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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
六章 カズロット編
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6章 17 空想幻想そして夢

 豪勢でありながらハリボテのような薄ら寒い都会。その裏側に面したカズロット王都のある宿屋に二人の女が部屋を借りていた。

 

 香炉のような落ち着く香りに包まれた狭い部屋で、菖蒲色の双眸と雪のような白髪を持つ少女がベッドに座り込み、不機嫌そうに声を発した。


「疑問、不審、納得できない。折香、なんで折り紙置いて来た?」


「なんで……ね。まぁ、暗号みたいなものってな」


 少女の問に答えた折香と呼ばれた女。彼女は煌びやかで重量のある着物を纏い、低いロッキングチェアに腰掛ている。


「暗号……」

 

「敵対する気はありんせんって言う意思表示」

 

「あんな折り紙一つで?」

 

「相手はわっちの元上司でありんすよ? あの人なら絶対に気がつくさ」


 湯のみに茶を注ぎながら悠々と外の景色を眺める折香。少女はその様子を不満気に見つめ、歳に似合わぬ深い皺が眉間に寄っていた。

 

 しかし、彼女はそのうち興味を失ったらしい。自身のリュックサックに手を突っ込み、おやつ代わりの赤い木の実を取り出した。カズロットの名産、スコルグだ。

 

「それよりもユーハ。この偽装空間はあとどれ位持ちそうかえ?」


 もぐもぐと木の実を咀嚼する少女――ユーハは、スコルグを取り出す手を止めることなく、折香の問いに鼻で笑った。

 

「万全、完璧、侮るな。もう、放っておいても消えることは無い。土地ごと事実の上書きが成されたら完全に孤立するけど、中身は無事」

 

「ふーん。なら、そうならねえように彼等には頑張ってもらうしかありんせんねえ」


 特に自慢することもなく、むしろ「誰にものを言っている」と言わんばかりの表情。それを聞いた折香からは小さく笑みが漏れていた。


 袖で口元を隠し、艶やかな色気を纏う。目が弧を描き、まるで悪意を持った傾国の姫君のよう。


「ふふ……期待してやすよ、アウラ隊長?」


 期待と愉悦と嘲笑が混ざった声が、誰に聞かせるでもなく部屋に零れる。


 少女の物言わぬ冷ややかな視線だけが、その妖艶さを写し取っていた。


 ☆。.:*


「さて……どっから話したもんかね」

 

「こっちもどっから聞いたものか……」


 昼飯を取り、いざ情報共有本番だ――と意気込んだ矢先。シアンもアウラも事の複雑さに頭を抱えていた。


「じゃあまずオレからいいか? 最初の違和感。この国のあの妙な技術発展はなんだ?」


 そんな中最初に手を挙げたのはソラだった。最も目立つ分かりやすい疑問。それ故に一番どう尋ねていいかわからない部分でもあったが、彼は容赦なく切り込んだ。


 彼の問いに答えたのは、この場で唯一この国に生きる者であり、その責任者でもあるシャオリアだった。


「まあ、まずそこですよね……皆さん、現って迷イ人には会いましたか? ざっくり言うと、あれは彼の故郷の写し絵みたいなものです」

 

「写し絵?」

 

「えぇ。恐らくですけれど、アレフが彼の想像する世界を本来カズロットがあるはずの場所に映し出している…………えっとなんて言ったらいいんですかね」


「アレフが……そうか、お前達カズロット王家の十八番は認識共有とか幻術とかだったか」


「ええ。アレフは人の想像する世界をそのまま自分の視界に映し、それを他人……特に意識のない人の脳に映し出すことが得意なんです。あぁでも、動物とか人間以外には効かないことの方が多いはずです」


 シアンも以前彼等の父親から聞いた事がある。カズロットの王は代々人の認識に作用するタイプの魔法を極めてきたのだと。


 理屈についても魔力粒子を脳神経にどうとか難しい話をされたが、すぐには理解できなかったのを記憶している。

 元を辿れば、人の目に見えない精霊と交信するためだと言うことは覚えているが。


「えっと……それで……確か幻覚、じゃなくて頭の中での認識が……うーん……」

 

「……ここから先はアタシが説明しましょうね」


 何やら続きを言葉に落とし込めないらしいシャオリア。頭を抱えて必死に適切な語彙を探しているが難しい様子。そんな彼にバトンタッチだと言うように、アウラが説明を買って出た。

 

「とりあえずアタシと八霧の解析では、貴方達が見た機械まみれのカズロットは……そうだね、夢の世界といえばわかりやすいか」

 

「夢……じゃあなんです? 僕達皆、夢の中を歩き回ってたってことですか?」


「第一段階はそういうことになるね」


 午前中の出来事が全て夢だと断じられた大地が、信じられないと顰め面をした。

 しかし彼も、シアンも、思い当たる節はある。

 

