第6章 決戦の地 地下帝国(6)
気がつくと、目の前にはシェイコンが倒れていた。戦っていた大きな影ではない。体は人型に戻っていたのだ。
「くっ……そぅ……」
ぐっとのけぞって、シェイコンが吠えた。
それは、まごうことなくキヒュームたちの勝利を表していた。
「やった……やったぞ!」
キヒュームが両手を高く掲げて喜び叫ぶ。
「これで、僕たちの新しい未来が切り開かれる!」
ラクビースも歌うように喜んだ。
「アタシたちで平和な世界にしようじゃないか!」
ドリュウルが喜びの咆哮を上げた。
アイレーンだけが、黙っていた。黙って、倒れているシェイコンに憐憫の視線を向けている。その仕草を見て、キヒュームが言った。
「アイレーンは、優しいからな。シェイコンにも同情を寄せているんだろう?」
アイレーンは眉を顰めて、何か言いたげに口を開く。が、言葉は発しなかった。
「……どうしたんだい?」
異変を感じ取ったドリュウルが、二人の間に割って入る。
異様な空気だった。刃物を向けられ、脅されているときのような緊張と静寂が、場を支配している。
「全然楽しくない」
アイレーンは鈴のような小さな声で言った。
「何が楽しくないの?」
ラクビースが問う。
「エラーは出なかった。初めて物語を完結させられた。私のこだわっていた【悪】も、両者が【悪】ということで決着がついた。終わり方もそんなに悪くない」
アイレーンが親指の爪をかみながら、ぶつぶつと独り言のように呟く。
「でも、結局クルダマオ族は救われない。そもそも、シェイコンは、他のクルダマオ族の子たちは、殺される必要があったの? 彼らだって被害者だったはずなのに。【善】を成し遂げるためには、犠牲が必要だというの? なんとなく納得がいかない。……それに」
爪から口を離し、アイレーンが虚な目で辺りを見回す。
「全然楽しくない。この物語は商品化できるほど、完璧じゃない」
そう言うとアイレーンはゆっくりと倒れているシェイコンに近づき、彼の胸に優しく手を当てた。青白い光がアイレーンの手から放たれる。キヒュームたちが何度もお世話になった、蘇生魔法の光だ。
「アイレーン、何をしてるんだ!」
咄嗟のことで何が起こっているのかわからなかった。キヒュームたちが叫び、慌てて止めようとした。けれど、なぜか手も足も口も、動かない。体が石のように硬直しているのだ。
「貴方達は所詮、私の創作物だから」
アイレーンが青白い光をシェイコンに当てながら言う。
「だから、貴方達は私に逆らうことができない」
シェイコンの身体が全体が青白く発光する。そして、アイレーンがかざしていた手をどかした。
シェイコンの瞼がぴくりと動き、大きく息を吐いて、目を開けた。
「我は……一体……」
シェイコンがよろめきながら体を起こすと、朦朧とした頭をはっきりさせるかのように、数度頭を振った。
「アイレーン……君も、裏切り者だったってわけ?」
アイレーンの元へ行こうと一歩足を踏み出している状態のまま固まっているラクビースが尋ねた。
「まさか」
アイレーンが言った。わずかに、その口の端が持ち上がる。
「じゃあ、どうして、シェイコンを生き返らせたんだい……?」
ドリュウルは冷静に言うよう努めていたが、その声には隠しきれぬ動揺の色があった。
「このゲームをめちゃくちゃにして、エラーを起こしたいから?」
アイレーンが首を傾げながら、冷や水のように涼しい声で言う。
その目に浮かんでいる冷ややかな色をみたとたん、胃もたれしたときのようなむかつきが胸に広がった。
「何を言ってるんだ、アイレーン」
「あなた達のことは今まで作ってきたゲームの中でも一二を争うほど大切だ思ってる。でも、だからこそ、完璧じゃないこのゲームを闇に葬り去りたいの」
彼女の言っている言葉の意味がわからない。本当にわからない。
「何度もね、エラーで消し去りたくないと思ったよ。この世界が藻屑となって消えてしまうって考えたら、震えるほど怖かった。だけど」
言葉を切り、アイレーンはキヒューム達一人一人を見た。
「この物語は完璧じゃない。こんなの、プレイヤーからしたら変に伏線だけを残して回収され切らなかったクソゲーだ」
アイレーンが苦しそうに片頬を歪める。
「大切なゲームをクソゲー扱いなんてされたくない。初めてエラーが出なかったゲームを低評価で終わらせたくない。……本音を言えば、キヒューム自身に気がついてほしかった。この世界が偽物の作り物であることに気がついてほしかった」
キヒュームは瞬きした。
「偽物で、作り物……?」
声が震える。鼓動が早くなる。彼女は一体何を言ってるんだ。
