急な知らせ
それはヴェルタリヤ王国を抜け、次なる目的地、アルテッラ共和国の国境に入ったころに起きた。
カリーナは、世界の慶次である魔王討伐の話がそこかしこ行き交うのを聞きつつ、のんべんだらりと旅を続けていた。
そんなカリーナが丁度国境にある小さな町で、住民にオススメの名所を聞いていたときのことである。
「ありゃあ、嬢ちゃん宛ての魔法伝書紙じゃないかい?」
「え?」
「ほら、くるくる回ってる。真っ直ぐこっち来るぞ」
もうそろそろ話も終わるかというタイミングで、住民である気のいいおっちゃんがそれに気がついた。
指で示されて見上げた先では確かに、カリーナ宛てだろう鳥の姿をした魔法伝書紙が飛んでいた。上空で旋回したのち、シューッとこちらへと向かってくるそれを手に止まらせれば、しゅるりと瞬く間に鳥から手紙の形へと変化する。
「やっぱ嬢ちゃん宛てだったな。ゆっくり見てぇだろうし、そんじゃあ俺は行くからな」
「あっ、ありがとうございます! あと、お店教えてくれたのも!」
去っていく親切なおっちゃんの背中に慌ててお礼を言えば、いーってことよ! せっかく魔物が減ったんだ、旅楽しめよ! と快活に笑って手を振ってくれた。
最後の最後まで気遣いの見えるいい人だったな、と思いつつ、手に持った魔法伝書紙を見遣る。
箔押しされたように浮かんでいる消印は、見慣れた両親からのもの。
多少前後すると言えども、今は定期連絡の時期とはかなりずれている。となると、定期連絡以外の連絡、そしていち早く伝えたいこと、ということになるのだが。
はてさて、一体どうしたというのだろう。
(なんだろ、なんかトラブルでも起きたのかな)
何か大きな事件か、事故かが起こったのだろうか。魔王が討伐された────アドルファスが倒してくれたと言えども、魔物が全くいなくなるわけではない。まさか、魔物に襲われでもしたのだろうか。
不安になりながらも、読まないことには何も分からないと手紙の封を開ける。
現れたのは見慣れた父の筆跡。
(なになに…………えっ?)
果たして、そこに書いてあった言葉にカリーナは目を見開いた。色素の薄いブルーグレーの瞳を驚愕に染めながら、カリーナはその場で立ち尽くす。何度目を通しても、文字は姿を変えることは無い。
『アドルファス君が村に帰ってきたよ。カーラに会いたがっていたけれど、まだ帰ってこないのかい?』
「え?」
(アデルが……帰ってきた…………??)
『王都にも寄らずに、真っ直ぐ帰ってきたみたいだよ。カーラのことをいの一番に聞かれちゃった。すごい熱量だよねぇ。』
「帰ってきた!?」
「どうかしたのかい?」
「おねぇさん、何かあったの?」
やっと脳に届いた単語の意味を理解した瞬間、思わず叫んでしまった。
広場ではあるが、割と人通りの多い場所。カリーナが突然発した素っ頓狂な声を聞いた道行く人に、心配そうに声を掛けられる。
「あ、すみません、大丈夫です。騒がしくてすみません」
「あら、そう? 何もないならいいのよ。あまり根を詰めないようにね」
「ちゃんと息抜きするんだよ」
「あはは、ありがとうございます……」
なにやら少々勘違いされたような気がしないでもないが、カリーナはそれどころではない。
多分、仕事に追われている人か、まともに休んでいない人にでも思われたのだろう。実情は全く異なるのだが。
世界から熱狂的な人気を集めている勇者である幼馴染みが、アールトス村に帰ってきたらしい。
(えぇ? なんで????????????)
