6章 9 『勝利』の眷属
「シアン、気持ちは痛いほどわかるが一旦落ち着け」
「そうそ〜、さっきまで死にそうな顔してた癖にすぐ怒る〜あはは! 感情豊かで素晴らしいな!……とか言ってる場合じゃねーのも確かなわけだけど」
アレフリアの言葉は、激昂しやすいシアンは勿論、普段冷静沈着なソラや大地の心を揺らすのに充分すぎる内容だった。
(何となく予想はしてたけど……実行するやつがいるとは思わねーって、本当に)
ライアは青筋を浮かべるシアンを抑えながら、アレフリアとその後ろにいる現とやらをじっと見つめる。
カズロットの現状、アレフリアがライア達護リ人を呼んだ理由は――『勝利』の神の眷属の暴走を止めること。カズロット国民、否、観光客全ての命に関わる話だった。
(そりゃーシアンがブチギレるに決まってる……)
申し訳なさそうに目線を逸らす王子に対して、動物園の獣を眺めるような嘲りを映す側近。前者はともかく、後者は間違いなく確信犯。
(いや、確信っつーかどうでもいい、だな。本人も予測はしてない最悪の結果だけど、俺には関係ないかって顔だ……うわー無責任〜〜)
ライアの視線に気がついたのか、現がこちらを向いてヘラりと笑う。その顔には危機感どころか罪悪感すらない。どこか違う次元を見ているように、完全なる他人事だ。
「あっはは! 現くんだっけ? すごいね〜歴史の深いカズロットを、この世界最大級の技術都市に改革することで観光産業発展させようだなんてさ! ま! お陰で精霊大激怒、人間ぶっ殺、殺意マシマシな現状を作り出したわけだけど!!」
やっとの事で怒り狂うシアンを宥め、再び全員が着席する。
一息つくソラとは反対に、ライアは未だ燻るように震えるシアンの足を抑えながら、現に向かってハリボテの賞賛を送った。
「それで〜? ただの迷イ人がカズロットにそこまでする必要ある?」
そして直ぐに、ライア特有のにこやかな目尻は真意を探る時の冷たさに変わる。口角だけが上がったまま。
「おー怖。アレフはこの世界にきて路頭に迷ってた俺を助けてくれましたからね。その恩返しってやつ?」
「路頭に迷ってたのはどっちかと言うとおれなんだけど……現くんがいなければ今頃カズロットは財政難で混乱に陥ってるよ……」
昔からの親友のように笑い合う彼等。それがただの個人的助け合いならばどれだけ良かったか。
しかし今回はそうも言っていられない。
国という大舞台と運命を左右するからにはもう少し責任感や先見の明を持って欲しいところだ。
ライアは……否、ライアだけでなくソラや大地も呆れ顔を通り越して言葉を失っている。シアンだけは沸騰直前の水のようにフラストレーションを貯めているようだが。
「はいはい仲のよろしいことで! その美しい友情がとんでもねー地雷をぶち抜いてることに気がついて?」
片割れの機嫌が絶不調になる前に、ライアが手を叩き話を戻した。
「迷イ人による異世界技術の過度な持ち込み……それ自体は問題じゃねー。重要なのはその方法! 段階! 意思疎通!」
「魔法を使用した環境改変。人間はともかく、動物やその他のものはそれに追いつけねぇ」
追撃するシアン。苛立ちを隠さない棘のある声がアレフリアを刺した。多少自覚はあったのだろう、彼の視線は随分と忙しなく泳いでいる。
「第一、カズロットは『勝利』の眷属である精霊と共存する国だろ。神嫌いの私が言うのもなんだけど、奴らの意向を無視しての暴挙はちょっとどうかと思うぜ」
「実際、それで精霊が怒り狂って人間襲ってるって言うんだから目も当てられないよね〜〜」
「だから生態系を壊すなとあれほど……」
シアン、ライア、ソラの順で容赦のない言葉がアレフリアを襲う。彼は苦しそうに顔を歪め、反論することなく真正面から受け止めた。――が、もう一人の当事者は逆に機嫌を損ねたようだ。
「いや、それで? アンタらさ、言いたい放題だけど結局どうなんです? 要望を受けるの受けないの?」
「現くん……ちょっとそれは…………」
「はぁ…………そこの人は自分がしでかしたことの重大さわかってないわけ?」
進まない話、自分に非がある流れに耐えられなかったのか、今まで飄々としていた現の顔に皺が寄る。
そんな彼の言葉をアレフリアが止めるよりも先に、別の角度から嫌味が飛んだ。大地だ。
「僕はバルフィレム所属であって護リ人じゃないから黙ってたけど、これって要は君らの尻拭いをしろって話だろ? 何偉そうな口聞いてるんだよ、頼む立場はそっちじゃねぇの?」
「はぁ……? アンタは……あぁ、バルフィレム軍の暁大地か。そっちこそ言葉選んだ方がいいんじゃないですか? 外交問題になるぜ?」
「アレフリア様はともかく、君はただの迷イ人。公的立場がないただの友人だろ」
迷イ人二人の間で異常なまでに空気が悪くなった。火花でも散るのではという程に、彼等の視線がぶつかり合う。
恐らく現の無責任さに我慢ならなくなったのだろう。普段から一言多いと評される大地の悪い所が全面に出てきている。
言っていることに間違いはないのが余計にタチの悪い。本来外交に出すべき人間では無いのだ。もっとも、ライアに人のことを言う資格などないのだが。
(てか、肝心のアウラ達はどこにいるんだ……? 技術交流ってアレフリアに呼ばれたんじゃなかったわけ?)
