ゴブリン・パラディン
金属同士が衝突し、周囲に甲高い音を響かせる
俺、灰村奏多は《邪人の迷宮》に潜り始めてから三日経ち、現在は第九層に挑んでいた
第一から第十層まで出現する魔物はゴブリン系統のみ、前情報ではそうだった
だが最弱の魔物であるゴブリンと言えども全てが弱いという訳ではない
数が揃えばそれだけ脅威になるし、魔物の中でもゴブリンは繁殖力が強く突然変異により特異な個体が生まれる事も多い
ダンジョンの魔物は地上で生きている魔物とは違うものの、特異個体もまた再現されていた
それが今、俺達が対峙しているゴブリン・パラディンという魔物である
「ゴブリンにしては体格も筋力も、そして頭も良いみたいだな」
何度か剣をぶつけ合い強さを測っていたが、下手な兵士より強いかもしれない程の技量があった
更には装備も一級だ、此処に来るまでの階層でも深く潜れば潜るだけゴブリンの装備は良い物になっていた
腰巻きくらいだったのが革鎧になり、金属製の防具に変わっていったが目の前のゴブリン・パラディンはなんとミスリルの全身鎧を装備していたのである
過去、このダンジョン内でも遭遇例はあるようだがその数は極端に少ない、ゴブリン・パラディンは小柄な成人した人間くらいの大きさはある為、討伐すればミスリル装備が丸ごと一式手に入る
更には武器もミスリル製のレイピアにミスリル製のカイトシールドとまさにミスリル尽くしであり、可能な限り傷付けないよう今まで防御に回って様子見をしていた
「瑠璃、拘束出来るか?」
「任せなさい。拘束系の魔法なら色々考えてるわ」
「なら、俺が隙を作るから頼んだ」
取り敢えず様子見はもういいだろう、一気に仕留めに掛かる
今までは星剣エトワールの腹で受けていたのだが剣を収めて拳を握る
ステータスでは全て俺が上であり、強化された動体視力で敵の攻撃は見切れる
ゴブリン・パラディンの武器はミスリルのレイピア、レイピアとは刺突に特化した細身の剣だ
一応、両刃の剣ではあるので斬る事も可能ではあるのだが刺突がメインである
ゴブリン・パラディンも当然ながら刺突を繰り出してくる、肘を上手く使って連続で放つ突きはなかなかに見事なものだ
流石に攻撃を素手で弾いたりする訳にはいかないからゴブリンからの拾い物のナイフを使って逸らす、そしてタイミングを見計らい突きを放ち最大まで伸びきった瞬間に踏み込み、ゴブリン・パラディンの懐へと飛び込んだ
「ゴブッ!?」
「遅い」
レイピアを握っている右手を左手で掴み外側へと大きく開かせ、ナイフを捨てて自由になった右手を首に伸ばす
そのまま更に踏み込み、大外刈の要領でゴブリン・パラディンの体勢を崩し、柔道の試合でもないので投げっぱなしにして問題ない為、そのまま地面へと叩きつける
甲冑を身に纏っているとはいえ衝撃は殺せない、少なくともまともに受け身を取る事も出来ずモロにダメージを受けていた
「瑠璃!」
「ええ、『氷よ、茨となりて我が敵を捕らえよ。《アイス・ソーン》』!」
次の瞬間、ゴブリン・パラディンを中心とした床に霜が降り始めた為に俺が退避した後に氷によって作られた茨が何本も現れる
茨は次々にゴブリン・パラディンへと絡み付くとやがて締め上げ始め、その体の自由を完全に奪う
「この魔法でやれるのは拘束までよ、トドメお願い!」
「分かった、これなら楽勝だ」
落としたナイフを拾い上げ、動けないゴブリン・パラディンの冑を外し無防備な喉に刃を突き立てる
何度か痙攣し絶命したゴブリン・パラディンは今までの魔物と同様に黒い靄となり消えていき、その場に残された各種武具が音を立てて転がっていく
それらの武具を回収しつつも手直ししなければ俺が身に付ける事が出来ないサイズなので防具はあまり見ない
一応、傷はつけていないので売る時は高く売れるだろうと思うが、ふと瑠璃を見てみる
