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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
六章 カズロット編
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6章 10 地獄の入口

 『勝利』の神、ティール。

 神と災いの戦いを綴った神話において、一番槍となり、最も勝利に貢献したと語られる武神。数多の考古学者に「彼無くして、黒炎の災いを封印することは不可能だろう」と言わしめた者。


 その容姿は一切書面では残っていないが、彼の死後生まれた眷属が「僕の考えた最強の虫」のような姿故に、おそらく似たようなものだろうと言われている。


「やだな〜〜、真正面から見ると本当に嫌! どうしてこんなに虫の寄せ集めみたいな形してるんだか…………」


「頑張れ。虫は大抵火に弱いぞ」


「でも火の明かりに寄ってくる」


「それはそう」


「あークソ! なーんもフォローになってない!」


 彼ら精霊の持つ不可視は、虫の擬態能力を極限まで研ぎ澄まされたステルス。言ってしまえば光学迷彩や目の錯覚の魔力版。

 本人に見せる気がない限り、普通の人間には見ることすら叶わない。

 先ほどシアン達が動揺していたのはその性質ゆえだろう。


「…………ナゼ、見エル? 見エテ、イル?」


 羽音のような音に混ざって、言語が脳に浮かび上がる。

 アイシハイクの『静寂』の眷属(スノーマン)と同じ、テレパシーに似た何か。鼓膜に届く雑音を、頭は言葉と認識している。


「残念ながら見えてますね〜〜…………チッ、鬱陶しいなぁ!!」


 目の前に鎮座する親玉らしき精霊の言葉に返しながら、ライアは周囲に漂う小精霊を短剣で振り払った。


「ナゼ? ニンゲン。ニンゲン?」


「あっはは! 混乱してら〜。人間に見えるんならそうなんじゃねーの? お前を見えるかどうかは、さておいて――――!」


 ライアの手から双剣が離れた。それらは意思を持つように、火花を散らし旋回する。


「ギャッ――アツイ! イタイ!!」


「女王! タスケ――ヒギュッ!」


 焼き切られていく精霊たちの断末魔が響き渡る。金属が焦げるような、肉が焼かれるような異臭が漂い、さながら地獄の真っ只中。


 さらに言えば、今と立場を逆にしたものが行われているのだろう。塔の下に集まっていた観光客が阿鼻叫喚のパニックに陥っているのがよくわかる。


「なんだよこれ! 何が起きて――うわああああああ!!」


「お母さぁん!! 助けて、助けてよお!」

 

 音から判断できる範囲で推測すると、精霊が正しく災害のように人を襲っているとみた。


「あっははは! 役者が変わっただけで、上も下も大差ねーなー、本当に!」


 惨状を正確に把握しておきながら腹を抱えて笑うライア。

 この場にシアンがいれば他の何を置いてでも飛び降り、人命救助にあたったことだろう。否、シアンでなくてもだ。真っ当な人間であれば「どうにかしなければ」と足掻くはずだ。


「…………」


「どうーしたよ、ソラぁ。(しか)めっ面しちゃってさ? 人間死ぬのがそんなにお辛い?」


「それは別に。人間の不始末が生んだ因果応報だしなんとも。事実、そのせいで住処をなくした動物がたくさんいるわけだし」


「あっは! そういうところ、私好きだぜ〜」

 

 しかし残念ながら今この場にいる二人、そんな殊勝(しゅしょう)な感性は持ち合わせていない。

 ライアは勿論として、ソラもただ淡々と振りかかる火の粉を払っているだけ。


 彼はバチバチとプラズマを纏いながら、半獣のような様相に変化している。鋭い爪と黒曜のような毛並み。ピンとたった耳はまるで狼のそれだ。


「でもこれ以上無益に死ぬのは見過ごせねえ」


 ソラは体勢を低く構え、目の前に浮かぶ大精霊へと狙いを定めている。


「報復が報復であるうちに終わらずただの虐殺になるのであれば、その時はオレが止める」


 燃える精霊の残骸が煤となって舞う最中、一線の光が描かれた。


 視界からソラが消えた後、激しい突風がライアを襲う。それは煤やガラス、精霊の破片を無差別に巻き上げた。

 

「だからまず、お前を一回半殺すけど……構わないよな?」


 大精霊の背後から聞こえる低い声。声自体は迂回することなく真っ直ぐ飛んできた。何故ならば――


「ガフッ……ハ…………ナゼ、ナゼ?」


 ――大精霊の胴体に、ぽっかり穴が空いていたからだ。


 刹那の出来事に、大精霊は疑問を呈するばかり。ボタボタと赤黒い粘土のようなものが滴り落ちている様子がなんともグロテスクだ。

 

 親玉がやられて悲壮に駆られる小さな精霊たちの悲鳴を聞きながら、ライアも双剣を投げては掴みを繰り返す。その様子はまるでダンスのように優雅で残忍。狂気的な笑いが大精霊の耳に届く。


「あはは、なぜなぜうるせー虫だな本当に! 生まれたばっかのガキかお前は……見てわかるだろ? ドでけー風穴空いてんの。半殺しにしてはやりすぎじゃね? とも思うけど!」


「やりすぎなもんか、神の眷属相手だぞ。神殺し(シアン)ならともかく、普通に殺すなら跡形もなく消滅させるくらいじゃねえと」


 いつの間にか変身したのか、空中から聞こえる声の主は半分ほど鳥の形を取っている。

 狼の脚力で走り、穴をぶち空け、鳥となって宙に留まる。あの一瞬で起きたことは多方こんなところだろう。


「ニン……ゲン…………ふぜい、ヨクモ!!」


 子分を殺され、自身も貫かれ、神の眷属などという輝かしい名称が全くその身を表していない。たかが人間と馬鹿にしていた存在に、こんな情けない姿を晒すことになるとは予想の範囲外。彼女のプライドを刺激したのだろう。


「ヨクモォォォオオオオ!!」


「うっ……うるせえ…………」


 慟哭のような音が世界を揺らす。思わず耳を塞ぎたくなるような歪んだ羽音。

 金切り声にも似た音を間近で聞いたせいか、滞空中のソラがぐらりと傾く。ライアも顔を歪めるが、その思考は全く違うところにあった。


(なんだ……随分と違和感が残るな……いくらシアンの神壊術じゃないからと言って、よく喋る……腹にデケー穴空いてんだぜ?)


