勇者パーティーは恐怖に震える
神託によって選ばれた、今代の勇者であるアドルファス・クイン。
彼を一言で表すなら、整然とした美、だろうか。
スラリとした体躯に小さな顔。高い等身は遠目から見ても見栄えが良く、光を全て吸収したような黒髪も相まって、かなり目立つ。
整った柳眉の下に嵌め込まれた、魔力濃度の高さ故に美しい金の瞳、通る高い鼻梁、引き締まった薄い唇。それらが小さな顔の中で、バランスよく全て収まっている様は、その端正さに見る人が思わず感嘆のため息を吐くほど。
よく出来た人形のように整っている涼やかな顔立ちに反して、その身に宿した魔力は暴力的なまでに高く、外向者らしく魔法を使う姿は派手の一言に尽きる。
泰然とした雰囲気と寛容な姿勢、そして態度がいつもどこか冷めている。
関わっていけば、大抵のことを許容しているのは、他への興味が薄いからこその器の大きさだと分かるが、それをわざわざ指摘する必要もさしてないだろう。
そんな普段は冷静沈着で思慮深く、おおらかな、器の大きい男であるアドルファス。
しかし、彼の幼馴染みに関してだけはそれが一変する。執着心がとんでもなく、それ故に心が激狭になるのだ。付け加えて、幼馴染みの女の子が行動原理であるらしいアドルファスは、それ以外の事象に大した興味がない。
旅の最中、幾度となく垣間見えるその狭量さに、何回驚いたことか。
基本的には泰然としている彼だが、最愛の女性に対する事となると、そうはいかなくなるようだった。
それを人間らしいと捉えるか、欠点と捉えるかは人によるだろう。なお、彼の幼馴染みに対する感情は信じられないほど重いので、それを知った時、大抵の人は初め引くに違いない。
かくいう勇者パーティーを構成する全員も、最初引いた。ちょっと身近にいないくらいの重さだったので。
とはいえ、取り繕い方がべらぼうに上手いので相手の子には一切気取らせていないようだが。それはそれで怖いものがあると、勇者パーティーの面々は思っていた。
そして、そんな彼が勇者の役目である魔王討伐を成し、一直線に村に帰ったところ────件の幼馴染みは村を出ていたらしい。
何よりもの主役である勇者がいなければ、魔王討伐を祝うパーティーも凱旋も意味が無い。
その為、アドルファスが戻るまで王都で暇を潰していた勇者パーティーの面々と会うなり、アドルファスは幼馴染みがいなかったのだと淡々と報告した。
やけにギラついた目で、異様なほどにこやかな表情を浮かべている勇者に、全員の背中に冷や汗が流れていた。
初めに「随分早く戻ってきたな?」と声をかけてしまった騎士──ヴェイクは、呑気に声をかけてしまったことを猛烈に後悔した。うっかり地雷で爆死するところである。
内心戦々恐々としながら続きを促せば、かの幼馴染みはいつ帰るのかすら不定の旅に出たのだと言うから、アドルファスの心情は察して余りある。
しかも、旅に出たのはアドルファスが村を出てから割とすぐのことだったのだと言うから、その幼馴染みはとんでもないことを仕出かしていると思う他ない。
唯一の救いは、アドルファスが意外と冷静なことだろうか。だが、嵐の前の静けさとも呼べる状況の為、手放しで安心はできない。
勇者に対して恐怖心を抱くとは、と知らない人は言うだろうが、アドルファスはこと幼馴染みの女の子が関わる事柄においては、何をするのか分からないというのが勇者パーティー全員の認識である。
いつでも余裕を崩さない、悠然なる勇者アドルファス・クインの唯一の例外。彼の幼馴染み、カリーナ・ウィロー。
基本的に、アドルファスの行動原理はその幼馴染みの少女であることを旅の中で知っていた。彼女に纏わることでしかまともに興味関心が動かず、そして、表情もほぼ動かない。
それが勇者アドルファス・クインなのである。
つまり何が言いたいかって、今の状況は少し不味いかもしれない、ということだ。
「えーっと、それはその、なんて言ったらいいのか……」
「そう、ですわね……」
アドルファスを除く全員が言葉を探す中、前衛を務めたヴェイクが騎士らしく切り込んだ。
「アルは、どうするんだ? 幼馴染みさん、えっと、カリーナさん、村にいないんだろ?」
((よく言った!!!!))
