Dランク試験 3
「皆さん驚きの事かと思いますが、今回の試験には特別に《円卓》のクランマスターとそのクランで一番の腕を持つという魔法使い、《奇蹟の紡ぎ手》に来て貰っています」
「それは分かるんだが、どうしてなんだ?こんな試験官、聞いた事がねえぞ」
職員の説明に一人が訊ねる
俺もだが今回の試験を受けている探索者は全員が同じ事を思っているだろう
「それはですね、以前に決闘でBランク探索者を圧倒した人が今回の受験者の中に居るからです。その為、実力を見るという試験に於いて速攻で試験官を倒されては困るので、こうして上位の探索者をお呼びしました」
完全に俺のせいだが、それでも最上位の人物を呼ぶレベルか?
そして全員俺の方を見るな、あれは誤解があったとはいえヴィゴールの方から仕掛けて来たんだから俺は無実だ
「では事情も分かったところで改めて、軽く自己紹介をお願いします」
「承知した。私はヴァネッサ・パリヤーロだ。先に説明のあったように魔法使いをしている。とはいえ今回は私は戦わない。魔法のレベルを見る事とマスターのバックアップを任された。よろしく頼む」
眼鏡をかけた女性の方がヴァネッサ・パリヤーロと
落ち着いた雰囲気であり、ベテランといった風格を纏わせている
そして鎧姿、英雄とも言われるクランマスターの方なのだが此方は少し意外だった
「ハイハーイ、ボクはクリストファー・デュラン。気軽にクリスって呼んでくれて良いよ!」
声は若々しく中性的であり、少なくとも精鋭揃いのクランを纏め上げている人物には思えなかった
確か先代から代替わりして数年と経っていないという噂は聞いていたが、ここまで若いとは思わなかった
下手をすると俺達とそんなに歳が変わらないんじゃないかと思える程だ
「マスター、いつも言っているがもう少し伝統あるクランの長として相応しい態度という物を心掛けてくれないか?」
「アハハ、そういった難しい事はヴァネッサや皆に任せてるからね。ボクはどんな時でも先陣を切って突き進むのがお仕事だよ」
「全く、先代の教えを守られるのは結構ですが時と場合を考えて頂きたい。申し訳ないが、マスターはまだ若い。多少の無礼は許して欲しい」
「ええ、此方はお願いする立場なので問題ありません。コホン、それでは試験の説明をしますが、よろしいですか?」
そんなクリストファーの態度に呆気にとられている人間が多いなか、職員が説明を始める
それに慌てて我に返った探索者達が面白いくらいに動揺していたが、落ち着くのを待ってから職員が口を開く
「では改めて皆さんには此方にいらっしゃいますデュラン氏との模擬戦を行って頂きます。とはいえ《竜殺し》を真っ向から相手にして勝てる訳がありませんので手加減されてですが。皆さんの模擬戦での動きを参考に点数をつけ合否を判断します。詳しい採点基準は言えませんが、消極的な場合ですと減点の対象になるかもしれないので注意して下さい」
説明は以上です、と言い残して職員は後ろへと下がっていく
そしてクリストファーの方は前に出ると腰から剣を抜き軽く振った
「それじゃあ誰からでも掛かってきて良いよ。今日は試験官だから聖剣は持ってきてないから安心してね。ボクはこの剣で相手するから」
どうやら手加減の一環らしいが、その剣の刀身は黒、明らかにアダマンタイトを使用していた
アダマンタイトは硬く、あまり魔力を通さず、そして何よりもかなり重い
サイズとしては片手剣だが、それでも軽々と振っている姿から実力の一端を垣間見る事が出来る
最初の内は誰もが戸惑っているようだったが、やがて一人の男が前に出る
「なら一番手はオレだ!おい、Aランクを倒せたらオレもAランクになれるのか!?」
「流石にそこまでは行きませんが、一段飛ばしのCランク以上は確実だと思われます」
「へっへっへっ、ならやってやるぜ!」
その男は熊のような耳をしており、全身を金属鎧に覆い背中に巨大な戦斧を背負っている事から獣人の重戦士といった様相だ
「まずはキミだね。ボクは手を出さないから、どっからでも掛かって来て良いよ」
「上等だ。ガキのくせにAランクってのが前から気にくわなかったんだ。ぶっ潰してやるぜ!」
留め具を外し背中から戦斧を取り出し担ぐ男、かなりの重量があるだろうに重さに負ける事なくしっかりと両手で保持している