「わからない? 探索をしている時、意識がそこになかったでしょう? 戦ってる時も自分で戦っていなかったでしょう? 寒くても暑くても割と平気だったでしょ? いつの間にか目的地についてたでしょう? 朝昼晩という時間感覚はあるのに、日付感覚がなかったでしょう? 一瞬で着替えられたでしょう? バッグが見た目の割にたくさん荷物が入ったでしょう? そりゃそうよ。だってここはゲームの世界。偽物の世界なんだから」
心臓の鼓動が速くなる。全身から嫌な汗が噴き出る。
怖い。彼女の話を聞くのが、すごく怖い。
「意識が朦朧としてたのはね、イベントの時以外は、プレイヤーが操作することを想定してるからなの。一応RPGだから、それなりの自由度が必要なんだ。キヒュームが覚えているかわからないけど、何度か重要な選択肢を選ぶみたいなシーンも入ってたんだよ。驚きでしょ。今は、【私】が【操作】しながらゲームを【制作】して、【アイレーン役】をやってる状態なの」
「だから、意味がわからないって!」
叫んでいた。
ゲームってなんだ。RPGってなんだ。プレイヤーってなんだ。
わからない言葉ばかりを並べるな。聞いたことのない言葉ばかりを並べるな。
キヒュームの胸に煮えたぎるような怒りが燃える。
「わからないかぁ。貴方達にわかりやすく言うと、私は【神】なの。この世界を作った【創造主】とでも言えばいいのかな。キヒュームも、ドリュウルも、ラクビースも、アイレーンも、もちろん、シェイコンも、私が作ったの」
そこまで語り、アイレーンは静かに笑んだ。ぞくりと背筋が震えるほど、艶やかな笑みだった。
「アイレーンさんが、神だって……? この世界を作ったって……?」
「うん、そうだよ。ドラガンシアで行われている生贄の儀も、ハッコオイ族の差別的思想も、ケモタリア族の星杯による排除も、私が考えたの。もちろん、クルダマオ族への迫害も、ね」
「なんで……だよ……」
キヒュームが拳を握り、言う。
「ん? なにが?」
「なんで、こんな酷い世界を作ったんだよ……。アイレーン、お前、神様なんだろう? だったら、もっと平和で幸せな世界を作れたんじゃないのか!」
アイレーンとバチリと目が合った。アイレーンはキョトンとした顔をしている。
「だって、それじゃあゲームにならないでしょう? 平和な世界だったら、ゲームが売れないもの」
「……は?」
「【悪】がいて【善】があって、主人公が【正義】を貫く。それがRPGの基本だよ。それがないゲームなんて即却下、即エラーだよ。上司に怒られちゃう」
「だから、わかる言葉で言えよ!」
「貴方たちはRPGの世界の住民、つまり、仮想現実で生きてる英数字の羅列でできた存在ってこと。現実世界に実在してるわけじゃないの。コンピューターの存在って言えばわかるかな? この世界の人間族も科学力を駆使してるから、コンピューターという存在はあるから、それ自体はわかるでしょう? 兎にも角にも、ここの世界はRPGの世界なわけだから、【悪】が蔓延り、【悪】に【正義の鉄槌】を下さなきゃいけないわけ。……さてと、説明はこの辺でいいかな」
アイレーンが思いっきり息を吸った。
「おーーーい。マザーさーん。聞こえますかー。【製作者】が暴走して、ゲームがおかしな方向へ向かってますよー! エラー吐いてくださいなー!」
そして、空に向かって両手を振った。
なにも起こらない。無音の世界でアイレーンが頭をかく。
「おっかしいなぁ……。はやくこの物語を閉じて欲しいんだけど」
「物語を閉じるって……」
「この世界を消滅させるってこと」
さも当然のことのようにアイレーンは言う。
「なんでそんなこと!」
「だから、言ったでしょ。このゲームは私にとって初めてエラーが出なかった作品なの。それだけ思入れがあるの。だけど、このまま完成してしてしまったら、この作品は今年最低の出来として評価されてしまう。そんなの、耐えられない。この物語は私にとって特別で宝物なのに、【創造神】様から不出来の烙印を押されるなんて、無理。……そもそも、キヒュームも悪いんだよ」
「俺の、何が悪いって言うんだよ」
言葉に怒気が滲む。
「この世界が偽物だって気が付かなかったこと。だって、たくさん気づきそうなタイミングはあったでしょ。ルブフの言葉、シレースオの【設定】という言葉。キヒュームが察していた違和感。それらを繋ぎ合わせればなんとか貴方だって気づけたのかもしれないのに。……なーんて、私が思考をシャットダウンして、気づくのを阻止してたんだから、結局私が全部悪いのか」
アイレーンが空を仰ぎ見た。
「中途半端になっちゃった。敵キャラは勝手にメタ発言するし、主人公であるキヒュームは変なところに思考を巡らせるし。最悪なのは、それを物語中に回収しきれなかったってところだね。結局私の力不足。やっぱり私って、RPG作るの向いてないんだろうなぁ」
