勇者が望むもの
いつもより長いです。
イヴァルタール王国の王城にて、首を垂れる者と玉座に座る者が対面していた。
首を垂れている者────今代の勇者アドルファス・クインたっての希望により、玉座の間は人払いをされ、二人と最小限の護衛のみが空間にいた。
「勇者アドルファスよ、魔王討伐、誠に快挙である。よくやってくれた。……して、褒美を与えねばならん」
「身に余る光栄ではありますが、やはり過分かと。特別何も必要ありませんが」
「そういう訳にはいかんのだ。すまぬな、都合を押し付けるようだが、こちらの面子もあるのでな」
眉を下げて笑いながら言ったイヴァルタール国王に、アドルファスはなるほどと頷く。
「ならば受け入れましょう。お心遣いに感謝いたします」
アドルファスからすれば、勇者として選ばれたのは神託によるものであり、魔王討伐はそれに付随する義務のようなものだ。
付け加えれば、アドルファス自身にも魔王を倒す理由があるために、躊躇しなかっただけ。
誰かのためにやったことではないし、もっと言えばカリーナのためにやったことなので、世界を救うなんてそんな大層な志があったものでもない。
故に、褒美などは特別欲しいとは思わない。与えられる報奨も、ものによっては面倒なだけだ。
そういう考えがあったために断ってはみたが、やはり完全に受け取らないということは出来ないらしい。
まぁ、そうなるだろうことは予想していたので、そこまでの抵抗感もないが。
「報奨としては、我が娘との結婚もできうるが……」
「故郷に婚約者がおりますゆえ。恐れながら縁談はお断りいたします」
どうするのか? と目線で問いかけられたアドルファスは開口一番、そう言い切った。国王からの打診にも関わらず、ばっさりである。
故郷の村に将来を誓った最愛の幼馴染みがいるのだ、アドルファスからすれば当然である。
本当のところは婚約者と言えるのか微妙ではあるが、たとえ口約束だったとしても、結婚の約束をしているのだから何ら間違いではないだろう。
婚約者だと強調して、その人と結婚するのは決まっているのだと印象づけるほうが手っ取り早く外堀を埋めれる。それに、国王にそう認識させれば外からの介入も防ぎやすいから一石二鳥だ。
「ほう。それは義務感か?」
「いいえ、まさか」
これが義務感であるはずがない。
もしもこれがただの感情の伴わない義務感であったのなら、もっと穏やかな男へと逃がしてやれただろう。
彼女が他の誰かと幸せになるとしても、きっと、笑って手を離してあげられたはずだ。
彼女を自分だけのものにしたい、なんて衝動にすら近い独占欲を抱くこともなかったはずだ。
彼女の家族を始めとして、周囲を囲む大人たち全員に至るまで、これは己が貰うのだと、そう印象づけることもしなかったはずだ。
しかし、そうではなかった。
アドルファスは他の男と幸せになるカリーナは受け入れられないのだ。それだけは我慢ならない。
彼女の隣に、一番近くにいるのは己でなければ満足できないのだ。
すぐさま乗り出た魔王討伐ですら、根本にあるのはカリーナの安全を守るため。アドルファスの行動の起因は全て彼女だ。
きっと世界が滅んでも、最期のときまでカリーナを離せない。
「全て私が望むがゆえでございます。彼女しかありえないのです」
そう答えたアドルファスに、王は目を細める。一つ、興味が湧いた。
「聞いても良いかね」
「私にお答えできることでしたら」
「その女性は、そなたにとってどのような存在だ?」
その問いに少しの逡巡もなく、アドルファスは当然という顔で答える。
「私にとっての、ありとあらゆる全てです」
それを聞いた瞬間、王は声を出して笑った。
涼やかな顔立ちをした煌びやかな勇者に宿る、確かな執着の片鱗を見て、思わず笑ってしまったのだ。
己が欲する女性しか要らないと、その目が言っていた。他など眼中にすらないのだと。
