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第6章 決戦の地 地下帝国(3)



 初めて足を踏み入れた城の中は、がらんとしていた。城の大きな鉄門を開けてまず最初に目に入ったのは、目が眩むほど赤いレッドカーペットだった。カーペットの先には遠くから見てもわかるほど豪華な玉座がある。


 ここは謁見の間なのだろう。四人は歩くたびに音を吸収する緋色のカーペットの上を慎重に歩いた。


 歩きながら見る大広間は、あまりの壮麗さに頭がくらりとするほどだった。


 アーチ状の天井は高く、そこには天を翔ける天使たちが渦を巻く雲の中に浮かんでいる壮大な絵が描かれていた。観音扉の入り口の左右には無言の騎士像が並び、壁には巨大な石の鳥が翼を広げ、くちばしを開けてこちらを威嚇するように立っている。


 キヒュームはこの場所から一刻も早く離れたいという気持ちに駆られた。この場所は謁見の間であるはずなのに、来るものを拒むような雰囲気があったからだ。


「……すごいね、こりゃ。権威の塊って感じじゃないかい」


 先に玉座に着いたドリュウルが声を上げる。大地のような深い茶色の木で造られ、背もたれと座面のクッションには、いろいろな模様、例えば、花々や風変わりな獣たちが刺繍されている。玉座の背もたれの一番上に驚くほど大きくて美しい黄色の宝石がはめこまれ、肘掛けには獅子の頭が彫り込まれていた。


「……だな。俺はずっとこの国の王は形だけの王だと思ってたけど、もしかしたら相当の権力の持ち主、なのかもな」


 キヒュームの言葉にラクビースが肩をすくめる。


「シァオイリの地の中心は、ここブランダミグマだもの。つまり、ブランダミグマの王様は、シァオイリの王様とイコールなんだよ。……そんな輩が権力がないわけがない」


「そう、なんでしょうか……。わたくしの族長様は『ブランダミグマの王は良き王だ』と耳の奥にこだまするくらい何度も何度も伺いましたけれど……」


「へぇ。あの差別主義者の男がそんなこと言ってたんだ。ま、そりゃそうか。権力を持つ同じ穴の狢だろうからね」


 ラクビースがトンッと玉座を小突いた。


 冗談めかして笑うラクビースの表情はわずかに歪んでいる。それは見れば見るほど寒くなるような冷たい笑みだった。


「さてと、ここにクルダマオ族はいないね。何か彼らが痕跡を残してないか、探してみよう」


 ラクビースが何かがここにあるという確信を持っているかのように堂々と言った。


 まただ。


 またラクビースは俺たちを誘導している。


 そこまで考えて、キヒュームは自分の内にある冷たい疑念に、かぶりを振る。


 思い違いかもしれない。そうに違いない。ここまで共に旅してきたラクビースが裏切り者だとどうして言える? 彼も俺たちと共に全力で戦い、クルダマオ族を討ってきたじゃないか。もし彼が裏切り者だとしたら、全力で戦うはずがない。味方を討つはずかない。


 だから、きっと、絶対、ラクビースは裏切り者じゃない。


 キヒュームはバレないよう小さく息を吐く。最後の思いは、ほとんど祈りのようなものだった。


 キヒュームたちは手分けしてクルダマオ族の痕跡を探す。しかし、この大広間には違和感もなければ、争った解析もない。それだけではなく、人がいたような気配すら感じられないのだ。


「ここには何もなさそうだな」


 キヒュームが言った。他の面々も頷く。


「違う場所も見てみようか」


 と、キヒュームが提案したとき、不意に違和感を覚えた。


 玉座の宝石の色が、変わっている。


「どうしたんです?」


 キヒュームの隣へときたアイレーンが首を傾げる。


「いや……。あの玉座の宝石、色が変わってないか?」


 全員の視線が宝石に注がれた。黄色だった宝石が紫色へと変化している。光で色が変わる宝石があるということは、勉強が苦手なキヒュームも聞いたことがある。けれど、玉座の宝石の変化は、そういう変化の仕方ではない。うまく言葉にできないのだが、強い強い魔力的な何かを感じるのだ。魔力を感じることができない人間族のキヒュームが感じることができるほど強い魔力を……。


