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第5章 星降るフルリンケ(4)



「本当は美味しい食事時に暗い話などしたくないのですがね、時間がないもので……」


「時間がない?」


 思わず尋ねてしまった。ツィーヴルは話の腰を折ったことに対して気分を害した様子もなく、「はい」と頷く。彼は決して、柔和な口調を崩さない。先ほど、ラクビースにとった態度が幻覚だったようだ。


「今宵は星杯の日ですので」


「星杯? アンタがさっき言ってた宗教的儀式のことかい?」


「ドラガンシア族の娘様の言う通りでございます。新月の夜。月が隠れ、星が降るほどに美しく見える夜に星杯は行われるんですな。星杯担当者は夜空の星に見立てたバタフライピーを飲み、そして星々に祈るのです。シァオイリの地に繁栄と平和をいつまでも……と」


「その儀式が今夜行われるというのですね。……その星杯とわたくしたちは、一体なんの関係があるのですか?」


「そうそこなのですよ。私が説明したかったことは!」


 尋ねたアイレーンの体がびくりと跳ねる。ツィーヴルの言葉に勢いが増したからだ。他のケモタリアの者たちは頷きながら、黙って聞き続けている。


「勇者様方はこの町の周辺が砂漠になったにもかかわらず、どうしてこの町だけ砂漠になっていないと思いますかな? 魔力で守られている? いいえ。クルダマオ族が温情をかけてくれた? いいえ。クルダマオ族が力を増すためにこの町が必要だった? いいえ」


 ツィーヴル一人で話を展開させていく。キヒュームらは黙って聴き続けた。


「悪しきクルダマオ族はわざとこの町を残しておいたのです。次の星杯のときにこの町を砂漠にするために! まさにあの陰険なクルダマオ族がやりそうなことですな。私たちケモタリア族がどれほど星杯を大事にしていて、どれほどこの町を愛しているのかがわかった上で、星杯の日にこの町を滅ぼそうとしているのです。嫌味な奴らですよ、本当に」


 そこでツィーヴルは短い息を吐いた。切なくも感じる吐息だった。


「よく言うよ」


 低く鋭いその声は、切なげに揺れていた空気を刃のように断ち切った。情けも共感もないような冷酷で場の空気が凍るような声を出したのは、ラクビースだった。


「僕はわかるよ。クルダマオ族が星杯の日を最悪な日にしてやろうって言う気持ちがね」


 痛いほど恨みが籠った声に、キヒュームは思わずラクビースを見る。目は悔恨で濁流のように濁っている。ピリッとした空気に喉がひりつくような渇きを覚える。


 どうしたんだよ、ラクビース。


 心の中で尋てみる。いつものお調子者の感じも、明るく誰かを一喝するような雰囲気も、口達者で皮肉屋な様子も微塵も感じさせない。そこにいるのは同族を激しく恨むただ一人の男だった。


 あっ。似ている。


 憎しみで燃えているラクビースを前に、一瞬、息が詰まる。


 その目が、その口調が、その雰囲気が、似ている。


 クルダマオ族を救世主だと信じていたドラガンシア族のピーオンに、クルダマオ族と共謀していたハーフ族のクティルゥに、あまりに似ている。


 胸の奥がざわついた。


 ——僕は見ての通りはぐれものでしょ?


 ——僕は自分に似合う格好が至高だと思ってる。


 ——ま、そんなこんなで僕はこういった格好をしている。頭がおかしくなっているとか、変態的な趣味を持っているとか、犯罪者とかではないから、安心して。


 ラクビースが出会った時に言っていたセピア色の場面を思い出す。彼は一体、どれほどのことを経て、あの言葉を吐き出したのだろう。あの言葉たちはすべて、彼自身を守るための鎧のようなものだったじゃないか。他者から投げつけられる数多くの酷い言葉よりも先に、自分を貶める言葉を言うことによって自己を防衛するような、そんな言葉だったじゃないか。


 それに加えて、先ほどのツィーヴルとラクビースの剣呑な空気……。


 なんで、俺は今まで気がつかなかったんだろう。


 ラクビースはピーオンやクティルゥと同じ苦しみを味わったことがあるのだ。


 だから、燃えている。怒りと憎しみと嫌悪の炎を胸の内に宿し、それを今、表へ出して昇華している。


「星杯はシァオイリという国に認められている。そりゃそうだろうね。君たちは星杯の暴虐非道な点について、意図的に隠しているんだから。最低最悪な部分を隠していたら、そりゃ星杯は認められるだろうね。それも美しく神聖なものとして」


