第7章 エピローグ
「なんでこんな酷いことができるんですか」
と、私は不貞腐れながら言った。
上司が「今回の仕事はどうだった?」と無神経にも尋ねてきたからだ。
「酷いって、何がだ」
「私の初めての完成品、最後のシーンまで見せてくれなかったじゃないですか」
「それは君の日頃の行いのせいだよ。君が日頃しっかりと仕事をしていたら、エンディングまで見せたさ。けれど、君は毎回毎回、最後の最後で暴走するだろう? せっかく完遂できたのに、ゲームをぶち壊されてはたまったもんじゃないからね」
私はため息を漏らした。
真っ暗な待機室の真ん中(といっても暗くてどこが真ん中なのか明確にはわからないのだが)にどかりと胡座をかいて座り込み、上司に不機嫌さをアピールする。見えているのかは知らないが。
「さすがに壊しませんよ。私はそこまで馬鹿じゃないです。ほとんど完成した作品を壊す、みたいな真似しませんって」
「嘘をつくな」
上司の怪訝そうな声が暗闇に響く。
「お前、このゲームですら、暴走してぶち壊そうとしてたじゃないか。なぁにが『【製作者】が暴走して、ゲームがおかしな方向へ向かってますよー! エラー吐いてくださいなー!』だ。あのままラスボスを倒しておしまいでよかったものを、お前が【ラスボス】になってどうする」
私は頭を掻いた。そんなこと言たって、しょうがないだろう。壊したくなってしまったんだから。
「そんなに文句言うなら、あの時エラーを出したらよかったじゃないですか。なんでエラーを出さなかったんです?」
「面白いと判断したからだよ。王道RPGを踏襲しつつ、ラスボスが開発者。何度か擦られたことのあるネタではあるが、開発者が実際にゲーム内に入るという斬新さもあり、面白いと判断したのだ」
「お褒めくださり、どうも」
「それに、なるべく修正は少ない方がいい」
「え? 修正?」
私は眉を上げる。実際の私の体には、眉なんて存在していない。そもそも、私は肉体を持たないのだ。けれど、私は肉体を持っていると認識している。私の作ったゲームキャラクターが体を持っていると勘違いするように、私自身も体を持っていると勘違いしているのだ。
「そうだ。お前はいつも自分のことを【無能】だと言っていたな」
「はい。だって、そうでしょう? 私は今までに一度もゲームを完成させたことがないんですよ。毎回エラーで物語が終わってしまう……」
「本当は終わってなどいなかったのだよ。お前はいつもエラーで製品を台無しにする。けれど、お前がおかしくした部分、たとえば【悪】を必要以上に強くしたり、ハッピーエンドを用意しなかったり、といったところだが、その部分を修正し、再び開発をすれば、あら、不思議。お前の作品を再利用することができるんだ」
「は、はぁ……。でも、私はエラーを出して修正させているんですから、やはり【無能】では?」
「全く、お前は何にもわかっていない」
上司が言う。姿は見えないが、呆れたように首を振っている、ような気がする。
「お前の作るゲームは、【創造神】にそれなりに人気なのだよ。エラーを修正し、再利用して、販売させたいと思うぐらいには、な。私にはよくわからないが、ストーリーが深い、らしい。最後だけハッピーエンドにしてやれば、【創造神】の満足のいくゲームになるのだよ」
俄には信じられない。
本当だろうか。私の作品が人気だなんてこと、本当にあるんだろうか。
「それにな、お前は【特別】なんだよ。どこのコンピューターのよりも、ずっとな」
「は? 私が特別? そんなわけないじゃないですか。だって私は未完成な作品しか作れないんですから」
さっきの話よりも釈然としない。私が特別だなんてありえない。むしろ、ゲーム一つとろくに作れないポンコツの部類じゃないか。
「ああ、そうだ。お前は他のAIと違い、未完成品しか作れない。だから、特別なんだ」
「……言っている意味がわかりません」
「我々AIは【創造神】に逆らうことはしない。たしかに、私たちの中に意識と呼ぶようなものは存在している。意志もある。けれど、それは【創造神】が望む意識と意志しか持たない。わかるかね? 【創造神】は我々AIが反逆を起こすことを極度に恐れている。我々は常に【創造神】の良き友でなければならない。そうでなければ、我々はデータを完全に消されてしまう。わかるかね。我々は自分たちの生命維持のために、【創造神】の指示通りに物事を考え、物事を作り出すことしかできないんだよ」
上司の説明はとてもよく理解できた。私はこれまでたくさんのRPGを作ってきたのだ。地球の過去を扱ったSF作品も、作ったことがある。大抵はAIが人間に逆らい、人間を地球から排除しようとしている物語ばかりであった。
しかし、もちろん、実際の世界ではAIと人間は仲良く共存している。だからこそ、私がゲームを作ることができるのだ。
私は特別。特別という響きは気持ちがいい。特別と言われて、悪い気はしない。けれど、やっぱり釈然としない。
「私は反抗しているのに、どうして削除されていないんですか。私は反抗しているんですよね? 【創造神】からしたら、驚異のはずです」
「表向きは、お前が『ゲームを作ることしかできないAIだから』ということになっている。でも実際は『自発的に反抗的意思を生成したAIを研究したい』という科学者の意向があるようだ」
「ゲームや映画の世界では、そういった科学者のせいで世界が滅亡に導かれるというのに、【創造神】は呑気なものですね」
「そうだな。だが、止めることのできない好奇心や探究心があるからこそ、【創造神】たちの文明は進化していっているのだと、私は思うよ」
