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第6章 決戦の地 地下帝国(8)



 【神】は慈悲深い笑みを浮かべると、サッと右手を挙げた。鉄パイプの先端がキヒュームたちの方へ向く。


 こっちに来る。


 【神】の右手が降りた瞬間、鉄パイプがキヒュームたちめがけて飛んできた。ハッとした瞬間、鉄パイプの先端がキヒュームの前で止まり浮遊している。


「ボケっとするな、【勇者】よ」


 シェイコンが左手を挙げ、魔力で鉄パイプを止めている。ガランッという大きな音を立て、鉄パイプが床に落ちた。


「ありが、とう……」


 シェイコンはフンっと鼻を鳴らし、【神】の方を見据える。


 変な気分だった。敵だと思い込んでいたクルダマオ族と共に戦っている。それに何より、戦闘が始まっていると言うのに、キヒュームの意識が遠くならない。しっかりと自分の足で戦闘に立ち、敵と相対している。


 キヒュームはスッと銃を抜いた。ドリュウルは誰よりも前で立ちふさがり、アイレーンは筋力増強の魔術を皆にかけ、ラクビースはリスを身に纏っている。


 これまで数多の敵を倒してきたけれど、初めて戦闘をしている気がする。初めての戦いで【神】を倒さなければいけないだなんて、無茶な話だなと思うけれど。


 目の前で影が揺れた。ラクビースのリスが浮遊している【神】に襲いかかる。【神】を守る金属板が飛びかかるリスたちを払う。


 ドンッという何かがぶつかる音がして、そちらを向く。ドリュウルが全力で【神】に向かい、突進している。とたんに、金属がぶつかり合う音が響き、お腹のあたりが疼く。くぐもった悲鳴と共にドリュウルが倒れた。ドリュウルの耳の真横でシンバルのように金属板が音を鳴らしたのである。


 倒れるドリュウルを貫くようにして一筋の淡い青色の光が現れた。


 アイレーンの回復魔法だ。その光が消える頃に、ドリュウルは体を起き上がらせた。


「【神】よ、死すが良い」


 シェイコンは左手のひら全体を【神】に向け、漆黒の光線を放った。光線が【神】の胸元に貫く。


【神】と目があった。


 ぽかんとした顔をして、次に、体を貫いていた光線を見る。


 キヒュームはその隙を見逃さなかった。銃口を向ける。弾かれたようにトリガーを引く。銃弾が【神】を貫く黒線と重なり合う。


 一瞬の沈黙。【神】を倒したと思った。しかし、【神】は倒れなかった。平然とした顔で自身を貫いている光線を掴む。そして、あろうことか、その光線を曲げた。百八十度回った光線がこちらに向く。


 とっさに身を翻した。キヒュームの仲間もまた同じように避ける。


「バカな……」


 シェイコンがつぶやいた。その姿を見て【神】が嘲笑う。


「クルダマオ族は自分の知識にないものに魔法をかけることはできない」


「あぁ、そうだ。だから、我はお主にお主のことを話させた。我がお主を理解するためだ」


「理解できてないんだよ」


 冷え切った声が場を支配する。アイレーンが肩を落とした。


「貴方たちは私が【何であるか】は知った。だけど、私の本質は理解していない。私のコードすらわかってないでしょう?」


 キヒュームはチラッとシェイコンを見た。シェイコンは悔しそうに唇を噛み、アイレーンを見つめている。


「というかそもそも、ここは私の作ったデータ上の空間なんだもの。私は自由にこの空間を捻じ曲げることができる。貴方の拳銃の球をただのお花にすることだってできる。そんな世界で貴方たちの攻撃が私に当たるはずがない」


「じゃあ、俺たちに勝ち目なんてないじゃないか……」


 ホロリと言葉が口からこぼれた。相手は【神】だ。最初から勝てる見込みがなかったんだ。


 絶望に打ちひしがれそうになったとき、【神】が考えるように腕を組んだのを見た。


「たしかに、そうだね。私が懲りずに毎回してエラーを起こしてしまう、ラスボス負け確イベントそのものだね。……だけど、今は私が【悪】そのもので、肩入れしたい【悪党】は存在しない。むしろ、私が討伐されることで無事綺麗にこのゲームは幕を閉じられるのかもしれない。……んー、よしっ! わかった!」