他二人は心の中でヴェイクを褒めた。それはもう賞賛した。凄い、凄いよヴェイク。君が勇者だ。
正真正銘、神託によって選ばれた勇者はアドルファスだが、今この瞬間だけはヴェイク・ランデルこそが勇者だった。
「そうだなあ。ひとまず、うん。追いかけるかな」
「そうなのか? あ〜〜……、アルはカリーナさんが村を出た理由とか、その辺は知っている感じか?」
「詳しくは分からないけど、大体の予想はつく。多分、何か勘違いしてるんだ。リィナは割とそそっかしいから」
それはもうにこやかに、しょうがないなぁとでも言いたげに話す声はフラットだ。しかし、その目が笑っていない。
それなりに付き合いができてきた勇者パーティーの面々は悟った。
めちゃくちゃ怒っている───と。
なにせ、その鮮やかな金眼が不穏すぎるほどに強い魔力で揺らめいているのである。
基本的に、魔力が強ければ強いほど、瞳は透明度が高く鮮やかな色味になる。また、魔法を使う際も魔力に煌めいて、瞳が仄かに光る人物もいる。
それは余程魔力が強い人間に限るが、その余程魔力が強い人間がアドルファスだった。流石は勇者、と言えるかもしれない。
並外れて魔力量の多い者の瞳は、感情が高ぶると色の濃度を変えて炎のように揺らぐ。感情の揺れが大きくなればなるほど、比例して揺らぎが大きくなるため、それもある意味では指標の一つとなりやすい。
ただ、その場合はかなり魔力が不安定に揺らいでいて、コントロールが効かなくなり始めている証拠なので、そういった現象が明らかなレベルで起きている時は割と注意が必要なのである。
そして、今この時、その特徴的な魔力の揺らぎが表出しているのだ。恐ろしくないわけがない。
魔王討伐の際にすら、アドルファスの金眼が揺らぐことはなかった。平静そのものの態度で最終決戦に挑んだ、頼もしく、いかにも勇者らしさに溢れたその彼が、そのべらぼうに高い魔力が。幼馴染みの女の子がいないことによって、ここまで不安定になっているのだ。
アドルファスにとって、如何にその女の子が大きな存在か。大いに察してあまりある。
恐らくかの幼馴染みが捕まるまで、アドルファスのこの不穏な空気が収まることは無いのだろう。
会ったこともないのに溺愛されていると分かるくらいには、カリーナ・ウィローという女の子の話を聞かされていたのだ。その彼女がアドルファスから逃げている以上、彼の精神衛生が低下の一途を辿るのは想像にかたくない。
逃がさない、と雄弁に語る金色の目は仄暗い色に光り、まるで野生の獣のような鋭さを孕んでいた。
初対面時、度肝を抜かれるレベルで整った容姿の人間が来たと、あまりの美形さに勇者としてやっていけるのかと疑ったのはもはや遠い昔。それはもう記憶の彼方だ。
アドルファス・クインという人物は、その繊細かつ優美な、これ以上なく綺麗な彫刻のような容姿からは思いもよらないほど、鬼のように強かったのである。
ともすれば女にも一瞬見えるような、お綺麗な面立ちに似合わない高すぎる身体能力に、早々に認識を改めることになった。
突出した戦闘能力は言わずもがな。そもそも神が見出した勇者であるため、その能力は疑いようもないが、まるで紙を切るかのように魔物を屠っていく姿には流石に舌を巻いた。
容姿に騙されると痛い目を見る、という言葉を人間の形にしたような男だった。
その彼が、全力を持ってして追いかける。
それは少し、ゾッとする話だと感じる。有り得ないほどの能力の高さを全ベッドして、文字通り持てる力全てを使って追ってくるのである。
勇者パーティーの面々は、ターゲットとなった幼馴染みの女の子に同情した。
いや、その子自身がまいた種なのだし、自業自得と言えば、確かにそうなのだが。
ご愁傷様です、と心の中でそっとエールを送った。
早いところ諦めて捕まった方が、恐らく身のためだと思われる。
そして捕まった後はもう、色々と、そう、色々と────どうにかこうにか頑張ってください。
勇者パーティーの全員は、静かに怒れる勇者の姿に戦きながら、そう祈るしかなかった。
彼女が逃げられないことは分かりきったこと、の筈だった。
まさか──────その幼馴染みの女の子が、勇者である筈のアドルファスを撒き続け、事態が長引くことになろうとは、この時点では誰も予想していなかったのである。




