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三話「青春はバカと紙一重」

「こんな世界なんて滅びてしまえばいいのに……」


 そんなバカな事考えてたら、足元の小石にけつまづきそうになる。


 アパートに戻りたくないよ。気を紛らわせないと一気に奈落の底へと身も心も崩れ落ちていきそうだった。


「人に助けを求めてどうにかなる問題でもないし」


 ボソボソ言いながら足元の小石を蹴飛ばす。帰宅して頭から布団に潜りこんでも状況は変わらない。何かしないと落ち着かないのだ。


 それでも、足は慣れた家の方角に向かって歩いてしまう。どこを目指したらいいのか定まっていない。気づけば、駅裏の商店街にある本屋の前でピタリと足が止まった。


 ――本なんて読む気になれやしない。心に余裕がないと読書なんて。もしかしたら、私の病名で探せばいく冊かは参考になりそうな本があるのかもしれないのに。


「ここじゃない」


 無意識にそう感じ、森林公園『イルカ公園』に行くことにした。イルカ公園はここから歩いても十分もかからない場所にある。


 何か嫌なことがあると、『イルカ公園』へ行ってた私にとってはオアシスのような場所でもある。ここは真ん中に大きな池があり、周りは木々で囲まれ、たまに子供が鯉を釣っていることもある。静かであまり人が来ないので、私にとって都合が良いのだ。


 池を囲うように散歩コースがあり、いくつか休憩するための屋根付きのベンチも設置されている。


 途中たこ焼き屋の前を通る。


「お嬢ちゃん! たこ焼きどう?」


 ねじりハチマキをした真っ黒に日焼けした肌のおじさんが微笑みながら、話しかけてきた。


「大丈夫です」


 会釈して通り過ぎる。絡まれたらまずい。あの公園に向かうにはここを通るのが一番の近道なんだけど、この男性は苦手だ。


 ここのたこ焼き屋はイオンモールのたこ焼き屋とは全く違っていた。


 汚いポリタンクがたこ焼き屋の後ろに申し訳なさそうに隠れている。まさかあの水を使ってないよね? 


 横断歩道を渡ると、前から若い高校生のカップルとすれ違う。ポケットに手を突っ込むヤンキー彼氏とぶりっ子な女子。彼女は男子の腕にしがみつき、小ぶりな胸をこれでもかと擦り付けながら、彼の顔を見つめてアピールしている。邪魔だな……。


「今日は学校行かずに、カラオケいこうぜ」


「だねーっ! 今しか楽しめないから。いこっ、いこっ!」


 うさぎのようにぴょんぴょん跳ねると、腰で巻いて短くしたスカートがふわりと揺れる。それと共に白のブラウスのボタンが外れ、黒いブラが少し見えていた。


 今どきの子って大胆っ……。でもそんなこと私にはどうでもいい。


「まさとのエッチー、見ないでよ」

「きょうこが見せたんだろ。メンドクセー」


 とか、何とか言いながら、男子はだらしない顔をさらに緩ませて、きょうこは満更でも無い様子で、彼の腕にさらにしがみつく。そしてすれ違う私の顔を見て一瞬可哀想だと言いたげな目をするが、それも一瞬のことで、彼の顔を見て幸せいっぱいの表情にすぐに変わりながら私の横を通り過ぎていった。


 私の顔がよほど酷かったのだろうか? 平日の午前中なので、学校も行かずに、こいつらなんなの。と怒りが湧いたけど、嫉妬と羨望が入り交じっていた。なんで私も学生の頃、そういうことしなかったんだろう。


 そんなしょうもない2人組を見ていると少しだけ病気のことを忘れられた。


――恋愛なんて相手がいないと出来ないし、たまたま当時、私にはそういう相手がいなかっただけだ。


 一羽のカラスが道端のゴミを漁って咥えると土砂降りの中、遠く高く飛んでいく。


 高校の頃とは違い私にも彼氏はいる。名前は高野翔君。でも、こんなにも辛い時なのに彼の顔が全く思い出せないのはどういうことなの。1年ぐらいお付き合いしてるのに。少し胸に違和感を感じていた。


 首の後ろが痛いし頭が回らなくなってくる。キャパオーバーで疲れた。


 イルカ公園が見えてきた。今日は天気が悪いせいで、人も少なくて、安心する。まあ、こんな雨降りの日に来るような場所でもない。


 喉がカラカラになり、公園の駐車場にある自販機で迷わずココアを選び、押そうとしたけど、普段なら選ばない炭酸飲料にする。


 もう何を飲んでも一緒だよ。


 ココアってポリフェノールが入っているから体に良くて飲むこともあったけど。実は喉に残って痰に絡むのが好きじゃなかった。


 一口飲むと、涙が溢れてくる。まるでダムが決壊したかのように、もはや自分の意思では止めることなんてできない。もう泣きたくなくて顔を上げて大きな池を見つめるのに。その水面に雨が、私の涙と同化して涙粒を幾重も落とす。そしてそれは波及する。


 奥にあるベンチに向かって歩き出す。散歩コースを歩いていくと地面に敷かれた人口の芝生で足がもつれそうになる。


「親には当分話せそうにないよね。でもいずれは分かってしまうことだし」


「――なんでよ……」


 私の特等席のベンチに男の人が座っている。


 屋根付きの椅子が置かれた場所はこの池の周りに他にも2箇所ある。ちょっと奥になるけどもう少しだけ歩いてそこで休むしかない。


 その男性をちらりと見ると、スーツ姿の男性が池の方を眺めていた。私の足音でこちらを一度振り返るが、その目に生気がないし顔色も良くないのがみてとれる。


 目が合ったような気がしたから、会釈するものの、気づいてないのかまた池の方へと身体を戻してしまう。


 青白いし、病気? こんな状況なのに人のことが気になってしまう。ふと、テーブルの上の彼の鞄を見ると汚れたカエルのキーホルダーが付いていた。


 ――えっ……。まさかね……。


「あっ!」


 道端を遮るようにして倒れた木の枝が見えた瞬間、私は転けた。


「もうっ、最悪っ!」


 何とか手をついたから、膝を少し擦りむいただけで済んだ。


「あ、あのっ、大丈夫ですか?」


 目の前の彼が、か細い声をかけてきた。


「大丈夫です。ほっといてください」


「良かったらこれ使って」


 転けた弾みで服には、ところどころ泥で汚れ濡れてしまった。こんな恥ずかしいとこ見られたせいで、顔が火照ってくる。彼は黒のコートを私に差し出してきた。


 無茶苦茶恥ずかしいし。見ず知らずの人にそんなもの貸して貰う訳にはいかない。顔は涙でぐしゃぐしゃになってて見られたくないし。


「あ、いえ、結構です」


「安物なので使ったらその辺に捨ててもらえばいいので……」


「そんなことしたら、あなたのが………」


 青くて顔色が悪い。私は傘を拾うと、後ろで何か言ってるけど、そのまま無視して歩く。ゴソゴソとカバンからスマホを出し、今見たカエルのアクセサリーと似たものを見つめる。


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