立つ鳥跡を濁さず
消費しきってしまった手持ちの薬を概ね全てストックを作り直し、カリーナは一息ついていた。錬金釜は今回もギリギリ吹っ飛ばなかった。
結局、ストック分を取り戻すまでに、3日もかかってしまった。
その間も、材料を調達しに宿の外に出れば、親しさ溢れる感じで色々と話しかけられた。勿論呼び方は救世主様である。もうその辺は諦めたので、いいのだけれども。
そもそも、カリーナ自体名乗っていないので、他の呼び方が定着してしまうのも仕方がないのかもしれない。
そうまで思ってから、いや、そんなことは無いか、と空笑いを漏らす。だからって救世主様呼びになることはそうそうないだろうに、と思ったのだ。
細々とした部分までの処理が終わって、街は完全に復興を遂げた。宿屋の窓から見ても活気があるし、元通りの日常が流れ始めているようだ。
留まっていた冒険者や治療師なども、チラホラ自分の国に戻ったり、旅に戻っていったりと人の流れも元通りになりつつある。
色々ありすぎて忘れていたが、そもそもこの街に立ち寄ったのは、薬を売ってお金を得る為である。物事が目まぐるしく動いたせいで、路銀を稼ぐという目的が綺麗さっぱりすっぽ抜けていた。
「どっか買ってくれるとこあるかな〜」
街に滞在するのもあと二日ほど。出発する前々日、カリーナはできたばかりの薬を片手(とは言っても無限ポーチの中なので実際は手には持っていないが)に、街の商店が並ぶエリアへと繰り出したのだった。
* * * * * *
「さて、と」
ぐっと伸びをして、借りている部屋を見渡す。実はもう荷物は纏めていた。
色々と重なって、随分と長期間宿部屋を借りてしまった。宿の主人夫婦は快く貸し続けてくれていたが、それにしたって長居しすぎた気がしないでもない。
ちなみに、恩があるからとかなんとかで宿代が危うくタダにされてしまいそうな事態に見舞われたのだが、丁重にお断りさせていただいた。普通に宿代くらい払うとも。
まぁ、実のところその時点ではまだ金欠気味ではあったので、少々心惹かれる提案ではあったのだけれども。流石に受け入れるのは無理だった。
街も元通り。更に、手持ちの薬のストックも潤沢に戻ったとなれば、もうここに留まる理由も特別ないわけなので、もうそろそろ旅を進めようと思う。
誰にも急かされていないし、別にまだ滞在しても問題はないと言えばない。ここにいればいいともチラホラ街の人々に言われたりもしたが、カリーナ的にはここら辺が区切りがいいかと思うので、街を出ることにした。
とはいえ、カリーナの旅は目的らしい目的は特になく、非常に気まぐれな旅路を行くので、目的地もあってないようなものだが。
あと、普通に考えて、救世主様呼びをされながら過ごすのは余程神経が図太くないとやっていけない。カリーナは残念ながらそんな英雄思考はないため、当然座りが悪い。なので、この状況から開放されたいのである。
そも、一所に長々と留まる気のない旅なので、これでもかなり滞在した方ではあるのだ。
流石に襲撃された人や街をそのままにして国を出るほど薄情ではないので、ここまで滞在期間が伸びに伸びてしまったのだが。
「というわけで、今日でここを出ようと思いまして。長くお借りしていてすみません、ありがとうございました!」
「ええ?! もう行ってしまうのかい?」
「はい。もうそろそろと」
「そうか、残念だなぁ。部屋は気にしなくていいよ! アンタには助けられたからな」
「そうそう。全然お礼し足りないくらいさ! 是非また来ておくれね」
「あはは、ありがとうございます。それでは、いつかまた」
宿の主人夫婦に名残惜しげにされつつも、笑顔で見送られる。わざわざ外に出てまで見送ってくれるのを、手を大きく振って別れを告げた。
どこかからか聞きつけて来た街の人々からの惜しむ声とお礼の声に応えつつ、さくさくと街の出入り口まで歩みを進める。ここで立ち止まりすぎると街を出るタイミングを見失いそうなので、申し訳ないが歩き続けながら会話を交わしていく形を取った。
途中、まだ街に残っていたらしい治療師たちに薬を分けてくれないかと懇願され、どうぞどうぞと渡すということが発生したが、まぁ、それも一期一会ということで良いだろう。
