幼馴染みの快進撃は続く
ラツェド帝国を出てから早五日。カリーナは隣国、ユーヴァレヒトで過ごしていた。ここで一週間ほど過ごした後は、浮遊都市シュライヴァンタインへと行く予定である。
「さすがはユーヴァレヒト。変わった建築物が多いなぁ。宗教観がここまで前面に出てるのってあんまない気がする」
くるくると建物から建物へと視線を移し、ある程度まで個々を見た後に、全体を眺める。そんなことを繰り返しながら、カリーナはのんびりと街中を散策していた。
若干独り言が多いのは許して欲しいところだ。不審者になりつつあるのは分かっているが、なんてたって興味深いので仕方がない。
誰だって独り言を呟いて思考を整理することってある、はずだ。多分。
この国の街は全て白で出来上がっている。大きな公共建築物から、ただの民家まで全てが真っ白なのだ。
そして特徴的な要素がもう一つある。ユーヴァレヒトには塔が多いのだ。
真白く、そして天辺が霞んで見えるほど高く聳える塔の数々。圧倒されるほどに迫力がある。
「天極塔」と呼ばれるその細長い塔は、国中のいたるところにある。ユーヴァレヒトの特徴的な建造物で、文献によれば、天に声を届けるための塔なのだとか。
独特な文化が街を歩いただけでも分かるので、知的好奇心が満たされてとても気分が良い。
いつか読んでいた本に書いてあった通りの、否、それ以上の景色にカリーナは目を輝かせながら、ユーヴァレヒトの首都ラレヒトを歩き回っていた。
ユーヴァレヒト国は、様々な人種が住む多民族国家のラツェド帝国とは異なり、レーヴァの民と呼ばれる民族が国民だ。単一民族の国であり、国を取り纏めるのもまた、レーヴァの民である。
なので、ユーヴァレヒト国には王家が存在しない。単一民族国家であるがために、ほとんど身分の差がないに等しいのがこの王国の特徴と言える。その徹底ぶりは類を見ない。単一民族とされるだけあり、この国に住む条件の一つとして、レーヴァの洗礼を受ける必要があるほどだ。
また、独自の宗教観が根付いているのも特性である。レーヴァの民とは、精霊信仰の民のことを指す。神という存在ではなく、数多の精霊たちを信仰する宗教だ。
前世の世界とは違い、ここはファンタジーの詰まった世界なので精霊は実際にいる。常に見える人と見えない人に分かれるが、魔力持ちであれば外向者、内向者に関わらず触れたことがある存在である。
大掛かりな魔法を使うとして、魔力が足りない際、もしくは精霊魔法と名付けられた魔法を使う際に、彼らの力を借りるのだ。
基本的には、精霊は喚ばれた時のみ姿を表す。なので、常に精霊が見える人はかなり精霊に好かれる体質の人となる。
ことユーヴァレヒト国に住むレーヴァの民は、精霊信仰であることが理由なのか、精霊が常日頃から見える人が多いのだと言う。そもそも、レーヴァの洗礼自体が精霊と繋がりを深めるための儀式なので、さもありなんと言ったところだ。
ユーヴァレヒトはこの精霊信仰で出来上がっている国のため、大体の国教である世界最大の宗教、聖道教会と対立するのではないかと思われがちだが、そんなことはない。
歴史を遡ればそれなりの争いはあったようだが、現代に至るまでにある程度の折り合いがつけられ、対立するようなことはない。聖道協会は確かに一神教ではあるが、他の信仰に対しても寛容であるのが最大の理由だろう。
ただ、この国に住むのならばレーヴァの民となる必要があるだけである。精霊信仰のためか、この国は精霊が集まってくる。
他の国よりも多く存在しているせいか、常に見えるわけでもないカリーナにも、魔法を使っていないのに精霊の姿がチラホラと見えるほどだ。
さて、そんな特徴的な国家であるユーヴァレヒトだが、ここでも他の国と変わらずに瓦版が配られている。
精霊は聖なる存在だ。魔力の性質が正と言えばいいだろうか。闇の精霊であろうが、その性質は正であり、負に傾くと存在自体が穢され、その度合いがひどいと場合によっては存在消滅に繋がる。
魔力性質が負という、真反対の性質を持っている魔王が瘴気をばら撒くことで精霊が死んだりするそうで、勇者と魔王の動きは注目度が高いのだとか。
なお、勇者と魔王の話が注目度が高い云々は、瓦版を売っていたおじさんから聞いた話である。
今日も今日とてばら撒くように売られている瓦版を買って読めば、大きな見出しには相変わらず幼馴染みの活躍が載っている。
勇者として世界がアドルファスを認知してからというもの、瓦版にはいつも幼馴染みが映っている。勇者の活躍という記事は、似たような内容ばかりなような気もするだろうが、案外これがその時々で違うのだ。
アドルファスの旅路はまさに快進撃と呼べるもので、展開が早い。そのため、ネタに事欠かないのである。
そんな彼はどうやら少し髪が伸びたみたいだ。澄んだ闇夜を集めたような黒髪は相も変わらず艶やかだが、村で見た時に比べると長い。離れてからの時間を感じるが、寂しさよりも元気そうなことに安堵する。
もうすっかり有名人だなぁ、と感心に近い気持ちで記事を読む。
そして、ふと気がついた。写真を見る限りでだが、どうやら我が幼馴染み様は、村を出た時と装備品や格好がほぼ変わっていないようである。
(なんか初期装備のままで草。え? これで旅続けてんの強すぎでは???)