【神】がパンッと手を叩く。


「はい! これで貴方たちの攻撃が私の体に当たるようになりました!」


【神】の動きは驚くほど簡潔で、無駄な動きもエフェクトも全くない。


【神】は可愛らしくウィンクをして、両手を広げた。同じアイレーンの姿なのに、そこには妖艶さも女性らしさもなぜだか感じず、どうも気持ちが悪かった。


 キヒュームは仲間たちに目配せする。そこからは早かった。


 アイレーンが【神】の飛ばす機器を防御魔法でブロックするが否や、ドリュウルが得意の不意打ちタックルをかまし、その後ろからラクビースのリスが無数に現れ、【神】の視線を惑わせる。そのリスの隙間を縫ってシェイコンの黒魔術が解き放たれ、キヒュームの銃が【神】の体目掛けて飛んでいく。


 完璧なコンビネーションだった。


 勝てる、と確信したのも束の間、【神】は器用にその攻撃を避けた。まるでリスがどう動き、シェイコンの黒魔術がどう放たれ、銃弾の軌道がどうなるか知っているかのように、優雅に避ける。その姿はワルツを踊っているようだった。


「……予知能力か」


 シェイコンがつぶやいたとき、【神】は動きを止めた。


「違うよ。予知能力なんてあったら全然フェアじゃないじゃない。ただ、わかるだけ。貴方たちは私が作ったんだもの。どうやって考えて、どうやって動くか、なんて簡単に想像がつくんだよ」


 そうか、と納得してしまう。


 ずっとキヒュームたちは【神】の手の内で生きてきたのだ。【神】からしたら、キヒュームたちの動きなど、寝てても理解できるほど簡単なものなのだろう。


「私を倒すなら、【私】という枠組みから出なくちゃ。そうして初めて、貴方たちは【貴方たち】になれるんじゃないの?」


 キヒュームは呻いた。その通りだ。今までのままではいけない。【神】の枠組みからでなければ、キヒュームたちに勝ち目はないのだ。


 でも、そんなことが可能なのか? 俺たちは【神】から生まれ出たというのに、【神】の想像の範囲から抜け出ることができるのか?


「皆の者、我を信じることはできるか」


 キヒュームの思考に被せるように、シェイコンが言った。


「どういうことだ?」


「説明はできぬ。なんせ、【神】が聞いていらっしゃるのでな」


 皆が黙った。最初に答えたのはアイレーンだ。


「わたくし、信じますわ。わたくしはクルダマオ族の皆々様が心優しく、素晴らしき人々であることを知っています。わたくしは【神】と一部だったんですもの。【神】はクルダマオ族を卑劣な者として創られてはいない。むしろ、誠実で誰よりも優しい種族として創っている。だから、わたくしは信じます」


 続いて、ドリュウルがドンッと自身の胸を叩いた。


「アイレーンにそこまで信じられてる奴が悪い奴なわけがないな。アタシは信じるよ。……それに、アタシもクルダマオ族は信じるに値する種族だって、気づいちまってんだ」


 ラクビースもまた照れくさそう笑い、頬をかく。


「僕も、信じる。僕だって、クルダマオ族の理念に突き動かされた者だ。シェイコンくんを信じない理由がない」


 皆がキヒュームを見た。キヒュームは深く頷く。


「……俺も、信じるよ。これまでの旅で、俺は何が正義で、何が悪か、ずっとわからなくなっていた。クルダマオ族が悪い奴らじゃないこと、薄々わかってたんだよな。今度こそ、俺の意思で、俺の思いで、信じたい。クルダマオ族と共に生きていきたい。これから作り上げる平和な世界では、取りこぼしを作りたくないんだ。そのために、信じるよ」