続く文章には、アドルファスが、カリーナが村におらず、しかも旅に出ているということに衝撃を受けて落ち込んでいたとも書いてある。
落ち込む要素が一体どこにあるのか、カリーナには全く分からなかった。逆に会わなくて済むことに、安堵するところなのでは。
聖女様といい感じなのであれば、口約束ではあるけれども結婚の約束をしていた幼馴染みに会うのは、避けたいことではないのだろうか。
なのに、落ち込んでいるときた。何故だ。カリーナは本気で意味が分からなかった。
人間の先入観というものは怖いもので、カリーナの中では、アドルファスというキラキラしい幼馴染みは、聖女様で王女様な人といい感じであると信じ切っていた。し、なんなら、彼はもう帰ってこないものだと思い込んでいた。
なにせ、カリーナは負けヒロインで、アドルファスは主人公。そしてその恋の相手役であるヒロインは、聖女様。
その方程式を、カリーナはすっかり信じてしまっていたので。
アドルファスが村に帰ってくるなんてことは、全く、微塵も、これっぽっちも想定していなかったのである。
ついでに言うと、他にも書かれていた熱量云々は、見事にカリーナの意識には残らなかった。それよりも“帰ってきた”という想定外の言葉に気を取られていたので、意識の中からは流れるように消え去っていったのである。
夢か幻覚かと頬をつねるも、痛みに涙が滲むだけ。透かして見ても、紙裏を見ても、逆さに読んでみても、縦横と回しても、手紙の内容は変わらない。
変わらないのだが、綴られているのは別の言語なのではないかと思うほど、信じられなかった。
「本物……。夢でもないし、見間違いでもない。書き間違い……なわけないか。ええ、ほんとに帰ってきたんだ……」
己が育った故郷に帰ることはなんら不自然なことではない。ないのだが、こんなにも栄光の道を歩んでいる最中、特に何もない村に一直線に帰ってくることはあるのだろうか。いや、実際帰ってきているのだけれども。
凱旋パレードとかはどうしたのか。お祝い系のイベント開催の噂も何も聞こえてこないのだが、まさかの村に帰ってきたとは。
(というか、なんでアデルがショック受けて……、あ、もしかして)
アドルファスという人物は、昔から割と律儀なタイプだった。交わしていた結婚の約束が口約束だとしても、断りに来るくらいはするかもしれなかった。
つまり。
(君とは結婚できない、他の奴とさせてくれって話したかったのに、それが出来なかったから落ち込んでいる……とか?)
とんでもない勘違いである。ここまでくるともう、天晴れとしか言いようがないだろう。
カリーナは少々頑固なきらいがあった。つけ加えると、一度自分が納得できる結論が出てしまうと、それに一直線になってしまう傾向がある。
そのせいか、アドルファスは自分と結婚する気がないどころか、会う気すらないと信じて疑わないのである。
村にいた時にしていた数々のアピールが、一切忘れ去られているような状況だ。アドルファスは泣いていい。
物理的にも精神的にも二人はこれ以上ないほどすれ違っている。とはいえ、それは主にカリーナが勘違いしているだけなのだが。
あまりに予想の範疇を超えた展開に、脳みそがパンクしたカリーナは思考を放棄した。
(まぁ、一旦。帰らないってことで!)
結婚の約束は断られると、明確な根拠もなく確信してしまっているカリーナは、村に帰らないことにした。
何故なら、面と向かって振られる覚悟はまだできていないからである。そんなことをされたら、さすがにメンタルが終わってしまう。
というか、なんならそもそもまだ付き合ってすらいない。
関係を訊ねられると、幼馴染みとしか言えないような、付き合っているのかすら曖昧な状態であるが、一応それなりの付き合いはしてきたのだ。今考えると、付き合ってはいなかったのだから少々不思議ではあるが。
勝手に本気にしてはいたけれど、所詮は口約束だったのだから、アドルファスの好きに結婚してくれてもいいのだ。アドルファスの人生なのだから。
「そうだよ、私と絶対結婚しなきゃいけない訳じゃないんだし。別の人でも全然……」
(うわ言っててダメージ受けた。ダメだこりゃ)
やはりこの調子では、村に帰るなりしてアドルファスと面と向かって話すなんて到底無理である。
兎にも角にも、カリーナは自身の精神的な問題からアドルファスと会う選択肢を一時消去した。旅を続けることにしたのである。
まさか、その勇者様な幼馴染みが、全力で追いかけてくるなんて、全く思いもせずに。