熱狂的かと言われると首を傾げることになるが、自慢の幼馴染みである彼の活躍は、それなりにフラットではあるものの、強い関心を持って見ている。
であるので、一応情報は細かく追っているつもりだ。
その記憶から掘り出してみてもかなり魔物を倒しているはずだし、強い個体とも相対しているはずなのだが、初期装備のままでどうにかしているようだ。
一体どんな強さをしているのだ。
(私の幼馴染み、人間じゃなかったかもしれない)
身体能力が常人のそれ以上であろうことは予想がついていたが、ここまでくると笑えてくる。本当に凄い人と幼馴染みをしていたものだ。
アドルファスの装備は、実はカリーナが一緒に選んだものだ。勇者として村を出るとなった時、それを聞きつけて来た行商のおじさんから、カリーナが買って贈ったもの。
カリーナのお金と言えども、この時もカリーナが旅に出る時と同じく、ほとんど無償で貰ったも同然だった。
ほとんどが半額以上に値引きされていたので、カリーナが贈ったというよりも行商のおじさんからの贈り物という感じがしてならないが。
まぁ、いいだろう。ああいうのは気持ちなのだし、と回想したカリーナは頷いた。
とにかく、恐らく順調であろうアドルファスたちの勇者の旅路は、順調であるが故に戦闘場面が激化してきていると思われる。なのに、装備が全て贈ったときのままなのはどうなのだろうか。
もっと丈夫で使い勝手のいいものがあるだろうし、勇者なのだから高級で良質なものを装備や武器屋でも買わせてもらえるだろうに。
なんなら、援助や感謝として物品を貰うことだってあるはずだ。当然、貴族などからも贈呈されているだろうし、金銭的な理由で装備を変えられない、なんてことにはならないはず。
なのに、装備が微塵も変わっていない。
瓦版を見る限りボロボロになっている訳ではなさそうだが、かと言ってもほつれなどが全くないなんてことはないだろう。
それに、いくら物持ちが良くても限界がある。丈夫といえども、使っていれば自然と古くはなってくるものなのだから、もうそろそろ一回や二回は変わっていてもいいようなものだが。
大事に使ってくれるのはありがたい。けれども、である。
戦う際に身につける装備品というものは、よっぽど願掛けやお守りと言った自分にとって特別な意味を持つものではない限り、基本的には傷がつくことが前提だ。なにせ、防具なのだから。
肉体に傷があまりつかないようにと作られた、身を守るための道具であるからして、傷が付くのを嫌がるなんてことはしない。
していたらそれはそれで問題である。傷が付いて困るものは防具にしてはいけない。その結果、防具が無事で体が傷ついたとなれば、意味がないからだ。本末転倒がすぎる。
あの頭の回るアドルファスに限ってそんなことはないだろうが、流石にもうそろそろ装備品を新調してもいい頃合いなのではないだろうか。
凄いな、と思うと同時に心配になるので。
いくら神々からの祝福があろうとも、加護によって身体能力が高かろうとも。回復や浄化を司る、名高い聖女がパーティーにいようとも。
どうせ治ると言っても、怪我をすれば当然痛いだろう。量によるけれども、出血すれば貧血にだってなる。それは人間なんだから、生きているんだから当たり前だ。
なので、装備品を新調して欲しい。早急に。
全くいる場所が違うことに加え、カリーナが旅をしていることをアドルファスは知らないので、伝わるわけがないが、瓦版に写る彼に念じる。
頼むからカリーナの安寧を買うために、頑丈な装備に変えてくれ。
果たして、アドルファスが最愛の幼馴染みから貰った装備を一新するかどうかは───神のみぞ知る、と言ったところである。