それに対してクリストファーの方は軽くステップを踏んで待ち構えている、打ち合うのではなく回避に専念するつもりのようだ
「では、始め!」
そして職員が訓練場に設置されている銅鑼を鳴らした途端、男が仕掛けた
「オラァッ!」
重い戦斧と鎧を身に付けていながら結構な速さでクリストファーに肉薄し、戦斧を叩きつける男
熊の獣人としての膂力の高さを生かした一撃は土が固められた訓練場の床を粉砕し、土煙を上げる
クリストファーは紙一重の位置で回避していたが、男は地面に埋まった戦斧を抜くと今度は重量のある両手持ちの武器にしては小刻みな動きで振るっていく
どうやらあの男は先程までの言葉に負けず劣らず、結構な腕を持っているらしい
「カナ、この試合どう見るの?」
男の動きに他の探索者達も感心した様子で眺めている中、瑠璃が俺へと訊ねてきた
それに対し、少し男の様子を眺めた後で答えてやる
「まああの男は確実に負けるだろうな。今までどんな敵も一撃ないし数発で沈めてきたんだろうが、相手が悪すぎる。あの調子だと持って数分、といったところか」
「よくそこまで分かるわね……それで、その結論に至った理由は何かしら?」
「まず第一に、《竜殺し》に対して速度だけの攻撃では通らないだろう。紙一重に避けているのは余裕がない訳じゃなく、むしろ最低限の動きしかしていないといった方が正しいだろう。完全に見切り、余計な動きをしない事で体力を温存、長期戦でも戦えるようにしている」
まあ、それでも《竜殺し》の動きには少々の遊びが見えるのだが、逆に効率化し過ぎると予測もつけられるから効果的だな
それに、二つ目の理由もそろそろ見えてきたな
「二つ、両手で扱う武器だけにあの戦斧は重い。特に斧は刃が先端に付いているから外側に重量が集中するトップヘビーな武器だ。細かく振るうにはそもそも向いてない。幾ら身体能力に優れた獣人と言えども、遠心力の乗った戦斧を抑えて別の方向に力を加えていくのはかなりの疲労が溜まるだろう」
見ていて男の動きが次第に精細さを欠いたものになってくる、戦斧の重量に負けて大振りになり、その速度もまた目に見えて落ちていた
「ゼェ……ゼェ……クソッ、ちょこまかしやがって……」
「うーん、こんなところかな?それじゃあ、次はボクの方から行くね」
一度攻撃を止めて息を整える事にした男を前に、クリストファーが気軽な口調で告げると、瞬間その姿がぶれた
そして次に姿が見えた時には既に剣の刃を男の首に当てていた
「なっ!?」
「あれ、やり過ぎちゃったかな?ごめんね、次はもうちょっと加減するよ」
「ふ、ふざけるなァッ!」
「無自覚なのかねえ、煽ってるように聞こえるよなあ」
「私の目にも見えて動きが荒っぽくなったわね。それに、あれだとそもそもの力も大きく差があるって事よね」
男は怒りで動いているような状態だが、動きが力任せになり単調だ、更にはさっきまでの疲労も完全に回復していないから切れがない
それに対し、クリストファーはその場から動かずに戦斧を剣だけで迎撃している
男のように全身を使った攻撃じゃない、本当に剣を持った右腕一本を動かすだけで戦斧を弾いているのだ
「うん、こんな感じかな。じゃあ、軽く仕掛けていくからしっかりと凌いでよね」
それから数回の攻撃を弾いたが、それは相手の筋力を測ってどれだけの力を出せば釣り合うか探っていたらしく、クリストファーが戦斧を少し強めに弾くと一転、攻勢に出た
男も流石にマズイと感じたのか、慌てて防御の構えに入るが、その防御の上から削るように剣が振るわれ、遂には男の手から戦斧が離れた
「そこまで!」
そして銅鑼の音が鳴り、職員が待ったをかけた
男の方は負けた事がショックなのか項垂れているが、これはそもそもDランクとして相応しい力量があるかを見極める試験なのであって勝つことが目的ではないのだが、今の動きを見るに昇級する資格があるかと言われれば少し疑問が残るだろう
「試験の結果は追って通知します。デュラン氏、疲労の方はどうですか?」
「んー、このくらいなら全然平気かな。どんどん来て大丈夫だよ」
「分かりました。では、次に希望する方はどうぞ」
とは言うものの、先程の動きを見てか他の面々は誰も手を挙げようとはしない