 ラクビースが立ち上がる。二つ隣にいる少年はもう憎しみに揺れていなかった。いや、もしかしたら大人な彼は、負の思いを心の奥底に仕舞い直しただけかもしれない。


「僕は、自分と違う意見の人を力で支配しようとするような君たちとは違うからさ、クルダマオ族はちゃんと倒すし、星杯の秘密も守ってあげるよ。だからさ、僕たちにもう関わらないでくれるかな。……あ、キヒュームくんたちへの説明がちゃんとできるか心配してるの? それなら大丈夫だよ。僕は一応この町出身だし……、今までの冒険の経験からこの町にどんなことが起こってるかってことぐらい、想像できるよ。さぁ、行こう、みんな。星杯はもうすぐだ。ご飯を食べてる時間も惜しい」


「あ、おい! ラクビース!」


 彼は堂々と真ん中を通って歩く。本物の勇者のように、本物の英雄のように、彼は堂々と気後れすることもなく、自身の服を見せつけるランウェイのように、歩いた。


 キヒュームも、ドリュウルも、アイレーンも、食べかけていたご飯を置き去りに、彼の後に続く。


「あ、あの! 素晴らしい前菜、ごちそうさまでした! 本当に美味しかったです!」


 最後尾にいたアイレーンが、くるりと振り向き、頭を下げているのが玄関外の木の板広間から見えた。バタンッという音が静寂な町に響き渡る。


「ラクビース」


「……はい」


 ドリュウルが責めるように名前を呼ぶ。ラクビースは俯き、申し訳なさそうに返事をした。


「アンタがこの町にどんな因縁があるか知らないけどね、アタシらの意見も聞かずに飛び出すのはどうかと思わないかい?」


「それは……その通りです」


「ご飯も残して勿体無いじゃないか。そうは思わないかい?」


「そう、思います」


「まぁまぁ、二人とも」


 キヒュームが喧嘩腰の二人に割って入る。


「こんなところで立ち話もなんだし、歩きながら話そうじゃないか。ラクビース、クルダマオ族がどこにいるのか、見当はついてるのか?」


「おそらく、星杯の儀式をする聖樹にいると思う」


「聖樹?」


「うん。あそこに生えているでっかい木、あるでしょう?」


 ラクビースが足場の悪い木の板の道を歩きながら、スッと町の中心を指さす。ツリーハウスが並ぶ木々の隙間から、巨大な広葉樹が聳え立っているのが見えた。その枝も、その幹も、例に漏れずフェアリーランプが巻き付けてある。けれど、その木の放つ煌めきは特別だった。チカチカピカピカ、異様に煌めき立っているのだ。


「あれが、聖樹……」


 キヒュームは巨木を見つめたまま、僅かに息を継いだ。


「そう。まさに聖樹って見た目でしょ? あの場所まで行くのはちょっとめんどくさいんだよね。ツリーハウスを登って降りて登って降りて……ってしないといけないからさ。まっすぐあの木を目指して歩くと、どう頑張っても辿りつかない仕組みになってるんだ。わざと迷路にして旅人を迷わせるっていう魂胆があるらしい。傍迷惑な話だよね」


 それから、ラクビースは口を閉ざした。これ以上、話すことはないらしい。キヒュームもクラリとして、意識が遠くなる。そして、いつもの如く意識が戻ったのは、目的地、つまり、聖樹の前に着いた時だった。


 ツリーハウスから垂れ下がる梯子を降り立ったその瞬間、視界がぱっと開けた。広がる空間の中央には、まるで偉大な石像のように一本の巨木が堂々と聳え立っている。その圧倒的な存在感にキヒュームは思わず足を止め、巨木を見上げた。


 どこまでも天高く伸びている崇高な幹に、どっしりとこの地に足を下ろしている威厳のある根。ラクビースの言った通り、まさに聖樹という名に相応しい木であった。葉先まで飾られているフェアリーランプのせいか、風が吹くたびに光が揺らめき、光の粒たちが踊っているかのようだった。葉の擦れるさやさやという音が、耳に心地よい。


「圧巻でしょ」


 ラクビースが自慢げに言った。横目でラクビースの顔を確認する。先程までの尖りは消え、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「あの絡み合ってる太い根、見える? あそこに人一人が入れるくらいの隙間があるでしょ。あれが聖樹の入り口なんだ。多分、中を見たらもっとびっくりするよ」


 ラクビースはどこかワクワクしているような楽しそうな口ぶりだった。


 あぁ、きっと彼は。とキヒュームは思う。


 彼はこの町も、この聖樹も大好きなんだ。だけど、彼はこの町の人々が嫌いで、どうしようもないんだ。


 ギュッと手に力を込める。それから、もう一度聖樹を見つめる。


 きっと、ここにも理不尽があるんだろう。


 きっと、ここにも悲しみがあるんだろう。


 聖樹を見つめながら、考える。思案がうまくまとまらない。頭の中でくるくると回る。それは捕まらず、繋げることもできず、キヒュームの頭はショート寸前だった。


「じゃあ、行こうか。聖樹の中も僕が案内するよ」


 ラクビースが先へと進む。


 キヒュームたちもそれに続いた。聖樹に行くまでの道には赤、黄色、オレンジ、様々な色の花を咲かせている野花が風に揺れていた。



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