6章 21 熱に浮かされた狂気
不老不死というのは本当に歪だ。
大精霊との戦闘で、ソラが敵に風穴を開けたのはつい半日前のこと。しかしそれも粘土のように塞がってしまったため、ライアもソラも「うわめんどくせぇ」と顔に出していた。
なぜなら、それはつまり物理攻撃が効かないということなのだから。敵にやられてこれほどウザい事はない。
「流石、ライアの姐さん。もう傷が塞がり始めているなんて。不老不死は健在でありんすね」
「余計な魔力使わせやがって……一応言っておくけど、痛いものは痛いんだからな?」
「んふふ、堪忍しておくれんなし? 主の気を引くにはこれが一番手っ取り早いんでありんすもの」
もっとも、その大精霊と今のライアに違いがあるかと言われれば殆ど無いに等しいのだが。強いて挙げるなら血が出るか否か。
先程貫かれたライアの腹は傷口を焼くように火を纏い、あっという間に内臓から何から元通りになっていた。飛び散った血も油のように燃え尽きて、ただ服だけが傷の形に敗れている。
「はぁ……んで? 何の用? 一応聞くけど、この国の問題はお前が仕組んだわけじゃないんだろ」
「えぇ、勿論。むしろ、わっち達はこの異変を止めたい側かしらん」
「あっそ、そこはアウラの予想通りだっだわけだ。よくもまー、折り紙一つで意思の疎通ができること」
古今東西、数多の異世界共通して、永遠の命を求める者は数多い。こんなモノの何が羨ましいのか――と、ジクジク蝕む痛みに眉を寄せながら腹を撫でる。
不機嫌そうな顔を懐疑的とでも受け取ったのか、折香らしき影が弁明するように言葉を続けた。
「姐さんならようお分かりでありんしょう? わっち、空言なんて欠片も申しんせぬ。いつだって、バルフィレムを思っているでありんすよ」
陽炎のように揺らめく視界では上手く相手の顔が分からないが、少なくともその声からは嘘の気配を感じなかった。
「あー、だからシャオの方に手を貸したのか……シャオリアとアレフリア。バルフィレムの政治相手として長い目でみればシャオの方が扱いやすいもんな」
「ふふ、そんな言い方失礼でありんすよ。ただ、今の第二王子ではいずれバルフィレムに危害を加えてしまう…………例え本人にその気が無くとも、あの迷イ人はどうでありんしょう」
「迷イ人……現か。なんだ、お前も知ってたの」
「んふふ、そりゃあ勿論」
コロコロと耳に馴染む淑やかな笑い声。幾重にも重なった重そうな袖を口元に当てる姿は、シルエットだけでも絵になるものだ。
「そろそろ本題に入りんしょ」
一歩、折香が前へと踏み出した。高い下駄が樹脂で舗装された夢の大地に音を奏でる。
「姐さん、わっち達に協力してはくりゃれんか? この件が片付いてからで結構。根本的なお話、主の目的とわっち達の目的は一致しているはずでありんしょう?」
「…………ふむ」
ゆらゆら揺れる灯火のような声に、ライアは腕を組んだ。
目の前の女は五年前バルフィレムの軍を半壊させた実行犯ではあるが、そんなことはライアにとって些事でしかない。
問題なのは、彼女達の本当に護りたいものが何か。己が同行するに値する利点があるかどうか。
「悪かねぇ話だけど、それだけじゃ私が行く理由としては弱いな。まー、わざわざお前本人が出てくるってんだから、それだけが交渉材料ではないんだろうけど……」
「んふふ、考える時間はいくらでもありんすよ。わっち達【破盾】は、いつでもライア姐さんをお待ちしておりんす」
ライアの返事を読んでいたのか、折香はその袖から一枚の小さな紙を羽ばたかせた。暗くてよく見えなかったが、連絡手段か拠点かどちらかだろう。随分と期待されたものである。
(……ま、目の前で燃やすのもわりーか。洗濯する時にだけ気をつけないと)
小さな手紙を胸ポケットに差し込み、目の前に広がる影へ目を向けた。一目くらい旧友がどんな表情をしているか見てやろう、と。