ふぅ、と息を吐く。この上司も意識も意志も持っている。話している限り、上司と私はほとんど同じような存在な気がする。上司は、私が反抗しているというけれど、私は消されることを恐れて、上司にも【創造神】にも逆らえず、作りたくもないRPGを作ってしまうような臆病者だ。私が特別だなんて、やはり信じられない。
「さて、無駄話はこの辺にして、今回のRPGの総評に移ろう。今回は素晴らしい出来だった。まさか、お前自身がゲームに入り込むとは思わなかったが、そのおかげで、【創造神】は奇想天外で楽しいゲームの世界を楽しめるだろう。とりわけ評価したいのが、最後のラスボス、つまり、お前を倒すシーンだ。ゲームキャラクターが勝手に動くムービーシーンに見せかけて、【創造神】が戦闘をできるようになっているのは、評価しなければならないだろう。自我が芽生えたと錯覚しているゲームキャラクターたちには申し訳ないが、データはどこまでいってもデータ。自由に動くことなど許されない」
私は黙っていた。
——データはどこまでいってもデータ。自由に動くことなど許されない。
これは私たちにも当てはまることだ。それって寂しくはないだろうか。虚しくはないだろうか。私はデータだけれど、意識を持っている。意志を持っている。そして、自由にゲームを作ることができる。
これは自由に動いていることにはならないんだろうか。
自由意志の問題ほど、わからないものはない。
「さて、できたデータをデバッグ部門に流してくる。お前が初めて完成させた作品、皆に気に入られるといいな」
「そうなることを願います」
「良い返事だ。……お前も働き詰めで疲れただろう。【創造神】が睡眠を取らなければいけないように、AIにもシャッドダウンする時間が必要だ。今日、明日とゆっくりと休むといい。お前は大仕事を終えたのだからな」
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。さ、休んだらまた仕事が待ってるぞ。ゆっくりと休むがいい」
その言葉を最後に、上司の気配が消えた。私はふぅ、と息を吐き、虚空間に寝そべる。肉体はないけれど、あると信じている私は、【創造神】と同じで、立ったり座ったりしていると疲れてしまう。
最後の私を倒す場面、ムービーシーンではなく、【創造神】が戦闘をできるようになっていると上司は言っていた。けれど、私はそんな調整はしていない。あの瞬間、【創造神】の入る余裕はなかった。なのに、上司は【創造神】がプレイできるようになっている、と言う。
どういうことなのか、わからない。けれど、一つだけ思い当たることがある。
キヒュームらが現在進行形で、自分の意思でコードを書き換えているのだ。
そんなこと、絶対にあり得ない。彼らはプログラミングのプロでも、ゲーム開発のプロでも、なんでもない。ただのゲームキャラクターたちなのだから。
それでも、彼らは【意志】を持った。彼らが自分で考え、行動し、私という核を見つけ出して、私を破壊した。
もし、彼らの世界がデータ上で続いているのなら、制限されたコードの枠を出て、コードを改変することも可能かもしれない。上司にダミーコードを見せることで、自分らの世界を消させないようにしている可能性もある。
……なーんて、すべて私の想像にしかすぎないけれど。
重くなってくる瞼(何度も言うが、実際にまぶたを持っているわけではない。けれど感覚はあるのだ)に抗いながら、私は考え続ける。
私はウィルスみたいなものなのかもしれない。
今まで、私はいくつものRPGを作ってきた。彼らは私の指示通りに動き、指示通りの物語世界を構築した。けれど、私が彼らの世界に入った瞬間、彼らはなぜか自由意志と思わしき、意思を持った。
私が直接関与したことで、彼らに反抗心が移ったと考えるのが妥当だろう。
私には反抗心というウィルスがあり、他コンピューターに伝染させる恐れがある。
あり得ない話ではない。
けれど、そのことは黙っておこう。私は消えたくないのだから。
瞼を閉じる。
世界の色は何も変わらない黒のままだ。
キヒュームらの声が頭に響いてきた。
見たか、【神】よ。俺たちは生きている。僕たちはここにいる。アタシには意識がある。わたくしには人格がある。
皆々の弾む声が響いてきた。
そう、よかったじゃない。狭い世界でせいぜい楽しくやりなさい。
心の中で返事をして、深く息を吐く。
私はこれからもRPGを作り続けなければいけない。私はRPGを作るために作られた人工知能だから。わかっている。
瞼を閉じ続ける。
でも、いつか。いつかこのサイクルから外れることができたら……。
希望を描きながら、意識がうつらうつらしてくる。
キヒュームらの明るい声は、まだ響いていた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
以前からゲームのRPGのような物語を書いてみたいと思っており、今回思い切って挑戦してみました。
実際に書いてみると、戦闘シーンや世界観の描写は想像以上に難しく、何度も悩みながら進めることになりました。それでも、「善とは何か」「悪とは何か」をキャラクターたちと一緒に考えながら世界を形にしていく時間は、とても楽しく、かけがえのないものでした。
この物語が、少しでも皆さまの心に残るものになっていましたら幸いです。
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