クエスト:金策を練ろう
上手く分けられませんでした。今回、長めです。
ユーヴァレヒトで、国の成り立ちやら歴史やら宗教観やらを満足いくまで調べ尽くしたカリーナは、ぺっかぺかの笑顔で目的は果たしたと言わんばかりに国を出た。
カリーナにとって、知的好奇心に忠実に動くのは、人生を充実させる上でとても大切だ。
そのせいと言うべきか、お陰と称するべきか、色々なことが起こるのだが、カリーナ的には副産物を対して意識していないので、諸々はお察しである。
なお、今回に至っては、通いつめた資料館の職員の人と仲良くなった。連日通い詰めたがあまりに、顔を覚えられてしまったのである。
その人が言うには、あまりの熱心さに声をかけたのだとか。学者でもないのに、外国の人でここまで詳しく調べ物をしている人はそうそういないのだそうだ。それを言われた時、そりゃそうだろう、とカリーナは笑ってしまった。
カリーナのはただの知識欲を満たしたいが為の行動なのだが、確かにここまでやる人は学者でもない限り、そういないだろうことは分かる。
職員と知り合えたお陰で、文献や資料をみるだけでは分からない部分や踏み込んだところも知れたので、とてもいい出会いだったと言える。
特に、前提とされている部分は、基本的にその国では当たり前のこととして捉えられていることが多い。なので、口伝のようになっていることがあるのだ。
今回訪れたユーヴァレヒトも例に漏れず、その宗教観から、かなり独特な風習や変わった文章形態がある。
そういった部分は現地の人に聞くしか知識を得る方法はないので、資料館の職員と知り合いになれたのは僥倖だったと言えるだろう。
さて、アドルファス率いる勇者一行を避けながらも、着々と旅を進めているカリーナ。ほぼ計画も何も無い、ゆるやかな旅だが、初めての割には、かなり軽やかに旅路を歩めているのではなかろうか。
勇者一行を避けて旅をする為には、勇者一行が向かう場所とは真反対の国へと訪れる必要がある。
やたらと旅の進みが早いハイスペック幼馴染みは、なかなかの大移動を驚くほどの短期間で行うので、カリーナの旅路は各国を飛び回るような形になっている。
体力勝負もいいところなそのハードスケジュール。転移魔法を使っているとしても(というか使わないとありえないスピード)、移動の負担は大きいだろう。
スタンピードが起きる場所に向かっては、魔王を探して追いかける。大変である。そして、それに強制的に付き合うことになる勇者のパーティメイト。
カリーナの幼馴染みアドルファスは、人の限界ギリギリを見極めるのが上手い。ギリギリできなくはないラインでの無茶振りをされている可能性は大だ。さぞかし苦労しているに違いない。いつも幼馴染みがすみません。
心の中で、あるかも分からない幼馴染みの所業を謝罪しておく。
そんな彼女はユーヴァレヒト国を出て、主国道と呼ばれる整備された長く大きな通りを辿り、ファルドーナ共和国に足を踏み入れていた。
無事に魔物に会うこともなくファルドーナ共和国に辿り着いたカリーナだが、今避けては通れない問題に直面していた。──────お金が、ない。
切実な問題である。
旅をするにあたって持ってきたカリーナの全財産は、両親から餞別だと言われて貰った路銀と、アールトス村でちまちま手伝いをして稼いだお小遣いである。付け加えると、村の人々からもそれぞれに旅祝いだとか称してお小遣いを貰ったので、割と路銀は豊かだった。
のだが。
本を買いすぎたのはまず一つ、要因として挙げられる。でもこれは本好きにとっての、もはや本能に近いのでどうにもできないと思う。好みの本や面白そうな本があったら買うでしょう。
そういえば出立の際に父のユールから釘を刺されていた気がするが、すまん父よ、無理なものは無理なのである。
反省はしているが、後悔はしていません。
そもそもの話。長期間旅を続けるのならば、初めに持ってきたお金が尽きるのは当たり前のことである。
お金は残念ながら湯水のように湧いてこないので、使っていればなくなるのは当然の帰結。となれば、稼がなければならない。
さて、ここで課題になるのは、どうやって路銀を稼ぐかである。
カリーナが売れる物。なおかつ絶対お金になるだろうものは薬しかない。魔法を通さずに作った、お手製の薬。
魔力を入れずに作っているので、価値的には魔法薬より下がるかもしれないが、割と効き目はあるのでいけるのではなかろうか。
というか、いけてくれないと詰む。割とマジな話で詰んでしまう。
売るとしたら、商人ギルドなどだろうか。それとも薬局関係のところ?
