6章 11 シャオリア=カズロット
「こ、こは…………」
襖の向こう。目の前に広がっていたのは日干し煉瓦とこの国特有の木材で造られた長屋。窓や戸には色とりどりの布が垂れ下がり、大雑把な形の石畳にはザラザラと砂が被っている。
見間違いようがなく、海斗のよく知るカズロットの景色だった。
「ちょっと待っていろ。今国の方を呼んでくるから」
「えっ、ちょっと待ってくれ。流石にこれは説明が欲しい…………行ってしまった」
強制連行という名の案内をしてくれた男は、さっさと姿を消してしまった。
本当はすぐにでも友人を探しに走り回りたいところだが、待っていろと言われた手前、何も言わずに姿を消すのは悪いだろう。うずうずと好奇心を抑えながらも、海斗は道の端に立ち止まった。
(……ふむ、どう見てもカズロットだな。道行く人も先の現代都市より圧倒的に多いし活気がある…………ただ、ここビルの地下じゃなかったか?)
焼けるような日差しに目を細めながら、思考を巡らせた海斗。肌を指す紫外線も、肺を満たす熱気も、間違いなく現実だと訴えている。
ここまで何も躊躇わずに着いてきた海斗だが、彼とて何も疑問が全くない訳では無いのだ。深く気にする必要がなかっただけで。
(とはいえ、考えたところで情報も足りんしな……大地やライアならともかく、俺一人では到底正解になんぞ辿り着けんだろ)
早々に思考放棄した彼は、特にやることもない故に目の前を通り過ぎるカズロット国民の顔をぼんやりと眺め始めていた。
「私たちいつまでこんな状態なののかしら……」
「大丈夫よ。シャオリア様がきっと何とかしてくださるわ」
人通りが多く、商店街のような賑やかさではあれど、微かに聞こえてくる会話はあまりポジティブなものでは無い様子。呼び込みの明るい声に、不安を抱く声が混ざっている。
「…………ん?」
ふと、海斗の視線がある一人に止まった。
長い雪のような白い髪の女性。周囲の現地人とは明らかに違う服装だが、気になったのはその顔だ。
眠そうな気怠い双眸。しかし決して隙だらけという訳ではなく、その目は常に周囲を警戒するような険しさが見える。
「あれ……シアン? 大地達と王子様探しに行ったんじゃないのか?」
そう――つい先程別れたシアン=ディアスタシア。主な原因は髪の色のせいだろうが、目の前の女の顔はシアンの双子であるライアよりも酷似していた。
思考と行動がほぼ同時に実行される海斗。声をかけた時、その手は既に相手の肩を叩いていた。
「…………?」
急に呼び止められたことに首を傾げ、女は僅かだが眉間に皺を寄せた。苛立ちの表現方法すらもシアンによく似ている。
時間が止まったように固まる双方。絵面だけ見れば、運命の相手に出会った少女漫画のワンシーンのよう。
もっとも、現実はそんなロマンチックではなく、ただ女の菖蒲色の目に疑問符と警戒色が増えていくだけ。
反射的に声をかけたはいいが、何かが違うような言葉にできない違和感。思わず海斗の思考も停止していた。
「…………あの」
先に沈黙を切り裂いたのは女の方だった。
「……否定、困惑、人違い。失礼する」
「あ……ほんとだ、よく見たら違う。これはすまない!」
海斗の手は言葉に弾かれたようにパッと女の肩から離された。彼がすぐさま謝罪すると、女はぺこりと小さく会釈をし、何事も無かったように街の奥へ消えていった。
不審者扱いされなかっただけ幸いだったと言えよう。これが故郷、海斗が生きた時代の日本であれば警察を呼ばれていてもおかしくない。あの世界は見知らぬ人間の接触に変に厳しいところがある。
(うむ。というか、よくよく思い返せば服が違うし、シアンの目は深海っぽい青だったな……悪い事をした……)
彼は見知らぬ女に心の中で再び頭を下げ、気まずさを隠すようにポケットに手を突っ込んだ。それらをかき消すような街の活力がなんともありがたい。
気を紛らわせようと海斗が再び街に目を向けた時、今度はパタパタと走る音が近づいてきた。
「海斗……海斗なのか…………!」
「ん……?」
名を呼ばれ音の方に目を向けると、息を切らしながら駆け寄ってくる眼帯の男。周りの人間よりも少しだけ煌びやかな装飾をつけた者が、動揺と歓喜を混ぜたような顔で海斗の目の前に立ち止まった。
「使いの者に聞いてまさかとは思ったけれど……どうして? なんで君がここに……!」
「シャ、シャオ〜〜〜〜! その反応、やっぱり連絡届いてなかったか。なに、旅行だ旅行! 有給使ったのでな!」
