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第6章 決戦の地 地下帝国(7)



 ふむ、とシェイコンはまるで気のないような返事をして、自身の顎を撫でた。シェイコンは理解できているのだろうか。知識を力にするクルダマオ族……しかも、その種族の長に君臨する彼には、きっと彼女の言ってることを理解することができるのだろう。それが少しだけ羨ましかった。


「ま、でも、現実に即して言えば、キヒュームは数多の【プレイヤー】に操作されて、物語の筋書き通りに事は進んでいく。だけど、【プレイヤー】によってキヒュームの行動は少しずつ違ってくる。その自由度の隙間でキヒュームは独自の意思を持つ……。あり得ない話じゃないと思う。ま、ほとんどゼロに近いとは思うけどね」


「結局のところ、お主にもわからぬということなのだな」


 シェイコンの言葉に、アイレーンはそうだねと、曖昧に笑って肩をすくめた。


「つまり、アタシらはアタシら自身の【意志】があるかもしれないってことだろう?」


 ずっと無言を決め込んでいたドリュウルが口を開く。学園で雑談をしているときのような自然な口調だった。


 ドリュウルは四人の視線を受け止めて、頷く。


「アンタの言ってること、半分も理解できないけどさ、意志があるなら、アタシらは本当に生きてるのと違わないんじゃないのかね。仮にここが偽物の世界だとしても、アタシらはここで生きている。実際に生きているんだ」


 アイレーンは相変わらず、曖昧な顔でドリュウルを見ている。


「それは、僕も思うな」


 ラクビースが言う。今度は視線が一斉にラクビースに向けられた。


「僕たちがゲームってやつのキャラクターで、数字の羅列でしかないんだとしても、僕は今、地下帝国にいて、アイレーンさんを見ている。僕は僕自身が、確かにここに存在すると信じている。それだけで、僕が生きていて、偽物じゃない、と主張するには十分だ。そもそも、僕らを作った神様も数字の羅列なのだとしたら、何が本物で、何が偽物かわかったもんじゃないよね」


「左様」


 シェイコンがさりげなく口を挟む。


「故に、お主ごときが勝手に『中途半端』だの『偽物』だの『面白くない』だのと評してよいものではない」


 アイレーンが目を見開き、瞬きをしている。シェイコンの言うことに驚愕している顔つきだ。


「でも、貴方たちは私の作った——」


「ならば、お主もまた、【創造神】とやらに拵えられた紛い物ということになるな。お主は作り物であり、偽物にすぎないということになる」


 アイレーンは唇を閉じた。思案するように、視線を彷徨わせる。


「お主の作品は、常にエラーが出てしまうのであろう。なのに、今作はそれがない。ならば、こう考えられはしないだろうか。我らが明確に【意志】を持ち、【神】と同じ領域に来たからこそ、エラーが出なかった、と」


 美しく整ったアイレーンの眉がぴくりと動く。


「まさか。そんなはずないでしょ。冗談言わないで。……あぁ、【悪】に肩入れし過ぎて、クルダマオ族を賢くし過ぎてしまったみたい。もう、ほんと私って、とことんRPG向いてない」


「話を逸らすな」


 ピシャリとシェイコンが言う。


「我はお主を決して許さぬ。お主は、作らずともよい不条理を作り、産まぬでよい暴力をこの世に落とした」


「だってそれはRPGだから仕方がないでしょう。私も仕事なんだもの」


「そのようなことは我らには関わりなきこと。この世界に生きる我らにとって、お主の都合など、微塵も関係ないことだ」


 あぁ……。そうだよな。


 シェイコンの話を聞きながら、キヒュームはずっと考えていた。


 キヒュームの意識や意志。キヒュームがこの世にいる理由。キヒュームの役割。キヒュームのすべきこと。


 アイレーンが答えにくそうに口をモゴモゴとさせている。【悪】がどうのとか、【正義】がどうのとか、よくわからないことを喋っている。


【神】はキヒュームらの人生を否定した。


【神】はキヒュームらそのものを否定した。


 いくら皆が生きていると言ったところで、キヒュームたちが数字であり、偽物である事は変わりがないのだ。意志があろうが、意識がなかろうが、この世界は【偽物】なのだ。


 そして、目の前にいる【神】も数字の羅列だと言う。


 キヒュームは憤りながらも、困惑していた。どうしたらいいのかわからなかった。どうしたいのかもわからなかった。


 だけど。


 シェイコンの声を、言葉を聞いて、ハッとした。


 理不尽な【神】に怒りをぶつけてもいいのだ。【神】の都合など関係ないと言い切ってしまって良いのだ。


 頭の中に、ドリュウルとラクビースの声が響く。


 ——仮にここが偽物の世界だとしても、アタシらはここで生きている。実際に生きているんだ。


 ——僕は僕自身が、確かにここに存在すると信じている。それだけで、僕が生きていて、偽物じゃない、と主張するには十分だ。


 仲間が叫んでいる。


 俺たちは生きていると主張している。


「俺も……」


 閉じていた口から出た声が震える。


「ん?」


 アイレーンの美しく整った顔が首を傾げる。


「俺も、お前を許さない。俺は今、怒っている。怒りが体全体を巡っている。クルダマオ族がお前に背負わされた悲しみ、ハーフ族がお前に押し付けられた差別、ラクビースが抱えなければいけなかった他人とは違うという苦しみ……。それらのせいで巻き起こる負の感情が俺の中に疼いている。俺は確かに今、悲しみ、苦しみ、憤りってる。これが俺の意志じゃないとしたら、なんなんだよ」