しかし、先程からどうにも視界が定まらない。背景が重なっているだけではない、別の何かが邪魔をしているよう。ライアは一度目を擦る。
「嗚呼それと、姐さんが探してるもの。うちの秘蔵っ子曰く上と下を繋ぐ通路の間――だそうな」
「あ?…………あーそうか、そりゃそうだわな……おっけーおっけー、情報提供助かるわー」
されど、歪みが晴れることはない。尚もゆらゆらと熱に浮かされたように犯されている。
ライアは早々に視界に頼るのを諦め、耳と魔力に意識を向けた。
そのまま、ちょうど踵を返そうとしている女の気配を辿る。思わぬ収穫には驚かされたが、自身の本能が嘘では無いと保証する。
彼女は嬉しそうにフワリと軽い声を作った。
「ふふ、力になれたようでなにより。では、近いうちにまたお顔を見せておくんなんし」
「あはは! 気が向いたらな。ドラグアにもよろしく伝えといて」
「あい。姐さんの言葉と来れば、アレも大層喜ぶでありんしょう」
カランコロンと音を立て、女は影に姿を消した。黒に飲み込まれるように、幻想のような色気は跡形もなく。
ただ、自身の貫通した服だけが事件の有無を語っていた。
☆。.:*
ほぼ同時刻。
「ねぇねぇねぇねぇどうしようっ! これは流石に取り返しがつかないと思うんだけど……?!」
「ちょっと静かにしてくれませんかねぇ…………チッ、電力足りねぇんだよなぁ……」
都会と化した王都の外れ。ハリボテのように静まり返った町の中で唯一明かりがついているビルが一つ。
シアン達同様、精霊の襲撃から逃れたアレフリアは真っ青な顔で現の肩をがくがくと揺らしている。
慌てふためくアレフリアと、険しい顔で鉄くずや配線を弄る現。
「アレフリア様、現様、お茶の準備が出来ましたよ」
「あぁ……すっごい。この状況で優雅にお茶入れてるよこの人」
そして、その隣ではコポコポと湯気を立てるポットを手にしたエイリエス。何一つ表情を変えることなく小さいテーブルにティーカップを並べている。
カズロットでは馴染みのない鼻を抜ける爽快な香りにアレフリアは自身の心が少しずつ緩むのを感じた。
その時、ガラス製の薄い扉が聞き慣れない機械音とともに独りでに開かれた。
「大将〜、この辺見てきやしたけど、今生きてるのはこれだけみたいっすわ。あとはもう……」
「にゃーん……なんなのあの蛹。全身の毛が逆立っちゃうよう……」
一人は屈強な戦士。傷だらけの鎧が彼の潜ってきた死線を物語っている。
もう一人は小柄な少女。ピンと立った耳とユラユラ揺れる細長い尾は猫のよう。
彼等の背後には大小様々な怪我を負った数人の子供。体が小さいが故に精霊の毒牙から逃れられたのだろう。
「アディルムさん、フェルーちゃん……二人とも偵察ありがとう。エイリエス、生存者を奥の休憩室に案内させて」
「かしこまりました。皆様、こちらへ。暖かいものを用意しましょう」
涙でぐしゃぐしゃな顔の子供、呆然と俯く子供、声を発することもできないままなにかに怯える子供。
エイリエスは彼等に着いた血を蒸らしたタオルで拭いながら奥の部屋へと姿を消した。
「夢だから……? いや……技術が…………裏側…………現実レイヤーに固定して……」
その間、一切目を向けることなく頭を掻きむしる現を、フェルーが「うえー」と蔑むような目で見ていた。
「なあにあの人……ブツブツ言ってさ? 不気味じゃにゃい?」
「色々考えてるんでしょ。にしても、これだけ民が死んでるのに……シャオリア殿下ってのもとんでもない悪人だな。お前さんが前言ってた護リ人――とか言うのも結局どっか行っちゃったし……」
「ひっ……」
ギシッと軋む音を立てたのはアディルムの鎧だろうか。唸り声をあげる獅子を目の前にしたような本能的恐怖がアレフリアを襲う。
「にゃん……おっさんあんまり殺気出さないで。フェル疲れちゃう」
