手紙は生存確認
今、幼馴染みは何をしているだろうか。魔物と対峙しているかもしれないし、魔王を追って険しい道を歩いている最中かもしれない。もしかしたら、今この瞬間に立ちはだかる魔物たちを薙ぎ払っているかもしれない。
瞬く間に遠い存在となりつつある幼馴染みの旅路は、当然なかなかの強行軍なようで、近況報告といったような手紙などは全く届かない。
というか、彼は筆まめになる要素がてんでないので、もうそんなもんかな、とか。そうカリーナは思っていたりする。勇者な幼馴染み様は、基本的に文字で綴るよりも、言葉や行動で示すタイプである。
生まれた時から、とまではいかないものの、何年も一緒にいたのだ。それくらいは予想が着いた。
付け加えて王女様といい感じならば、カリーナに手紙を書く必要もない。
そう考えたところで、にわかにショックを受けたカリーナは考えるのをやめた。自分で考えておいてショックを受けるなんて、随分と迂闊な自爆だ。
ともかく、便りがないのは元気な証拠と言うし、そういうことなのだろう。噂はわざわざ集めるまでもなく何もしなくても沢山流れてくるから、生存確認はそこでしているし、そう思い悩むことはない。
微かに痛む胸は無視して、カリーナはうんうんと一人で頷く。
さて、幼少期を共に過ごしてきたアドルファスが手紙を出すタイプではなくとも、カリーナは割とマメである。
うっかり忘れかけることがないとは言わないが、割合コンスタントに村の両親へと手紙を出していた。もちろん、お互いの生存確認も兼ねてだ。
なにせこの世界、魔王がいることからも分かる通り、何かと物騒なので。
もちろん、前世の記憶が穏やかな世界すぎるのがそう思う原因なのだろうが。平和ボケを体現したような国民だったので仕方があるまい。
この世界の手紙の出し方は、大きく分けて二つ。
商人に頼むか、魔法伝書紙を買って出すかである。
魔法伝書紙とは、手紙を書いたあと、表に宛名を書いて血を一滴垂らすことで、届けたい人の元へ届けることが出来る仕様のマジックアイテムである。血を一滴垂らして、息を吹きかけると、伝書紙に染み込んでいる魔法が作動し、鳥の形になって飛んでいってくれる。
流石は異世界。大好きです。
昔はもっぱら商人やそのような仕事の人に頼むのが主流だったらしいのだが、魔法伝書紙ができてからは商人などに頼むよりも安易で早いため、今では大体の人がこれで手紙を出している。
魔法のない世界で生きた記憶を持つカリーナは、これを初めて見た時いたく感動したものだ。ファンタジーここに極まれり。便利すぎて手放せる気がしない。
そんな話はさておき、カリーナが手紙を出す相手は何人かいる。まず両親には当然出す。そして、今考えても謎だが、ラツェド帝国の帝王様であるアストラとその婚約者様リディア両名。
手紙のやり取りを約束してしまっているので、出さないわけにはいかないのだ。
ラツェド帝国を出る際、これでもかと言うほど念押しさせられたので。手紙のやり取りをしないのであれば定期的に呼び寄せるとかなんとか、半ば脅しのようなことを言われているので。
手紙を出さないという選択肢は、残念ながら選ばせて貰えないのである。
平民からの手紙って、身分差から考えても皇帝に届く前に止められるのでは、と思ったこともあるが、何やら特別措置を取って執務室に届くようになっているらしい。
特別措置とは。それを知ったとき、カリーナは旅先で空を仰いだ。何してんだこの人。
ほんの少しだけ一緒に過ごしたくらいのただの平民に、そこまでの対応をするのが、相変わらずわけが分からない。
畏れ多くも友人関係な二人は、距離の詰め方が常人のそれではないのである。
ノーブルな人間の考えていることは、理解しようとするだけ無駄ということを短期間で学んだカリーナは、脳死で手紙を出し続けていた。
お陰様で積み重なった手紙たちは、もう既に山のようになっている。
ラツェド帝国は大きな国だ。広陵な国土と、そこに住む膨大な人々を取り纏めるアストラや補助のリディアの抱える執務は馬鹿にならない量であろうに、毎度きっちり返事が届く。それも速達かなにかの域ですぐに届くのである。
短いスパンでのやり取りが何故か成立してしまい、結果、手紙の量が長年の友人並になった。二人の筆まめさが凄い。
