隠れクエスト発生!:怪我人治療
今回も非常に長いです。
強制イベント
フラグ1:大型特級の魔物襲来
or
フラグ2:勇者御一行に鉢合わせ
ファイッ!!
元より、気を緩めた瞬間というものは、隙間を狙って鋭い針が飛んでくるかのように危機が訪れるものである。
「っ、」
「キャーーーッ!!!!」
「うわあああ!!!!」
地面が揺れた。体を芯から揺さぶるような振動に、悲鳴が空間に満ちる。
シェルターを揺るがしたのは一際大きな衝撃音。
「なに……?」
呟いた声が掠れた。
尋常ではない揺れ。追随した地響きが地面を滑る。地震ではない。轟いたのは魔物の咆哮だ。
望ましくない異常事態が起こったのだと、その場にいる誰もが理解した。
『西門より! 緊急通信! 緊急通信!』
『大型の魔物襲来! 怪我人多数! 至急治療の準備を求む!! これは、……でかい、と、特級の魔物襲来っ、ぐあっ!』
通話向こう、怒号や焦燥感のある声などのさまざまな声が行き交っている。それらを背景にしながら伝わった情報は最悪そのもので。
再度鳴り響いた不穏な轟音、その瞬間、悲鳴と呻き声を最後に通信がぶつりと切れる。
キー……ン、と余韻を垂れ下げた通信はもう鳴ることはなく、物静かに沈黙した。その切れ方に、恐怖だけがじわじわと込み上げる。
シェルター内は一気に緊迫感に埋まる。静まった空間には騒めきすら聞こえてこない。シェルターの分厚い壁すらも通した、魔物が物を破壊する音が聞こえる。
誰もが息を潜めて、次に何が起こるのかを待っていた。
外にいた見張りの男性たちも、緊急通信が途切れた通信機の前で固まったまま。誰もが動けなかった。どうするべきなのか。どうしたらいいのか。
その静寂を打ち破ったのは、一人の怒鳴り声だった。
「──────全員持ち場につけ! 怪我人が来るぞ! 治療班は治療道具の準備と薬品の確認、搬送班は入口を確保しろ! 手伝える人は手伝ってくれ! まだ終わっちゃいない!」
治療師であろう集団の中から、一人の男性が立ち上がって声を張り上げていた。その一喝で、凍り付いていた空気が弾ける。
「このシェルターは安全だ。非常事態だからこそ、全員で力を合わせるぞ!!」
「「「おう!!!!」」」
頼もしい掛け声と共に、シェルター内が活気を取り戻す。瞬く間にシェルターに残っていた男手が救護班と共に集まり、女手は手伝いの人員と子どもなどを見る為の人員に別れていく。
「すまん、スペース空けてくれ!」
「担架を追加しろ!」
「手伝うわ!」
「水を運べ! 包帯が足りるか?!」
「怪我人はどのくらいなんだ! くそ、通信が繋がらねぇから、分からん!!」
「子どもと老人は奥へ! 入口を空けろ!」
指示が飛び交い、避難している住民たちは互いに身を寄せながらも道を譲る。
不安がっている子どもや泣き叫ぶ子どもを抱きしめる母親、祈るように手を組む老人、手伝いを申し出て動きながらも、不安そうに西門の方角を見つめる若者たち。
不安も恐怖も当然ある。
それでも、それぞれ出来ることを見つけて、動いていく。
遠くからは、シェルターの分厚い壁すらも震わせるような咆哮が幾度も響く。そのたびに天井から細かな埃がぱらぱらと降り注ぎ、誰もが肩を震わせた。
西門はまだ持ちこたえているのか。それとも、すでに突破されてしまったのか。誰にも分からない。
怪我人がいるという情報のみを抱え、覚悟を決めたように全員が待っていた。ほどなくして、シェルターの入口が勢いよく開かれる。
「道を開けろ! 負傷者だ!」
「治療を頼む!!」
土埃と血に濡れた鎧をまとった冒険者たちが、即席の担架を抱えて雪崩れ込んでくる。
腕を失った者、胸元を深く裂かれた者、骨が折れたのか足が曲がっている者、魔物の牙に抉られた傷を押さえながら必死に意識を保っている者。
「治療師! こっちはまだ息がある!」
「こっちは止血を! 早く!」