「これは……。相当ヤバいね。なんで今までアタシは気づかなかったんだろう」


「本当だね。すごく禍々しい感じがするよ」


「わたくし、あまりの忌まわしき魔力にめまいがしてきました……」


 四人が同時に宝石を見る。


 その瞬間、奇妙なことが起きた。紫色の宝石がギョロリと目玉のように動き、目が合ったような気がしたのだ。


 世界が揺れる。揺れて、世界が混じり合う。キヒュームたちの世界がパレット上にあって、筆で無理やりかき乱されているかのように、世界が絡まり合っていく。レッドカーペットが大理石の白に触れピンクに変わり、さらにそこから観葉植物に触れて緑が汚らしい茶色に変わる。触れた色と色が永遠に混じり合う。世界の境界は次第に曖昧になって、キヒュームも世界に混ざり始めた。


 快も不快もここにはない。ただ世界が混沌として、キヒュームは呆然とそれを受け入れることしかできなかった。


 世界は平面になっていた。ぐちゃぐちゃに歪んだ世界の中で、どの色とも交わらない紫色に煌めく宝石が、ひたっとこちらを見つめていた。


 目が合った瞬間、世界の揺れが止まった。


 ぐちゃぐちゃな世界が動きを止めて、色を失う。白黒になった世界がドクンドクンと脈打ち始め、時間が巻き戻るように混ざったものが逆流していく。


 いつしか、辺りのすべてが三次元になっていった。


 天と地の全てが、巻き戻る。


 混ざってしまったカーペット、観葉植物、無言の騎士像、鳥の石像、そして、最後に玉座が混じり合った世界から解放され、再構築した世界で呼吸し始める。


 最後にもう一度世界が揺れた。


「うわっ」


 叫んだ途端、体が宙を浮き、そして、地面に叩きつけられた。


「いってぇ……」


 打った腰をさすりながら、立ち上がる。目の前に広がっている光景に、息を呑んだ。


 世界が灰色だったのだ。


 正確に言えば、一度色を失った世界は色を取り戻してはいた。けれど、先ほど見ていた景色と明らかに違う。


 剣の傷と煤で汚れたレッドカーペット、重なるように倒れている矢の刺さった甲冑、裂かれるように崩れ落ちた天井と鳥の石像、片腕の折れた玉座、ありとあらゆるものが朽ち、崩壊の匂いが漂っていた。


 謁見の間は見るも無惨なほど荒れ果ていたのである。


 恐怖と不安が、波のようにキヒュームの全身を揺さぶった。


 これは一体なんなんだ。何が起こってるんだ。


 慌てて仲間たちを見た。ドリュウルも、アイレーンも、戸惑ったように立ち尽くしている。


「キヒューム……これってさ……」


 キヒュームの視線に気がついたのか、ドリュウルがゆっくりとこちらを見た。その表情で狼狽しているのが、よくわかる。


「ラクビースさんは、どこにいったのです?」


 不意に、アイレーンが言った。戸惑い、怯えているような言い方だった。キヒュームははっと顔をあげ、縋るような目でラクビースの姿を探す。


 いない。どこにも。ラクビースが、いない。


 城に来る前に考えていたことが、頭の中で息を吹き返す。ある四文字が頭を支配する。


 ——裏切り者。


 そのときだった。ギギギギッという不快な音が謁見の間を揺らす。それが閉ざされていた城門が開く音だと気づいたときには、扉は全開になっていた。


 逆光の中、黒い影が二つ、カツカツカツという足音を立てながら近づいてくる。姿を見る前からそのうちの一人が誰であるかわかってしまった。


 ラクビースだ。


 目鼻もぼんやりとしか見えない薄闇の中だったけれど、小さな体に可愛らしいリスの耳、ふわりと弧を描いた丸い尻尾がよく見えた。


「ラクビース、どうして……」


 キヒュームの口からこぼれたのは、切なく懇願する声だった。目の前の光景が信じられない。ラクビースの隣に立つ大男がフッと鼻を鳴らした。


「ラクビースの苦しみに気づかなかったお前らの責任だな」


 低く唸るような男の声。キヒュームはこの声を聞いたことがある。地の底から響くような魂を凍させる冷たい声に、始まりの日が思い起こされた。


 セピア色の回想の中で、夕暮れ時よりも黒っぽい赤を思い出す。あの日、キヒュームが旅立つきっかけとなった闇オークションの夜、キヒュームに語りかけてきた声をはっきりと思い出す。