なお、二人には金銭面で行き詰まったことは話していない。迂闊に手紙にでも書いてみろ。何らかの方法で金塊でも送られてくるのがオチである。
あのノーブルな二人は、大金を渡すことに躊躇がなさすぎるのだ。金銭感覚がもう雲泥の差。
ラツェド帝国での滞在中、なにかと宝飾品をザラザラ貰ったカリーナだが、それを換金することは頭になかった。別に換金しても良いらしいのだが、貰ったものだしなぁ、と思った次第である。
あと、こんな平民そのものの小娘がそんな高価なものを大量に持っているのは、あらぬ疑いをかけられそうなので。
ちなみに。
ついこの間、救世主になりかけた、否、軌道修正に失敗して結局救世主様になってしまった旨を手紙にしたためたところ。
母からは『あらすごいわね〜〜〜! カーラちゃんったら人気者ね!』、父からは『随分危なかったんだね。無事でよかったよ。楽しそうに旅をしていてなにより』と。
相も変わらず呑気極まりない。流石の緩さ。元気そうでなによりである。
アストラからは大爆笑な気配が感じられる手紙が届き、リディア様からは心配そうな一文の後、楽しそうに笑っている気配のある文章の手紙が届いた。
後生大事に弄られそうな予感がひしひしとする。
ちくしょう、面白いネタ扱いされてやがる。カリーナの旅路は別にエンタメではないのだが。
どこに行っても話題に一度は上がる幼馴染みの名前を聞きながら、市場で買い物をする。瓦版も追ってはいるのだが、やはり人から直接聴くアドルファスの話が好きだ。
好きではあるのだけれども。今回に至っては失敗だったかもしれない。
「どうやら、心に決めた人がいるって話さ!」
「へぇ、そう、なんですか」
心に決めた人。
その単語がここまで威力を持って精神に攻撃してくることなんて、今後ないと思う。意識しないようにしていた傷を、唐突に抉られたみたいな衝撃。
(心に決めた人、かぁ……)
きっとそれは聖女様のことなのだろう。あのとんでもイケメンなアドルファスと並び立っても見劣りしないのなんて、あの王女様以外にいないだろう。よしんばいたとしても、勇者パーティーの一員として最も近くにいる異性は彼女だ。他の誰も勝てないに違いない。
「ロマンチックだよねぇ。人柄に加えてあの美貌なのに一途だってんで、勇者様の評判はうなぎ登りさ。まぁ、失恋に嘆く子が増えたのも事実だけどね。罪作りなお方よ」
罪作りという部分には大いに賛同する。なにせ、その玉砕した大多数の女の子の一人が、カリーナだ。
(あーあ、本当に私って負けヒロインなんだ)
分かっていても傷つくものは傷つく。無意識の内に気分が沈んだのが顔に出ていたのか、女性は目を丸くする。
「おや、あんたもその口かい? お嬢ちゃんも可愛い娘っ子だもの、きっとこの先いい出会いがあるよ」
「そうだといいんですけどね〜」
「なんなら、私の知り合いを紹介してあげるよ。騎士をやっていてね。副団長だかまで上り詰めた、あんたと同い年くらいのやつさ。勿論、人柄は保証するよ」
おっと、これはお世辞ではなさそうだ。このまま放置していると、割と本気で縁談の席を用意されそうである。
「ええっと、それはまたの機会に……」
「ま、そうさな。もし何か思い立ったら、あたしのとこにおいでな。いつでも席は設けるよ」
「あはは、ありがとうございます」
本当にどうしようもならなくて、アドルファスへの気持ちが薄れたらそれもいいかもしれない。かなり遠いいつかになりそうだが。
まぁ、その前にその相手が結婚している確率の方が高いが。騎士団の副団長まで上り詰めた人物で、人格にも問題無しとなれば優良物件だろう。普通にすぐ売り切れると思われる。
(出会い、探すのってあんまり気が乗らないんだよな~~〜~)
アドルファス・クインという男の子が魅力的すぎるのがいけないのだ。あそこまでの美男子が幼馴染みとしていつも隣にいてしまうと、もう他なんて目に入らなくなってきてしまうのである。
(まじで失恋の傷が凄かったら、それも一つの手ではあるけどねぇ)
取り敢えず、今のところは確定要素が散見されつつも、実質は観測されていない箱だ。中身がどうなのか不明なので、カリーナは諸々を保留にすることにした。
勇者アドルファス発狂案件神回避




