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第5章 星降るフルリンケ(6)



 最後の段を踏みしめる。部屋に着いた瞬間、目に入ったのは、床一面に広がるステンドグラス(床がステンドグラスで出来ていたのだ)と、この場にそぐわない無機質で工業的な機械だった。聖なる自然と、宝石のようなステンドグラスと、配線だらけの無機質な機械。不自然だった。歪だった。機械は培養カプセルとでも言えばよいのだろうか。透明な筒は三メートルほどの高さがあり、真ん中からひび割れ、ガラスが粉々に砕け散っている。ボロボロの機械には小さな野鳥たちが横に並んで止まっていた。ピィピィと不自然なほど可愛らしい声を奏でている。


「なんで、こんなところに鳥が……」


 キヒュームは唾を飲み込み、部屋全体に視線を走らせた。右端で何かが動く。


「わたしの鳥なの」


 小鳥のような柔らかくて可愛らしい声が部屋に響く。


「ぼくの鳥でもある」


 今度は小鳥の羽ばたきのように弾む声が響いた。


 声のする方を見る。そこにはケモタリア族の男の子と女の子がニコニコ笑いながら立っていた。二人は双子なのだろうか。顔も背格好も、全てがそっくりだ。背中には真っ白な羽が生えている。二人は鳥のケモタリア族のようだった。


「貴方たちは、何しにきたの?」


「そこのケモタリアのオジさんは異端者に見えるけど、もしかして、今回の星杯の犠牲なのかな」


「オジっ……! ま、まぁ、たしかに君たちからしたら僕はオジさんか……。そうか、そうだよね」


 少年の言葉にラクビースの顔が曇る。


「……残念だけど、僕は今回の犠牲じゃないよ。星の子ウィズはどこかな。僕はウィズと話に来たんだ。ウィズがどこにいるか、教えてくれるかい?」


「ウィズに?」


「ウィズかぁ……」


「うん。いいよ」


「そうだね。いいよ」


 少年少女は驚くほどあっさりと肯った。


「いいけど、びっくりした顔しないでね?」


「失礼なことしないでね?」


「ウィズはずっとあのカゴの中にいたの」


「カゴの中にいたから、ボロボロなんだ」


「だから、絶対、笑わないで」


「だから、絶対、馬鹿にしないで」


 餌をねだってピーチク鳴くヒナのようなせわしなさで、キヒュームたちを捲し立てる。双子が喋る順番は決まって、女の子から男の子という順番だった。


「わかった?」


「わかってるの?」


「うん。わかったよ」


 ラクビースが誰よりも先に頷いた。すると、双子は満足そうに笑顔を浮かべ、クルンッとバレリーナのようにその場で数度回り、消えてしまった。クルダマオ族の【出現魔法】に似ている。おそらく、クルダマオ族発明の魔具の力だろう。


「多分、あの子達もはぐれ者として星杯の犠牲になった子達だろうね」


「あんな小さな子たちも、気味の悪い飲み物を飲ませられてしまうのかい?」


 ドリュウルが眉を顰める。不快に感じたのだろう。もしかしたら、生贄を捧げていた自分の街の歪さを思い出しているのかもしれない。


「最近は聖杯の犠牲になるのが嫌で、僕みたいに町を出ていく人たちばかりなんだ。ただでさえ変わり者だから、この町を切り捨てるくらい簡単なんだよね。……でも、そのせいで、経済的にも心理的にも逃げ出せない子供たちが犠牲になっているのかもしれない。何を基準に【騎士】に反するとしているのかはわからないけど、異端の芽は早めに摘もうっていう思惑もあるのかもしれないね」


 キヒュームは言葉に窮した。やっぱりここにも理不尽があった。やっぱりここにも不協和があった。グッと息が詰まる。


「お待たせいたしました。まさか、まさか、【犠牲者】がお越しになろうとは、夢にも思わなかったものでして……。すぐに参ります。どうぞ、今しばらくお待ちください」


 突然、天井から硝子越しに響くような厚みのある落ち着いた男性の声が降ってきた。聞こえて間も無く、培養カプセルの真ん前の地面の上で、小さな小さな高さ五センチほどの竜巻が起こる。埃も木の葉が円を描くように舞う。その竜巻の中心から、人が出てきた。クルダマオ族の男だ。


 けれど、キヒュームはそれがクルダマオ族だと確信を持つことができなかった。目の前の男の灰白い顔はつぎはぎだらけで、フランケンシュタインを思い起こすような姿だったからだ。


 どこを見ていいのか戸惑い、キヒュームは目を伏せてしまった。


  「お待たせいたしました。まさか、フルリンケで見られる最後の新月だというのに、あの者たちはまた【犠牲者】をお送りになったのですか。……全く、言葉にもなりませんね」


 丁寧さのなかに皮肉が混じり込んでいる。敵意はまったく感じない。キヒュームはそっと視線を上げた。やはり、顔はつぎはぎだらけだ。さまざまな皮膚を繋ぎ止めるように、太い糸が顔中に走っている。額から頬、頬から耳へと、場所によって皮膚の色も質感もまるで違う。チグハグな皮膚を無理やりいくつも貼り付けているようだ。額から左頬にかけての皮はクマのような肌で、右頬に貼られたものは、真っ白な人間族の肌に見えた。それに加えて、彼が身につけているお葬式で着るような真っ黒で真新しい礼服が、さらにその歪さを際立たせている。


