終幕
荒れ狂う雷光が収まった時、周囲の人間から見えたのは力なく腕を下ろすアヤメと、突きを放ち伸び切った体勢のままの奏多の姿であった
聖王剣イクスカリバーンはアヤメの腹部へと深々と突き立てられ、誰の目からも致命傷である事が分かる
そして時が止まったかのような静寂の中、アヤメの口からか細い声が漏れる
「感謝します……」
そんか言葉と共にアヤメの体は青い光となって崩れ去り、そこ場には一つの光を放つ球体のみが残る
その球体もまたダンジョンの天井へと向かっていき、吸い込まれるようにして消えていった
まるで夢幻のように消え去っていったアヤメ、だが唯一地上へと残されたアヤメの持っていた刀、『桜花』だけが鞘に収められた状態で地面へと落ちる
誰の目から見ても明確な勝利、それを見ていた探索者達が歓声を上げようとするが先に奏多が剣を構え直す事でまだ終わってないのだと気を引き締め直した
そしてその場に居る全ての探索者達の視線を受けるのは、まさかアヤメが敗れるような事態が起きるとは欠片も予測していなかった邪人族の男のみである
「う、な……あっ…………」
現実を受け入れられず、しどろもどろになりながら後退る邪人族の男、その顔には先程までは感じられた僅かな余裕さえも消し飛んでいた
そこに奏多は一歩踏込もうとする、だが次の瞬間、崩れ落ち片膝を着いてしまう
「カナっ!?」
「血を失い過ぎたか……こんな時に……ッ!」
奏多の傷は既に塞がっていた、だが流れ出た血液は失われたまま回復した訳ではない
先程までは戦闘により気を張っていた事で、精神力のみで堪えていたところをアヤメという剣豪を倒した事による僅かな気の弛みによって反動が来たのだ
それを見て微かに希望のようなものを見出す邪人族の男、だが射抜くような視線を此方に向けながら緩慢ながらもアヤメの残した刀に手を伸ばす奏多に気付き更に後退る
明らかに傷は重く見える、だがそれでもなお何かをしようとしている奏多の様子に、とうとう耐えられなくなった男は背を向けてダンジョンの出口へと走りだそうとした
だが背を向けた辺りで足が全く前へと進まなくなった、まるでその場に縫い付けられたかのように
「グルルッ……!」
弱々しく感じられるが明らかな怒気を込められた唸り声、男が振り向けばこの場に現れる前に痛めつけ捕獲したシャルロットが男の影に向けて前足を伸ばしている
その前足から伸びる爪が魔力を帯びて影に突き立てられているとなれば、この状態は明らかにシャルロットが起こした現象である事が理解出来る
「こ、この死に損ないのクソ犬があぁぁぁッ!ヒィッ!?」
魔法を放とうとシャルロットに腕を向ける男、だがその視界に奏多の姿を捉えた事で悲鳴が漏れる
片膝を着きながらも刀を手に取り左手で鞘を押さえ、右手は柄に、男は知らなかったが奏多は居合いの構えを取っており、静かながらも確かに感じられる威圧感に気圧されていた
既に剣の間合いではないにも関わらず、男は本能的に身の危険を感じていた
最早一刻の猶予もないと懐から奥の手となる黒い水晶を取り出す男、だがそれを使うよりも一手早く奏多が動く
「鎌鼬終の太刀、《断空》」
「―――は?」
奏多が刀を抜いた様子はなかった、男もまた自身の身に何かが起きた様子は感じられなかった
不発、負傷から技が繰り出せなかったに違いない、自分は助かったのだと男が安堵した瞬間、視界が揺れ後ろへと倒れる
背中を地面へと打ち付け、鈍い痛みに襲われる男、だが目の前にある物を見てそのような感覚も全て吹き飛んだ
「な、何故……私の体が、足が…………そこに……ッ!?」
男の目に入ったもの、それは自分の体の腰から半分だけが目の前に立っている光景だった
その下半身部分もまた力なく前へと倒れていく、手を使い体を起こしてみれば先程まで繋がっていた筈の胴体が目の前の下半身と同じ位置で両断されている
「ば、か……な……!?」
奏多によりあの位置から一瞬で斬られた、信じられないような光景ではあるが現に自身の肉体は分かたれていた
「ぐっ……ッ!」
しかしそのような状態でも男は取り出していた水晶を地面に叩き付ける事で割る、すると男の体が紫色の光に包まれて消え去った
その様子を見ていた奏多は暫く警戒を解かなかったが、やがて周囲から完全に気配が消えている事を確認すると刀を杖代わりにして立ち上がる
そんな奏多へと瑠璃が肩を貸し、支えられながら今度はダンジョンの奥へと向き直る
「やれやれ、少しは休みたいところだがそうもいかないらしい」
ダンジョンの奥より現れる怪物、そう言われて思いつく存在にはどのようなものがあるだろうか
多くの場合は、財宝を溜め込んだドラゴン、外法によって死して尚知性を残したリッチといった存在を思い浮かべるかもしれない
しかし今まで現れていたオーガとは比べ物にならない重厚な足音を響かせながら現れたのは雄牛の頭を持つ巨体であった
ダンジョンの通路を埋め尽くす程の巨体、その手には人間では振るう事は叶わないであろう、体格に見合った巨大な両刃斧を保持しているその怪物こそ、迷宮に潜む怪物として有名であろう存在、ミノタウロスだ