その女性を得る為ならば、なりふり構わないくらいに好いているのだろう。
冷静沈着を体現したようなその姿、その振る舞いに反して、内側に随分な獣を飼っているではないか。
「そうかそうか……。ならば、結婚相手を勧めるわけにはいかぬのぅ」
「そうしていただけると」
国王という立場の己に対しても、この意思の揺らがなさと堂々とした態度。なればこそ、他の貴族がこぞって親戚続きになろうと結婚相手を寄越しても彼は怯まないのだろう。
そもそも、恐らく貴族という立場に興味もない。
愛娘の初恋を叶えてやりたかった気持ちもあるが、ここで無理を通せば関係は破綻する。まぁ、その娘自身に、絶対に自分との結婚を勧めるのはやめてくれ、と強く言われているわけだが。
その理由を、今実際に話してみてよく分かるような気がした。ここまで眼中にないとくれば、それを乗り越えてまで結婚をしたいという気持ちも芽生えてこないだろう。
何せ、唯一がもう定まってしまっている。
他にも縁談の嘆願は届いてはいるが、これはやめた方がよろしかろう。
これだけのことで勇者との関係を崩すのはあまりにもくだらない。国を収める王族としても、それはしてはならない。
そも、既に心に決めた相手がいる人間に無理に別の人間を宛てがったところで、得をすることは何もない。
王になって早数十年。長らく王という座にいれば、こういう目をした人間に余計なことをしてはならないということはとうに理解している。
でなければ早々に代替わりしていたに違いない。人を見る目がなければ王は務まらないのだから。
「さて、では、報奨は何がいいかの……。これもこちらの都合ですまぬが、爵位は授けねばならん。加えて治める土地じゃな」
「落とし所はその辺が限界、ということでしょうか」
「その通り」
にやりと笑った国王に、なるほど良い王だと認識する。
融通が効くのは勇者という称号も関係しているのだろうが、こちら側の意向をできる範囲で汲み取ろうとする姿勢は、その中に打算があったとしても中々の人格者であることが伺えた。
人払いをしているせいもあるだろうが、素に近い悪戯げな表情から、若い頃は随分とやんちゃしていただろうと思われる。
(土地、か)
イヴァルタール王国の地図を頭に浮かべ、アドルファスはやや長考する。記憶にある中からとある土地を引き出した彼は、外していた視線を再び国王へと向けた。
「でしたら、北側。そこに不毛の地と呼ばれる場所があったと記憶しています。そこを頂けませんか」
「良いのかの? あそこはその呼び名の通り、まさしく不毛の地じゃ。勇者として偉業を為したそなたなら他の優良な土地もそれなりに選べるが……」
「構いません。というより、その土地がいいのです」
「ふむ…………。よかろう」
わざわざ不毛の地を希望したのは、カリーナが好きそうな土地だからである。彼女は探究心や知的好奇心が満ち満ちているので、好き勝手できる土地は恐らく喜ぶだろう。
アドルファスの持てるものは全て、カリーナのものだ。だから、全部、全部。彼女の為に用意する。それがアドルファスにとっては世界の常識と同じくらい当たり前である。
「もう一つ、願いたいことがございます。私が望む女性と結婚することを、爵位を受ける条件にさせていただきたいのです」
「ほう。良いが……理由を聞いてもよいかね?」
「ええ、少し事情がありまして」
アドルファスに何も告げず、あっさりと村からいなくなってしまっていたカリーナ。
その理由がなんであれ、まず彼女を逃がさない為には外堀を埋めるのが最適だ。差し当たっては王命を利用させて貰う。
まずは一番の障害になりそうなものを潰せばいい。
国にとってもアドルファスにとってもメリットがあり、断られることはないだろうと踏んでの提案である。