 普通ならいくらなんでも満身創痍。言葉を発することも直ぐに不可能になるだろう傷。

 それがどうだ。目の前の大精霊の腹には、不思議なことに一切の血を流すことなく伽藍堂(がらんどう)のように穴が存在している。否、むしろそれで終わるならばよかった。


 例えるなら、穴の空けたスライムがやがて元の形に戻るように、傷が瘡蓋(かさぶた)になっていずれ塞がるように。

 穴はじわじわと塞がっていき、気がついた時には初めと全く変わらない、傷一つない外郭が覆っている。


「『――――大霊よ(ティリピス・ターグ)母なるものよ(ドグ・レゾ厶)常勝の一瞥をここにウォース・メイテル・エザルフ』」


 完全復活を果たした大精霊が、何かを吠えた。怒号のようにも聞こえるが、のどこか祈りのようにも聞こえるそれに、ライアの脳内で警報が鳴り響く。


「古代詠唱……?」


「げっ――」


 統一言語が基本エインスカイに唯一存在する第二言語。失われた古代の意識による魔法――古代詠唱。

 通常であれば、|神の骸から作られた武器《神牙》使いしか使用しないそれを、目の前の眷属が口にした。


「ソラ避けろ!!」


(間に合わねーか……!?)


 咄嗟に空中へ身を投げるライア。その手は異常な魔力の集合体を無視し、呑気に訝しげな顔をしているソラの足を掴む。そのまま重力に逆らわずに落下する二人。


「おい何すんだ」


「いいから黙って――」


「『|私が貴方となりましょう《ウォート・フレミィ・レッフィ》!!』」


 歓声にも似た大精霊の言葉にライアの声はかき消され、蝶の羽から鱗粉のような粉が黄金のように光り輝く。

 その景色を最後に、視界は()()に包まれた。


 ☆。.:*


 ――数時間前。


「なぁ、いい加減どこに行くのかくらい教えてくれないか。こうも熱烈に手を引かれると、流石の俺も照れてしまうぞ」


「おっさん相手に何言ってるんだよ!」


 カズロットの地にたどり着き、現地の友を探すと走り出し、見知らぬ男に声をかけ道案内を頼んだのが数分前。

 

 半ば誘拐のように海斗をビルへと押し込んだ男。頭に巻いたターバンをしきりに直し、どうにも落ち着かない様子。むしろ状況が何も分かっていない海斗の方が泰然と、そして堂々と構えている。


 彼は友人の名を知っていそうな男に連れられ、謎のビルの階段をひたすら下る。


(ん……なんだ? 今急に目が覚めたような……)


 その途中、不思議な感覚に襲われた。まるで、薄荷(はっか)の匂いをダイレクトに嗅いだみたいな脳を突き抜ける開放感。

 

 足を止め、首を傾げる海斗。その時ちょうど男も足を止めた。

 

「…………まあ、ここまで降りればもう大丈夫か」


 彼は永遠を思わせるほど長く続く階段の途中、何かを探るように壁を触り始めた。

 海斗も真似をするように壁に触れたが、サラサラと砂が剥がれるように崩れ落ちている。コンクリートで覆われた高層ビルを下った先とは思えない。


「なぁ! 何しているんだ? シャオは? 知っているんだろう?」


「う、うるせぇ……閉鎖空間で叫ぶなよ…………今探してるんだから……あった」


 反響する海斗の声に耳を塞ぎながら、男は壁のある一点で手を止め、軽く三回、そして二回、ノックをした。


「……人が先か、眷属が先か?」


 帰ってきたのは謎かけのような問い。恐らく侵入者対策の暗号なのだろう。

 海斗の頭には「山と聞かれたら川、谷と聞かれたら水」といった故郷の名残が思い浮かぶ。もしくはスフィンクスのようなアレ。


 うんうんと一人頷きながら、久々の故郷の思い出に浸る海斗の横で、男が静かに答えを発していた。


「……世界は人間、砂漠は不知(しれず)


 なんの意味だかは全くわからないが、正解だったようだ。ただの砂壁が切り開かれる滝のように二つに割れる。砂の向こうから現れたのはカズロットに昔からある(ふすま)のような扉。

 

 見慣れたはずなのに、あるべきでない場所にあるというだけで和製ホラーのような異質さを(かも)し出す。

 思わず唾を飲み込んだ海斗の様子を横目に、男が扉に手をかける。


「お前があの方の言う友人とやらだと信じているぞ」


「いやそんなことよりシャオをだな……」


 何やら真剣な顔の男によって、仰々しく戸は開かれた。

 わっと奥から吹き抜けてきた風は、どこか線香のような落ち着く香り。そう、本来海斗達が知っているカズロットの匂いそのものだった。

一章同様二章のまとめを作りました。

気になったことあれば活動報告やその話の感想欄で教えていただけると、次のまとめで解説入れます。

https://syosetu.com/userblogmanage/updateconfirm/blogkey/3646641

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