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第5章 星降るフルリンケ(5)




「すごい……」


 キヒュームが見たのは、柔らかな光と、塔のように高く伸びる金色の螺旋階段だった。


 静寂とフェアリーランプが聖樹の内側を照らす。階段の縁には蔦が絡まりついている。光苔も生えているのだろうか、ランプの淡い光を受けて薄緑色の光を放っていた。


 キヒュームたちは四人バラバラに聖樹内を見回っていた。キヒュームはそっと、内側の木の壁を撫でる。


「図書館、みたいだな」


 誰かが頷く気配がした。


 木の壁すべての面が棚のように細工されており、その棚全てに本が敷き詰められていたのだ。どのくらいの年月、ここに置かれているのだろうか。ほとんどのものは埃を被り、背表紙も擦れて読めなくなっていた。


「クルダマオ族に知識をつけさせるために、この聖樹はあるんだよ」


「……は?」


 キヒュームは驚いて、ラクビースを見た。ラクビースは目の前で本を一冊手に取り、ゆっくりと開く。


「クルダマオ族は知識が増えれば増えるほど、力が増すからね。だから、知識をつけさせるんだ」


「そんなことは誰でも知ってるよ。どうして、ケモタリア族がクルダマオ族の知識をつける手伝いをしてるんだい? そういえば、星杯は暴虐非道だとかなんとか言ってたね。……もしかして、ケモタリア族はクルダマオ族の味方をしてるのかい?」


「まさか、そんなことするわけないだろう」


 ドリュウルの言葉にラクビースがプッとわざとらしく吹き出した。


「彼らが知識をつけて、強くなってくれた方が、星杯の効果が増すからさ」


「だから、クルダマオ族の強さと星杯に一体何の関係があるって言うんだい」


 イライラする口調でドリュウルが言った。ラクビースは身じろぐ様子もなく、答える。


「星杯の原材料はバタフライピーとクルダマオ族の遺灰だよ」


「えっ、遺灰?」


 三人が息を飲み込んだ。


「そう。星杯の儀式は、新月の夜、バタフライピーとクルダマオ族の遺灰の入った飲み物を、【落ちぶれた】騎士が飲むというものなんだ」


 口内が乾いていくのを感じた。息が詰まり、胸を数度叩く。


「……時間がない。階段を上がりながら、説明するよ。さぁ、行こう」


 ラクビースが本をぱたんと閉じると、気怠そうにそのまま手を離した。パサッという音と共に、煌めく砂埃が舞う。


 ラクビースは螺旋階段に手をかけることなく、上がっていく。残った三人は顔を見合わせ、ラクビースについて階段を登り始めた。


「きゃっ!」


 少し歩いてすぐに、アイレーンが身をよじって、叫んだ。


「魔物が……魔物が……!」


 アイレーンが背を向けている方を見る。コウモリの姿をした魔物が現れたのだ。


 そうしてまたいつものように戦闘が、始まった。


 *


「星杯はシァオイリの地の安穏を願う宗教的儀式という形をとっているけど、実は違う。ケモタリア族強化のために行われている儀式なんだ」


 螺旋階段をぴったり一巡するたびに、ラクビースが説明をする。もちろん、螺旋階段を上がっている最中は、魔物とも出会した。


「ケモタリア族は彼らのも思う【騎士】を大切にしている。その【騎士】像から外れたものは排除の対象となる」


 ラクビースは一人でに語り続ける。


 この状況、どこかで見たことあるような。


「そういえば、クルダマオ族の遺灰って、魔力が強ければ強いほど、キラキラ輝くのを君たちは知っているかい? ケモタリア族はそのことにいつ頃、気がついたんだろうね。少なくとも世界大戦より前だと思うんだ。なぜなら星杯は戦争が始まる百年以上前から行われていたからね」


 階段上での戦闘が終わり、いつものように額の汗を服の袖で拭う。


「そしてそのキラキラ光る遺灰は、それを口にした者の力を強化するとケモタリア族の者たちに信じられている。……こういうところはちょっと宗教っぽいね」


 あぁ、一緒だ。


 自嘲気味に笑うラクビースを見て、気がついた。


 砂漠を通り、フルリンケの町へ案内している時のツィーヴルと一緒なのだ。戦闘後に話しかけるツィーヴルと、螺旋階段を一巡する毎に話しかけるラクビースは、話しかけてくるタイミングこそ違うけれど、やっていることは何一つ同じように思える。


「星杯を飲む者は、排除されたケモタリア族だ。クルダマオ族の遺灰を飲むなんてこと、誰もしたがらないんだよね。だから、不要と判断されたケモタリア族の奴に飲ませるんだ。言うなれば、【騎士】から外れた者に対する一種の刑罰なんだと思うよ」


 苦しそうに顔を歪めて話すラクビースにはツィーヴルと同じことをしているなんてこと、口が裂けても言えなかった。彼はキヒュームたちを気にする様子もなく、一回りするたびに話し続ける。


「もちろん、誰もが皆、星杯を拒む。しかも、【騎士】から外れた奴らだからね。まともじゃないやつばかりなんだ。だから、誰も町長の命令なんて聞きゃしない。だけど、簡単な解決策がある。それは、服従魔法をかけることだよ。【星の子ウィズ】。そう呼ばれているクルダマオ族の奴に服従魔法をかけさせるのさ」


 黄色い光を自ら放つ虫、どこまでも天に伸びる螺旋階段と壁一面の本をぼんやりと見つめる。幻想的な景色を見ているわけではない。ラクビースの話を聞いていないわけではない。意識がそこに向いていないというだけだ。


 どうしてだろう。頭にモヤがかかったようになって、思考がうまくできない。


 違和感がある。不自然さがある。だけどそれが何かわからない。気持ちが悪い。胸も胃もムカムカする。


「遺灰にされるクルダマオ族とは違って、ウィズだけは、長い間生き続けている。彼が何人ものケモタリア族に服従魔法をかけているからね。彼だけは、特別なんだ。もちろん、彼にも寿命があるから何度か代替わりはしてるみたいだけど」


 淡々と語る。できる限り、ラクビースの言葉に耳を傾けた。それでも感情移入をすることができない。非道なことが行われているのは理解しているのに、どこか遠い国の物語を聞いているみたいだ。


「そうして、ケモタリア族は最強の戦士を毎年何人も作り出しているんだ。僕は……星杯の餌食になるのが嫌でこの町から逃げ出したんだ。だから、僕はブランダミグマに居住地を移したのさ」


 ラクビースは喋り続ける。辺りを照らす光が強くなってきた。それが人工的な光だと本能ではわかるのに、どこか夕暮れ時の地平線ににじむに光のような優しいぬくもりがあった。


「さぁ、そろそろ星杯の儀式を行っていた部屋に着くよ。多分、敵はそこにいる。注意して進もう」


 キヒュームたちは頷く。階段を登る。一回りした。けれど、ラクビースはもう言葉を発さなかった。


 ふと、天を見上げる。天井が見えた。ドーム状でガラス張りの天井だった。そこから紺色の空にこぼれ落ちそうなほどの星々が煌めき、瞬いているのが見える。


 視線をほんの少し落とした。螺旋階段の終わりが見える。階段の先に、部屋があるのだろう。足元の勾配が平らに変わっている。


 キヒュームたちはそこに向かって歩き続けた。少しずつ、部屋の輪郭がくっきりとしてくる。その間ももちろん、魔物に襲われ続けた。



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