「添え木はあるか! 骨がいっちまってる!」
「おい、次が来るぞ! 入口を塞ぐな!」
担架は一つでは終わらなかった。
四人、五人────いや、それどころではない。
運び込まれる負傷者は途切れることはなく続き、広かったはずのシェルターは、瞬く間に血の匂いと悲鳴、そこかしこからの呻き声、そして必死に命を繋ごうとする叫びで埋め尽くされていく。
治療師たちは次々と患者へ駆け寄るが、明らかに人手が足りない。負傷者があまりにも多すぎるのだ。
誰もが全力で動いている。治療師ですらない人々も必死にできる範囲で手伝っている。それでも、目の前で救いを待つ命の数は、その手の届く限界をとうに超えていた。
「重傷者はこちらだ!」
「っ駄目です、回復薬が足りません!」
「応急処置だけでも! 次を運べ!」
「……先生、こちらの方は?」
「後回しだ。助かる見込みのある者からだ」
増え続ける患者に対し、物資はすぐに在庫切れになっていく。
その光景を目の当たりにしたカリーナは、胸の奥がぎちりと締めつけられるような感覚を覚えた。
(……駄目だ)
拳を握りしめた。
治療師でもなんでもないカリーナには、応急処置ぐらいしかできることはない。それでも助けになるならと思っていた。しかし、それだけでは足りない。足りないのだ、ここでまだ生きている命を繋ぐには。
(このままじゃ、助けられる命まで助けられなくなる)
──────薬を。
薬品たちは用意されている。けれども、見るからに足りないだろう。現に、回復薬は在庫がなくなった。そして薬瓶の数をはるかに超える負傷者たち。重傷者の数も多い。
渡すのか。この自分が作った、何の保証もない薬を。魔法薬ですらなく、手作りの、自己流の薬品を。
逡巡は一瞬。すぐに覚悟は決まった。
(ええい、命を見捨てるのは信念に反する!)
前世看護師、今生では小さな村の薬局代わりの家で育ったカリーナにとっては、ここで何もしないのはちょっと精神的に宜しくない。
女は度胸だ、人命懸かってんだから!
勢いこんでカリーナは駆け寄り、せーのっ、と声を張り上げる。
「あの、私の薬も使ってくださいっ!」
「えっ?」
「たくさん持ってるので、是非!」
たった今切らした回復薬も、鎮痛剤も、増血剤も、他の治療に使える薬品は全て取り揃えている。一通りは作っていた。
一番のネックは魔法薬ではないことだが、試せるものは試さなければ。それに、効果がないということにはならないはずだ。一応、自分で試したものだから。
「本当か!」
「そりゃありがたいが、って、うわあああ?!」
「多い多い多い!」
「ちょっ、どこから出してるんだ?!」
ザラザラザラーッと四次元ポケット、もとい無限収納ポーチからありったけの薬を出すと、見た目からは考えられない量の薬瓶が転がり落ちる。
その風景の異常さに、驚いた人たちの悲鳴が重なる。
しかし、患者の状態は刻一刻を争う。驚きもそこそこに、治療師たちは薬品を掴み、治療へと向かっていく。
カリーナも一緒になって、手伝いの住民などで結成された治療班と治療の補助に回っていく。
そうして並べられた負傷者たちと、その人たちの命を繋ぐために治療を施す治療師たちの元を走り回り──────。
* * * * * *
「……生きてる」
「夫が帰ってきた……!」
戦いに出ていた家族と再会して抱き合う人、安堵からか膝から崩れ落ちる人、神へ感謝を捧げる人。一時呆然とした後、静かな喜びが広がっていく。
目が覚め、起き上がった負傷者たちも自分の身体を何度も触って確かめる。そして、ほとんど元通りになった体に衝撃を受けたかのように、呆然としながらも嬉しそうに涙を浮かべた。
「あの傷で助かったのか……」
「俺、腹を裂かれたはずなんだが。生きてる、な」
「腕、動く……。本当に、?」
戦いで傷つき倒れた戦闘職の間で、静かな感動がさざ波のように広がっていた。奇跡が起きたのだと、誰かが呟いた。