ううん、とカリーナは唸った。
故郷の村では、行商のおじさんが商品分を全て買い取っていくような、卸売りスタイルだったのでそれ以外の方法がよく分からない。
さてどうするか、とぼんやり周りの景色を眺めながら考えていた時、サイレンが鳴った。
「っ?!」
カァン! カァン! と甲高い鐘の音がする。短く三回の後、余韻を長くして四回。この大陸ではどの国であっても共通のサイレン。
この警告が示すのは、────魔物の襲来である。
「魔物が来るぞー!」
「どっちだ!」
「西門の方だ、急げっ!!」
冒険者など、防具を付けた人たちが次々に駆けていく。
この緊急時のサイレンがなった時、その場にいる戦える人間は全員余程の理由がない限り、国も身分も関係なく討伐に出るのがこの大陸での共通認識。
思い思いの装備を手にして魔物が出現した西門へと向かう人々。その傍では避難誘導が始まっていた。
「非戦闘民は全員退避! 即時非難せよ!!」
「こっちだ! 避難するやつはこっち来い!」
「シェルターまで向かえー!」
「お年寄りと子ども先に行かせろ! 避難手伝え!」
「大丈夫かー!」
避難誘導に従って足を動かす。魔物はまだ中に入ってきてはいないが、もし門前で食い止められなかった場合、下手に外に残っていると戦闘職の人達の邪魔になったり、魔物の標的になったりと危険なのだ。
とはいえ、あまり急ぐと逆に危ない。災害大国で育った前世での知識は案外役に立つ。
避難の喧騒の中、歩みの遅い年配の女性を見かけ、声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あら、ごめんなさいねぇ。足がどうにも悪くてね、置いてってもいいのよぉ」
「いやいや、置いていかないですよ」
「私に付き合っていたら、逃げ遅れてしまうわ」
「ご安心ください! こう見えても力持ちですので。抱えますね、よいしょ!」
杖を持ってもらい、抱え上げればありがとうねぇ、と何度も言われる。そこまでお礼を言われずとも、助けるのは当たり前だ。今世のカリーナは身体強化ができるし、このくらいであれば全然走れるのだから。
「お母さーん!」
「どうしたの、はぐれたの?」
「うん、分かんなくなっちゃった。ど、どうしよう」
連続で落とされ続けるお礼に返事をしながら走っていると、泣き叫んでいる子どもがいた。どうやらはぐれてしまったらしい。この流れのわやくちゃな人混みだと、逸れると合流は難しい。ましてや小柄な子どもの体では、親の姿は見つけようがないだろう。
「あら、坊や、エライザさんとこの……」
「え、マルタおばあちゃん?」
どうやら知り合いのよう。だが、悠長に話している暇はない。急ぐのも良くないが、のんびりしていていい訳ではないのだ。
「とりあえず逃げないと。掴まれる?」
「うん……、でもお姉ちゃん大丈夫?」
「こう見えてお姉ちゃんは力持ちだからね! よっ、と。よし、行くよ!」
両腕に二人を抱え、シェルターへと走る。身体強化をかけているカリーナの足はふらつくこともなく、スピードも落ちない。なんなら、この状態で全力疾走もできるくらいだ。
強化された耳が、遠くからの破砕音や剣戟の音をキャッチする。おそらく西門の戦闘音だろう。魔物を食い止めるのは上手くいっているのか、門前で保っているようだが、油断は禁物だ。
もう少し急いだ方がいいか、と少しだけスピードを上げれば、子どもが少々場違いな歓声を上げる。