事前に収集していた情報により、このダンジョンの最奥で待ち構える魔物である事を奏多達は把握していた、そんなミノタウロスが現れたという事は、この魔物で最後という事でもある
奏多は負傷しており、他の探索者達もまたこれまでのオーガとの戦闘で疲労している、そんな中でこのダンジョン最強の魔物の相手をする事になるのだ、通常であれば深く絶望するところであろう
だが彼等は悲観する事はなかった、奏多からすれば此処で最後なのだからと残る力を全て注ぎ込める事が出来るし、探索者達も背後に英雄が控えているのだから負ける事を想定していない
そして、一人だけ殆んど全力を出せる人間が残っていた
「すまないが前に出て戦うのは少し厳しい。だが火力で言えば瑠璃の魔法がある。瑠璃の詠唱が終わるまでの間で良い、耐えられるか?」
『応ッ!!』
「瑠璃、あれだけの大物だが魔法で仕留められそうか?」
「防御力が分からないから確実とはいかないまでも、威力の高い魔法を叩き込めば良いのよね?それならやるわ」
「分かった。全員、聞いての通りだ!一撃で良い、それで倒せるか、倒せずとも大打撃を与えられる筈だ!それまで、頼んだぞ!」
『オォォォォォッ!!』
臨時の指揮官としての役割に復帰した奏多の指示により盾を持った前衛の者達がミノタウロスの前に並び盾を揃えて壁になる
「《ストレングス・エンチャント》、《バイタリティ・エンチャント》、《ホーリー・エンチャント》!」
そこに奏多の支援魔法が届き、探索者達の能力を底上げしていく
ミノタウロスはそんな探索者達の姿を見て煩わしいと感じたのか咆哮を上げながら走り出し、前衛達に向けて横薙ぎに両刃斧を振るう
何人かの探索者がその衝撃によって吹き飛ばされる、中には酷く両手を潰された者もおり、その苦悶の声が漏れ聞こえていた
だが耐え切った者達が率先して彼等の抜けた穴を塞ぎ、負傷した者へは緑色の光が患部へと降り注ぎ、その傷を癒やす
「《エリアヒール》、《ヒーリング・フィールド》!」
それは聖騎士として回復系の魔法を扱えるようになった奏多からの援護であった
瞬く間に傷を癒やし、また最前線で盾を構えて居る者達は少しずつだが手に感じていた痺れや細かな傷が消えていくのを感じていた
それぞれ奏多が広範囲を回復させる事が出来る魔法と、それより即効性は落ちるものの持続的に癒やしの力を味方に付与する結界による物であった
どちらも並の神官では扱う事も難しい魔法であり、それを扱える奏多の力を知ると共に、そのような者が味方である事を心強く思った探索者達は再び盾を構え直しミノタウロスに対峙する
「即死さえしなければ回復出来る、無理はするな!瑠璃、後どれくらいだ?」
「もう少しよ。今、銃弾の生成が出来たから、後は銃身を構築するだけ!」
探索者達へ注意しつつ、攻撃の要である瑠璃を見れば前へと翳した手には握り拳大の赤い光球が浮かんでいた
以前に同じ魔法を見た事のある奏多はその完成までの時間はそう掛からない事を把握する
「よし、前衛は後退!魔法使いは全力攻撃、前衛の後退支援と敵の足止めだ!これが最後だ、出し惜しみをするなよ!」
奏多の指揮により一斉に放たれた魔法はミノタウロスの上半身を中心として放たれる
火球や雷といった攻撃が主であるがミノタウロスは両刃斧を盾にして致命的な傷を負うことは避け、魔法を受けながらも歩みを止めず探索者達へと近づいてくる
奏多も光属性の魔法でミノタウロスの防御が甘い足元を狙撃しており、踵を撃ち抜くがそれもミノタウロスの進撃を止めるには至らない
オーガよりも肉体的な面で優れ、魔法への耐性も高い怪物、この場には初めてミノタウロスと対峙した者達も多く居る為に、本当に倒せるのかという疑問を思い浮かべる者も居た
しかし魔法使い達が必死になって魔法を放つ中、それは現れた
「待たせたわね。これが正真正銘、私の全力よ!《魔弾の射手》!」
後退しながらも魔法使い達の前で盾を構えていた前衛、弾幕を形成していた後衛よりも更に後ろ、魔法の構築の為にこの場の誰もが希望を見出していた瑠璃の魔法である
圧縮し高火力となった火球を別の魔法によって加速し撃ち抜くという複数の魔法を制御出来て初めて成立する魔法、《魔弾の射手》が今放たれたのだ
それは一条の流星のように探索者達の頭上を通り過ぎ、ミノタウロスへと迫る
ミノタウロスの頭部を狙い放たれたそれは咄嗟に掲げられた両刃斧により防がれた
だが全ての探索者が駄目だったかと思った瞬間、両刃斧との拮抗は一瞬だけであり、容易くその重厚な両刃斧を貫くとミノタウロスの頭部を捉える
そして魔弾が命中したタイミングで瑠璃が魔法を起爆する事により、通常の火炎系魔法とは比べ物にならない程の衝撃波がダンジョン内部に吹き荒れた
前衛が盾を構えていた事により後ろに控えていた者達の被害こそなかったが殆どの者がよろめき、転倒するような衝撃が駆け抜けた後、探索者達の目に映ったのは上半身を失い、残っていた下半身も魔核を残して塵となっていくミノタウロスの姿であった
「お―――」
『ウオォォォォォォォォォォッ!!』
あまりの威力に呆然としていたが、その光景が自分達の勝利を表したものである事を理解した瞬間、誰もが歓声を上げ、武器を掲げたるのだった