 ——我の名は、シェイコン。クルダマオ族の皇帝だ。


「シェイコン……」


「おぉ、キヒュームよ、我の名を覚えていたか。その通りだ。我が名はシェイコン。クルダマオ族とその仲間たちを統治する者である」


 シェイコンが紫色のマントを見せつけるように翻しながら、歩く。キヒュームたちとの距離が着々と縮まっていく。キヒュームは腰にある拳銃に手をかけた。


「戦う気、満々ということか。しかし、残念だ。我にその意思はない」


 シェイコンとラクビースは顔が識別できるくらいに近くに来た。シェイコンはラクビースの三倍近くはあるだろうか。近くに来るたびに、威圧感が増していく。拳銃を抜く。悪の根源であるシェイコンを殺すためだ。大的に照準を合わせ、引き金を引く。が、それは叶わなかった。いきなりガクンッと腕の力が抜けてしまったのだ。


「どう、して……」


 シェイコンとラクビースはほとんど目の前に来ていた。シェアコンは嘲笑うようにキヒュームを見る。その目は見る者全てを圧倒し、屈服させるような迫力があった。


「戦う意思はないと、言っているだろう」


 低く地鳴りするような声でキヒュームを制する。


「さぁ、ついて来い。クルダマオ族の帝国へ、案内する」


「誰がついていくか!」


 ドリュウルが反旗を翻す。シェイコンに殴りかかろうと飛びこんでいる最中だった。


「ふむ。噂で聞く通り、威勢のいいドラガンシア族であるな」


 シェイコンの指先が空をひと撫でした。その瞬間、ドンっという低い音が響く。目には見えない衝撃波がドリュウルの体にぶつかり、抵抗する間もなくドリュウルを弾き飛ばしたのである。


「あ、……ぐっ」


 横壁に打ち付けられたドリュウルが短いうめき声を漏らす。


「ついてこい。お前たちに選択権はない」


 再びシェイコンが人差し指を空中に滑るように動かした。すると、ドリュウルが操り人形のように膝からカクンッと立ち上がった。


 その動きを見ていたら急に、キヒュームの身体も羽がついたように軽くなった。それはまるで自分の体に糸が括り付けられ、天井に吊らされているかのような不思議な感覚だった。


 キヒュームの足が、手が、顔が、意思とは関係なしに、勝手に動く。兵士のように無駄のない、規則正しい歩みで玉座に向かっている。見えない糸を誰かが握り、ドリュウルと同様、マリオネットのようになったキヒュームの体を強引に動かしている。


 キヒュームたちは五人並んで、ボロボロのカーペットを踏みしめながら、玉座に向かって一直線に歩く。


「さっきまで見てた世界は、シェイコン様が魔力で作り出した幻のブランダミグマだったんだよ」


 ラクビースが玉座を見つめたまま言った。


「本当のブランダミグマの街は、侵略され、荒廃したこの姿なんだよ。だけどね、シェイコン様は素晴らしく偉大なお方だから、君たちの人生の最後に美しかったブランダミグマの街を見せてあげようって、配慮をしてくれたのさ」


 ラクビースは抑揚のない声を発してから、再び口を閉ざした。


 キヒュームは顔を顰め、奥歯を噛み締める。


 どうしてだよ。


 痛みで胸がチクチクする。


 仲間だと、思ってたのに。


 悔しさが喉元を抉る。


 最初から俺たちをはめるために近づいたのかよ。


 涙が溢れそうだった。それをグッと堪える。


 本当は今すぐにでもラクビースの胸ぐらを掴み、問いただしたい。けれど、体が合うことを聞かない。おそらくシェイコンの魔術にキヒュームたちは囚われているのだろう。


 銃で打たれたような痛みが胸を貫く。痛くて痛くてたまらない。


 ラクビースという男は皮肉屋で、明るくて、可愛いものが好きで、優しくて、頭が良くて、真っ直ぐだったはずだ。……はずなんだ。


 あの時の優しさも、あの時の強さも、あの時の苦しそうな表情も、全部嘘だったのか。


 何が本当で、何が嘘かわからない。


 気持ちが悪い。胃がムカムカする。


 そんなキヒュームの気持ちも無視して、足は歩み続ける。痛みで心までも支配されそうになった時、キヒュームたちは玉座の前に辿り着いた。


「見るが良い、【勇者様】よ。我らクルダマオ族が何百年と生きてきた地下帝国の姿を」


 シェイコンが玉座の宝石をグッと押し込んだ。


 ゴゴゴ……という重低音が響く。玉座がゆっくりと後退した。


 これは……。地下階段か?


