聖杯の騎士王
奏多が為す術もなく一刀のもとに斬り伏せられた、その事実は敵の侵攻を防いでいた探索者達に大きな衝撃を与えた
この場に残っているのは少なくともBランク以上の資格を持つ探索者ばかりである、そんな彼等をしてランクが下ながらもその技量はこの場の誰よりも優れていたと、オーガとの戦いで認めた奏多が斬られたのだ、それは即ちこの場に居る誰もがあの鬼人族の少女には敵わないという事実である
そして奏多が倒れた以上、その相手は彼等という事になる、圧倒的な格上を相手にするという事実に探索者達の顔は強張っていた
「ふふふ、これこそが彼女の実力という事ですよ。この人間も、それなりに腕に覚えはあったようですが、彼女には及ばなかった!」
そこに事実を告げるかのように邪人族の男の愉快そうな声が響く
だが奏多を見るとまだ微かに息があるのが見て取れる、更に奏多が持つ剣を見た途端、男は眉をひそめ、忌々しそうに毒づく
「無駄にしぶといですね。それに、その剣、まさかとは思いましたが聖剣ですか。ああ、嫌だ嫌だ。聖なる力を宿すなど、目障りに他なりません!アヤメよ!この人間にとどめを差しなさい!」
地面へと倒れ伏す奏多、だがその命は尽きておらず、微かに呼吸を続けていた
しかし男の指示によりアヤメが動きだし、その命に終止符を打とうとする
だがその剣が奏多を貫く事は無かった、奏多とアヤメとの空間を隔てる障壁が出現し、その刃を受け止めたのだ
「―――《戦女神の盾》!」
それは瑠璃による防御魔法だった、クリスの一撃さえも防ぐそれはアヤメの一撃を防ぐには十分な力を持っていた
その後も何度か障壁に刃を叩き付けるアヤメ、だがその守りを突破する前に瑠璃が奏多の元に駆け出し、その身を確保する
そして腰のポーチからポーションを取り出すと奏多の傷口に中身をかける、より上位の素材を使用して錬金術により生み出されたポーションは直ぐにその効果を発揮し奏多の傷口を塞いでいく
しかし流れ出た血は失われたままとなる、輸血という方法が存在しないこの世界では例えポーションで治療出来たとしても失血多量により命を落とすという事も多い
奏多の傷は深く、そして出血も多かった、その為にこのまま死亡してしまう確率も低くはない
だが瑠璃はその体をしっかりと抱き締めながらも詠唱を行う、先程張った防御魔法である《戦女神の盾》は詠唱を省略した為に強度に不安が残る
故に詠唱を込めたより強度の高い障壁を張ろうとしているのだ
「やらせませんよ!炎よ!」
それを見て邪人族の男は焦る、だからこそ今まで後ろに居たにも関わらず素早く障壁を破壊しようと魔法を放つ
黒い炎を巨大な球体として顕現させ、それを更に握り拳くらいの大きさに圧縮して放つという、邪人族の男の持つ魔法の中で最高の威力を誇る一撃だった
それが障壁と激突し圧倒的な熱量を周囲に散らす、だが障壁は耐え、大きくひび割れながらも形を維持し続けた
しかし既に限界である事は誰の目にも明らかであり、そこに炎から逃れる為に一度下がっていたアヤメの剣がぶつかる
ガラスの割れるような音と共に崩れる障壁、瑠璃の詠唱は完全には終わっておらず、あと少しというところである
だがその少しでアヤメの剣は瑠璃の首を落とす事が出来る、それでも瑠璃は詠唱を止めず、刀を構えるアヤメの姿は真っ直ぐに見据えていた
そしてその刃が振るわれた時、再び障壁が瑠璃達とアヤメとの間を隔てる
それは瑠璃の障壁とは違い瑠璃達を、正確には迷宮の床へと突き立てられた星剣エトワールを中心にドーム状に展開されていた
「―――《極光の聖域》」
虹色の光を放つドーム状の障壁を展開したスキルの名を告げながら一人の男が立ち上がる
多量の出血により顔色が少しばかり青白くなってはいるが、地面へと突き立てた星剣エトワールを支えにしながらもしっかりと己の足だけで立ち上がったのは奏多であった
「もう、遅いのよ」
「すまない、心配を掛けた」
「良いわよ。約束したもの。貴方は絶対に私を置いて死んだりしないって」
「そうだな。だから、今回も目の前の敵を倒して帰ろう」
一度は死にかけた恋人の姿に、涙を堪えながらも微笑んでみせる瑠璃に、奏多は笑みを返す
しかし邪人族の男は目の前の光景に圧倒されていた、奏多の傷の深さから例え治療したとしても即座に目を覚ます事は不可能な筈だったからだ
にも関わらず、顔色といった部分で確かにダメージは残っている筈なのに平然とした様子を見せる奏多に対して不死身の怪物のような恐怖感を抱いていた
だがそれを認めない、ただの人間よりも優れた種となった事に対する自負でそれを押し込む
「倒す?馬鹿な事を、先程アヤメに為す術もなく倒された人間風情が、そのような事を出来る筈がないでしょうに」
そう、只のはったりだ、負ける道理などない、そう自分に言い聞かせる男に対し、奏多も頷く
「まあそうだな。今のままの俺では勝てないだろう」