俺より小柄である瑠璃なら身に付けられるかもと思ったが、そもそも瑠璃は魔法使いであり重い鎧を着るには適していない
鉄より軽いミスリルとはいえ全身鎧ともなればかなりの重量となる、その考えは直ぐに捨てた
問題はどうやってこの鎧一式を運ぶかだが、そこは俺の《アイテムインベントリ》に移した
他の道具が一つの枠に最大99個まで入れられるのだが一式で一つの枠を埋める事で回収出来た
ゲーム内でもアバター用のコスチュームが上下一着で一枠だったので服扱いなのだろう、《双聖剣ヘリオス&セレーネ》と同じだと思ったがその通りだった
その代わり、枠を圧迫しているので武器を何か一つ出さなければならなくなったのだが、左足にホルスターを巻いて拳銃のHK45Tを入れておいた、《聖槍アキレウス》も改めて装備するとして、腰の後ろにクロスする形で《双聖剣ヘリオス&セレーネ》も提げておく
この三日間、《聖剣エトワール》のみで足りていたので装備から外していたが後少しで第十層、ボス部屋なのだ、多少の重みになるが問題ない
そしてゴブリン・パラディンの戦利品で一番の目玉と言っても過言ではないレイピアとカイトシールドに目を向けた
まずはレイピア、前述の通り細身の剣であるのだが改めて見てみると柄や鍔には精緻な装飾がなされている
ミスリルの銀に対して華美にならない程度に金を用いた彫金で月桂樹だろうか、よくギリシャとかローマで頭に冠として載せている物に見える植物が彫られている
刃には余計な物はついていないので武器としは十分な代物であると言える、とはいえレイピアは使えなくはないのだが俺の趣味じゃない
とはいえレイピアは決闘用の武器としての他、護身用としても使われていた武器だ、ミスリルであり魔法のと相性も良いとなれば瑠璃に持たせるのもアリだな
「瑠璃、このレイピア使うか?」
「確かに綺麗な剣だけど、私で大丈夫なの?」
「まあ護身用といった感じだな。ミスリルだから杖としても使えると思うぞ」
一般的な魔法使いというのは基本的に杖を装備する、これは魔法を放つ際の指向性をより正確にする他、魔法の安定性を高める効果がある
だが瑠璃は杖を持たない、手や指、腕の動きだけで魔法を完全に制御しているのだ
これは魔法に対するイメージや理解が他の人間よりも明確である事が要因とされ、高い技量を持つ魔法使いならば可能な事だ
その為、杖無しで魔法を意のままに操れるという事は一種のステータスのように言われている、とはいえ杖を使えばより技量を高める事が出来るので基本は誰もが杖を持つものなのだが
「剣の使い方なんて分からないわよ?」
「我流で良ければ教えるぞ。それに杖の代わりだし、剣を持っているだけで牽制にもなる。手札が多いに越した事はないさ」
「そうね。せめて相手に振り下ろす事がない事を祈ってるわ」
もしかして前に命を奪うという覚悟を決めさせる為に剣でゴブリンを倒させた事を思い出しているのだろうか
日本とは違う、命のやり取りが普通なのだという事を受け入れる為に俺と共にゴブリンを狩った事が瑠璃に剣を持つのを敬遠させているのかもしれない
俺も慣れてきたとはいえ積極的に斬り殺そうとは思わないからな
それでも剣を持つ事の有用性は理解しているのかゴブリン・パラディンの持っていた鞘に入れて腰に帯びた
それを眺めつつ、俺が装備出来そうな防具であるカイトシールドに視線を移す
カイトシールドはカイトの名が示す通りに差はあれど五角形にも見える形状をしたシールドである
元々は馬に乗って使用する事を前提としており、少なくとも歩兵が運用するような楯ではない、歩兵用には小型化したヒーターシールドというのがある
俺はステータスでかなりの筋力があるから軽々と持てるが並みの人間なら片手で扱うには苦労するだろう