 シアンはこの空間に来た瞬間のことを思い出していた。曖昧だった視界のピントが合うような、淀んだ空気が抜けていくような爽快感。思えば、あの時に目が覚めたのだろう。


 ただ一つ気になるのは、()()()()()()。ポツリとこぼしたシアンの問いに、ライアがケロッとした顔で答えを出した。

 

「船で寝た時じゃん? お前珍しく寝てたんだろ? 酔って私も寝てたし。多分あの時、全員寝たぜ? な〜ソラ」

 

「言われてみれば確かに。鳥が沢山寄ってきて気持ちよくなったから寝た気がする……」


「あぁ……そうだった…………寝たわ。うん」


 長い船の旅。てっきり普段の疲れと、目の前で爆睡し始めた海斗や大地に釣られたものかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


 他者による意図的な強制睡眠。お陰で見たくもない悪夢を見てずっと苛立ちが燻っているのだ。生理現象ならともかく、作為的な人のせいだと言うのであれば一発殴るくらいしないと気が済まなかった。


 ふつふつと怒りを思い出すシアンの横で、納得するライア達にアウラが言葉を付け加えた。


「まあ、夢って言っても認識だけね。実際体は動いてたんだよ。不思議なことに」

 

「あはは! 白昼夢でも見てたって? 熱せん妄的な?」

 

「だいたいそんな感じさ。夢の中だと認識しながらフラフラとあの都会を彷徨っていたわけだ。あの都会と本来のカズロット、建物の位置は同じみたいだからねえ」


「傍から見たらゾンビ映画の前兆みたいだな!」


「海斗お前……緊張感の無い…………」


 なるほどなるほどと頷くライア。途中海斗の妙な認識が横槍を入れたが、すぐさま大地に引き抜かれていた。

 その大地が再びアウラに確認をとる。

 

「…………じゃあ僕らが今いるこの場所が現実ってことですか?」

 

「そこがめんどくさい所さ」


 あの都会が夢だと言うのであれば、全ては幻。起きてしまえば何も問題は無いのではないかと思ったが、そうではないらしい。

 アウラは一息つくように茶を喉に流し込んでから次を語った。

 

「本来の認識としてはそれで合ってる。ただ、現状はそれが反転しかけているのさ」

 

「反転……夢の世界、あの近未来都市が現実になりかけているってことですね!」

 

「待った待った……その理屈だと、このままいけば地理的定義のカズロットが近未来になるってのはまぁいいとしよう。じゃあこの場所はなんだ? 現実世界じゃなくなる……消えるってことか?」


 ハキハキと納得したような声の海斗とは裏腹に、シアンの脳はまるで何も理解できていなかった。

 夢が現実になるのであれば、今ここにある現実は一体どこへ行くと言うのだろう。


 思わずライア達他の面々の顔をチラリと見たが、海斗以外はライアを除いて皆頭を悩ませている様子。各々必死に理解しようと奮闘しているのだろう。


 そんな中、八霧の緩い声が答えを告げた。

 

「あ〜それね。おれ達も詳しいことは知らんのですけど、どうもバックドアを作った人がいるらしいんですわ」

 

「まーたバックドアとかややこしい言い方するよお前……」

 

「あは〜、さ〜せんさ〜せん。まあ簡単に言うと、空間魔法を使った一時避難所って感じ。それがここ」


 そういいながら机に敷かれた地図を裏返す八霧。裏側から表面の反転した地図がうっすらと見えている。


「地図の表面、本来あるべきカズロットが今は都会になりつつある。で、ここは地図の裏側、誰かによって建物とかそっくりそのまま真似て作られた仮初の場所ってこと…………まあ? なんでアンタらでも無いのに空間魔法使えるのかってのは、とりあえず保留ってことで」

 

 詰まるところ、現在のカズロットは近づいただけで夢の世界に落ちる結界に覆われており、その夢――都会が現実に出てくるのは時間の問題。

 とりあえず国民を避難させるために何者かが作った場所がこの昔通りのカズロットなのだという。


(民が生活できている以上物資も水も丸ごと作り上げられた独立空間…………立派なもんだが、護リ人の私達三人でさえこんな芸当はできねぇぞ……?)


 世界をひとつ作り上げるような精巧な技術。空間魔法そのものが護リ人の血に由来する特殊なものだと言うのに、正当な生き残りであるシアン達を上回る技量。

 少なくとも現状敵では無いようだが、これがいつか敵対するとなるとその力量は計り知れない。


 謎が一つ解けた代わりに、シアンの中に大きな不安が育っていった。

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