「そうでしょう、だから―――」
「だから、ちょっとだけずるをさせて貰おう」
そう言うと奏多は迷宮の天井を、その遥か向こうへと広がっている大空、そして天上の神々が住まうという天界に顔を向ける
「戦女神マルヴィナよ、俺は地上へと戻った!ならばその使命を果たす為、力を貸せ!」
瞬間、奏多の姿が光に包まれる
周囲に居る全ての人間があまりの光量に顔を覆い、収まるとその手を退ける
星剣エトワールを楔とした聖域の中に立つ奏多、だがその装備が明らかに変わっていた
星剣エトワールとは別の、鞘に収められたままの片手半剣を腰に履き、手には神聖な輝きを放つパイクと呼ばれる種類の槍を持ち、奏多はそれまで装備していなかった板金鎧に身を包んでいた
白を基調としながらも要所要所に蒼を配し、金で縁取られた鎧は一種の芸術品のように見えるが、人によってはその金属が星剣エトワールと同じものと気付くだろう
だが同じ場に居る探索者達はその鎧よりも、奏多が身に付けているマントに描かれた紋章に目を奪われていた
紅いマントに金糸で描かれたエンブレム、杯を両手で掲げるそれはこの世界に於いて知らぬ者は居ない程に有名だからだ
同じエンブレムが描かれた盾が奏多の左腕にも存在する、五角形のような形状をしているが片手で軽々と扱えるサイズのそれはヒーターシールドと呼ばれる物だ
それは正面に立つ邪人族の男からも見えており、その紋章を見て探索者達と同じように目を見開いていた
そんな中で奏多はそれまで閉じていた目をゆっくりと開く、そして自分の装備を確認すると自嘲気味に笑みを浮かべる
「ふむ、成る程。聖鎧ウィガール、聖盾プリドゥエン、そして聖槍ロン。確かに俺の専用の武具としては間違いない」
敢えて腰の剣には触れず、奏多はマントを外すとそれを槍へと結び、旗とする
迷宮の床を石突で打ち壊して立てられた旗にも盾と同じ紋章があるのを見て邪人族の男は一歩後ずさる
しかしそんな反応はどうでも良いとばかりに奏多は腰の剣を抜く、その剣は奏多が身に纏っている鎧と同じ色をしており、刀身の中央は蒼く、その他は白で刃は金色をしていた
それを右手で掲げる奏多、その刀身を見た者達の何人かからどよめきが起きる
「選王剣カリバーンか。個人的にはマルミアドワーズが良かったが、此方の方が有名ではあるな」
だが周囲の反応には目もくれず腰の聖剣を確かめる奏多、そのまま剣を自身の正面に持ってくると目を閉じて集中する
「目覚めろ、カリバーン!」
そして次の瞬間カリバーンに変化が訪れる、柄に青い宝石が追加され、刀身に帯びていた神聖な輝きがよりその量を増したのだ
「聖王剣イクスカリバーン、此処までは同じか」
姿が変わり、能力が増したように見える聖剣を手に奏多は独りごちる
周囲は最早言葉も出ない程に固まっているが、奏多からすればそれは何でもない事を、ゲームと同じ事をただ当たり前のようにやっているだけなのだ
鎧も槍も盾も、そしてその手に持つ聖剣も、奏多からすれば全てゲームと全く同じ装備であり同じ能力を持つ代物である
「あり得ない!!」
だがこの世界の人間からすればそれは違うのだろう、邪人族の男がそう声を上げながら震える指先で奏多の持つ剣を指す
「その剣は今はまだ誰も抜いていない筈!それは本来ならまだ王国にある物の筈だ!何故貴様がそれを持っている!?その紋章も、鎧も盾も、槍も!それでは、それではまるで―――」
「聖杯の騎士のよう、か?」
奏多は決して愚鈍ではない、例えその全ては奏多がゲームの中で獲た物であり、それと全く同じ代物であったとしても、この世界の人間の反応と女神の言葉を考えれば、全くもって荒唐無稽な話ではあるものの、つまりはそういう事なのだろうと察する事は出来る
ならばと奏多は聖剣を地面に突き刺し、その塚に両手を置き、仁王立ちで構える
例え自分の事ではなくとも、それがこの世界に於いても大きな意味を持つというのであれば利用するまで、はったりを利かせる事が出来るのなら自身にとっても有利に事を運べるからだ
「知らぬというなら名乗りを上げよう!灰村奏多というのは世を忍ぶ仮初めの名である!我こそは聖杯騎士団が団長、聖騎士王ネメシス!戦女神マルヴィナの命により、貴公等悪党を討つべく馳せ参じた者である!」
それは威風堂々とした名乗りであり、その場に居た者達はそれが嘘やはったりの類いとは全く疑う事も出来ないものであった
それもその筈である、奏多にとってその手の事は得意な部類と言える、なにしろゲームの中であっても同じように彼は演じていたのだから
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名前:灰村奏多→ネメシス
職業:聖騎士→聖騎士王
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ようやく出せた……