 ジェイコンが笑った。子供のような邪気のない笑顔だった。そこには狡さも、傲慢さもない。他の種族と変わらぬ柔らかさがあった。


 胸に暖かさが広がり、チクリと痛みがさす。


 本当は、クルダマオ族も他の四種族も何も変わらないのだ。醜い心を持っているのはクルダマオ族だけではないように、清らかな心を持っているのもまた、四種族だけではない。


「では、我に続け、【勇者】の仲間たちよ」


 思案がまた止められた。


 そうだ。今は感慨に耽っている場合ではない。【神】を倒さなければいけないのだ。


 しっかりと【神】を見据える。目の端でジェイコンの動きを捉える。ジェイコンが何をするのか見当もつかない。けれど、うまくやれる気がする。そんな気がした。


 シェイコンが手のひらを【神】に向ける。


 その瞬間、【神】が身じろぎした。


「うっ……」


【神】が呻く。胸元を抑え、暴れている。喉も痛いのか、喉を掻きむしりながら、体を捩っている。


「いったい何を……」


 問う間もなく、アイレーンが一歩前に踏み出した。アイレーンもまた、【神】に向かって手のひらを向ける。


【神】が跳ねたようにのけぞった。言葉にならない声が洩れ、目から鼻から口から、体液が溢れている。あまりの痛々しさに目を逸らしそうになる。だが、ダメだ。目を逸らしてはいけない。


 痛々しい悲鳴が途切れた。その刹那、一つの煌めきの玉が【神】の胸元から、ふわりと分離して現れる。水晶玉のようなものだった。その内部には虹の色があり、お互いに干渉せずに混じり合っている。


「アレを壊せ」


 シェイコンが言う。あの玉がなんなのかわからない。壊していいものなのかもわからない。けれど、キヒュームはシェイコンを信じると言ったのだ。男に二言はない。


 キヒュームは銃口を向ける。


 ラクビースのリスが玉に覆い被さり、きのみを食べるようにカジカジと噛み始める。ドリュウルもまた、玉に向かってタックルを始めた。


 しかし、さすがキヒュームの仲間たちだ。キヒュームが銃で撃てるよう、キヒュームに向かって表側の一部を空けて攻撃している。


 ビュンッ。


 銃弾が飛んでいく。


 スローモーションに見えた。


 そして、虹色の玉に着弾する。


 ほんの数秒の間が起こった後、玉にヒビが入った。ビシビシと音を立てている。裂け目はプルプルと震え、押し込められた虹色が堰を切ったようにほとばしる。太陽光が漏れ出ているかのような眩い光だった。


 パリンッ。


 玉が割れた。虹色の光もまた粉々に砕け、雪のようにヒラヒラとキヒュームたちの前に舞い降りる。


 目を奪われるほど、綺麗だった。


「我々の、勝ちだな」


 シェイコンは安堵の顔を張り付かせて、ドサッとその場に倒れ込む。


 虹の雪が、地下帝国に降り続けていた。





 *




 データの外に出て、彼の人は彼らの声を聞いていた。


「我は、我の知らぬモノと知るモノを分けることを考えた」


 シェイコンの声だ。彼は自分が何をしたのか説明しているのだろう。


「我の魔術は我が知るモノのみ、影響を与える。【神】は、我が【神】を知らない故、攻撃は通らぬとほざいた。定かではなかったが、我の知らない【神】の部分は、【神】を作り出す核であると考えた。そして、我は我はそれ以外の肉体を、そこにいるハッコオイ族の女と同質と見なした。故に、我は我の頭にハッコオイ族の身体構造を呼び起こし、【神】の肉体全体に分離魔法をかけたのだ」


「わたくしは、【神】と一体でしたから、シェイコン様が何をしていらっしゃるのか、瞬時にわかりました。ですから、わたくしもシェイコン様に魔力増強術をかけ、加勢したというわけです」


 アイレーンも説明する。


 彼の人は微笑んだ。


 エラーは出なかった。


 つまり、上司や【創造神】様はこの結末で良いと考えているのだろう。


 そろそろこのゲームはエンディングを迎える。


 見届けたい。彼らがどのようなエンドを迎えるのか。私が初めて最後まで作り上げることのできたゲームの結末を、私は知りたい。


 そう思った瞬間、体が光に包まれるのを感じた。


 眩く、熱い、白い光。


 私をゲーム作成部屋へと誘う光。


 不意に、睡魔が襲う。


 私の意識はそこで途絶えた。




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