話はそこまでだ――――なんか来る」
鋭く指すソラの声。彼の視界を辿ると、複数の影が見える。
ガシャンガシャンと不気味な行進の足音。不格好ながらに人の形に似た鉄の塊。即席で作られたような粗さがあるも、如何せん数が多い。
「おやあれは……なんて言ったかな、ロボット? ゼルリオのやつが量産してるやつだね」
(一つ一つは歯牙にもかけないレベルで激弱だけど……多勢に無勢、精霊と同時に来られるとちょっとな……いくらソラとアウラがいても……いや何とかなるか?)
軽口を叩きながらも思考は冷徹に状況を読み取っているライア。チラリと電波塔に目をやると心臓が胸を叩くような圧迫感が襲う。
――妾の可愛い子供たち。お前達の怒りは受け取った。お前達の痛みも受け取った
(あ〜ここで来るか……)
羽音のような雑音が鼓膜を震わせる。それは脳裏で意味のある言葉へと変換し、本能的恐怖を逆撫でる。
ライアは敢えて淡々と、この中で唯一のまともな人間故に状況が見えていないアウラの顔を見た。
「アウラちゃん。ここで残念なお知らせです」
「なんだい、精霊が羽化でもしたかい」
「あらその通り。なんだ案外驚かねー」
「そんなことだと思ったよ。大抵困難ってのは叩きつけるように連続してやってくるものさ」
特に驚くこともせず杖を構えるアウラにも、精霊羽化による魔力の揺れは感じたらしい。僅かに冷や汗が垂れているのが見えた。
繭が一際大きく震え、その背に亀裂を走らせる。神々しく、禍々しく、ドロドロとした呪怨が溢れる。
――可愛い子達を傷つけるものは、母が全て討ち滅ぼしましょう!!
耳を劈く羽音とともに現れたのは、昨日戦った大精霊よりもさらに巨大な姿。人の骨格に虫の要素を付け加えた、見る人によっては麗しくも見えるそれに、ライアは悪寒を撫でられるような気分になった。
「うっ…………ガチで虫……やめてまじでホント無理……」
「嫌だねぇ。裏側への入口を守るだけの暇な仕事だと思ったらそうでも無さそうだよ」
スっと目を逸らすライアに対して、アウラの声は古代詠唱の話よりも弾んでいる。
「嬉しそうだな」
「はは! それはもう。いくつになっても戦いの最前線というのは心が踊るものなのよ!!」
大量のロボット。そして羽化した成体精霊。
迫り来る壁のようなそれに、アウラは目を輝かせながら高く杖を振り上げた。
☆。.:*
友人から借りた地竜に乗る海斗。
これから精霊との戦闘が激カする中、一人でも多く生存者を保護せねばと八霧の蛇と共に王都中を駆け回っていた。
「ん……粗方回ってみたけど生存者は居そうにないな……蛇が何も言わないのであればもう戻っていいか?」
「シューッ」
「おっ、その反応はまだいるんだな! 危なかった……今度いい餌を買ってこよう!!」
地竜の頭に蟠を巻いて陣取る蛇。
海斗が帰還を匂わせた瞬間威嚇するように睨みつけてきたので、これは恐らく「まだダメ」の意味。
八霧曰く、蛇達は人の目には見えない魔力の流れが見えるのだそう。きっとそれを感じ取ったのだ。
器用に尾を使って道を指し示す蛇に従い、砂の風に逆らう。時折、怯えて足が竦む地竜の首を優しく撫でた。
力強く地を蹴る竜の爪。腹に振動を感じ続けること数分の後、海斗の視界に一人の男が現れた。
キョロキョロと何かを探しているような様子。精霊の惨殺から逃れた避難民にしては余裕のある佇まい。
「そこの人! 細かい事情は省くがここは今非常に危険なので避難して欲しい!!」
「うん? もしかしてオレに言っているのか」
海斗は持ち前の大声をあげ男に避難を促した。
自分のことかと己を指さす男。背に大剣を携えどう見ても一般人ではないが、助けぬ道理はない故に。
「嗚呼。他に人は居ない……だろう? 怪我でもしているならば急かしはしない、不審なのもわかる。だがこれでも一大事でな……」
人懐こい笑みを浮かべ、本心からの言葉を紡ぐ。
僅かに男の目が見開かれた。
「…………お前さん、まさか生存者を探しているのか」
「そうだぞ。あちこち走ってみたが今のところは貴方しか見つからなかった。他に心当たりがあるなら是非とも教えて欲しい!」
