世界の護り手
新たな敵の出現、今度は前衛寄りの存在を前に一度後方へと下がり距離をとる
謎の和風鬼少女も刀を鞘に収めて構え直している、居合い斬りの使い手らしい
「驚きましたか?驚きましたよねぇ!稀少な鬼人族の少女!それも刀を扱う見るからに腕の立つ人物!まるで、英雄譚に出てくる彼女のようではありませんか!?」
嘲るような含みのある言葉で語る邪人族の男、とはいえ俺はこの世界の英雄譚とかに詳しくはないからそう言われても上手く理解が出来ない
「鬼人族の少女……まさか―――」
「知っているのか、瑠璃?」
「えぇ、今から百年程前に、圧倒的な剣技を誇った鬼人族の少女が存在したって話よ。彼女は探索者として数多の魔物を斬り伏せ、遂には単独でドラゴンを倒すまでに到った。そして、その手にはダンジョンで手に入れたとされる一振りの刀が存在したと言われている。その銘は『桜花』、そしてその使い手の名はアヤメ。斬り伏せた魔物の血が華のように舞う様から『血桜姫』の異名を持つ、伝説の女剣士よ。戦女神マルヴィナ神殿刊、『女神が選ぶ近年の英傑BEST100』より」
「ネタを挟めるくらいに余裕があるのは分かった」
というか女神も女神で何をやってるのやら……取り敢えず、相手が言っていた存在がどういう相手かは分かった
鬼人族というのが何か、バイザーからアーカイブに接続し検索し、簡潔に纏めると人間サイズでオーガのような膂力を持ち魔法にも人並みの耐性がある種族との事だ、出生率が低く小さな集落が魔王領にあるらしい
とはいえあの少女が件の英雄と同じ訳ではないだろう、鬼人族の寿命は人間より少し長いくらい、百年も前の人物が存在している訳がないからな
邪人族の男の方は魔法を放つ際にシャルロットを手から捨てている、シャルロットも傷を負ってはいるが少しずつ男から離れているし、仕掛けるならもう少ししてからだな
「くふふ、あーはっはっはっ!!そう!そこのお嬢さんの言う通り、あの『血桜姫』のアヤメを彷彿としますよねえ!それもその筈、彼女は正真正銘、本物の『血桜姫』アヤメなのですから!」
しかし、邪人族の男は瑠璃の語った英雄そのものだと語る、少なくとも彼女が本物だと仮定し、存命だとしてそのような年若い姿であるとは思えない
「どういう事だ?」
「無知ですねえ。戦女神マルヴィナ、あの女神は英雄と呼ばれる者達の魂を集めるのが好きなのですよ。しかしそれはなにもかの女神の趣味だけではないのです。そう、いざという時には地上へと遣わす駒にする為なのですよ!」
確かに戦女神と呼ばれるのだ、似たような話は北欧神話に於ける主神オーディンにも見られる事から珍しい話ではない
だが、その口振りからするとそこにいる彼女は―――
「そして私はこの女神のダンジョンを故意に暴走させました。当然、そのような真似を女神が許す筈もない。結果、こうして『血桜姫』アヤメが遣わされた訳ですねえ」
―――本物の『血桜姫』という事になる
英傑と呼ばれ、戦女神に見出だされた程の剣士、それが女神の遣いとして地上に派遣された、男の言う事は一見すると正しく見える
だが一つだけ、今の状況と噛み合わない部分があった
「その女神の遣いが此処に居て、お前のような存在に協力している……」
「そういう事です。どのような英傑といえども出現の時は無防備になる。出現場所を押さえておけば簡単なものです。後は精神支配を行える女神マーヤの宝珠を使えば戦女神の遣いは忠実な女神マーヤの尖兵となる」
「成る程。その為にどれだけの時間を掛けたかは知らんが、此処で貴様を倒せば関係ないな」
「ふふふ、この為に我々は何世代も、何百年も耐えてきたのですよ。今こそ偽りの女神共の支配を脱し、真なる女神の信仰をこの地に!さあ女神の尖兵よ、女神マーヤの復活の為に、目の前の者達を生け贄に捧げるのです!」
「やらせるか!」
話したい事は話し終えたとばかりに邪人族の男は『血桜姫』アヤメをけしかける
それと同時に俺は装備を槍から剣に変え、星剣エトワールを抜き放ち構えた
接近と同時に放たれる居合い、正確に俺の首を狙ってきた一撃を星剣エトワールで受け止める
「速いッ!」
だがその防御はかなりギリギリのところだった
踏み込みの時点で分かってはいたが、アヤメという剣士は速度に特化しているらしい
動きを阻害する重量のある防具の類いは一切身に付けず、和服もまた動き易いようにする為か丈が短くなっていたりする
武器の刀もそうだ、通常の剣に比べると細身であり居合いという抜刀術の速度は行程の少なさにより剣術より先手を打てるのだ
剣を振るうには一度剣を引かなければならない、だが居合いは鞘に収めている状態の時点で剣を振り上げているようなものだ
故に剣を繰り出す速度で負ける、ステータスが高ければ問題ないのかもしれないが、向こうはオレとあまりAGIが変わらないか、それよりも上回るかもしれない
そして敵に精神支配を受けて操られている状態でこれなのだ、もし本当の実力で剣を振るっていればどのような力を発揮するか
だがそれは無意味な仮定と言えるだろう、何故ならば本気でない攻撃でさえ俺を上回っているのだから
「―――がはっ!?」
「カナァァァッ!?」
初撃は防げた、だが続いて放たれた二撃目を防ぐ事は叶わず、俺は左脇腹から右肩に掛けて逆袈裟に深く斬られたのだ
体に染み付いた動きが成せる技なのか、その太刀筋は見惚れる程に迷いなく美しいものであった
だからこそ、俺は斬られたにも関わらず、悔しさや怨みといった感情はなく、一言だけ呟く
「御見事……」
そして俺はそのまま意識を失った




