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好きにならないものだけが石を投げなさい

 今最も世の中を賑わせている勇者アドルファス・クイン。そんな完全無敵、完璧な彼の幼馴染みが、平凡極まる己であるとは誰も気が付かないだろう。


 まぁ、気がついて欲しいとは全く思っていないが。


 だって、取り柄のない人間が幼馴染みと知られたら、どんな反応が返ってくるのか分かったもんではないので。


 大抵の人間は、スペックが高い人と親しい人間がいたとして、その人物もスペックが高いものと無意識に思っているものだ。だからそうではなかった時、少なからず落胆する。ひどい場合であれば、なんでこの人が? と攻撃性にすらも転化するだろう。

 失礼だし、勝手なことではあるのだが、人間というのはそういうものなので仕方がない。


 離れてみて心底思うようになったが、アドルファス・クインは完璧すぎる。大多数の人が思い描くであろう理想というものに、非常に当てはまりやすいのだ。


 カリーナとて十分に理解はしていたが、近くにいると感覚が鈍るのも事実だ。慣れって怖い。

 慣れというものは人間の利点でもあるが、同時にデメリットでもある。


 そう。常日頃、それはもう四六時中側にいたので忘れてしまいがちだったが、アドルファス・クインという人物は滅多にお目にかかれないレベルで整った顔立ちをしている。


 故に、まず意識が行くのは顔。大抵の女性が一目見て恋に落ちると言っても過言ではなさそうな、その顔面である。


 特に手入れもしていないのに完成されている美貌は、恐らく世の女性方が絶望しかねないほどのレベルだ。

 なお、その隣で十年も過ごしてきたカリーナは、自分がなんの面白みもない顔をしていることを自覚しているので、もはや絶望以前の問題だったが。


 前世では「美人三日で飽きる」なんてことわざがあったが、思うに、飽きる飽きないの問題ではなく、毎日側にそのご尊顔があるのが当たり前の環境にいると、感覚が麻痺してしまうだけの話だと思うのだ。

 少なくとも、カリーナはそのタイプだった。


 それでいて、突然気がつくのだ。この人、すっげぇ顔が良いな? と。


 話している最中(さいちゅう)や彼が行っている作業を眺めている中、ふとした瞬間に顔を見たときに、唐突に思い出すのである。目の前のご尊顔が、おかしいレベルで整っているということを。


 恐らく生まれた時から今に至るまでずっと美しい顔のアドルファスは、それなのに自身の容姿に頓着しない。その天然ものの美貌には圧倒されるばかりだったが、粗雑にしていても美しさが保たれていたのは、最早形状記憶合金と同じベクトルだと思う。


 世の中の必死で美しくなろうと努力している女性陣が歯軋りして悔しがりそうである。


 そんな、ちょっとでも世界線が異なれば生きる世界が違ったであろう男の子に、何故こうも心を奪われることになったのか。


 理由は全く複雑ではない。単純である。


 才色兼備をそのまま人の形に固めたような、神に愛されし造形のハイスペック幼馴染みが、事ある毎にめちゃくちゃ、それはもうこれでもかというほど甘い顔をして、よしよし、好きだよってしてくるのである。


 カリーナが困っていれば、いつだって助けてくれるし、どこにいたって駆けつけてくれるのだ。それはもう、ヒーローみたいに。


 そんなの誰だってときめくし、続けばそりゃ勘違いしてしまうだろう。好きにならないほうが無理というものだ。


(あと、普通にめちゃくちゃどタイプなんだよね……)


 そう。アドルファスはカリーナの好みをそのまま人間にしたような男の子なのだ。


 顔とか見た目はもちろんのこと、話し方とか、考え方とか、そういう内面もドンピシャで好みど真ん中だった。その彼が隠しもせずに好意を向けてくるのだ。タジタジにもなるというもの。


 もはやカリーナのために誂えられてるのかというくらいだったが、実際は世界のために誂えられていたようである。残念!


 しかも超絶美人の聖女様な王女様が傍にいるので、どう考えてもそことくっつく運命であろう。カリーナのためになど、最初から有り得なかったのだ。


 カリーナは前世を思い出す前から、アドルファスに淡い好意をもっていたが、思い出してからでも諦めるないし、好きではなくなるということができた。はずだ、多分。


 それなのに、好意をそのまま持ち続けていたのは、一重にアドルファスが持っているあれそれが魅力的なだけではなく、カリーナ自身が彼と過ごす時間が好きだったからだ。


 恋というのは複雑怪奇な構造をしているくせに、その始まり方は理由らしい理由がない場合も多く、ひどく単純だ。そこに執着が芽生え始めると、簡単には捨てられなくなってくるという難点はあるが。


 恋に執着という色が少なからずついてしまったカリーナは、アドルファスを好きなことをやめられていなかった。


 結婚はとうに諦めているが、好きなのはやめられない。

 いっそ、負けヒロインだと気がついて結婚の未来が消えたあの時に、一緒にアドルファスへの恋情も消えてくれれば良かったのに。


 そうは思っても、簡単にはいかないのが恋である。


 きっと、人から見れば好意を向けることすら烏滸がましい。


 勇者アドルファスという存在に自分が相応しくないことはもう痛いほど分かっているが、好きになってしまったものは仕方がない。恋情を抱かずにいられないほどアドルファスが魅力的でかっこいいのがいけない。


 好きにならないという人間だけがカリーナに石を投げていい。


(ままならないなぁ。楽しく生きるのが目標なのに、だからアデルのことを諦めた方が楽なのに)


 別にアドルファスを好きなままの今だって楽しいけれど。好きであればあるほど、その分だけ苦しいし現状から目を背けたくて堪らなくなるから、この感情を捨ててしまいたい。


 前世のカリーナはブラックな勤務体制で働いていた。やり甲斐は確かにあったけれど、疲労とはまた別の話で。挙句の果て、疲れ果てるほどに仕事に従事したのに、痴情の縺れに人違いで巻き込まれた。そして死んだのだ。


 だからこそ、今世はのんびり自由気ままに、楽しく生きることが目標なのだ。

 だと言うのに、手を伸ばすには非常にハードルの高い人を好きになってしまった。ままならないものである。


 せめて、幼馴染みでいさせてくれたらいいとは思うが、それも難しいかもしれない。

 まだ縁は切れていないものの、もしかしたら、もう一生会わないことだって十分に有り得るのだ。


 幼馴染みとして過ごした記憶は強く、関係性も良好だったのだから、それなりに強固だとは思う。思うが、何年一緒にいようとも、別離は唐突にくるものであるし、縁が切れるかどうかに年数は関係しない。

 残念ながら、幼馴染みという関係性でさえ、保てる保証などないのである。


 会えなくなっても、カリーナは負けヒロインなのだし、それ予想できることではある。だから、いいけれど。


 それでも少しくらいは記憶していて欲しいものだ。ふとした瞬間に思い出すくらいはして欲しい。幼馴染みとして十年も一緒に過ごしたのだから、それくらいはカリーナの存在に価値があっていいと思う。


(......なんて、それすらも無かったりしてね)


 嗚呼、負けヒロインだなんて、本当にやっていられない!


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― 新着の感想 ―
うん…ドンマイ…顔も知らぬアデルくんよ… 何にも気付かれてないんだね…笑
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