覚悟ガンギマリ、には程遠い
初代勇者が打ち立てた魔王討伐の記録。何千年、何百年も経ってなお、その記録は未だ塗り替えられていない。
歴代の勇者の中で、今回の勇者アドルファスは、もはや伝説に近しい最速記録へと肉薄した。
そして、その最速に現時点最も近いスピードで成された魔王討伐に、世間は大いに湧いている。
それとは対照的に、カリーナの気分は低迷していた。
魔王が居なくなったのは確かに嬉しいけれど、喜ぶに喜べない。恐らく、世界でカリーナだけがこのビックウェーブに乗れていない。
(あーあ、君とは結婚出来ないとか言われるのかなぁ。ただの想像だけど、"君"ってすごい他人行儀な呼び方。でも、もしかしたらそのくらい他人行儀に呼ばれることもありえるのか。覚悟しとかないとなぁ、でもまだ気持ちがぐちゃぐちゃしてるんだよな)
それは気持ちを直視したくなくて、整理もせずに放っていたからだ。どうにかできないものかと格闘してみたことは何度かあるものの、いつも結局どうにもできなかったのが現実で。
だって、ずっと当たり前に結婚するのだと思っていたのだ。
"当たり前"なんてものが持つ脆さを、十分知っていたはずなのに、カリーナは愚かにもそれが絶対的に約束されたものだと無意識のうちに思ってしまっていた。
それを覆されて、あまつさえ、もう二度と戻ってきてはくれないのだと分かってしまえば、そりゃ感情はぐちゃぐちゃになるというものだ。アドルファスのことを好きなままでいる限り、気持ちに整理なんて付けられるはずがなかった。
だから、遠いいつか。彼を諦められたら、その時は。
やっと整理がつけられるようになると。
そう、思っていたから、そうでしか無理だとなんとなく分かっていたから、ろくに整理をつけることもせずに、いつか感情が死ぬまで放置することにしていたのだ。
そうして拙いながらも気持ちに封をしたのに。諦めの悪いこの育ってしまった感情は、そう簡単に忘れられそうになかった。
(王女様との結婚も秒読みか〜〜……。心構え、しておかないとなぁ)
心構え、できるだろうか。だってまだ、こんなにも。
「好き、だよ。アデル……」
ごめん、本当にごめん。まだ好きでごめんなさい。
輝かしくて、格好良くて、人間ができているアドルファスに比べて、なんと自分の浅ましいことか。まるで正反対。元から同じだったことなんてないけれど。
その対極さに、今更打ちのめされるなんて滑稽だ。
だから思った。
逃げてしまえ────、と。
卑怯だろうか。
けれども、幼少の頃から想ってきた人に、面と向かって別れを告げられるのは、カリーナからすれば深刻な事態だった。
勝手に想いを寄せていたのはカリーナの方だ。アドルファスに罪は無い。
旅に出たのも、その気持ちが根底にあったからだ。
でも。
告げられるだろう恋情の終わりを受け止められるほど、精神構造は強くない。予想はつけていた。諦めもしていた。けれどその実、まだなんの準備も覚悟もできていない。
アドルファスが勇者でなかったなら、こんなにも悩むことはなかったかもしれない。
少しだけ、そんなことを考えてしまう。しかしそれは、彼が小さなアールトス村の村人止まりになってしまうということだ。あのハイスペックさを思えば、それはあまりにも惜しい。
(やっぱり、アデルは勇者になってよかったよ)
身内の欲目だとしても、彼ほど勇者として相応しい人はいない。生まれからきっと決まっていたのだ。勇者になることは。
そうではなかったもしもを幾つも考えてしまうのは、カリーナが弱いからであり、他の誰かが悪いわけでもない。
こんな考え、何も意味はないのに。考えるだけ無駄なのに。それなのに、気を緩めた時のふとした瞬間に浮かんできてしまうのが、一番嫌だった。
今世のカリーナは、もう十五歳。前世の価値観で言えば、まだ中学生の歳だが、この世界────出身国であるイヴァルタール王国では成人は十六歳だ。つまり、カリーナはもう成人一歩手前なのである。
前世も含めて数えれば、もう大人もいいところな精神年齢になるわけで。
そんな人間が、恋一つでこんなにもうじうじしている。経験がないにしても幼稚すぎるのではないか。
身体に精神が引っ張られているのもそうだろうが、何をこんなに、この恋への執着を捨てきれないのか。
アドルファスを好きなことを、今すぐ止められたならいいのに。
嗚呼、上手くいかない。
割り切って進むことも出来ない自分は、諦めるにも踏み切れずに二の足を踏んでいる。
かつての──前世の自分が同じくらいの歳のときであれば、多分顔やなんやらの格差なんて気にもとめずに、アドルファスのことを追いかけていただろう。隣に立とうと頑張っていたに違いない。身の程を考える以前に、自分の望みのまま恋に向かって全力で走れるのが、若さの特権だ。
しかし、悲しいことに、カリーナは違うのだ。前世の記憶がある己は、その格差がどうにも視界から外せないのである。
それはもしかすると、幸運なことかもしれない。気がつかずに追いかけて、致命傷を負ってしまう前に遠ざかるということができるのだから。かつての大人としての記憶があるからこそ、予防線を張れる。
彼の隣を望むのは、カリーナにとってあまりにも無謀なことに映る。
嗚呼、やはり。
身の程を弁えなければ。
もう昔のように立場は平等にならない。辺鄙な小さい村のド平民の小娘であるカリーナと、同じ村の出とは言えども、信託によって選ばれし勇者(しかも魔王討伐の実績あり)のアドルファスとは、天と地の差ほどの格差が存在するのだ。
考えれば考えるほど、我ながら哀れなくらいに圧倒的に負けヒロインである。
しかし、実に残念なことにキッパリばっさりと諦められるような、そんな柔な恋ではなかった。軽いものだったらまだ良かったのに。そうであれば、ほろ苦く少しだけ痛さを感じるような、淡く幼い初恋の記憶として、終わらせて片付けることができただろうに。
──────せめて。
(せめて、幼馴染みではいさせて欲しいなぁ)
なんて、ずるいかな。せめてもの、幼馴染みとして、どこかに存在させて欲しいものだ。いい思い出の中の、幼馴染みの女の子として。
ちゃんと身の程は弁えておくから、そのくらいは、望ませて欲しかった。