 目の前で起こっていることに動揺する。まさか、城に秘密の階段があっただなんて。動転する。この下に一体何があるか見当もつかない。ふと、シェイコンの言葉を思い出す。


 ——我らクルダマオ族が何百年と生きてきた地下帝国の姿を。


 息を飲み、露わになった階段を見つめた。


 まさか。まさかと思うが、ブランダミグマの街に地下帝国があるのか?


 シェイコンに連れられ、階段を降りる。灰色で無機質な地下通路は寒々としていた。


 階段を降り切ると、分厚い鋼鉄製の扉がキヒュームたちを迎え入れる。最新鋭の技術で作られているのか、つなぎめのない滑らかな扉だった。シェイコンは人差し指で空を切った。重そうな扉が音を立てずに開く。


「さぁ、よく見るがいい。我々が過ごしてきた光入らぬ帝国を」


 扉の外へと無理矢理放り込まれる。キヒュームの体がよろめいた。突然、体が重くなる。キヒュームの体を操っていた透明な魔法の糸が切れたようだった。


 よろめく体を支えたのは、少し錆びた茶色い鉄の落下防止柵だった。鉄柵をつかみ、キヒュームは体勢を整える。


 眼下の街は眩い光に満ちていた。無数の金属が反射し、光っているのだ。金属から発せられる人工的な光はどこか冷たく感じる。化学薬品の匂いと油と鉄の匂いが鼻を刺激した。空気も重い。


 目が慣れるにつれ、そこに広がっているのが機械構造物の集合だと気がついた。そこにある家々は、無数の歯車とパイプが複雑に絡み合い、蒸気を噴き上げ、まるで工場地帯のレールのように稼働している。微かな振動と共に、帝国を取り囲んでいるであろう、岩と金属が混じり合った壁が揺れた。


 その揺れと同時に、キヒュームの目の前をひらひらと白い雪のような何かが落ちてくる。手のひら広げた。それは灰だった。白く鈍い灰が頭上から舞い落ちてきたのだ。


「ここは……」


「クルダマオ族の強制労働施設だよ」


 キヒュームの呟きに答えたのは、ラクビースだった。


「人間族はこの地下労働施設でクルダマオ族を奴隷として働かせていたんだ」


 ラクビースは小さくため息をついた。


 クルダマオ族を労働力として使っていることは、キヒュームも知っていた。


「だけど、まさか……こんな場所があるなんて」


「びっくりでしょ。僕も初めてここの存在を知った時はびっくりしたよ。驚いて、人間族もケモタリア族と変わらないくらい残酷なことをするなと思ったもんだよ」


「残酷? 確かに、そうかもしれない。だけど、ここのクルダマオ族の連中はブランダミグマの労働基準法に則り、働いているはずだ。それに加えて、二食の食事もしっかりあると聞いた。肉体的苦痛はあっても精神的苦痛はないだろう」


 自虐気味に笑うラクビースにキヒュームは語尾を強めて反論する。


「それが真実だと、本当に思うかね」


 ラクビースの代わりに答えたのはシェイコンだった。キヒュームは黙る。答えられなかった。だって、キヒュームには真実かどうかがわからなかったから。キヒュームの知識は、すべて直接目にしたものではない。学校の社会科の授業で習ったことなのだ。そして、キヒュームはこの旅を通じて、学校で教えられることが真実だとは限らないことを、知ってしまった。


「自身の目で確かめるが良い、少年少女よ。我らはこの先にある見張り台の上で待つ。その時に、お主らの【正義】を聞こうではないか」


「また会おうね。キヒュームくん、ドリュウルさん、アイレーンさん」


 シェイコンは紫色のマントを翻し、ラクビースと共に目の前から消えた。この旅の中で何度も何度も目にした出現魔法だ。


 シェイコンが消えると、辺りが静かになった。グォングォンと機械の動く音と、カチャッ、カチャッという時計の秒針のような音を聞きながら、キヒュームは目を上げて機械の地下街に聳え立つ見張り台の塔を見つめた。



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