二話「なんで私がこんな目にあわないといけないの!」
「それって、な、治りますよね?」
真っ先に頭に浮かんだのは、ガンの宣告を受けた患者が自暴自棄になり暴れてしまい、周りの人達が必死になだめる様子。
こんなこと、受け入れられないし、もはや他人事にしか聞こえない。
だって、私はまだ23歳だし。この先同じような生活が永遠に続くと信じていたから。
看護師だから知ってる。年齢に関係なくガンにかかる人がいることも十分承知はしていた。
分かっていたのに……いざ自分が宣告されると頭が真っ白になる。
「医学は万能じゃないのは君も知ってるだろ。正直、この世にはまだ分からない病気や治せない病気が山ほどあって。琴音さんのは場所が非常に悪くて……」
「手術で何とかなります?」
「難しいと思う。それより、これまで違和感とか感じたことなかった? 手術をして完治するかは分からない。正直、切る事で、転移が進み悪くなることも多い。医師の中にはそんな当たり前のことすら十分に説明せずに患者に同意書を書かせてオペをやりたがる人もいるけど……そんなことあなたにさせたくはない」
「だったら、どうしたら……。私あとどれくらいなんです?」
脚がフラつき地面を感じない。今にも倒れてしまいそう。
「それは個人差があるからハッキリとは言えないけど……五年ぐらいかもしれない」
院長のことは尊敬している。でも今は着ている白衣すら憎らしい。というか医学は万能じゃないのフレーズが頭の中でやまびこのように何度もこだまする。
なんでこうなった? 健康オタクとは程遠いけど、そんな暴飲暴食なんて滅多にしてない。特別おかしな食生活をしていないのに。
毎日、カップ麺を食べたり、炭酸飲料を飲んだりした覚えはない。外食は一人で行くのも寂しいのでほとんど行くこともない。健康にいいと自炊もしてきたつもり。
早起きして弁当を作っていたのに、同僚はコンビニ弁当を広げて食べていた。コンビニ弁当が良くないのは保存料や次亜塩素酸ナトリウムを吹きかけて出荷するのをテレビで見たことがあったから。
他には睡眠時間もしっかりと七時間はとるようにしていたし。考えれば考えるほど分からなくなってくる。原因が全く見当たらないのだ。
それなのに、なんで私が……、こんな病気にならないといけないわけ?
誰にでも、死が、いつかは訪れるけど、それはずっと遙か未来の話で、私には縁のないものだと思っていた。
「琴音さんは23歳だから、進行がとても早かったのかもしれない。今日は仕事が手につかないだろうから、早退して家でゆっくりしてもらおうと思う。一度、落ち着いてから、今後どうするか考えていこう。できるだけのことはしたいし、都合のいい時に、私に連絡くれればいいから、それは一週間後でも大丈夫だから……」
院長は動揺している私でも分かるように、ゆっくりと落ち着いて説明をしてくれた。私はその場にしゃがみこむと顔を両手で覆い必死で涙を堪えるしか無かった。
「とりあえず皆には体調不良ってことにしとくから」
院長に宣告され、カバンを持って早退することになってしまった。
今思い返すと、たまに脚の力がガクッと抜けて、膝から崩れ落ちることが稀にあった。それが兆候だったのかもしれない。でもそれってよくある目眩とか立ちくらみのようなものだと思ってた。
看護師の香織さんに帰り際に「え? 早退? どうしたの?」って声をかけられたけど、「体調が悪いのですみません」と会釈して俯き、涙でボロボロになった顔を見られないようにして病院をあとにした。
多分そのうち院長は、私のことを他の看護師に話すだろう。この病院は内科だから紹介状を書いてもらい他の病院で精密検査を受けることになる。
たまにガンの患者さんがこの病院に訪れることもある。
「先生っ、わたしっ、助かるんでしょうか? 孫の卒業式まではなんとか生きたいんです……何とかなりませんか」
「もうすぐ結婚なの。完治にどれくらいかかりますか?」
ここは内科で、ガンの専門では無いのだから詳しい診断は出来ない。専門の病院で検査しないと分からないのに患者は医者と言うだけで信じて安心を得るためにやってきてしまう。
それを傍で聞く私たちも辛い。そんな人達の仲間入りなのだ。絶望的でもう何も考えたくない。
玄関を出ると、辺りは薄暗くポツポツ雨が降っている。黒の折り畳み傘をさすと、家に向かって重い足を前に出していく。
――放心状態で、家に帰って布団に潜り込めば休まるかもしれないけど、すぐに家に帰りたくなかった。でも私はどこへ向かえばいいのだろうか……。




