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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
六章 カズロット編
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6章 19 『天焼の魔神』

 一時避難としてのカズロットを作り出している空間、その端の端。

 一見何もない空間だが、そっと手をかざすと抜け穴のような空洞ができた。まるで岩によって滝が二つに切り裂かれるように、砂絵が人の手で崩されるように。


 ソラは崩れ落ちた砂を不思議そうに手に取り、サラサラと消えていくのを眺めていた。

 人が何日も暮らせる巨大空間とはいえ、こうして見ると外部との接続を極限まで閉ざした有限な空間だと認識せざるを得ない。


(本当、誰がこんな芸当を…………オレたちじゃない護リ人となると……セイヤ兄? いや、あの人がいたなら多少なりとも匂いで気が付きそうなんだけどな……)


 ――かの兄貴分とは先日相対したばかり。そしてこの空間が作られたのも一週間以内。雨がほとんど降らないカズロットであれば、仮にセイヤ=ディアスタシアが来ていた場合、動物なみに鋭いソラの嗅覚が逃すことはないだろう。


「なぁ八霧さん、ソラさん」


 真っ暗い、手の輪郭がギリギリ見える程度の細い階段を上がっていく。明かりといえば、先頭を行く八霧の奥に小さな光点が見えるくらい。


 音がよく響く空間に、珍しく控えめな海斗の声が反響した。


「精霊……俺はさっきシャオとアウラ隊長に聞いただけだが、住処を壊されて怒っている……ってことでいいんだったか?」


「そーそー。ガチ悲惨だから外出る前に覚悟しといてね〜。海斗ってまだ戦争出たことないだろ?」


「無いな! 王都周辺とかの警護ばっかりだ。野盗同士の潰し合いなら見たことあるけど」


「あんなの比じゃないぜ〜。あれでトラウマってやめてくヤツら結構多いからね〜」

 

 立ち止まることなく進む八霧が普段通りの軽い調子で答えた。内容は何も軽くないが、彼の言うことも事実である。そして、今から見る地上の景色は恐らくそれ以上に酷いだろう。


 何せ精霊による一方的な虐殺。抵抗することさえ、普通の人間には不可能なのだから。

 ソラが上空から一瞥しただけでもその凄惨さは充分伺えた。今も既に血の匂いが流れてきている。


「って、戦争の話じゃなくて……シャオが言ってたぞ。精霊って人間には見えないんだろう? どうして二人には見えるのだ?」


 話が逸れたと海斗が首を振った。そして、その先でカラカラと八霧の笑い声も聞こえた。


「なんだよ海斗、忘れちゃった? おれは人間じゃないよ〜? お前と同じ迷イ人で蛇喰(じゃくう)族……あー、わかりやすく言うなら蛇の獣人だぜ? 人間に見えないものもおれにはわかるんだ」


 同調するように八霧の首に乗っていた蛇がシュルシュルと空気を鳴らした。魔力としてソラの耳に入ったニュアンスでは「そんなことも知らんのか馬鹿め」といった嘲笑に近い。知らぬが仏と言うが、これは完全に見下されている。


「じゃあソラさんは? シアンは見えてないって大地が言ってたけど、貴方や……戦ってたならライアもか――見えるのだろう? 同じ不老不死で何が違うんだ」


 至極真っ当な問いだった。海斗の純粋な疑問には、尋ねられたソラとてはっきりとは答えられない。予めライアから聞いていなければ同様に首を傾げていたところだ。

 彼は「オレもよくわかってないんだけど」と前置きをしてから、思い出すように答えを告げる。


「ライア曰く曖昧な定義だが、この場合の人間か否かは魂の違なんだそうだ。今まで特に必要ないから言ってなかったけど、オレは神器タケミカヅチと完璧に同化してる。多分そのせいだな」


 そう言ってソラは自身の肩にかけたままの羽織をギュッと握りしめた。今や自分の一部と言っても過言では無い、()()()()()()()()()武具を。

 

「初めて聞いた……! 同化って……この前のリザイア嬢とはまた別の?」

 

「そ。神器に宿る神は迷イ人だからな。外の世界の神だ」


 先日リザイアが同化したというのはこの世界の神、その死体から生まれた眷属達。今回の話題である神器は、それらとは出自から異なるものだった。もっとも、神であることに変わりはないが。

 

「いや〜それにしても、なんでまたそんなヤバな物と同化しちゃったんです?」


 茶化すように八霧が突っ込み、グッとソラの罪悪感を深く抉った。この場に双子がいたならば爆笑間違い無しの黒歴史である。


 ソラはなんと言うべきか悩んだ末、誰が見ているわけでもないのに目を逸らして小さく呟いた。

 

「…………………………食った」

 

「はい?」

 

「昔まだこいつが武器の形をしっかりとってない石ころだった時に……食っちゃった」


 神器は、中にいる神の化石のようなもの。それが復元される際に、神の意識とともに使い手に馴染む形で変形する――らしい。


(実際……オレはその化石の段階で食っちまったからタケミカヅチの意識が戻る前に同化しちまってるんだよなあ……本当に、いやもう本当に申し訳ない…………)