ライアがふと思い出した存在に気を取られている間も、二人の睨み合いは続いている。ヒリつく空気が次第に地鳴りでも起こすかのような気迫を含む。
「…………?」
「どうしたライア」
「なんか、まじで揺れてない?」
――否、錯覚では無く、本当に揺れている。隣に座るシアンは未だ気がついていないようだが、環境変化に敏感なソラは異常を察知したらしい。
「地震……いや、建物だけが何かに揺らされてるって感じか…………?」
「…………まずい」
立ち上がったソラと同時に、揺れが確かな衝撃を持って襲いかった。
彼に映るモニターが赤く異常を知らせ、調度品がガタガタと震える。
ポツリとこぼしたアレフリアの言葉に、ライアの中で全てのピースが揃ってしまった。
同時に、視界の端に虫の羽のような何かが映る。即座に自身の双剣を取り出し、ライアだけが窓に駆け寄る。
「死にたくねーなら全員奥に――――――チィッ!!」
警告を吐き切る前に薙ぎ払うような重みが窓ガラスを砕いた。
ギリギリのところで剣を体の前に挟み込み、防御の体制。何とか被害を窓ガラスだけに押し留められた。
飛び散ったガラス片が皮膚を裂く。チリチリとした痛みが、これは現実だと証明する。
「ソラぁ! お前も見えるはずだ! こっちに手ぇ貸せ!!」
「はあ? 何言って…………なんだお前……その……何?」
「語彙力!!」
しかし、展望台の半分を吹き飛ばした衝撃を一人で受けた代償は大きい。痺れる腕を振りながら、ライアはソラに向かって吠える。
ソラ以外の人間は、シアンや現も含めて何が起きたのかわかっていない様子。否、ソラも理解はできていないらしいが、それは単に情報処理ができていないだけである。
「ライア説明しろ! 今、何が起きてる?!」
既に剣を構えているシアン、そして大地。
彼女達であれば魔力の塊があることくらいはわかるだろうが、視覚では捉えられていないはずだ。現に二人とも臨戦態勢を取りながらも、叩くべき敵を探している。
それはそうだろう。何せ今攻撃してきたものは恐らく、普通の人間には見えないのだから。
「説明はあと!! んで、そっちの案内係も! お前見えてるだろ、お前が避難経路案内しな」
「……流石ですね、『虚言のライアー』。まさか既に見抜かれているとは思いませんでした」
「あのさ〜〜今そんな話してる場合じゃないのわかってる? 機械仕掛けには空気を読むって機能ないわけ?」
初めにライア達を案内した晴天のような髪の女。彼女は湯気の立つお茶を持ちながら、なんとも呑気に現れた。
「大変失礼いたしました。それでは僭越ながら、私エイリエスが地上までの案内を致します」
「挨拶はいいからはよ行け」
エイリエスによって非常階段でもあるのだろう方向に押し込まれていくアレフリア達。
シアンが一瞬こちらに視線を投げたが、彼女もまた大人しくエイリエスに従った。心苦しいだろうが、今の自分にできることはない、と悟ったのだろう。
「さーて、ソラ? チューニングは終わったか?」
「ようやくな……匂いだけが昔のままな理由がわかったぜ」
「でしょ〜〜!びっくりだよな。まさか、私達がよく知る昔のカズロットと今の近代都市なカズロット、二つが同時に同じ場所にあるなんて!」
恐らく、現在のソラの視界に映っているのは異国情緒溢れる本来のカズロット。そして、目の前でこちらを覗いている巨大な精霊の姿だろう。
「現状の理屈は全くわからねえけど、今やるべきことはわかる…………精霊を大人しくさせる、だな」
「話が早くて何よりでっす! 殺すのは骨が折れるだろうから、とりあえずアレフリア達が降りる時間くらい稼ぎたいかなー。あとは私達もどうやってここから下りるかってところ」
「飛び降りればよくね」
「鳥に変身できる人と一緒にされても困るんだけど……ま、それが一番手っ取り早いか!」
蝶の羽、蠍の尾、蜻蛉の目、様々な虫の合成獣を思わせるおぞましい姿。
神話に語られる死した神の一角、『勝利』の神の眷属――精霊。まさしくそのものである。
本来カズロット国民とは互いに不可侵でいることで共存していた存在が今、過度な環境変化にご立腹。
その親玉らしい大精霊。その丸太のように重く鋭い尾が、先程ガラスを割ったように勢いよく振り上げられた。