「ははっ。おぞましい顔でしょう? 顔だけではございませんよ。服で隠れてしまっていますが、身体もまた様々な皮膚を縫い合わせられているのです。もしハッコオイ族の回復魔法でもあれば、ワタクシの肌ももう少し美しく保てたのかもしれませんが……。フルリンケの住人たちが、そこまでしてくださるとは、到底思えませんからね」


 キヒュームたちの視線の意味に気がついているのだろう。男は落ち着いた口調で言った。


 慎みに欠けた視線ではあった。好奇の嫌な目だっただろうと思う。けれど、やはり【普通】と異なっていると変な目で見てしまう。どういう反応をしていいのかわからなくなってしまうのだ。


「今回の犠牲者は、リス様でいらっしゃいますか。……それは、大変ご愁傷様でございます。しかし、ご安心を。星杯は二度と行われません。なぜなら、ここには遺灰となるクルダマオ族も、催眠魔術をかける【星の子ウィズ】も、存在いたしませんから!」


 男が左手をラクビースに差し出した。けれど、ラクビースは被りを振って拒む。


「ごめんなさい。僕は今回の【犠牲者】ではないんです。僕たちは貴方に会いに来たんだ」


「……ワタクシに?」


「ユジュルヒ!」


「ユジュ!」


 男の前に二つの小さな竜巻が舞い、その上に先ほどの双子が現れた。


 男が左手を引っ込め、双子をしげしげと見る。


「ラスツァーにロスツィー……? なぜ、ついてきたのですか?」


「ユジュルヒが私たちのお話を聞かないからでしょう?」


「話を聞いてくれないから、追っかけてきたんだよ!」


 ユジュルヒと呼ばれたつぎはぎだらけの男が瞬きをする。


「それは、誠に申し訳ございません。この後に及んで【犠牲者】がお見えになったと伺いまして……お待たせしてはいけないと、ついつい焦ってしまいました」


「ユジュルヒはせっかちなんだから」


「本当ユジュはせっかち!」


 ふむ、とユジュルヒは顎に手を添え、キヒュームたちの姿を順繰りに、足先から頭までマジマジと見つめる。無遠慮に探るような視線なのに、妙に品のある動きだった。


「あの、君が、星の子ウィズ……?」


 視線に耐えられなくなったのか、ラクビースが言う。ユジュルヒは一瞬、不快な顔をした。が、すぐに落ち着きを払った大人の顔に戻る。


「かつては、そう呼ばれておりましたね。ですが、ウィズは本当の名ではございません。ワタクシの真の名は、【ユジュルヒ】。どうぞ、ご遠慮なくユジュルヒとお呼びくださいませ」


 畏まりながら、小さくお辞儀をする。嫌味のないスムーズな動きだった。


「それで、ワタクシにお話とは?」


「では、ユジュルヒ、単刀直入に言うよ。この町の砂漠化をやめてくれないかい?」


「なんと」


 ユジュルヒが驚いたように口元を抑える。双子もまた、驚いたように顔を見合わせた。


「失礼を承知で申し上げますが、貴方様も、【こちら側】の方でいらっしゃいますよね? それにもかかわらず、この町をお守りになろうとは……」


「……まぁ、僕としてはこんな町、滅びてもいいと思ってるよ。だけど、君たちはこの町を拠点として、シァオイリの地全体をめちゃくちゃにしようとしてるだろう? それだけは阻止しなくちゃいけないんだ」


「それはそれは……なんともご立派な、実に【騎士】らしいお言葉ですね」


「はは。皮肉にも、そうだね」


「……どうしてそこまでして、この国をお守りになりたいなどと、お考えなのでしょうか」


 ユジュルヒが胸元に手を置き、眉をわずかに上げる。


「どうしてって……。そうだなぁ。僕はフルリンケでは外れ者だったし、ブランダミグマでもそれなりに好奇な目で見られてきた。それでも、僕が生きてこれたのは、この国の制度、この国の体制、この国の支援があったからだ。だから、この国がなくなって、クルダマオ族が支配する野蛮な国になってもらったら困るんだよ」


 ラクビースがグッと体を伸ばし、一歩前へ踏み出る。小さな体でも力強い動きだった。


「なるほど……。クルダマオ族の統治する国は野蛮であると、そうおっしゃいたいのですね。……ですが、本当にクルダマオ族の治める国家が今以上に野蛮だと、そう断じられますか?」


 ふらりと、ユジュルヒが揺れた。ボロボロの培養カプセルが顕になる。


「ワタクシは長らくこの培養カプセルの中で飼い慣らされておりました。なぜなら、ワタクシだけが、同時に多くの者たちを洗脳するほどの力を持っていたからにございます。魔力を酷使した結果、皮膚は見るも無残に……ドロドロに溶け落ちてしまいました。それでも尚、ワタクシは道具の如く使役され続けたのです。……見てください。このパッチワークのような肌を。ワタクシは最低限の治療しか許されなかったのです。なぜなら、ワタクシが悪しきクルダマオ族であり、敗戦した者であり、道具として使って良いと国で定められているからに他なりません」


 誰もが黙る。明るい鳥の声だけが不自然に響いていた。誰も何も言わずに、ユジュルヒの言葉を待つ。



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