 お陰で羽織にしたり槍にしたりと自在に形を変えられる便利なものになったが、それはそれ。

 ライアが彼女の神器(カグツチ)と会話するのを見る度に、ソラの罪悪感は積み重なっていた。最近はあまり話していないようだが。

 

「…………そんなことある?」


「まあ! 本人があったと言うのだから実際そうなのだろう。じゃあライアもそんな感じなのか?」


「ああ……あいつはまた…………まあそうだな。おおよそ一緒だ」


 実質半神だと言うカミングアウト。前から八霧から絞り出すような乾いた笑いと、いつも通りすぎて逆に怖い海斗の笑いが対比するように響いていた。

 そして最後の問に対して、ソラははっきりと答えを言わなかった。


(本人が居ないところで言うのも……なんか悪いしな…………)


 自信を照らす明かりと共に、血の匂いが濃くなっていくのがよくわかった。

 

☆。.:*


 所変わって、干天の元。

 人工的な虚構の世界だと言うのに、空に居座る太陽は燦燦と輝き、ジリジリと皮膚を焼いている。

 しかし、地上のある一角。人気のない街の外れだけは異常な程に冷ややかな空気が漂っていた。


「それでお前、単刀直入に言うけど……最初から精霊見えてただろ」


「何を言うかと思えば……うん、見えてたよ? 塔の上にデケーのいるな、こっち見てるな、気持ちわりーな……ってずっと思ってた。私、虫系全般嫌いだし」


 敵意も殺気も一切隠すことなく、味方に向ける視線とは思えないものを向けるシアン。

 対して、あっけらかんと答えたライアは痛くも痒くも無い様子。

 

 だからどうしたと言う態度に、シアンの肩がみるみるうちに上がっていく。

 

「なんで……なんでもっと早く言わなかった!!」

 

「何が?」

 

「何って……カズロットが二層構造になってることとか、精霊が見てたとか……!」

 

「あ? 言ってどうにかなったかよ。下手に手を出せば暴走が早まるだけだった。違うか?」

 

「それでも、先に伝えてくれれば、避難がもっと早く始められた」


 わかってはいる。これはただの結果論で、どうしようもない()()()()で、今怒ったところで過去は変わらないし、目の前にいる者のあり方も変わらない。


 それでも、声を上げずにはいられなかった。

 最も助けたいと思う自分は何も見えなくて、見えていた者が何もしなかった。

 

「……あのさー、なんか勘違いしてねーか?」


 わかっているのだ。

 これはただの嫉妬に近い八つ当たり。ライアを責めることがどれだけ意味の無いことで、醜い責任転嫁であることも。

 そして――


「私は別にあの観光客がどうなろうとクソほど興味ねーんだわ。知ってんだろシアン――――私は人間ってやつが何より嫌いなんだぜ?」


 悲痛な声で叫ぶ者を鼻で笑うこの片割れが、どこまでも自身とは相容れないのだということを。


「もし、お前やアレフの小僧たちを下に行かせたのが守る様な動きに見えたってんなら、そりゃあ認識が甘い。甘すぎる」


 思い返せばここ一年の同行は、常に迷イ人の葉(護るべき者)がいた。

 フォレイグン辺境伯家の時はリュウガと『約束』をしたと聞く。カルヴィテリア公爵家の時はジオーネ、そしてディリシアがライアの地雷を踏み抜いていた。


「今回のこれは度が過ぎるんだよ……人を殺すことじゃねー。世界を書き換えるっつー構造の変化が、だ。下手すれば世界の境界が揺らぐ。全員まとめて異世界にぶっ飛ばされるのが最終最悪形態なのは……お前だってわかるだろ?」


 ただ、直近の事件がたまたま平和的に大人しかっただけ。

 アイシハイクの時がいい例だ。迷子だの外部要因ありだの、完全な自主的行動ではないにしろ、あいつは明確に自分の正気を保ったまま邪魔……否、敵対した。アイシハイクの住民を助ける気など、初めからなかったのだ。


「私はあくまで世界を護る。だってそうだろ、それが護リ人の役割だ。そして、何よりこの世界にはマリーシャがいる。私はアイツには必ず守るって『約束』したからな」


 シアンが無言で固まっていたのをいいことに、演説のようにつらつらと語っていたライアは、ふとその顔を覗き込んだ。

 馬鹿にするわけでもなく、嘲るわけでもなく、心底楽しむような満面の笑み。拍手でもしそうなくらいに、観劇を楽しむ子供のような溌剌さ。


「あはは! おめでとう、良かったね〜。アレフの小僧達と精霊が派手に動いたお陰で、私の戦う理由ができた!」


 しかし、その口から出たのは誰がどう聞いても立派な皮肉。シアンはただ歯を食いしばり、時折何かを言おうと空気を吸うだけ。

 

 ぬるま湯に浸かり、錆びてしまったように思考回路が動かない。喉を焼くような暑さがカズロット由来なのか、目の前の女の魔力なのかの判断もつかないほど。

 耐えるように握られた手から血が滲んでいた。

 

 何を言っても平行線。相手の理解を得られることも、得ることもないのだ。

 それが700年以上も前からわかっていたことでも、断絶した理念の溝を今でも受け入れることはできなかった。

 


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