それならばと俺が手を挙げてみたのだが―――
「貴方の場合は動きがハイレベル過ぎて他の探索者に対し重圧になる可能性が高いので最後にして下さい」
―――と職員から言われて却下されてしまった
結局、その後はくじ引きで順番を決める結果となり、最初の男とあまり変わらない結果が続く事となった
そして残っているのは二人、俺と瑠璃だけだ
「それじゃあ行ってくるわ」
「前衛無しの魔法使い、普通なら勝負は厳しいがこれは試験だ。能力を見せるだけで良いぞ」
なお、魔法使いの試験の時だけ流れ弾が当たらないように結界のような物で訓練場が囲まれている、あの《奇蹟の紡ぎ手》と呼ばれているヴァネッサ・パリヤーロが結界を構築しているらしい
その魔法の規模を見ても実力の一端が垣間見る事が出来るが、そのお陰で周囲を気にせずに魔法をぶっ放せる、瑠璃にとっては有利な状況だ
まだ戦術や駆け引きといった点は苦手だが、魔法の威力のみを見れば瑠璃の魔法は上位探索者に軽く匹敵する、らしいからな
「試験っていうのは分かってるけど、別にアレを倒してしまっても構わないのでしょ?」
「フラグ立てるのやめろ。それと、倒されたら俺の相手をする試験官が居なくなる」
「冗談よ、冗談」
そう言って瑠璃は訓練場の方に歩いていく
装備はいつもの黒いドレス、一般的な魔法使いがローブを纏う事が多いのを見れば浮いているのは確実だろう
それで侮るようならそれまでの話だが、恐らくはクリストファーは油断したりしないだろう
正直、瑠璃が勝てるかは微妙なところだが、どうなる事やら
「では、始め!」
位置に着き、職員の合図と共に試験が開始された
先手は当然ながら瑠璃、クリストファーは動かない
「行きなさい、《フレイムランス》!」
詠唱無し、魔法名のみの発動により炎の槍が空中に十本程現れ、瑠璃の手の動きと共にクリストファーに向かっていく
少し照準をずらし、時間差で着弾するようになっている炎の槍は幾つかがクリストファーの周囲に着弾し、三本は違わず直撃する軌道を飛んでいる
逃げ道を塞ぎつつ放たれた炎の槍は、しかし次の瞬間には三本とも霧散していく
かなりの速度ではあったが、クリストファーが剣を振るって魔法を斬ったのだ
微かに赤い光の粒子が漂っている辺り、剣に魔力を乗せて相殺したらしい
「飛んで来る魔法を斬るとか、一人いれば十分なのよ!」
確実に当てられると思ったのか悔しがる瑠璃、なお瑠璃と軽く手合わせした際に俺がクリストファーと同じように《剣技》で魔法を斬った事があるので、瑠璃の言う一人とは俺の事だろう
そして魔法を斬るという手段で防がれはしたが、見た事のある対処法だった為、衝撃の少ない瑠璃は動きを止める事なく次の魔法を発動させていた
「水よ集いて全てを呑み込め、《メイルシュトローム》!」
短いながらも詠唱込みの魔法、それが終わった途端に何処から現れたのか大量の水が現れた、それが渦を巻いてクリストファーに殺到する
その範囲は広く、瑠璃の立つ場所から前は全て大渦潮により覆われているくらいだ
「クッ、これ程の威力とは!?」
声のする方を見ればヴァネッサ・パリヤーロが表情を歪め、両手を結界の方に向けていた
どうやら瑠璃の魔法の威力が想定より高く、必死に結界の補強をしているらしい
その間にも魔法はクリストファーの方へと迫り、今まさにその全身を大渦潮が呑み込まんとしていた
先程のように打ち消す事は不可能、そう思われた一撃は、しかしまたしても魔法によって作られた大渦潮は縦に両断されてしまう
「ふぅ、何とかなったね。キミ、本当にスゴいよ。あんな魔法、ヴァネッサだって使えるか分からないくらいだもん」
「それを簡単に斬ったような相手に言われても嬉しくないわよ……」
「そう言うけど、ボクだってスキルを使って防いだんだよ。今までの相手を見たら十分にスゴい事じゃないか」
やはりスキルなのか、先程よりも多くの赤い光の粒子がクリストファーの持つ剣の周囲に漂っている
そして瑠璃もだが、確かにスキルを使わせたという事は誇れるものだろう
「でも、攻撃はもう十分に見れたからね、あの威力ならきっと満点だよ。それで次は防御の方だね。キミは強いから、ボクも少しだけ本気だすね」
だがクリストファーがそう告げると、その姿が一瞬で消えた




