陽葵の活動5
「それで、私に聞きたい事とは何かな?」
噴水前では何なのでと近くにあった個室付きの喫茶店にて話をする事となり、吟遊詩人に勧められた場所で席に着くとまず吟遊詩人の男の方から切り出した
「さっき歌っていた聖杯騎士団について教えて欲しいんッスよ」
「ふむ、曖昧な質問だが、どういった話を聞きたいんだい?言うまでもなく聖杯騎士団は有名な存在だ。その所属する騎士達の個人の物語だけでも数百は下らないからね」
「それなら聖杯騎士団団長、その帰還とやらについて詳しく教えて欲しいッス」
報酬となる金貨一枚は既に男に支払っていた、前払いという事で少しサービスする気になった男は陽葵の質問の内容をより掘り下げていく
「その事か。まあ私も此処まで多くの人に同じ事は訊ねられていたからね。まず、聖杯騎士団の団員達は死後、女神様の下に旅立ったとされている。この国ではちょっと大きな声で言えないけど、戦女神マルヴィナ様の下に、ね」
陽葵達はこの国で、信仰される女神は唯一リリウムという名の女神だけだと聞かされていた
だが吟遊詩人の男の口から別の女神の名前が出た事で別の宗教もあるのだと理解する
「死後は女神様の下で穏やかに暮らしてるとか、世界の危機に備えているとか言われていたけど、つい二日前の事だ。隣国エクレニウス皇国の北の街、迷宮都市ストラスフォードのダンジョンの一つで《魔の行軍》が起きたんだ。その場に居た探索者達が地下より溢れ出る魔物達を押し留めようと果敢に立ち向かうも多勢に無勢、やがてその波に飲み込まれようとした時、彼等は現れた」
まるで物語を語るかのような口調で男が告げる情報を陽葵は一言一句聞き逃さないように集中させる、この場に一緒に来ていた司達も同じように倣うが、陽葵の意図は把握していなかった
「手には聖王剣イクスカリバーン、身を包むは聖鎧ウィガール、英雄の中の英雄、全ての騎士の理想を束ね、騎士団の威光を背負い立つ者こそ、聖騎士王ネメシスその人であった」
ネメシス、その名には司も椎名も聞き覚えがあった、それは三人が探していた奏多の名前でもあり、そこで陽葵が吟遊詩人に話を聞いた理由に合点がいく
「聖騎士王が振るう剣は立ち塞がるもの全てを一刀のもとに斬り捨て、決して退く事を知らぬ姿勢は見るものに希望を示す。そこに現れるは悪鬼を束ねる猛牛、ミノタウロスの姿。多くの勇士達を屠ってきたその剛腕も、槍の穂先の如く鋭き角も、しかし聖騎士王の前には等しく児戯に過ぎず、聖剣より開放された力の奔流が猛牛を呑み込み消えた。こうして地に潜む悪鬼の野望も阻まれ、彼の聖騎士王は銀の姫君の下へ帰還する。これが以上、ストラスフォードにて起きた聖騎士王の帰還の内容だよ。まあ、作曲した者によって多少、真実が書き換えられてる可能性は否定出来ないけどね。でも、聖騎士王とその姫君が再び地上に現れたのは真実だ」
途中からは完全に詩になっていたが、陽葵は内容からも確実に聖騎士王が奏多である事を確信し、それは司達も同様であった
しかし、一つ疑問が残るのだった
「ありがとうございましたッス。でも、何で二日前の事をそんな早くに知れたんッスか?どう考えても時間がない気がするッスけど……」
その話は真実なのだろうが、だが真実として見るにはどうしても矛盾が生じる、目の前の吟遊詩人の男が作曲してなくとも、その歌はストラスフォードに居る者が見聞きして書いたにしては伝わるのが早すぎるのだ
「成程、確かに情報の証拠としては気になるね。これはあまり広めてはいない事なんだが、私達のような吟遊詩人は芸術や文化を司る女神アイリーン様を信奉しているんだ。そして、その神殿で多額のお布施をするか、長く信仰を捧げる事でこんな石版を授けられるんだよ」
そういって男が鞄から取り出したのは大事に布で包まれた石版だった
それなりに分厚く、大きさはタブレット端末くらいのサイズであるが、表となる面の縁に装飾がされている以外は何も描かれていない
「これは神殿から認められた者にしか見えないんだが、同じ石版を持つ者達と様々な意見を交わす事が出来る魔法道具なんだ。人類には作る事が出来ず、女神様より神殿に託されるもので、《叡智の石版》と呼ばれてるんだけど、時折その会話の中に女神様が降臨される事もあって、私達の間では《啓示版》と呼んでいたりもするね。他にも色々と出来るんだけど、吟遊詩人の間では詩や曲の発表、情報の交換を主に利用しているよ。そして、二日前からストラスフォードに滞在していた石版を持つ吟遊詩人達が挙って詩を作っているのが聖騎士王の詩という訳さ。彼等の話では戦女神マルヴィナ様だけでなく他の女神様達の神殿でも聖騎士王が本物であると証明する神託があったらしいんだ。私もこの《啓示版》で女神アイリーン様の御言葉を聞いたから、まず間違いないだろうね」
男の話を聞いて陽葵達はその石版は正しく自分達にも慣れ親しんだスマートフォンやタブレット端末のような機能があるという事を理解した
「成程、そんな大事な事を教えてくれて、本当にありがとうございましたッス。これ、色々教えてくれたお礼に追加で払うッスよ」
「おや、ありがとう。そうだ、もう一つ教えておくよ。各地を旅する吟遊詩人は情報を伝えるのも仕事のようなものだ。もし今後も何か知りたい事があるのなら私のように青い羽飾りを身に着けた者を選ぶと良い。これは長年女神アイリーン様に仕えた事を示す証なんだ。だから《啓示版》を持っている可能性は高い。赤い羽だった、持ってるかは半々ってところかな。逆に黄色い羽は駆け出しだから、あまり期待しない方が良いだろうね」
「おぉ、本当に感謝するッス!」
「なに、追加報酬も貰えたからね、これくらいはサービスさ。他に何も無いなら私はそろそろ次の演奏に行こうと思うんだが、大丈夫かい?では、君達に女神アイリーン様や他の十柱の女神様の加護がありますように」
陽葵は自分達に必要な情報を教えてくれた吟遊詩人に更に追加で金貨を支払った
そして吟遊詩人の男が去っていくと、三人は顔を見合わせて笑う
「センパイの居場所、分かって良かったッスね」
「うん。それに、元気そうにしているのも分かったもんね!」
「なら、後はそこに、ストラスフォードっていう街に向かう方法だけだね」
「なら、その為の路銀をどうするか、考えるッスよ!目指せ、ストラスフォードッス!」
奏多達の情報は得られた、だがそこに到るまでの道筋は未だに見えていない
しかし三人は少しは前に進む事が出来たと、目指すべき場所が明確になった事でそれまでよりも確固たる信念を持ち、その場所へ辿り着く事を決意したのだった