「いや、そうか…………奇遇だな、オレも生存者を探してたんだ。そしてオレもお前さん以外は見なかった」
「そうか……いや、悲しんでいても仕方がない。避難所に案内しよう。着いてきてはくれまいか」
「いいだろう」
地竜から降り立ち、男に歩幅を合わせる。
靴の裏の感触は砂の微細な凹凸があるような、無いような。目に映る都会が幻想だとわかっていると、その他の感覚が勝手に砂漠の記憶を思い出すようだ。
海斗と男は他に生存者がいないか注視しながら早足で進む。雑談混じりに先に口を開いたのは海斗だった。
「見慣れない格好だな……旅の者か?」
「そう……なのかな。そういうお前さんも奇抜な格好をしているじゃないの」
「んー……奇抜か? 割と普通だと思うんだが。まあ、俺もこの国の人間では無いからな、ここの伝統衣装と比べればだいぶ異なるか!」
ペラリと自身の服を眺める海斗。今の服は故郷日本のカジュアルな普段着。スポーツウェアに近い動きやすい服だ。何もおかしな所はない――少なくとも本人の中では。
対して男は軽い鎧を身につけた所謂冒険者。昔触れたゲームの装備のようで、海斗はどこか心が浮ついているのを感じていた。
「この国の人間で無い……観光かい?」
「嗚呼! 隣の国、バルフィレムの者だ。もっとも、出身はそもそもこの世界ではないのだがな」
豪快に笑う海斗の脳内に個人情報などという懸念は一縷もない。この自然体が多くの友人を作る秘訣なのだろうが、今回に限ってはそうもいかないようだった。
「…………」
「どうした?」
急に立ち止まり、神妙な顔で睨みつける男。いくら海斗とて低い声に混ざる殺意に気が付かぬ程愚鈍ではない。
「バルフィレム……そうか…………大将が言ってたのはそういう」
不審に思い振り向くと、ブツブツと独り言を零す男の手が背中の剣に延びている。
「――――っ!」
咄嗟に後ろに下がるも、振り下ろされた剣は服の端を僅かに切り裂いた。
(剣閃が見えなかった……この男、今確実に俺の肩から切り落としに来たな?)
唐突に訪れた命の危機に冷や汗が垂れる。同時に、どこか全身の血液が湧き上がるような高揚感が走る。
「生存者を探していると言うからてっきりこちら側かと思っていたが…………勘違いだったようだ」
「っとと……いきなり何をする。というか、何の話だ?」
「すっとぼけるなよ小僧。立ち振る舞い、重心の置き方。お前がただの観光客じゃないことくらい見ればわかる」
地面に突き刺さった剣を引き抜く男。明らかに苛立ちが募っているのがわかる。
彼は淡々と、問い詰めるように罪状を告げていく。
「アレフリアの大将から話は聞いている。王殺しの謀反の罪シャオリア=カズロット。そして護リ人とバルフィレム軍はその逃亡幇助、及び罪の無いものを絶命に追い込んだ」
「はぁ?」
「しかも国民の殆どを何処かに監禁しているそうだな……」
「おい待て、話がわからん。なにか勘違いしていないか?」
「これ以上無辜の民を傷つけさせるものか…………その罪、今ここで償ってもらう」
「あっ、これはあれだな、聞く耳持たずと言うやつだ……」
全く話の読めない海斗。何を言っているのか心当たりが欠片も無い。
しかしこれだけはわかる――目の前の男は敵である、と。
(アレフリア殿下――シャオの弟さんか。その小細工か……? まぁ、考えても俺じゃあわからんし、分かりそうな人に伝えるのが先決か)
後ろ手に地竜と蛇へ先へ行くよう合図を促し、相対する。
足を広げ、仮初の地を踏みしめる。深く呼吸を一つ吐き出し、目の前の強敵に狙いを定めた。
「蛇の一匹、虫の一匹、このアディルムの名において、仲間の元へは行かせんぞ」
「そうか! まぁ……無理にでも道は作るものだがなぁ!!」
傲慢にも聞こえる男の言葉。だがそれを可能にするだけの実力が、威圧が彼にはある。
海斗は怯むどころか、むしろ自然と海斗の口角が上がっている。
剣を構えるアディルム。拳を握る海斗。砂の風に乗って乾いた草葉が吹き荒れた。