 頭の中に戦ってきた皆々の顔が頭に浮かぶ。


【神】がこんな理不尽を生み出さなければ、彼らは被害者になることも、加害者になることもなかった。痛みに苦しむ必要もなかったんだ。


「たしかに、俺は自分が操り人形みたいだと感じる時はあった。だけど、俺が俺の意志で、俺の感情で、考え動いている時もあったんだ。俺は、俺の人生を生きているんだ。なのに、勝手に終わらせるなんて許さない。勝手になんか終わらせない!」


「よくぞ言った、【勇者】よ」


 シェイコンがゆっくりと手を叩きながら、こちらへと歩いてくる。君主らしい堂々とした動きだった。


「貴様ら人間族らの所業、我は決して許してはおらぬ。だが、その業の根を生み出していたのは、ほかならぬこの【神】。今はクルダマオ族と人間族、互いに刃を収め一時休戦といこうではないか。我らの共通の敵、忌々しき【神】をこの世界より排除するため、手を組むぞ」


 魔王がマントを翻し、【神】であるアイレーンと対峙する。


 キヒュームの横に並ぶのは、ドリュウル、シェイコン、ラクビース。そして、かつてシェイコンのいた場所には【神】アイレーンが立っている。


 シェイコンとアイレーンが入れ替わる形で立っている。敵は、【神】。アイレーンの姿をした【神】。目の前の敵はキヒュームたちの知っているアイレーンではない。わかっているけれど、強い寂しさを感じた。

 

 その時だった。


「き……ひゅ……ム……さ」


 声が聞こえる。透明な風のような優しい声。


「きひゅ……。ヒューム……キヒューム様!」


 この声は。この優しい唄のような声は。


「アイレーン!」


 肩に温かい温もりを感じる。真っ白な手がキヒュームの肩に優しく手を置いていた。目の前に、ぼやけた光が見える。それは次第に人間の形を形作った。


 光で包まれている顔を見る。その顔は優しい表情で微笑んでいる。


「わたくし、どうやら旅をしているうちに、【わたくし】という人格が生まれたみたいなんですの」


 肩から手を離し、アイレーンは仲間たちみんなと向き合った。


 淡く光りながら幽霊のように透けているアイレーンから目を離せない。


「……わたくし、ずっと【神】と同一存在でしたわ。わたくしは【創造神】が【勇者】を好きになれるようにとつくられた存在で、皆様のこと導く役割をしていましたわ」


 アイレーンを包んでいた黄金色の光が、徐々に薄れていく。アイレーンから発せられていた光の粒が、今度は逆に彼女へと吸い寄せ集まり、やがて、それらは彼女の輪郭を作り出した。光の粒一つ一つが、幽霊のように透けていた身体に、確かな実体をもたらしていく。


「ですが、わたくしにも皆様と同じように、過去があり、アイレーンとしての人生があった……。皆様の【意識】に引っ張られ、【神】の中にいた【わたくし】は、【神】とは別の人格を持つことができたのです」


 アイレーンの姿はほとんど実体を伴っていた。キヒュームの知っている美しきハッコオイ族の少女、アイレーンが【神】と分離し、目の前に立っていた。


「ごめんなさい、【神】様。わたくし……、仲間としてキヒューム様たちと一緒にいたいのです」


 アイレーンもまた、スッとキヒュームたちと共に並ぶ。本物の仲間として。


「えっ、うそ。ちょっと待って……。これ、もしかしなくても、私が【悪】側になってる?」


 慌てふためいた声で【神】が言った。


「そりゃ、私は【悪】側に心を寄せてしまうけど、私自身が悪になるなんて、想定外だよ。……まぁ、でも、そっか。それでいいのか。結局、善も悪も、どちら側からの視点で見るかで変わってしまう。もし、私がシェイコン側の物語を構築していたら、私はきっと【悪】であるキヒューム側に肩入れして、ゲームを作成することになっていただろうから」


【神】がくるりと回り宙へ浮んだ。アイレーンの水に入った時の姿である人魚の姿へと変わる。清廉で美しい青い尾鰭が、キラキラと煌めく。


 その煌めきに合わせ、地下帝国の機械の金がより一層チカチカと点滅し、目が眩む。


「同じ造形の人が二人もいたら、プレイヤーが何が何だかわからなくなっちゃうでしょ? ……いいよ。私を倒して見てよ。『私という共通の敵ができて、そうして、善と悪は協力して敵を倒しましたとさ。めでたしめでたし』ってストーリー素敵じゃない? こんなにめちゃくちゃにしたのにエラーにならないんだもの。私がいい感じにこの物語を閉じないと、ゲームとして、勿体無いし」


 世界が振動した。巨大な地下帝国を成していたよくわからぬ機械や、巨大な歯車群がぷるぷると小刻みに揺れている。次第に、機械や歯車は時折火花を散らし、ギギギギギッという不穏な軋み音を立てている。


 地下帝国はまるで生き物のようにひしめき、唸っていた。


 来る。


 直感が叫んでいる。


 大きな何かが来る。


 刹那、小さな歯車がキヒュームの頬に飛び込み、かすり傷を作った。浮かぶ【神】の周りにさまざまな金属や機械が集まっている。


「全力で、私を倒しにきて」




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