6章 14 嘘偽りか真実か
八霧やアウラに促され辿り着いたのは一つの酒場、兼宿屋。建物自体目立つ特徴もないが、強いて言うならここらでいちばん大きい造りだった。
「シアンさん……そんなに睨まないでくださいよ。貴女にそんな目で見られるのは、さすがに堪えます」
「…………」
普段は地元の人間達がどんちゃん騒ぎで様々な音が奏でられるであろう広いホールも、今は刺々しく静まり返っている。
貸切状態の酒場には、シアンを始めとした護リ人、アウラ達バルフィレム軍。そして、彼らを座して待っていたカズロットの第一王子――シャオリア。もっとも、シアンの認識では今の彼の肩書きは王子ではなく「先代国王を殺した反逆者」、であるが。
三つの勢力が一つのテーブルに付き、真ん中に敷かれたカズロット首都近郊の地図を囲っていた。
「まぁ、そういう反応になるのも無理はないんでしょうね。きっとアレフ……アレフリアはボクの事を好き勝手に言ってくれたことでしょうから。まずは一度、ボクの言い分を聞いて貰えますか?」
「……わかった」
目の前に置かれた水に波紋が広がる。
困ったように眉を下げるシャオリアがシアンの目に映った。
現状の説明と今後の方針について話がある、と真剣な顔のアウラに言われた手前、シアンもいきなり胸ぐらを掴むような真似はしなかった。
外と地下――この表現が適切かは分からないが――それぞれにいた国民の様子を見たこの状況で、アレフリアの証言を鵜呑みにする訳では無い。
しかし、先入観や色眼鏡というものは着いてしまう。目の前の男が親殺しの罪を背負っている可能性を捨てきることはできないのだ。
じっと見つめ合うシアンとシャオリア。
視界の端で大地によって思い切り口を塞がれている海斗や、目を瞑ったまま固まってしまったソラなどが見える。
「前提として、これはボク本人の名誉のためではなく、ここから先にお話するこの国の現状を正しく認識していただくための弁明です」
そう前置きしたシャオリアの視線はシアン、ソラ、大地に流れ、そしてライアへと向いた。最も嘘に敏感な人間に見てもらうことで、自身の潔白を証明したいのだろう。数時間前のアレフリアと同じである。
しかし異なる部分もある。シャオリアの視線は再び動き、最終的にシアンへと戻ってきた。今話すべきはシアンなのだと言うように。
そのまま彼は焦ることなく、不安を滲ませることもなく、粛々と言い放った。
「ボクは父上を殺していない。真に前王、ヴァルエイラを殺したのはアレフリア本人です」
再び水に波紋が広がる。
弁明と言った時点で、この言葉が出てくることはシアンも薄々気がついていた。
シアンは周囲にバレない程度にキュッと唇を噛み、友人の死についての真相を、容疑者の一人からの否認を聞き入れた。
「ちょっとまて、じゃあなにか、アレフのやつが嘘をついてたって?……あのコミュ障極めたアレフリアが?」
しかし、皆が皆受け入れられるわけではないだろう。動揺を隠さなかったのは静かに目を開けたソラだった。
彼も馬鹿では無い。自然を破壊し、精霊を怒らせたのがアレフリアだと認識している以上この国の混乱の渦が何を中心にしているかくらい、わかっていただろう。
しかし、幼い頃のアレフリアを知るものとしての違和感。彼はそれにあえて言及した。
「…………」
一方、ライアだけはただジッとシャオリアを見つめ続けていた。
他人の嘘を見抜くことを得意とする彼女が、嘘だと気がついた瞬間余計な皮肉と共に指摘する彼女が、珍しく口を結んだままなのだ。
(ライアが何も言わないってことは、シャオリアは嘘をついてない……? いやでもあいつ、アレフリアの時も何も言わなかったな……まずい、どっちが本当のこと言ってるのかわかんなくなってきたぞ……)
シャオリアとアレフリア。互いが互いを親殺しの犯人だと言うこの状況。この場にはアリバイも事件の証拠も何もない。ただ容疑者の供述だけが並んでいた。
信じるとも信じられないとも結論が出ない。もはやここまで来ると、どちらの発言ががより信頼できるかの為人が天秤を傾けることになってしまう。
シアンを含め、ほぼ全員が助けを求めるようにライアを見つめた。まるで裁判官の最終的決断を待つような空気。
彼女もその空気を察したのだろう。腕を組み直し、大きく、深く、息を吐いた。
「……はっきり言うわ。今回はマジでわからなかった。二人とも、どっちも嘘をついてないんだ。誓ってもいい」
「それは嘘が見抜けなかったってことか? お前が?」
「あーいや……言い方が悪かったわ。こいつら二人どっちも、自分の発言を嘘だと認識してないんだよ」
そう告げた彼女は、申し訳なさそうに頭を搔いた。シアンの経験上、「約束する」だの「誓う」だの言う時のライアの言葉は確定で信用していい。
シアンはソラと顔を見合せ、ライアの言葉の続きを待った。
「私の嘘を見抜くのって、別に世界の真理と照合してる……とかじゃなくて、ただ単に相手の騙してやろうとかいう悪意を見てんだよ。そういう奴って大抵どこかしらに不自然な仕草が出るから」
視線の動き、声のトーン、話の流れ。様々な視点を繋ぎ合わせて真偽を見抜く単なる話術。一般的にコールドリーディングと呼ばれるものに近く、ライアの特技もその延長線にあるものなのだ。
「だから、もしその相手がソレを嘘だと認識していないのなら、私にはわからねー。お手上げでっす」
「思い込みや催眠の場合も?」
「もちろん」
彼女は終ぞ降参だと言うように両手をあげた。話が完全に元に戻ったと思った――その時、「ただし」と再びライアが口を開いた。
「アレフの小僧の後ろにいた野郎は別だ」
「――――!」
この発言には、シアンは勿論アウラや八霧も同様に目を見開いた。ただ一人、海斗だけが首を傾げていたが。彼はそもそも会っていないので無理もない。
「あの現ってやつ? 恩返しとか何とか言ってたけどあれは嘘だな。あの顔はそんな殊勝なこと考えてねーよ。もし本当に恩返しだって言うのなら、精霊怒らせて悲惨なことになってる現状に罪悪感の一つくらい抱くだろって話」
「現……現遊楽。彼の話もするつもりでしたが、やはりライアさんの目から見ても嘘をついていたんですね」
「そりゃーもう嘘まみれ! あれを信用するってのはちょーっとセンスねーなと思う次第」
「そう……だな」
最後落とされた爆弾に、シャオリアも苦い顔をしていた。
シャオリアの態度、珍しく信頼できそうなライアの言葉。ここまで来れば、さすがにシアンも自身の中で判決が出ていた。
「シャオリア、再会すぐに睨むような真似して悪かったな。まだ完全にお前が白だと判断できるわけじゃねぇけど、少なくともアレフリア……強いてはその裏にいるやつよか信用できる」
姿勢を正し、真っ直ぐシャオリアを見つめ、シアンはもう一度王子の顔を見て緩く微笑んだ。
「改めて、久しぶりだな。お前が無事で何よりだ」
「はい、お久しぶりです。本当は、こんな形で再開したくはなかったんですけれどね」
その言葉にシャオリアも困ったように笑い返す。
固く張り詰めた空気はようやく弛み、呼吸がしやすくなっていた。