「あぁ、ごめんごめん。元の世界の癖でつい……どうにもこういう残虐なのには堪え性がなくてね」
「ふーん、正義感ってやつぅ? ご立派ご立派。フェルはそういうの興味にゃいから、エイリエスちゃんにお酒貰ってこよーっと」
指摘されて気がついたのか、アディルムの表情が緩む。指摘した本人はすったかその場を離れて行った。
「だぁー! くそっ!! どうしても打開策が浮かばねぇ!!」
「今度はどうしたの……現くん」
「現実世界を固定するための方法が浮かばねぇんですよ。それができなきゃ、その後の魔力依存しない社会も側だけで意味を成さない。どうにかして今この街を形成してる幻像を実像にしないといけないっつーこと」
「おっさんにはよく分からん話だな……」
叫び散らした現の手元には人の形をした鉄。何やら色とりどりの紐が絡まっている。アレフリアにはよく分からないが、何やら迎撃用の機構らしい。
「あんまり大きな声を出さないでくださいな、現さん。子供たちが起きてしまうので……お茶でも如何です?」
「…………貰う」
奥から二杯目のティーポットを運んできたエイリエスが現とアディルムのそばにカップを置いた。
少しは落ち着いたのか、現はアレフリアの隣に腰掛け茶を喉に流し込む。
「……つまりな? 大元を言うと、観光資源云々もだけど、アレフリアはカズロットを魔力に頼らない国――要は科学だけで発展できるようにしたいんだと」
「うん……で、それがどう関係するのよ」
「詳しいことは端折るけど、おれの技術ならそれができる」
剣を下ろし、向かい側に座るアディルムに現は言葉を投げ続けた。
「ただし、都市を改革するには時間がかかる。資源もかかる。だからおれたちはショートカットするんだよ」
「はぁ……それで何が困ってるって?」
「そのショートカットキーがないの」
「致命的だなぁ……一応聞くんだけど、それって人の為になるやつだよね」
そこまで聞いたアディルムの刺し殺すような視線がアレフリアに突き刺さる。荒事に疎い彼でもわかる、答えを間違えた瞬間首が飛びかねない、と。
アレフリアはゴクリと唾を飲み込み、震える手を必死に抑えた。昼間のディアスタシア姉妹にも近い、身が竦む程の威圧感が彼を襲う。
「もちろん……長期的に見て、この世界の魔力はいずれ枯渇します。このままカズロットが生きるためには、どうしても魔力に頼らない政策が必要になるん……です」
まるで台本を読むかのごとくスルスルと言葉が溢れ出る。自分でも理解しきれていなかったはずのものが、今になって急に言語化された気分。
王子の動揺に気がつくことなく、アディルムは顎を撫でながら考え込んだ。
「ふむ……オレはこの世界に来たばかりだからな。詳しいことはすぐに理解できんが、人の為になるならば力を尽くそう。いずれにせよ、人が住めるようにするには精霊とやらをどうにかしないとならんのだろうしな」
「うん……ありがとう」
未だ悩みどころはあれど、目の前で死にかけている人を助ける為ならば、と剣士はアレフリアの手を取った。内向的ゆえ人との接触が少ない第二王子からすると、剣士の皮膚は信じられないほど硬かった。
「ご歓談中失礼します。私エイリエスより現様に提案が」
感動の握手の間、聞き取りやすい女性の声と共に、空のカップへ薄緑の湯が注がれる。
「んあ?」
器用にもペンを手の上で回す現。その言葉によって、彼は不機嫌そうに揺れる足をピタリと止めた。
「――この世界に残る神話の続章。神牙の使用者を頼るのはいかがでしょう」
否、止めたと言うより、意識が全く別の方向に言ったというのが的確か。エイリエスの言葉が、現の今までの悩みをひっくり返す天啓になったのだ。
「『真実』の神牙使い――かの『夢幻の悪魔』であれば、曖昧な夢を現実にすることも可能かと」