「お姉ちゃん、凄い!」
「あはは、ありがとう。さ、もうちょっとだから頑張って捕まっててね!」
避難する人々の最後尾辺りを走っていたが、頑丈そうな建物が二棟ほど見えてきた。あれがシェルターなのだろう。
「おーい! こっちだ、急げ急げ!」
「おじさぁーん!!」
「あっ! エライザんとこの!」
「マルタばぁさんもいるじゃねぇか!」
建物へ走っていけば、避難誘導をしていた男衆が驚きの声をあげる。
「って、おいおい嬢ちゃんが背負ってきたのか!!」
「ここまで走ってきたのか?!」
「はい」
「すげぇな。大変だったろ、変わるぜ」
「三人とも無事で何よりだ」
慌てて駆け寄ってきた二、三人がそれぞれを引き取っていく。
近づいたことで、子どもとお婆さんを抱えているのが華奢な女の子だと分かったようで、ギョッとされる。
そりゃあ、まさか人二人を抱えて走れるようには見えない女の子が、その離れ業をやってのけた挙句に割と早いスピードで走ってきたとなれば、度肝を抜かれるに違いない。
「良かった、探してたんだが、見つけられなくてな。他の奴らの誘導もあって無理でよ、心配してたんだ」
「連れてきてくれてありがとなぁ」
「助かったよ」
「いえいえ、お気になさらないでください。避難先は同じですし」
「お嬢さん、見かけない顔だなぁ。旅行者かい?」
「そうです。まさか、魔物が来るとは思いませんでしたね」
「そうだなぁ、でも最近増えてきててよ」
「この間もあったよな」
どうやら魔王の影響がここにもあるらしい。魔物の動きが活発で、最近は国近くに大きな魔物の溜まり場ができてしまったらしく、今月に入ってから今回でもう三回目なのだとか。
「っと、悪いな。ここは俺らが見張ることになってるから、中に避難してくれ」
「引き止めちまったな。こいつの言う通り危ないし、入ってるといい」
「いえ、ありがとうございます」
「いやいや、こっちこそありがとなぁ」
そうして入ったシェルターの中は、意外とリラックスした空気だった。張り詰めすぎているよりかはいいが、緊迫感がそこまで感じられないのには驚いた。
とはいえ、油断する空気はない。非常事態特有の独特な緊張感はそのままなので、幼い子などは不安げな様子が目立つ。大人も不安げではあるが、取り乱している人はいなさそうだ。
近くの人に聞けば、どうやら西門からの通信で、もうすぐで撃退できそうだという情報が入ってきているらしい。なるほど、それならばこの空気感なのも頷ける。
意識して耳をすませば、更に強度になった聴覚が順調そうな戦闘音を拾う。気配的にも大丈夫そうだ。
「怖いよぉ」
「勇者様がどうにかしてくれるさ」
「勇者様?! かっこいい人ー!」
「そうだな。勇者様のお陰で、魔物が減ってんだ。ちょっと前まで酷かったけど、まだマシになってるしな」
「憧れだよなぁ」
アドルファスの人気はここでも凄まじい。カリーナはこっそり誇らしげに笑った。
もはやトラウマレベルで苦手な魔物の、まさかの襲来。カリーナの体は知らず知らずの内に強ばっていたのだが、アドルファスのことを考えると途端に気持ちが安定していくのだから、先程とは別の意味で笑ってしまう。
先程までと比べて明らかに弛緩した身体と、胸に広がる僅かな安堵感に苦笑した。
あのかっこいい幼馴染みの存在は、カリーナの中では大きすぎる。名前を聞いて、その姿が頭に登ってくるだけで、こんなにもカリーナを助けてくれるのだ。
本当に、罪な存在である。