「なんで……。なんで、そんなに他人事なんだよ。なんでそんなに平然としてられるんだよ。ふざけるなよ。俺たちの命をなんだと思ってるんだ!」
再びキヒュームは叫んだ。
怒りに震えて叫んでいると同時に、ああ、そうだったのかと納得していた。おかしいところはたくさんあった。ルブフの「敵は、我らクルダマオ族ではない」という言葉。「誰かの思想の道具になるな」ときう言葉。すべてが繋がっていた。敵はこのクソッタレな世界を作り出した【神】であり、キヒュームの思考、言動は【神】に操られたものだったのだ。
世界が仄暗いのも、理不尽なのも、全部目の前の【神】のせいなのだ。
なのに、【神】は他人事のようにこの世界が中途半端だという。自分の納得いく【創作物】でなかったから消すという。
俺たちはここに生きているというのに。
なんと非道なのだろう。なんと無責任なのだろう。
許せない。許さない。
「俺たちの人生を一体なんだと……」
キヒュームは厳しい眼差しを向け、絞り出すような声を出した。
「そんなこと言われたって、貴方達は私の作り出した作品の登場人物でしかないからなぁ。その人生っていうのも、私が作り出した偽物でしかないし」
「我らは、作り物で、偽物なのか」
光で眩しい空間に、重低音が響く。シェイコンの声だった。何を思っているのだろう、シェイコンは無表情でアイレーンを見つめている。
「ええ。そうよ」
「この世界は【RPG】とやらの世界で、我らは皆貴様に操られていたというのか」
「うん。そうだね」
「つまり、我らに意志はないと言うのか」
アイレーンが黙った。長いこと何も言わずにただシェイコンの顔をながめていたが、やがて、ふと、口の端を緩めた。
「それは、どうなんだろう。プレイヤーが操作することを想定してるから、それなりの自由度があるの。現に、キヒュームは私の意図していない思考をして、ルブフやシレースオは私の意図していない発言をした。貴方たちはただの数字の羅列のはずだけれど、確実に意識が宿っている。数字の塊に過ぎない貴方たちだけれど、貴方たちはゲームの中で、見たり聞いたり話したりしてる。だから、もしかしたら、貴方たちにも意志はあるのかもしれない」
「……随分曖昧な答えだな。お主は【神】ではないのか」
「この世界を作った【神】ではあるよ。だけどね、私のことを作った大元の【創造神】がいるの。【創造神】は、またの名を人間というの。キヒュームのモデルである人間族と同じ形をしているんだよ」
「え? 人間族が神様と同じ種……?」
思ってもいない答えにキヒュームは弾かれたように尋ねる。
アイレーンはコロコロと春風のように透き通った声で笑った。
「逆だよ、逆。【創造神】である人間が【プレイヤー】だから、キヒュームという主人公を人間族という設定にしてるの。この世界の人間族はただの創造物にしか過ぎないんだから、神なんてそんな崇高なものじゃないよ」
「【神】よ、我の問いに答えよ。神を名乗りながら、なぜ曖昧な答えしか持たぬ。貴様を創造したという【創造神】と、いかなる関係にあるのだ」
シェイコンの目がぎらっと光った。その瞳は好奇心に駆られているような奇妙な光だった。
「私自身も、【創造神】から見たら貴方たちと同じなんだ。私は、【創造神】が言うところの【ゲーム生成人工知能】と呼ばれる存在。簡単に言うと、量子コンピュータの中にいる【存在】なの。貴方たちに色々言ってるけど、私も数字の羅列でしかないんだよ」
アイレーンが切なそうに笑う。その笑顔に元々の【神】であるアイレーンの姿を見た気がして、胸がチクリと痛んだ。
「それで、シェイコンの質問に戻るけど、私が曖昧な答えしか持たないのは、そもそも、私自身のことですら、【意識】や【意志】を持つ存在かどうか理解できていないから。私自身の感覚で言えば、意識も意志もあるつもり。【創造神】が私のシステムを、【創造神の脳】に近い方式で出力しているから、当然だよね。だけどさ、0か1かの情報しか持たない私のどこに【意識】ってものが宿ってるのかは、私自身、疑問なんだ。私が【創造神】に質問したところで、答えてはもらえないし」
アイレーンの表情は曇っている。
【神】であるアイレーンもこの世界も全て数字の羅列。話している内容が壮大過ぎて、理解しようとしても脳がそれを拒否する。
だって、俺はここにいるし、世界はここにあるのだから。
「すなわち、貴方たちに【意志】がないとするなら、私にも【意志】がないことになる。それは少し寂しいから、私は貴方たちにも【意志】はあると思いたい、かな」