その男は今度こそ見間違いようなく、海斗の友人の一人であった。
長い船旅の後に見えた変わり果てた国。かと思えば謎の道を通って辿り着いた先で、漸く探していた者に出会えたのだ。猪突猛進、無鉄砲無計画を極める海斗も、流石に心が落ち着いたのを感じた。
「あはは、有給って……お前は変わらず呑気だな……いっそ安心するよ」
大袈裟に胸を撫で下ろす友人。ヘラりと笑うその顔が、少しだけキュッと食いしばるようなものになったのを、海斗の目は見逃さなかった。
「なんだなんだ、何泣きそうな顔をしてるんだ? っと……そうだ、その前にお前に聞きたいことがあったんだ。なあ、この国は一体――」
「おや、無事ご友人とは再会できたようですね、シャオリア殿下…………と、海斗?」
彼等が話に花を咲かせるよりも前に、一人の老婆の声がそれを遮った。それは随分と聞き馴染みのある声だった。
「ん……アウラ隊長ではないですか! お疲れ様です! って、何故に貴女がこんなところに。アレフリア殿下に呼ばれたのではなかったのですか?」
緩く巻かれた灰がかった赤紫の髪。歳を感じさせないぴっちりと伸びた背筋は、彼女の威厳と誠実さを表すよう。バルフィレム国軍五番隊隊長、アウラ=アミークスがそこにいた。
海斗は己の上司に向かって効果音が着くほどビシッと敬礼をした後、すぐに力を抜き、思ったままに疑問を口にした。それを咎める者は残念ながらバルフィレム国軍の上層部にはいないのだ。
「それを誰から……いや、大地だね。あいつは今どこにいる?」
「大地ならシアン達と共にとりあえず城っぽいとこに向かいました」
「護リ人連中もいるのか……! 殿下……これは、うまいこと行けば形勢逆転も不可能ではありませんよ」
「ですね!」
アウラは自然体な海斗の問いに一度首を傾げたが、その後一人で勝手に納得し、眼帯をつけた友人と何やら顔を見合せている。
なぜ彼女達が行動を共にしているのかも不明だが、友人が嬉しそうなので海斗も釣られて満足気に頷いた。
とはいえ、先程からある一点が気になって仕方がない。故に、海斗は元気よく手を挙げて自らを主張した。さながら授業参観で張り切る小学生のように。
「はい! 質問よろしいでしょうか、アウラ隊長」
「なんだい」
「シャオリア殿下って?」
「は? お前まさか知らないまま友好関係を……?」
「なにを?」
海斗の純粋な瞳に、アウラは信じられないという驚愕の表情を浮かべる。友人も何故か申し訳なさそうにモジモジとし始めたが、そのうちポンっと海斗の方に手を置いた。
「あのね、海斗。ずっと言ってなかったんだけれど……シャオって渾名なんだよ」
「シャオは……シャオではない…………?」
次に驚愕に襲われたのは海斗本人。彼は雷に打たれたようにショッキングを隠さず、大袈裟にたじろいだ。動揺以外全く理解できていないという顔だが。
そんな彼に苦笑いを浮かべ、友人は深く息を吸った。まるで何か覚悟を決めるかのように。大切な何かを失う覚悟を。
「――ボクはシャオリア=カズロット。この国の第一王子……だった者さ」
言うや否や、悲しげに眉を下げる友人。思い詰めたようなその姿に、海斗はただ一言こう言った。
「……そっか!」
――と。
「……えっそれだけ?」
案の定目を丸くする友人、もといシャオリア。鳩が豆鉄砲に打たれたような間抜け面だ。
「それだけだ。なんだ、お前は『友人ぶるな、いい加減敬え、王子だぞ』とでも言いたかったのか?」
「違うけど……でも君はバルフィレムの軍人で……」
何やらモゴモゴと言葉を濁すシャオリア。予想していた反応とあまりにかけ離れたあっさりした返事に、混乱している様子。彼の隣にいるアウラがくすくすと肩を震わせている。
「それがどうした。上の立場のお前がそれでいいのなら、何も問題あるまいよ。友人であることに、国境や立場如きが邪魔はできん……違うか?」
「…………そっ……か……そうだね」
海斗はその目を真っ直ぐ見つめ、自身の考えを真摯に伝えた。シャオリアも恥ずかしそうにはにかみ、自身の頬を掻いていた。
分からないこと不可解なことは多々あれど、目の前で嬉しそうにしている友人。海斗は日差しに負けない、否、むしろ日差しよりもさらに輝かしく顔をあげる向日葵のような満面の笑みを浮かべた。
(前回同様 アナウンス)
活動報告に二章のまとめを作りました。
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