その点を考えればゴブリン・パラディンはなかなかにステータスが高かったとも言えるのだが既に倒した後だ、別段言うべき事もない
それよりもカイトシールドであるが、レイピアに比べると此方は明らかに装飾の類いはない
俺の胴体を軽々と隠せる程の高さと幅があり、裏面を見れば右側に取っ手、左側に腕を通すためのバンドがある事から左手で扱う為の楯であると分かる
ゴブリン・パラディンからすればタワーシールドとあまり変わらない大きさだったのだが、俺の身長からすれば問題ない
重量もミスリルの為に鉄よりは軽い、普通の楯は木の板とかを薄い鉄板で覆ったような代物だがこれは純粋にミスリルのみらしいので普通の楯よりは重いだろうが、主に筋力関係のステータスが高い俺なら苦もなく軽々と扱えてしまう
ゲーム内では楯も扱っていたが、基本的な武器として使っていたバスタードソードは両手でも扱う、槍も片手で扱えない事はないが当然ながら両手の方がより技を出せる、双剣は片方を扱えるがリーチや威力が出ない
かといって要らないかと言えばそうでもなく、ドラゴン等の強力な相手の攻撃から自分や仲間を護る為に必要だった、こっちでもヨーゼフに信頼出来る職人を探して貰っているところだ、全身の防具含めて楯も発注するつもりでいる
このミスリルの楯もアダマスで造る予定の楯の繋ぎになるだろうが、それまでは役に立って貰おう
「あ、奥に階段があるわね」
「つまりこの階層の門番はアイツだったという事だな。次がボス部屋だ。少し休んだら行くぞ」
楯の確認をしている間に瑠璃が通路の奥に下へと続く階段を見付けたらしい
事前に調べたダンジョンの情報の中に階段近くにはその階層でも少し強めの敵が居るとあった、今回のゴブリン・パラディンは特殊な部類ではあるが同様の扱いだったのだろう
そして階段を降りていくと小部屋に辿り着く
真正面にはボスが待ち構えている部屋への扉があり、此処はそこへ挑む準備を整える為の場所だ
ボス部屋は一度中に入れば中のボスを倒すまで外に出られない、幾つかの例外はあるものの探索者が命を落とす確率が高いのは大体がボス部屋だ
それまでの階層での戦いから自らの技量を見極めて進退を決める、それが出来なければ死ぬという厳しいものとなる
なお幾つかの例外というのは、一つは開けてから締めると鍵の掛かる扉を開けっ放しにしておく事、これは中の魔物が扉から出る事もあるので小部屋で休憩している他のパーティーの迷惑になる可能性がある
二つ目に《転移石》というアイテムの存在だ、これはボス部屋の中だろうとダンジョンから一瞬で外に出る事が出来るアイテムであり、ダンジョン内でのみ発見される
宝箱や極稀に魔物が消える時に落とす物で、石の大きさによって転移可能な人数が変化する
時折、転移不可になるトラップ部屋があったりするようだが、少なくともこんな浅い階層には存在しない、一人用のサイズとはいえ俺達も一つ道中に拾っている為、いざとなれば瑠璃だけでも逃がせると思えばこの先、俺の心配は減る
そんな便利な《転移石》ではあるが、当然ながらお値段はかなりのものとなる
見た目は六角の水晶のような外見であり、綺麗ではあるが偽物も出回っていると聞く、少なくとも瑠璃の魔眼は騙し通せないだろうが用心はするべきだな
ボス部屋に関しては一先ずはこんなところだが、此処には先客が居た
此処に来るまでの道中、他の探索者の姿を見る事はなかったが、俺達より前に潜っていたパーティーであろうか、四人組の男女が小部屋の隅の方で固まっている
歳は俺達より少し上くらいであり、装備からして男剣士、男斥候、女魔法使い、女弓兵といったところだろうか、バランスとしては悪くなさそうなパーティーである
何やら深刻そうな表情をしているが、俺達が降りてきた事に気付いたのか男剣士が立ち上がって俺達の方に来る
あまり面倒な事でなければ良いが、さてどうなるかな