「すれ違いが起きておりまして、それを解消するためにも、他からの介入がないようにしたいのです。現時点でもいくつか縁談の話が来ていますので、それらもお断りさせていただくために国王様のご承認をいただきたく存じます」
「なるほど、そうであったか……。勇者ともなれば、他からのアプローチも多かろうな。良いぞ。その願い、イヴァルタール国王の名において承認しよう」
「ありがたく存じ上げます」
深く、優雅に一礼したアドルファスに、イヴァルタール国王は興味深げな視線を強めた。
「ふむ。答えは分かっているが、一応確認させてもらおうかの」
「なんでしょうか」
「他の貴族からも縁談の話は来ているが、どうするかね?」
「それは……」
ちらり、とアドルファスが視線を流した先には、護衛達がいる。
彼らは、先程聖女であり、勇者パーティーの一員であったマリアンヌ王女との結婚の打診をアドルファスが即座に蹴った際、ややざわついたような空気感を醸し出した。
音には出していないものの、気配的な感覚に優れたアドルファスにとっては明らかなどよめきだった。国王の近くに侍る護衛にしては、反応が表に出すぎではないか、と勇者たる彼は目を細める。
もちろん、そうではない護衛もいたが、少々迂闊だと思わざるを得ない。
それほどまでに、王女との結婚をアドルファスが断るというのは衝撃があったのか。
何故、王女と結婚するのが当然だと思われているのかは甚だ疑問だ。当人達の話を聞いたわけでもないだろうに、外野に勝手に決めつけられては困る。
誰が言い出したのか知らないが、こういう部分がもしかしなくともカリーナがいなくなった理由なのではないか。
こういった考えを持っている人間は、時折、自覚のあるなしに関わらず選民思想に毒されている場合がある。
そういう人物は、自分の納得のいかない身分などの人がアドルファスの結婚相手などになると、批判してきたり、ひどければ妨害さえする場合がある。
大抵そういうことになる人間は、アドルファスのことを勇者としてしか見ておらず、その称号にだけ意識が向いている。勇者となって面倒だと思うのはこういった部分だ。
とはいえ、自分に来る分にはいなせばいいし、もっと言うならば遠ざければいいだけの話だ。もし過激なものであれば、社会的に潰したっていい。アドルファスそれができる人間だ。大した問題はない。
しかし、カリーナはそうではない。
有名税と言うべきか、勇者であるアドルファスの発言には多大な影響力が宿る。
勘違いなどを避ける為にも己の意見をはっきり述べるのは必要だが、愛しい彼女に害が及ぶ可能性があるなら、考えなければならない。
その逡巡を見た国王は小さく笑って、手を落ち着けという意味を込めて緩やかに上下させた。
「ふ、ああ、良いよい。そなたの考えは承知している。何より、ここはそなたと私しかおらんのだ。他の者も口外はせん。確約しよう。正直に意見を述べてくれて構わんよ」
そう言って、いいな? と護衛達の内、先程空気感に反応を滲ませてしまった者数人に視線を向ける。自身が仕える国王に釘を刺された当人達は、己を恥じるかのように身を固くした。
その反応を見て、どうやらそこまで悪い影響はなさそうだと判断したアドルファスは口を開く。
「では、率直に述べさせていただきますが、お断りいたします。私はもう相手を決めており、彼女以外は必要ありませんので、先方にもそうお伝えください」
カリーナしか要らないアドルファスにとって、外野がどんなに素晴らしいと言われる女性が来たとしても、惹かれることはない。端的に言ってどうでもいい。だって、カリーナ以外必要ないので。
「気持ちいいくらいに言い切りよるのう。了承した。そう伝えるとしよう」
国王は楽しげに頷いた。
かくして、国王様にも権力にも世論にも怯まない、他者の都合は我関せず、意思が強すぎ勇者アドルファスは、カリーナとの結婚を王命という最も確実性を持った形でもぎ取ったのである。
幼馴染みをこよなく愛している今代勇者。