治療師たちもその場で立ち尽くしていた。疲れや達成感、そして極度の緊張から放たれ、茫としていた。
「終わった……」
「……全員、生きている」
治療が終了した瞬間座り込んだ治療師の横で、即席で作られていた負傷者名簿を確認した誰かが、そう呟いた。
「ははっ、この規模で、」
「ありえない。こんなことが……」
「奇跡だ」
「偉業だ。全てを救えたなんて……」
普通なら何人も亡くなっていたはずだ。それぐらいの事態だった。なのに、どうだ。一人も失っていない。
そして、視線は一人の少女へと向いた。顔に疲労の色を乗せながらも住民たちと喜びを共有し、普通の佇まいでその場にいる彼女へと。
カリーナは、目の前の光景に笑みが零れた。
助けられて良かったと、誰も死ななかったといういっそ御伽噺のような、それでも確かな事実を噛み締める。
その場にいる人々が己にできる精一杯をやった。
その成果が実を結び、予期せぬ大型の、しかも特級に類するような魔物の襲撃にあったにも関わらず、死人は出なかった。
快挙である。これ以上ないほど良い結果に、治療を終えた瞬間、シェルター内は爆発的な歓声で満ちた。
誰もが手を取り合い、一緒になって喜んだ。涙を浮かべながらハグをする人、良かった良かったと安堵と達成感を噛み締める人、ハイタッチする人や握手を交わす人もいる。すすり泣きや安堵からのため息も聞こえる。
そして、誰からともなく拍手が鳴る。
興奮冷めやらぬ中、一人、また一人と手を叩き始め、その音はシェルター中へ広がっていく。
単なる勝利を祝うためではない。
生きて帰れたことへの感謝。
目の前で命が繋がったことへの喜び。
そして、その奇跡をもたらした少女へ向けた、心からの敬意だった。──のだが、当の本人であるカリーナは全く気がついていなかった。
最後まで諦めることなく尽力した治療師たちは、動ける戦闘職の人々や住民たちに胴上げされ始めている。
カリーナが疲労と確かな充足感を胸にそれを眺めていると、いつの間にか人が集まってきた。
「お嬢さんも功労者だ!」
「ありがとうなぁ!!!!」
「あんたのお陰で助かったよ!!」
「嬢ちゃんがいてくれて良かった!」
「あ、いえいえ、そんな、って、わ?!」
口々にお礼を言われ、讃えられていたかと思えば、次の瞬間に目線がいきなり高くなり驚愕する。足や背中に確かな腕や手の感触。それも大量の。
半ばテンションのタガが外れた掛け声と共に、体が短く等間隔の浮遊感を得る。視界はテンポ良く上下し、揺れた。これはもしかしなくても胴上げされている。
何故自分までされているのか。
カリーナは困惑したが、なんだか危機から脱したことと緊迫感から一気に開放された反動からか、ハイになってしまっているらしい彼らには、声は届きそうになかった。ので、諦めて胴上げされることにした。
非常に感謝されていそうなのだが、頑張ったのは全員がそうだし、なんなら治療の中心は治療師たちだった。
カリーナは怪我人を運ぶのを手伝った後、薬品を配りながら、簡単な処置を手伝って回っていただけだ。もちろん、かなり必死だったし、駆けずり回って大変だったが、治療師たちと同じ扱いをされるほどのことはしていない。
なので、ここまで賞賛されるのは正直に言ってわけが分からないし、いっそ不思議なくらいなのだが、もうなんか訂正とかできる雰囲気ではない。するとしても、もう少し騒ぎが落ち着いてからでなければ無理そうだ。
それに、この雰囲気を壊したくはない。カリーナは無抵抗で胴上げされることにした。後で絶対に認識を正しておこう。そう心に思いながら。
ただ今は。全員を助けられたことに、そして自分も含めて誰一人欠けることなく助かったことに感謝しよう。
そして、この万感の喜びに輝く人々の空気に身を浸していようと思った。
結果
選ばれたのは魔物でした。豪運。……なの、か?