この薬を元に、もっと精進します! とか、大切に研究させていただきます、などと言われたが、治療師の人達の方が余っ程腕が良いだろう。というかプロフェッショナルなのだから、カリーナの薬から何か得ることはあまりないのではなかろうか? 何せ、カリーナの薬は魔法薬ではないのである。
まぁ、彼らがそう言うのだから、何かしらはあるのだろう。もし何か技術などが進む手助けになれたのならば、それは嬉しいことだ。
もしどこかでまた会ったら、色々と教えて欲しいと言葉を交わし、治療師たちとも別れを告げた。
いざ街の出入り口に着いたと思えば、大勢の人が待ち構えていて、カリーナは一瞬面食らうこととなった。何やら人が押し寄せているから、一体何事かと思えば、どうやらカリーナの見送りに来たのだと言う。
仰天である。ただの平凡なド平民一個人のカリーナにこんな規模の人が集まるとは。知らない間に第二の勇者にでもなってしまったのかという気分である。
もしそうなっても性分に微塵も合わないので、勇者は辞退させていただくが。人気者というのは、それ相応に大変であるし、それなりの代償があるのが相場なので。
「皆さん、お見送りまでこんなに沢山ありがとうございます! では!」
端の方にいる人にも届くようにと、ドームツアーかなんかなのかというほどに声を張り上げる。農民生活で鍛えられた肺活量をフルに使って、別れの挨拶を半ば叫ぶような形でする。
「あっ、待って、待ってください!」
「救世主様、じゃなかった! あの! お嬢さん、お名前は!」
「名乗るほどのものではないので!」
「「「えぇぇ?!」」」
「それでは皆さん、お元気でーー!!!! またいつかお会いできましたら!」
こういう時の別れは勢いが大事。カリーナはラツェド帝国での一連の出来事からそう学んでいた。
それに、過分なお礼はノーセンキューだ。うっかりあのままのんびりしていたら、追加で何かしらが来そうな気がしたので、ササッと別れを終わらせた。受け取るのに罪悪感を感じるのは懲り懲りなのである。
ただでさえ、救世主様呼びが定着してしまったのだ。小心者のカリーナにとっては居心地が悪いったらない。
薬はもちろん適正価格で買って貰えたので、ホクホクである。魔法薬ではないが効力はみんな目撃していたし、体験した人からも好評。これは効く、いい薬だ、と治療師たちのお墨付きだったのもあって、かなり高額で買い取って貰えたのだ。そもそも、魔法薬ではないのに効能が高いというのは今までになかったらしく、店主が値段をつけるのにとても苦心していた様子が印象深い。
困らせてしまって申し訳ない。カリーナもそんな代物になっているとは知らなかったので、許して欲しい。
なお、治療師たちに渡した分も、お金が入ってきた。 あの怪我人が多かった場面で何よりも尽力し、活躍していたのはそれが専門である治療師たちである。なので、カリーナ的にはタダで渡しても良かったのだが、彼らの方はそうは思わなかったようで、お金を払う、と言って聞かなかったのだ。拒否するのもおかしいと思ったので、それは素直に受け取った。
とはいえ。
「ちょーっと多すぎるような気もするけど」
とても助けになったからと、お礼として報酬という形で受け取ったけれども、些か貰いすぎてしまっている気がしないでもない。
咄嗟に、多くないですか? と聞いてしまったくらいだ。付け加えて、こんなに貰えません、とも言ったのだが、いいからいいからと半ば押し付けられる形で貰ったのである。
店主もそうだったし、治療師たちもそうだったし、なんなら、個人的に欲しいと言ってきた街の人などもそうだったので、結果的にかなりの額がカリーナの手元に入ることになった。
なんだかどこかであったような流れである。
うっすらと過ぎるのは不遜な皇帝様と気の強い美人の姿。あの二人からも同じような言葉を聞いた記憶があるような。
(まぁいいか?)
これからもしばらく旅を続ける以上、お金は必要だ。何が起きるか分からないのだし、多く持っているに越したことはない。
何をするのでも、お金は大事。くれると言うのならば貰っておこう。
そうして、当初の目的であった路銀も潤ったカリーナは、鼻歌混じりに次の国へと足を踏み出した。




